26P/Grigg-Skjellerup P=5.1years
1902年7月23日、ニュージーランドの John Grigg が発見した彗星だ。彼は25倍の3.5インチ屈折で捜索中だった。彗星はとても淡い星雲のようで、木星の2倍ほどの大きさだったそうだ。翌24日は曇りがちでちらっと彗星が見えただけで、彼が彗星を確かめたのは27日に天気回復したときだった。その後、彼は30日、8月2日、3日も観測した。しかし彼の情報は当局には伝わらなかった。そのときまで彼は明るくなった周期彗星を観測したのだと考えていたが、彼が計算した放物線軌道では新らしい彗星かもしれなかった。
20年後、南アフリカ・ケープタウンの James Francis Skjellerup は、1922年5月17日に彗星を発見した。すぐに世界中で観測され、11等のこの彗星は5月末には短周期彗星であると思われた。6月中旬、R. T. Crawford と W. F. Meyer は、1902年にGriggが観測した彗星と軌道が似ていることを指摘。だが、Griggの観測は十分でなかったので、1927年の回帰を待ってGriggが観測した彗星とSkjellerupが観測した彗星が同じであることが確かめられた。
1986年、Lubor Kresak は、1808年にJean Louis Pons
がこの彗星を観測していたことを報告した。Ponsは1808年2月6日と9日に視直径1度と観測していたが、そのときは地球に0.12AUまで接近していたことがわかった。
John Grigg (June 4, 1838 ? June 20, 1920) was a New Zealand
astronomer.He was born in London and married Emma Mitchell in
1858. In 1863 they emigrated to New Zealand and settled in
Auckland, however Emma died in 1867. Grigg then moved to the town
of Thames.He married his second wife Sarah Allaway in 1871 but
she died in 1874. He later married his third wife, Jane
Henderson, in 1887. In all, he had six sons and three daughters
by his three wives.The 1874 transit of Venus awakened his
interest in astronomy, which he pursued full-time starting in
1894. He began systematic searches for comets in that year.He is
best known for his co-discovery of the periodic comet
26P/Grigg-Skjellerup in 1902, which was his first discovery of a
new comet.
周期5.1年の、26P/Grigg-Skjellerup彗星ですが、今まで撮影したことがありません。周期彗星コレクターとしては4月に撮影チャンスを迎えるこの彗星をのがすわけにはいきません。3月15日(16日の明け方)に撮りましたが、いて座の星が多いところにあったので背景がうるさくなってしまいました。
この彗星、発見事情を調べてみると感動ものです。・・・1902年7月23日、ニュージーランドの
John Grigg が発見した彗星で彼は25倍の3.5インチ屈折で捜索中だったようです。翌24日は曇りがちでちらっと彗星が見えただけで、彼が彗星を確かめたのは27日に天気回復したとき。その後、彼は30日、8月2日、3日も観測した。しかし彼の情報は当局には伝わらなかった。今から100年前です。ニュージーランドからアメリカへの連絡ですから。
20年後、南アフリカ・ケープタウンの James
Francis Skjellerup は、1922年5月17日に彗星を発見。すぐに世界中で観測され、11等のこの彗星は5月末には短周期彗星であると思われました。6月中旬に1902年にGriggが観測した彗星と軌道が似ていることが指摘されたのですが、Griggの観測は十分でなかったので、1927年の回帰を待ってGriggが観測した彗星とSkjellerupが観測した彗星が同じであることが確かめられたのだそうです。後に、1808年にJean
Louis Pons
がこの彗星を観測していたこともわかったそうです。
その John Grigg ですが、20歳のときに英国ロンドンでエマと結婚し、5年後にニュージーランドへ移ります。が、4年後にエマは死にます。住居を変え、4年後にサラと再婚しますが、その3年後にサラは死んでしまいます。サラに死なれた1874年に金星の太陽面通過があって、ジョンは天文に興味を抱くようになります(36歳ごろ)。そして1894年(56歳ごろ)に彗星捜索を計画的に始めたのです。この26Pを発見したのはそれから8年後です。1887年(49歳ごろ)には3人めの妻、ジェーンを迎えています。
Skjellerupは、オーストラリアの無線技師で、彗星を発見したときは南アフリカへ仕事で出かけていたようです。
■2008年の回帰 archives整理完了
★★26P/Grigg-Skjellerup IIIYYYYMnL YYYY MM DD.DD eM/mm.m:r AAA.ATF/xxxx /dd.ddnDC /t.ttmANG ICQ XX*OBSxxf InT APERTURcamchip SFW C ## u.uu xx.x PIXELSIZE 26 2008 03 15.83 aC 15.4 HV 35.0C14A 80 0.3 5 ICQ XXxTSU02 1a 3S 0.43mSTLaKA1 SI5 5 10.2 1.1s 1.1 26 2008 04 08.80 aC 15.1 HV 35.0C14a720 0.4 5 ICQ XXxTSU02 2a 3S 0.79mSTLaKA1 SI5 5 10.1 1.1s 1.1 26 2008 04 11.82 aC 15.5 HV 35.0C14a450 0.4 4 ICQ XXxTSU02 2a 3S 0.43mSTLaKA1 SI5 5 8.9 1.1s 1.1 26 2008 05 15.78 aC 15.5 HV 35.0C14a540 0.3 5 ICQ XXxTSU02 1a 3S 0.69mSTLaKA1 SI5 5 8.8 1.1s 1.1
