2000年07月10日(月) 晴れのち雨
明朝、AM6:30を過ぎたところで目がさめる。まだ真っ暗だ。どこか近くでにわとりが大合唱している。(飼っているんだ…)明るくなってきた頃にベッドから出る。
よく晴れた穏やかな朝だった。部屋を出てとりあえず外のテーブルで一服する。昨日の少し熱にうかされたような気分がよみがえる。俺は今イースター島にいるらしい。今一つ実感が湧かないが、ここはイースター島。絶海の孤島。この島の近くには他の島も大陸もない。静かだ。なんだか不思議な気持ちだった。本当なら俺はここにいるはずはない男なのだが。半年前にはこんな事は思いもしなかった。…ここでの俺は、何かしなければいけないことがあるわけではない。どこかへ行くのに誰かの断りもいるわけではない。
朝食のために食堂?へ行く。俺が一番乗りらしい。この俺が。サンチアゴで見た元気のないパンに取りかかると(どうもチリ独特のパンらしい)、多分宿の主人らしい初老の女性が壁に掛けてあるイースター島の地図を示して、どこに行けばいいか教えようとしてくれる。前夜宿に着いた時顔をあわせていて俺がスペイン語からっきしだとは知っていたのだが。
そのあと昨夜の送迎バンで一緒だった女性と今日帰国すると言う夫妻があらわれた。なんと宿泊客のほぼ全員日本人だった。南太平洋の孤島のこの宿だけ異常に日本人の人口密度が高いことがとてもおかしくなってしまった(後日知ったが、こんなシーズンにこの宿だけでさらにひとりふたり)。他にはアメリカ人らしい小学生位の女の子が(親とかな?)泊まっているだけらしい。まあ部屋数もそんなもんかな、見たところ6部屋くらいだし。その夫妻は仕事でアメリカに居たらしいが転勤で日本に帰ることになり、ここですでに数日過ごした後で今日島を離れるそうだ。
そういうわけで食卓での会話はしばし日本語だった。島の巡り方で会話になったが、雨期なのでやはり何か乗り物があったほうがよいとのこと(夫妻はレンタカーで回ったらしい)。昨日一緒に来たIさんがバイクだとどうかと聞いていたが腕によるという返事だった。どんな道なんだ…。朝食後車を借りに行った。
ホテルのすぐそばにレンタカー屋があって1日$50らしい。日本車である。スズキ?の「サムライ」とかいう車(エスクードクラス)で、エアコンとパワステはないけど4駆でカーステはついていた。2泊借りることにした。同じホテルに泊まっている人と一緒に近くのの観光案内所へ島の地図を探しに行った後リコンファームとかのために電話交換所へ行く(付いてきてもらったと言う方が正しいかも知れない)。どこへ行ってもスペイン語だらけ。交換所でもそうだった。AAに日本語サービス(え〜?かけるの〜?情けな〜)があったはずなのでまずそこへ掛けてもらったのだが、通じないらしい。どうやら日本でいうフリーダイヤルみたいなもので、頭の"800"というダイヤルではここからは通じないらしい。あきらめて別の番号へ掛けてもらったら最も恐れていた「音声ガイダンス」が流れていて(多分ガイダンスに従ってダイヤルしてつなぐんだろうけど)どうも何を言っているのかよく聞き取れない。え、俺日本に帰れない? どうもそう言っているように聞こえる気がしてきた。合衆国のばかぁ〜。同じホテルの一緒に付いてきてくれた人がランチリ航空とかにこういう場合何か方法がないか聞いてみるかとかいろいろ提案してくれるが、何か教えてもらうんだったらサンチアゴの旅行会社にAAの事務所の番号を教えてもらう方がいいかなと思った。それだって筋違いだと言えばそうだけど。とりあえずホテルの荷物の中に番号書いた封筒があるので取りに戻って荷物を漁ると、奥の手の登場!旅行前に保険に入ってあってその相談オフィスの番号の乗っているガイドブックと保険証が出てきました!とにかくAAの番号だけでも(できれば直通で)教えてもらおうと思ってもう一度チャレンジ。で、電話が遠い、とても遠い…。声が小さい…。モアイが古いせい?。こんな事でも孤島へ来たと実感。一通り状況を説明してなんとか用件が伝わるとなんとリコンファームまでやってくれるとの返事だった。J○Bの水○さーん、ありがとー。それとこんなことに長々と付き合わせてしまってIさん申し訳ありませんでした。(注:ただし、これは本来の旅行保険の使い方ではないかも。あしからず)
さて、気を取り直してスーパーで昼食など買い物してオロンゴへ。さっきからどうも右側通行に馴染めないな。14年も左側通行しかしたことないから無理なのか?雲行きまで怪しくなってきた。あんなにいい天気だったのに。でもやっぱり怪しいのは私の運転。今俺はどちら側通行だ?ややこしい。
オロンゴへの坂道、なんだかやけにタイヤが滑るような気がする。道路はとてもいい色した赤土で所々タイヤを切り裂こうと尖った石が出ている。ひやひやもので運転する。坂を登る途中日本人と思われる人を2人見かけた。徒歩でラノカオを目指してる!いまこの島へ来る日本人は単独行動が好きな人ばかりのようだ。他の季節も自力でこの島へ来るのが基本なのだろうか。
ほんとに雲行きあやしい。展望台のような所でハンガロア村をバックに写真を取っていると降り出してきた。オロンゴの駐車場みたいな広場まで行って車から降りたらまた降り出した。俺は雨に狙われている。仕方なく車内で昼飯を食べていると(缶切りは元々持ってきていたが、気付いたらなぜかフォークとスプーンも鞄に入っていた)1人のヨーロッパ人らしい男性が助けを求めに来た。歩いてきたらしいが雨で身動きが取れなくなったらしい。確かにすごい雨だもんなあ。3人いるとのこと。OKを出すと3人を乗せて出発。俺から見ても片言の英語だったことからどうやらスペイン語圏の人らしい。ふもとの宿まででいいとのこと。それでも何にしろ「ろくに喋れない」のにこんなとこまでのこのこ来るのは俺くらいのもののようだ。普通2か国語くらいはなんとかなる様子の人たちばかり。
