2000年07月09日(日)  晴れ(島は夜雨)

 次の日の朝、頼んであった朝食が来た。よかった、なんとか伝わっていたようだ。コンチネンタル風というのかな?パンの他はジュースとコーヒーのみの軽めの朝食である。なんだか変わったパンだ。イースト菌どうしたんだよ、と言ってしまうような半端なふくれ方をしたパンだった。まあ今の俺には食事が出てくるだけでも幸運かも知れない。でも変なパン。
 さあチェックアウトしなきゃ。どうやってしよう。やはりメモに書いて渡すしかないのか。しょうがない。今はなりふりかまっていられない…。やってみればたしかに一発だけどこれから先いつもこの手が使えるとも限らないし。なにより南アメリカまで筆談しに来たわけじゃないんだが。タクシーも呼んでもらってホテルのスタッフにチップわたして握手したあと運転手に地図(前日旅行会社でもらったもの)見せて、「この空港まで」と告げるとそそくさと乗り込んだ。6日くらいすればまたここに来るんだけど。タクシーのおじさんは英語が喋れたので少し助かった。たどたどしい会話をしながら空港へと向かう。それにしても、普通旅行ってこんなに苦労するものだろうか。言葉で困ったのは奥入瀬渓流以来だ。
 分かってはいたけど早すぎた。チェックインが始まるまで4時間以上はある。ただこの荷物抱えてこの語学力でどこかへ立ち寄る気にはなれなかったのと、最初からイースター島のことしか考えてなかったのでサンチアゴのどこへ行けばいいのか分からなかったからここへ来たのである。やはり日本人なんて俺くらいなものである。空港内を少しうろうろしてみる。でかい荷物を抱えて。両替所は下の方にあった。今度はあそこに寄ればいいんだな。とりあえずイースター島ではドルだけでも困らないはずだ。どちらかというと問題は島でのホテルを確保できるかどうか。呼び込みが多いと言うことで事前にあえて宿取ってないんだけど果たして交渉になるのかどうか。…野宿?
 アメリカン航空のカウンターがあった。が、人がいない。なんでだろう。って今日日曜だからだと随分あとで気が付いた。リコンファーム電話でするしかないのか…。何十分置きかにアナウンスがある。スペイン語は相変わらずほとんど聞き取れない。せいぜい英語で便名と時刻が分かるくらい。それでも放送の度に耳を澄ましていた。売店に飲み物を買いに行けばミネラルウォーターは「CON GAS」しか売ってない。なんでみんなそんなに炭酸が好きなんだ。退屈…の上に荷物があるのでトイレも不自由(まあこの荷物ひったくって全力疾走は誰だろうと無理だろうけど)。みんな俺がいつまでここにいるんだろうと思ってたのかな。ほとんど動かなかったからなあ。飛行機が飛ぶ度に人が入れ代わっていくが俺だけはいつまでもぼんやりして座っているからなあ。
 やっとチェックインの時間が来た。いよいよイースター島までノンストップだ、と思いチケットとパスポートをカウンターに出したら、「これある?」と入国カードを見せられた。何それ…。いつもらったっけ?どこだー、入国カード!「Just a moment,please!」脇にどいて荷物を漁り出す。俺の旅もここまでか?なかば泣きが入っていた時にコートのお兄さん(無線機携帯)が「セニョール、これじゃないのか?」と俺のパスポートに挟まっていた入国カードの複写を取り出した。「YES!」それそれ!おにーさんいーとこあるじゃん!助かったぁ(ていうか、その間ずっと自分のパスポートほったらかしだったのか)。Grasias,セニョール!やっとチェックインが無事?済んででかい方のバッグを預けた後一応アメリカン航空のカウンターへ行ってみる。やはり日曜だ。しょうがないな、明日にするか。電話越しの会話はあまり気が進まないが…。ひとりの男が近付いてきた。ただ近付いてきただけかと思ってたらなんと話し掛けてきた。もちろんここに知り合いなどいるわけがない。「悪いがスペイン語は分からない」と言うと今度は英語で話し掛けてきた。イースター島のホテルの呼び込みだった。おねーさんだか妹さんだかがやっているところらしい。まだサンチアゴだというのに、まさかもう呼び込みに捕まるとは…。朝食込みで1泊15ドルだというのでそこに決める。ホテルの名前は「VAICA P◆A(伏せ字)」というらしい。空港まで迎えが来るとのこと。
