2000年07月16日(日) 晴れ
南アメリカを離れる朝が来る。シャワーを浴びながら名残惜しさを感じていた。朝食に1Fのレストランに行くと、私を見て目が「にやにや」するスタッフがいる。今朝もお仕事かい?「How are you?」と話し掛けられる。「I'm fine! Thank you」。何枚かの皿を構えた後、ハムとフルーツをまた欲張って頬ばる。コーヒーを飲んでくつろいだ後レシートにサインしていよいよ荷物をまとめ始める。何度目かの日記の書き足しをして、チェックアウトタイムぎりぎりの11:30にロビーへ降りてゆく。
フロントでは「レオン」と「まくしたてるセニョール」が見送りに出てきてくれた。初日のベルボーイの彼は休みのようだ。今朝から見かけていない。「レオン」に「また来るかい?」としきりに尋ねられる。また来たいと思っているのだが「まあ多分」としか答えられなかった。頼んでおいたタクシーが来ている。バーの料金を支払ったあと、ホテルスタッフと握手を交わす。イースター島の時のように御礼を伝えるがうまく伝わったかどうか自信がない。タクシーに乗り込み、窓の外の写真を2〜3枚撮ってポケットへ詰め込む。運転手のセニョールが英語で話し掛けてきては片言で返していると空港に到着した。料金とチップを渡すとチップが相場より少し多めだったようだ(1割ちょい払ったのだが)。たいそう喜ばれて「Good Chip」とか何とか言うと荷物を降ろした後肩に掛けさせてくれてお見送りしてくれた。
もちろん空港到着は早すぎ。同じ日曜日なのにアメリカン航空のスタッフが今度はいやがった。何で先週いなかったんだよ〜、と言いたくても言えず、代わりにチェックインタイムを尋ねる。PM5:00からという返事だった。あと4時間この荷物とつきあうのか…。島へ行く時に利用した売店のブースとは反対側に何件か店があったがよく見てみるとブランドものの店ではなく土産物屋だった。大荷物に足が生えたような格好をしながら土産物を買ったり、ブースでジュースを買って飲んだりしながら行動範囲を広げていった。イースター島行きのフライトの時間が近付いてきた頃日本人3人のグループとカップルが1組これからまさに島へと向かう所だった。先週私が向かう時はこの空港に日本人の姿を見る事はなかった。何だかあれからずいぶんと時間が経ったような錯覚にみまわれる。1階下(3階だったかな)にはフードコーナーと電話会社のカウンターがあった。昼は上の階にあるコーヒースタンドみたいな感じの店で済まそうかと思っていたが、ファーストフード店のメニューの目玉焼きを見て気が変わりそこで食事を注文する。どういうわけか目玉焼きは時々どうしても食べたくなってしまう。イースター島でもそれで一回失敗している。味が薄かった。と言うよりほとんどなかった。ひょっとしてどこか目につかない所にスパイスでも置いてあったのだろうか。
出国ゲート付近に行方不明になっている子供達の手配書が貼ってあった。このような事が南アメリカでは少なからず起こっている様子。平和な国の住民から見れば、おぞましい事だと思う。何と引換えにさらわれる事になったのだろう。無事でいるといいのだけれど。何で弱い者を狙うのかね…。
4階?の公衆電話コーナーに行って硬貨で日本へ電話しようというもくろみは失敗する。そろそろチェックインの時間、のはず。それが済んでからにしよう。そういえば5時は過ぎている。確かに5時からと聞いた。なのに「AMERICAN AIRLINE」と画面表示の替わったチェックインカウンターにはだーれもいない。日本へ帰さないつもりか?待てど暮らせど開く気配はない。ランチリは開きっぱなしなのに。ストでもやっているのか?そんなニュースは見た憶えがないが。うろうろしはじめてしまう。壁際の所に大きな檻に入った犬とアメリカ人らしい男性がいる。檻持参で飛行機に乗るつもりなのかなと思っていたが、様子からして盲導犬ではないかという気がする。犬だけならともかく檻付きで一体どこへ乗せる事になるのかな。それほど大きな檻だった。人だって入るくらい。