2008年3月15UTに35cmF14+STL11000M(3x3)で90秒露光を多数撮影。画像用はNo.8-23の16枚加算。測定はNo.12-23の12枚を加算した画像で行い、 西43'のHIP87109(1020HVF2,JohnsonB-V=0.652)と比較、吸収補正してm1=15.4等。
2008年4月8UTに35cmF14+STL11000M(3x3)で90秒露光を多数撮影。画像は21枚メトカーフ加算。測定はNo.1-8の8枚加算した画像で行い、 西1.7度のHIP94848(1007HVF,JohnsonB-V=0.504)と比較、吸収補正してm1=15.1等。
2008年4月11日に35cmF14+STL11000M(3x3)で90秒露光を多数撮影。ちょうど彗星の移動の向きに恒星があって、多くの画像が使えない。 画像はNo.7-11の5枚を加算。測定も5枚加算した画像を使い、北西1.5度のHIP95817(889HVF2,JohnsonB-V=0.622)と比較、吸収補正してm1=15.5等。
2008年5月15日に35cmF14+STL11000M(3x3)で90秒露光を18枚撮影。画像は16枚をメトカーフ加算。測定はNo.1-6の6枚を加算した画像を使い、 東1.2度のHIP101675(882HVF8,JohnsonB-V=0.529)と比較、吸収補正してm1=15.5等。
■2002年の回帰 条件が悪く観測されなかった。
■1997年の回帰 13等になったと考えられるが、太陽に近すぎたので、近日点通過後にわずかに観測されただけだ。
■1992年の回帰 T=1992 July 22.13
★COMET 26P/GRIGG-SKJELLERUP iauc7243によると、ジオット探査機によって第二の核が見つかったと言う報告がある。..AA179 1999年 10月
以下はジオットー探査機の情報(山田氏による)
●ESAのハレー彗星探査機「ジオットー」、グリッグ・シェレラップ彗星に接近
1992年7月10日15時30分36秒±46秒(UTC。これは地上局での信号受信時刻ジオットーから地球まで信号が到達するのに11分52.6秒かかっていた。)ジオットーはG−S彗星に約200kmまで接近した。 相対速度約14km/s。 実際には、彗星のほうがジオットーに追い付く形になっていた。この時、彗星の太陽からの距離は1.01AU、地球からは1.43AUであった。 1992年7月21日、ジオットーの軌道修正が行われ、1999年7月再び地球から約20万kmのところを通る軌道にのった。 そして23日17時07分、3度目の休眠状態にはいった。観測結果は,予想に反したものもあったようです.
[編注:ジオットーは通称カミカゼミッション、ハレーの核に最も接近し、カメラが粒子で壊れるまで画像を送り続け、大成功をおさめたヨーロッパ宇宙機関初の人工惑星である。
ハレーのコマの粒子でボロボロになったと思われるジオットは1990年に地球のそばを通過した。ためしにコマンドを送ってみたところ,その応答が返ってきて、ジオットはしっかり機能することがわかった。
そして、ジオットはGEM(Giotto Extendd Mission)となり、ジオット君としては3つの彗星観測へと赴くことになった。
メインのカメラは全壊しているが、マグネトメーターや、マススペクトロメーターなどは使えたそうだ。
さて、ハレー、グレップ・シュレラップともう1つ、ジオットが観測した彗星とは何でしょうか?答えは欄外です]
…………………………(文献: H. Boehnhardt et
al., 'Comet P/Grigg-Skjellerup Observations at ESO La Sillan
During GIOTTO Encounter Period', The Messenger, September, 1992,
pp. 38-40 山田)
■1987年の回帰 1986m T=1987 June 18.0 → 彗星観測写真ファイル2
★1987Jan.28.481,28.488 Feb.18.494,18.499日にTmax400で10分露出しましたが、天文ガイドの予報位置にはなにも写りませんでした。AA42 1987Feb.
★ 1987年3月18日に写しましたが、写りませんでした。 AA043 1987 Mar.
★ 1987年4月17.46267, 17.46840日にTmax400 8分露出したが月刊天文5月号の予報位置の近くには写らなかった。 AA 44 1987.04
★ 1987年5月19日にTP241510分露出で、月天6月号の予報位置にはそれらしいイメージを発見できませんでした。 AA045 1987 May
★? 1987年7月22日に透明度が良かったので 300mmと31pで写してみました。予報位置に14等程度のあやしいイメージがありますがすぐ近くに11等ぐらいの恒星があってはっきりしません。 AA048 1987.08
■1982年の回帰
1982年4月25日、12.5cmF6反射+サクラカラー400ネガフィルムで15分露出2枚撮影。
1982年5月21日、12.5cmF6反射+サクラカラー400ネガフィルムで10分露出2枚撮影と、15分露出1枚撮影。いずれもかぶりひどい。ガイド鏡なし、ノータッチ。
1982年5月26日、生石山で、12.5cmF6反射+サクラカラー400ネガフィルムで10分露出2枚など撮影。「ネガを肉眼で見て写っていることに気づく」と写真ノートに記載あり。
1982年5月27日、自宅で300mmF4望遠レンズ+TriXで撮影しているが、かぶりひどくてだめだ。
