2000年07月08日(土) 曇(現地)
2〜3時間程眠ったがまだ夜は明けてなかった。まあ成田−ダラス間の「夜」があまりまともじゃなかったんだけど。飛行中よく分からないものが下に見える。暗くて何なのかよく分からない。サルベージ船を連想させる。あとで思えば街明かりがあのように見えるのかも知れない。離陸してしばらくしてから幾つか見え始めた。どうやら夢見心地で脳をやられている? 一度下を飛行機がかなりのスピードで横切った。(あの大きさは自動車じゃあないだろう)戦闘機かなあ。領空侵犯してるのかなあ、俺達。(あたりまえだってーの。どこを通ってくんだよ)
エンジン音を聞きながら夜明け前の景色を眺めているうちに朝食が運ばれてきた。まだかなり暗いのに。また水がついてきた。たしか夕食とそのあとにも出てきている。飲み物とは別に。ゼリーみたいなパック入りのミネラルウォーターが。水だけ配られた時もあった。せっかく「ビール」という単語は覚えてきたのに。アメリカン航空のこのビンはアルコール禁止なのかなあ。チリはワインの産地なのに。朝食で一番参ったのはピラフの味がとても変。何の香辛料を使っているんだろう。青臭い。最後にはそのミネラルウォーターで流し込んだ。今思うとあの瞬間から味覚が破壊されたのかも知れない。
朝7時頃にはようやく明るくなってきた。シートベルトのサインが出て高度を下げ始めた。そんな時にニホンジンCAさんが(なんで名前憶えてないんだろう)入国カード等のチェックに来てくれた(大変だった様ね)。俺はサインを日本語で書いていた。書き直しですね、はい。もう一枚ずつもらいました。
夜明けの景色も飛行機の音も日本でのものとは違うように感じられる。日付変更線を越えて、北回帰線、赤道、南回帰線、そしていくつかの国境を越えてここまで来てしまった。いよいよ南アメリカの大地へ。
こんなすごい着陸してくれるとは…。視界不良のせい?着地直前に加速したかと思えばハネを思いきり広げてフルブレーキ。あまりのハネの揺れにそれがもげてどこかへ飛んでいってしまうかと思った。2週間程前に合衆国のどこかの空港に飛行機ぶつけたニュースがあったけど、まさかこいつが操縦してたんじゃあないだろうな。いやだあ、他のパイロットがいい−。いますぐー。(おせえよ)
着いた、無事着いた。命があった…。近くの席の子供連れの女性の荷物降ろすの手伝ってから飛行機を降りる。テレビがつかえて荷物が出てこなかったのだが、積む時はどうやったのだろう。CAさん達に礼を言って降りたけど受けがよかったらしい、「いい客だ、と言っている」と通訳してくれた。なんて照れくさい…。
いざ空港におりると何だか空港内にコート着て無線機持った男が多い。変なファッションが流行っているみたいだ。入国ゲートでも目についた。いよいよ入国審査。隣の列の男がパスポートを提示していると係員の告げ口でコートの男達にそいつは囲まれ始めた。いやだなあ、俺もああなるのかな。来たばかりなのに…。あ、順番が来ちゃった。係員の前へ。すると、「ドコカラ、キマシタカ」。ニ、ニホンゴだあー。日本人が何しにこんな所までくるんだ、そんな大勢は来てないだろうけど。ヨーロッパなんかで日本語で話し掛けられて詐欺だかなんだかにあう観光客の心理が分かってしまったような気がする。き、気がゆるむ…。係員のおにーさん、端末をいじり始めたかと思ったら席を立ちはじめる。お、おいおい。俺もなのかい?と一瞬思ってしまったが、隣のゲートで端末を操作したら問題なかったらしい。初心者向けのイベントなのかい?
