2000年07月14日(金) 晴れ

 チェックアウトの朝。食堂のテーブルに昨日来たばかりという日本人の方がいた。英語は喋れるとのことで、この島を廻ったらイグアスの滝を目指すらしい。本人は英語は中学レベルと言うが私から見ればりっぱだと思う(私の英語は中学時代から真っ赤っ赤)。朝食後に支払いを済ませて、昨日から何度か調べておいた御礼の言葉をスペイン語しか話せないホテルの主人に伝える。やっぱりうまくは喋れなかったがどうやら伝わったようだ。握手を交わす。
 それにしても一体間に合うのかという時間にホテルを後にする。そういえば私が来た日に入れ違いで地ぇくアウトしていった日本人夫妻も「もう遅れてる」と時間を気にしていたが間に合ったのだろうか。そういう私ももう遅れている。普通10:30の飛行機に間に合うには8:30までにチェックインを済ませなければいけないと思うのだがもう9時過ぎてる。またしてもここだけの時間があるのか、それとも国内便に限って気にしなくていいのか宿の人は落ち着いたものである。
 行ってみれば確かに何ごともなくすんなりとチェックインが済んだ。空港税も確かに込みになっているとのこと。空港の土産物屋ものぞいてみたが、日本でのノリの至れり尽せりの土産物はやはりどこにもない。自分用に木彫りのモアイ像(今MACの隣にあります)と何かの小物入れ、キーホルダーを買っていく。この空港にもバーだかレストランだかがあった。のぞいてみようかという誘惑にかられたが時間が迫ってきたので探知機を鳴らした後1番ゲート(タラップ)へ向かう。
 例によって何となく乗り込んでシートに着く。ほどなくしてLA834便が動きだした。本当にいい天気だ。この島とも、しばしお別れである。
 また窓側だったが隣に座った人は(ヨーロッパ系?)とても親切な人で、なぜだか私が「全く」喋れないと思ったらしくよくCAさんとの取り次ぎをしてくれた。(どこでばれたんだろう)
 トイレから戻ってくる途中声を掛けられる。思い出した。初日のオロンゴで車に乗せた3人のセニョールのうちの1人だった。御礼を言われた。少し照れくさかったがなんだか嬉しかった。私とは反対側の席には同じホテルだったアメリカ人の女の子がいた。目で合図したつもりだったが、憶えてないだろうなぁ。
 日が暮れはじめる頃サンチアゴが近付いてくる。夕陽に染まる山を見て隣の彼は「火山」と表現する。上空を旋回して着陸体勢に入る。…思い出してしまった。サンチアゴ初日の着陸を!思わず緊張する。くわばらくわばら(この国でも通じる呪文なんかい)。
 結局何の心配もいらない着陸で空港に降り立ち、ゲートへと向かう。島から電話で依頼しておいた創芸サービスの例のセニョールが待っていた。運転は相変わらず短気。ラッシュであまり動けないが車間距離を少しずつ詰めていく。やめてくれぇセニョール、前の車はさっき半クラへたくそだったじゃないかぁ。
 良くは分からないのだが、この辺は貧民街でもあるのかな?さっきからラッシュで止まっている車相手に花束を売るか窓ふきをしている。最初は見かけた花売りは男ひとりだけでくるくる回りながら何か言っていたので彼にドラマチックな事でもあったのかと勝手に解釈していた。少し進んだ所でそうじゃない事が分かったのだが。一言断って窓ふきするのはまだましなほうで、いきなりフロントガラスに洗浄液を吹き掛けるつわものもいた。女の子だったけど。南米1の治安の良さをほこるサンチアゴのもうひとつの一面をこれから見る事になる。
 空港から1時間程かかってホテルに到着。スタッフと再会。みんな私を怖がってないだろうか。喋れない事がばれているから。今度は4階の部屋だった。最初に着いた当初荷物を運んでくれた彼とはその時に少し英語で会話していたので彼は笑顔であった(初日に電話のかけ方を教わったのも彼から)。エレベータに乗る途中でも「ISLA_DE_PASCUAに行ってきた」と話をする。チェックインの際にまたしょうこりもなくモーニングサービスを頼んでみたが、部屋でくつろいでいると「恐怖」の電話が鳴る。旅行中最も恐れていたケースである。顔を合わせてさえいれば最終的にはなんとかなるという気にもなるが、電話での会話では語学力のウェイトが高い。何で鳴るんだよ。どうしよう、取らないわけにもいかないし。おそるおそる受話器を取るとフロントからだった。神経を集中して聞いていると案外大体の内容は分かった。どうも朝食込みで支払済なので朝食は下のレストランでとってほしいと言っているようだ。分かったと返事をしておいて受話器を置く。相手もさぞかしほっとした事だろう。なにしろモンダイジ相手だから。受話器を置いてへなへなとなると、少ししてまた電話が鳴った。今度は間違い電話だった。
 煙草が切れる。フロントへ行って煙草がないかどうか聞いてみた。外へ買いに行かないとないらしい。道を教えてもらって出かけると、ほどなくして「24H」の看板を出している店を見つける。煙草とミネラルウォーター(SIN GAS)を買ってホテルへ戻る。
 やっとひとごこち着いてテレビを見る。さすがこちらのCMは何かとおおげさである。ほかのチャンネルに変えるとなんと日本のアニメをやっていた。こんな地球の反対側で…あきれた。もちろんスペイン語の吹き替えで「DETENGANLO〜!」とか言っていた。
 最後にCNNスペイン語版を見る。イースター島でも他の日本人から今どうなっているのか聞かれた事がある三宅島が噴火したニュースをやっているところだった。日本を発つ前までは地震の震源が三宅島から神津島にシフトしていたころだったので意外な気がした。


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