彼等を降ろした後、島の西側をまわることにする。空港の周りにもモアイがひとつあるらしいのだがどうしても見つからず先に進む。道の左前方に初めてのモアイが立っていた。近くへ行って見てみるとあとで修復されたものらしく、こう言っては何だけどなんかモアイらしくなかった(地蔵みたいだ)。それから探して回るのだが次がなかなか見つからない。というか、ガラスが曇ってすぐ前が見えなくなる。いくつも通り過ぎているようなのだが視界が悪すぎて運転でいっぱいいっぱい。やっぱりエアコンは欲しい。さっきから舗装されている道路を見ていない。この島の道はとても水はけが悪く、ところどころ水たまりというより池ができている。
初めて見る景色の中荒れた海を眺めたり、雨に打たれたり、同じ道へ出てしまったりしながら車を走らせてゆく。
最初のトラブル発生!考えなしに「池」の中で止まってしまったらその後動かない。最初のスタック。ああ空回り。ただの前進後進では動きそうもないので、前進とバックをくり返しながらハンドルを左右に切っていたらなんとか脱出に成功した。力わざである。ボンドカーじゃないしだめだったらどうしようかと思った。悪天候であまり車が通らない所だから下手をすれば「宿を確保しておきながら野宿」となってしまうところだった。やれやれ。
今日はラノララクはパス。というか車から出たくない。やみそうな気がしないくらい降っている。アウ・トンガリキへ向かう。俺の知っている「モアイ」がそこにあった。大阪の万博に出展だかなんだかされたものらしい。あったあった。こんなもんどうやって地球の反対側まで運んだんだろう。発想もそうだがやることも分からん。雨の中のモアイ達をしばらく眺めたあと、テ・ピト・クラとアナヶナ・ビーチまで行ってみることにする。
2回目のトラブル発生!下り坂でテールがスライドを始めた!やばい、スピンする…。映画のスタントじゃあるまいし。なんだこの道は。雪道よりひどいかも。島に来てまだ一日も経ってないのにこんなところでひっくり返るわけにはいかない。都合5、6回ハンドルを切り返してやっと制御が戻る。あー台なしかと思った。
倒れたモアイと「世界のへそ」のテ・ピト・クラに到着。石で囲ってないとそれだとはよく分からないかも知れない。実際、俺だったら見逃してしまうだろう。一応その石っころの写真は撮ったけど(見る人の価値観にもよるのかなあ)。さて、次の被写体。ガイシャは推定1000歳?。「モアイ殺人現場」の写真を撮っていると雨足が激しくなる。真相は闇の中…かな?
アナヶナ・ビーチまで来るには来たが、ビーチ以外に何もないような気がする。というか、わざわざこの雨の中車から出る気になれないだけなんだけど。またにしますか。
村以外では島内唯一と思われる「鋪装された幹線道路」をハンガ・ロア村へと向かう。初めて車らしい速度で走る。あと少しで村に着くという所で今度は倒木が道を塞いでいる。次から次へと…。このくらいの木ならと押してみると、お、動いた。予想よりは軽い。何とか「サムライ」が通れるだけの幅ができたので後はほったらかしにしてその場を後にする。走り出した時にバックミラーにようやく後続車が見える。おそいよセニョール。
村へ到着した後人に道を聞きながら普通観光マップでは通らない私有地みたいなルートでMUSEO(モアイ博物館)へ行き着くと既に閉館の時間は過ぎていた。…明日出直してきます。
ホテルへ戻ってみて気付いたがここはなかなかいい条件の場所なのだ。港まで歩いてすぐだし、スーパーマーケットや土産物店もちょっと歩くだけ。適当に決めたホテルがここまでなら文句なし。自分で探しだしてこのホテルに決めた人もいるらしいが、どうやって見つけたんだろう。
港のレストランで夕食を取る。スペイン語と英語の他、日本語で書いてあるメニューまであった。メニューの中に「SASHIMI」もあるらしいが頼む人いるのかな。名前の思い出せないパスタ(ほうれん草入りだったかな?)を頼んだら機内食の草が入っていたようだ。においで分かる。このころには大して気にならなくなっている。後で思うとこのころには俺の味覚は既に壊れていたようだ。べつのテーブルからカタカナで「カンパイ」の声が聞こえる。この店の奥さんが日本人のCAだったらしい。
食事が終わって外に出ると土砂降りだった。歩いて行ける距離を車でホテルへと戻る。Iさんがデジカメの充電ができなくて困っている。エクアドルとはプラグが違うらしい(電圧は知らんけど)。旅行前に買っておいた変圧器(小)がちょうど使えそうなアンペア数なのでお貸しした。俺のカメラの充電器はここへ来るまで知らなかったけど元々240Vまで対応、プラグはドライヤーの変換コネクタが使えた。旅行会社に事前に確認してあったので電気には困らなかった。某旅行案内本にはイースター島は110Vと書いてあるが、実際俺の泊まったホテルはサンチアゴと同じ220Vの丸い端子のプラグだった。100回読んだり聞いたりしたって1回行ったことにはならないということかな(?)。実際ここに来るまで雨期の様子は分からなかった。基本的に雨だって嫌いではない。休みの日に雨でもそれなりの過ごし方があるし。4日もここにいればたまには晴れるだろう。土砂降りを堪能した(?)初日だった。
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