入国審査をパスした後今度は自分の鞄をさがしに行く。ダラスでちゃんと積み換えてくれたか少し、いやかなり心配だった。出てこない。なかなか見つからない。あれがないと多分いろいろ困ると思うんだ。どこだーい。世界の迷子ー。結局はコンベアの向こう側に置いてあったのを見つけた。そういえば最後に飛行機から降りたから時間はずいぶん経っていたからなあ。税関審査も「申告なし」の列があってフリーパス。あっけなかったなあ。
日本を発つ前に頼んでおいた送迎サービスは現地の人が来た。(てっきり旅行会社の人だと思ってたけど)外注? だとは。そういえば一度も「スペイン語喋れない」とは伝えてなかったっけ。旅行までにはなんとかするつもりだったから。車に乗り込んで出発と言う時に空港正面に止まっていたパトカーの後部席に先程コートの男達にモテモテだったおじさんが乗っていた…。ひょええええ、何したんだよぉセニョール。(同じひこーきだったのかなあ)
有料道路だろうとなかろうと送迎のおにーさん飛ばしまくる。運転ちょっと短気。同じく相当なスピードのバスとかの間をけっこうきわどくすり抜けていく。やめてほしくても言葉が通じないから頼みようがない。たのむよおお。
曇り空の下走っていると街並が近付いてきた。想像していたよりずっと都会でどことなく日本を連想させる。(道中NECの看板も出ていたし)でもこの街って警官だらけ。服装も軍服のようなデザインだし。こわいこわい。
どこをどう曲がったのか分からない内にとある通りに入り込み車が止まった。一緒に降りて付いていくとアパートメント風の建物の1階のカウンターに柄の悪いにいちゃんが新聞読んでふんぞりかえっている。送迎のセニョールが話し掛けるとにいちゃんこちらをジロリ。えー、ここホテルー? おいおい、確かにホテルのランクにはこだわらないとは言ったけど、にいちゃん銃持ってないだろうね? 英語通じるの? にいちゃんひとの物は自分の物? とか勝手な想像を広げていたら送迎のおにーさんが「No」(ここじゃない)。よかったあぁ。
実はそこから2件隣が目当てのホテルだった。ふと見るとお向かいにアメリカン航空のオフィスがある。なんて都合のいいところだろう、チェックインしてからリコンファームに行こう。とりあえずはチェックインだ。おにーさんに礼を言ってチェックインをする。前金で$100とのこと。(予算めいっぱい)。かなり立派な部屋だった。スリッパないけど。荷物を部屋まで運んでもらってチップを渡した後旅行会社に電話をしようとする。チケットとバウチャーをオフィスまで取りに行く事にしていたのだ。電話の使い方が分からずわざわざフロントまで行き(電話での会話に自信がなかったため)なんとか連絡を取ることができた。支払いとバウチャーと航空券をオフィスまで取りに行くことにしてホテルの中で少しばかり迷子になった後出発する。「出かける」という言葉が分からず案の定通じなくてフロントでどたばたしたが、カードキーは持ち歩けばいいらしいとやっと分かってホテルを出る。電話の使い方を聞くよりもはるかに手間取ってしまった。ホテル前のアメリカン航空のオフィスはもう閉まってしまっていたが、明日空港でリコンファームすればいいやとこの時も大事なことにかけらも気付いていなかった。
電話では説明してもらったが事前に地図をもらってないのでやはり道が分からない。どこだダンキン・ドーナツ。首都は碁盤の目にするべきだと見当違いな不満を胸に秘めてもう一度電話するかと思い公衆電話を探したが、それよりも1ペソも通貨を持ってないことに初めて気付く。か、換金し忘れた…。銀行探したけどどこも開いてない。何で? き、今日土曜日だー!わあぁぁぁぁ、イースター島行きのチケットがあぁぁぁぁ。何しにサンチアゴまで来たんだあぁぁぁぁぁ。あちこち歩いたところでどうにもならない、とりあえずペソだ、小銭だ、マク○ナルドだー。目の前にマ○ドナルドがある。ここならひょっとして…。ドルが使えますように、ペソでおつりもらえますようにと願いつつ「スペイン語自遊○在」をチェックしてハンバーガーとフライドポテト(S)を注文する。何かセットの方がいいとすすめられる。コーラをつけてそれにした。持ち帰りにしてもらって「ドル札使える?」と示すとOKとのこと。旅行会社のひとに後で教えてもらったことだけどサンチアゴでも比較的大きな店やホテルでならドルが使えるらしい。何はともあれ100ペソ2枚手に入れてやっとこの間抜けな騒動が片付いて電話がかけられる。AM11:30、あと30分で旅行会社が閉まってしまう。もう猶予がない、はやくしないとこの旅行が終わってしまう。幸いすぐ近くだったので少し迷った挙げ句12時ほんの少し前にオフィスに着くことができた。一時はどうなることかと…。支払いの段になると、おやぁ?財布の中身が頼りないぞぉ。どうしたことだろう。払えない事はなかったのだけれど、手持ちに余裕が欲しかったのでカードでの支払いにしました、はい。イースター島への航空券はレンガ色のチケットだった。
ホテルへ戻ってきました。さあ大変だ、言葉が通じない。ルームサービス頼むだけなのに。なんとなく理解したが、母国語が英語の人相手とは違い、それがスペイン語の人対してに英語を喋る場合は勝手が違う。向こうも業務用の受け答えは難無く出来てもこちらのでたらめまで汲み取る事は出来ないようだ。飛行機ではCAさん相手には何とかなってもここでは相手が理解出来ない表現がある場合も多分にありうる。やはりスペイン語が大事だと思う。でもこちらの語学力は話にならないし、しかもセニョールまくしたてるから余計会話にならない。短気である。なにかダメな理由でもあるのかい?それも分からない。フロントの顔に「困ったなあ」と書いてある。なんとか頼んで部屋へ戻った時あまりの通じなさに途方に暮れる…。どおしよおぉ、日本行きの飛行機はあと8日後なのに…。
ノックの音で目が覚めた。どうやら眠ってしまったらしい。考えてみれば眠ったのは日本−ダラス間で3時間、ダラス−サンチアゴ間での3時間程のみだったからなあ。まあそのせいで時差ぼけにはならなかったようだが。時計を見るとPM7:00、一瞬ルームサービスがAMとPMを取り違えられたかと思ったが、入ってもらったらただのベッドメーキングだった。TVをつけてもスペイン語しか聞こえない。そうだよ、飛行機の中で気付くべきだったんだよ。機内アナウンス英語ですら聞き取れなかったじゃないか。その後遅くまで会話集とノートに向かい合うことになる。出た結論は、「いまさらどうしようもないじゃないか」
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