 金属探知機にまた引っ掛かる。係員は靴の金具のせいだと思っている。一応ボディチェックもクリアして搭乗ゲートへ。ここいらで何か買い物くらいしようかとも考えたが、チケットとゲートNO.が違うなと思いながら、でもLA833便と表示してあるし並ぼうかとしたとたんに搭乗開始になった。いいや乗っちゃえ。イースター島経由タヒチ行き。これに乗りたかったんだ。これに乗ってあの島へ行く為にここまで来たんだ。
 16:50離陸。飛行機ではまた窓側だった。今度はアメリカ人らしいにーちゃんが隣に座った。すまん、あまり話し掛けないでくれ。そっち隣にアメリカ人(らしきにーちゃん)がいるから、ねえ。(何のための旅行なんだか…)
 窓から見える景色は見渡す限り雲だらけ。いつまで行っても雲ばかりなので世界中曇かと思う程だった。日が暮れてゆき、目の前に夜が訪れる。イースター島へと近付いてゆく。ここはどこだろう。夢の中だろうか。なぜこれほどまでにこの島に惹かれたのだろう。暇をみつけては情報を漁って、何を頼めばいいのかよく分からないまま旅行会社へ行って、とうに期限の切れたパスポートを取り直すため会社を休んで国際運転免許証も取って、乗り方も乗り継ぎの仕方も分からないまま飛行機に乗ってルールも言葉も分からないのにゲートくぐって入国してここまで来た。もうすぐイースター島へと辿り着く…。
 21:50空港へ着きタラップを降りる。足下がなんだかおぼつかないようだ。高い湿度。むせかえるような海風。ここがイースター島なのだろうか。熱に浮かされているような気分だ。
 空港ロビー(?)に行くとうわさ通りホテルの呼び込みが結構集まっていた。サンチアゴの空港でのタクシーみたいだ。「VAICA P◆A」に決めてあると言うと外で出発寸前の「送迎バン」を呼び止めてくれた。サンチアゴでセニョールにもらったメモを見せて挨拶して乗せてもらう。車の中にもうひとり宿泊客らしい人がいた。感じからして女性のようだがどうやら俺のせいで宿へ行くのが遅くなっているらしい。ばつが悪くて何も言えない…。ガタゴト道をホテルへと向かう。街灯なんかろくに見かけない、真っ暗だ。
 ホテルに着いて部屋へ案内されるまで待っていると他にヨーロッパ系の男性が同じように待っていた。挨拶をしたり会話をしようとしてたりしているとサンチアゴでのセニョールが来て相部屋で泊まってくれないかと言い出した。なんと言っていいか考えあぐねていると彼が「No.Separate,please!」と言ったので助かった。後で考えてみれば言葉の通じない者同志で相部屋になって、物が無くなったりでもしたら収集がつかなくなってしまう。やれやれ。
 サンチアゴでホテルの写真を見せられていたのであまり大きな期待は持ってなかった。が、設備は結構立派かも。タオルは洗ってあるし。シャワーからお湯は出るし。唯一だけどコンセントもあるし。スリッパはないけど(TVもないよ)。雨だってへいちゃらだし(そらそーだろ)。ベニヤと角材でできたクローゼットもある(フォローになってないかな?)聞いたら灰皿も用意してくれたし。サンチアゴの空港でぼけっとしてた時にはこれだけの設備の所に停まれるとは思ってなかった。さい先がいい。
 人心地着いていると飛行機の離陸する音が聞こえた。タヒチへと向かうのだろう。明日からの日程は頭の中同様まったくの白紙である。ここにたどり着くまでに金以外のいろいろなものを使い切ってしまった感じがする。まあ明日宿から出てから考える事にしよう。枕元のスタンドの光の中、持ってきたラジカセでこちらのFM放送を聞きながら日記を書き足して雨音を聞きながら眠った。
こんなに遠くまで来てしまった。


2000年07月08日へ         2000年07月10日へ


旅行記ダイジェスト版へ