突然行列ができ始めてあわてて列に加わる。並んでいる場所が正しいのかどうかよく考えてみると分からない。ただ早くから空港にいた意地があっただけのことである。カウンターのどこから湧いて出たのかスタッフが持ち場に付きはじめた。特に行き先を示した画面がない。とりあえず順番が来たら自分のフライトがチェックインできるかを聞いてみよう。時間はまだあるし。 私の前でどこの国のバンドメンバーか何かのような服装をした男達が、人間だって入りそうな程のいくつもの大きな箱で場所を占領していた。空港以外ではどうやってこんな大荷物で行動していたのだろう。とにかくカウンターのひとつが開いて次は俺の番なのだがその荷物を運んでいた空きカートが邪魔で通れない。私のカートが通らない。邪魔だぁ、どきやがれ。おまえら今すぐ縮め!自分のカートを片付けて荷物を抱えてカウンターへなだれ込む。自分の番が来てからずいぶんと経ったような気がする。ここでチェックインしてもらえたので、やっと大きな荷物から解放される。どうも何処行きだろうと一緒くたにチェックインしているらしい。国際便のうち夜になってからのフライトはほとんどが合衆国行きの便のようだ。南米大陸内で夜半過ぎのフライトはキト行きくらいだった。
電話をかけるために今度は3階にカードを買いに行ってみる。4階の公衆電話のとは別の会社だった。(CTCという会社)日本へ電話したいと伝えると国際電話の掛け方も教えてくれた。気がつくといつの間にかあんちょこも何もなしで会話している。え…そういうものなのかい?一体いつから…。3,000ペソのカードを買う。国番号より前に「0(セロ)」2回まわすとつながった。カードはずいぶん余ったみたいだ。もう少し土産物を見て回った後出国手続きに入る。いつもは金具だらけの上着を手荷物と一緒にX線に通すのだが、つい着たまま探知機をくぐってしまった。これで全ての探知機を鳴らした事になった。係員が尋問っぽく胸に何が入っているのかつっついてくる。まあ待てセニョール、いま全部出すからとカメラを出したところで「OH,I'ts no plobrem」。これって反応するのかい?通してくれるのならどうでもいいけど。DUTY FREEで会社への土産物を探す。今年は他の課の人で2〜3人海外旅行に行っていてマカダミアンナッツは封印されている。困った。なかなか手頃なものがない。野菜や果物の形をしたお菓子(だったのだろうか)があったのでまず7個くらい入った袋を買って味見する。これならまあいいんじゃないかな?(後日談:日本であとで自分でも口にしたが甘過ぎてとても食えなかった。こわれものの舌はあてにはならない)その他にモアイ型のピスコとDUNHILLを買っておく。ほかも見て回ったがなかなかこれはというものは見当たらない。土産漁りもここまでかなと観念する。バーにもよってみたかったのだがもうそろそろ時間。いろいろな人に助けてもらって乗る事のできる飛行機の搭乗ゲートへと向かう。
いままではてっきり機内持ち込みの荷物はみんなひとりひとつにしていると思っていたが、大半の人が土産以外にも荷物を複数持込んでいる。いくつもの荷物がくるくるくるくると宙を舞い続けている。アナウンスが聞こえる。搭乗ゲートで並んでいる時に1回、シートに着いた時に1回二人程呼び出しをくらっている。そのふたりは何をしているんだろうか。
飛行機が動き始めた。早口のアナウンスが流れる。とうとう南アメリカを後にする時間がやってきた。いろいろな人に出会った。同じ時を過ごした人達もいれば、同じものを見た人達もいた。もの悲しいような思いにふける。加速が始まった。
AA946便ではまた窓側であった。サンチアゴの夜景もまた素晴らしいものだった、が、また撮影に失敗した。エコノミークラスのためかこれまでも大体座る席というと羽の真横なのでチャンスは一回こっきりになってしまう。今回は夜景と南十字星の撮影にはとうとう恵まれなかった。
チリへ来る時に入国カードの記入方法を教えてくれたCAさんがまた同じ便に搭乗していた。むこうもこちらを憶えていてすぐ声をかけてくれた。落ち着いた頃に少しおしゃべりをする。席に戻って窓から下を見るとまた「サルベージュ船」のような明かりが見える。夜中なので一体何処を飛んでいる事やらさっぱり分からない。
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