2001年 7月 31日
 チリのMトラベル様にメールを打つ。1US$がいつのまにやら120円を越えていた。そのためだけでもないけど、今年はサンチアゴ−イースター島間は格安チケットを狙っている。とりあえず予定している日程と、去年と同じようにメールで手配してもらえるかを問い合わせる事にする。
8月 1日
 去年お世話になった旅行会社の窓口へ行く。成田−サンチアゴ間の空きがあるかどうかと、料金の相談で。一番安いマイアミ経由(だったかな?)はもう満席でダラス経由なら空きがあるので取ってくれるとの事。帰国日のみ後日連絡する事にして(申請した休日の日程をど忘れしたため)申し込み書類に記入して預かってもらう。
 メールの返事が来ていた。フライトスケジュール、条件、支払期限、支払方法を教えてくれた。料金からすると格安チケットである。休暇を確認したら日程を3日延ばせたので復路の変更と、チケットが郵送らしいので名前と住所、それとパスポート番号を知らせる。その際にサンチアゴでのホテルの手配もできれば去年と同じホテル希望で依頼する。(イースター島での宿泊は、また成りゆき任せ)
8月 2日
 日本の方の旅行会社にTEL。希望する帰国日を伝えてチケットの手配を依頼する。後日返事をくれるとの事。午後、即返事が来た。成田→ダラスが危なかったが予約できたとのこと。フライトスケジュールと料金を教えてもらう(仕事中なのに)。
 夜更かししていたらサンチアゴより返事が来た。変更可能との事。料金は一緒だった。支払期限(入金)は遅くとも8月14日との事。宿泊の件と一応希望予算、リコンファームの要否と空港税について確認のため返信する。メモを会社に忘れてきてしまったので大雑把な日程も伝えておく。
8月 6日
 帰宅するとメールの返事が来ていた。サンチアゴのホテルもOKで、空港税は料金に含まれると言う返事。リコンファームはしてくれるという返事だった。チケットを引き続き確保中なので最終日程を知らせて欲しいとの事。会社から送ってあったフライトスケジュールを記したメールを見ながら到着予定と出発予定を返信。支払はカードにしたい旨も伝えておく。
 夜更かし中にまた返事が来た。料金を知らせてくれた。ホテル代や空港税など全部合わせると708US$、481,667ペソ(当時の金曜日までのレート)になるという。送迎サービスの返事も来ていたが、1人だとタクシーより割高という事だった。タクシーにしよう。これで昨年より500US$ほど費用が減る!
 困った事がある。クレジットカードの同意書が添付されていたのだが、WORD形式だ。ワープロはもとより、エディタすら持ってない。それに加えてカードやパスポートのコピーもFAXで送信して欲しいと書いてある。もちろん持ってない。仕方がないのでとりあえず会社の自分宛に添付ファイルを転送する。
8月 7日
 更に困った事に、会社にメールが転送されていない。メッセージルールや受信拒否などの設定もしていない。どうしたことだ。今年はすんなり行くかと思えば…。帰宅後に送迎サービスのお断りとアーリーチェックインの可否の問い合わせのついでに、WORD形式では開く事が出来ない事と閲覧可能なファイル形式を伝え、もしそれがだめなら会社のアドレスへ送信してもらうように依頼しようと思い送信したところメールが1通届いた。「イースター島パック」の案内だったが、WORD形式のため結局内容を見ていない。
 エンコード形式をいじってみてもう一度会社への転送を試みて今日はここまでにする。
8月 8日
 メールの返事が来た。アーリーチェックインは当日部屋さえ空いていれば可能で必ず出来るとは言えないという返事だった。前日添付されていた「イースター島パック」の案内も書いてあったが、もうガイド付きの旅行をする気はないので見合わせてもらう。また、同意書もファックスで送らせて欲しいとあったがそんなもの個人で持っていないので、他に何か手がないか頼んでみる。
8月 9日
 会社側へメールを送ってもらった。同意書はJPEGだった。これなら自宅でも見る事だけは出来たが考えてみれば返信しようにもスキャナを持ってない。こんなことなら買っておけばよかった。考えてみれば14日といえば来週前半である。もう長々と悩んでる暇はない。どうしようか。
 駅前の旅行会社からTELあり。航空券の準備ができているとのこと。来店した際に旅行保険の加入とアメリカン航空サンチアゴのオフィスの電話番号(リコンファーム用:今回もイースター島行きが日曜なので念のため)を教えてほしいと頼んでおく。
8月11日
 結局他に方法が思い浮かばないので某所よりパスポート等のコピーとサインした同意書をFAXで送信した。同時に送信しておいた旨をメールで伝えておく。これで段取りは大体済んだ。あとは国際運転免許証の申請と旅行保険の加入が済めば荷造りのみのはず(予防接種は結局行く暇がなかった)。あぁ、荷造りか…。また今年も悩みそうだなぁ。どこまで削る事ができる事やら。

8月某日  親戚で不幸があった。日程的には微妙だったが、なによりイースター島に行ってしまうと日本からの連絡方法が確保できないのと例え連絡を受けたとしても帰るには飛行機がないことにはどうにもならなくなってしまうため旅行を断念する事になった。2つの旅行会社の担当者の方に今までの御礼を伝えてキャンセル料を知らせていただくようにお願いした。駅前の会社の方が出発日よりも前に支払う必要があったので、何とか時間を作って支払にいった。



 2001年の旅行計画は以上で中止という結果となりました。不幸自体もあって私自身、なんだか気力が萎えてしまいましたが、それでも遺族の方の気持ちにくらべればたいしたことではないと思います。この続きは落ち着いてから、機会がまたあるのならその日までということで。再会したい人達がいるのです。多分、いつかはもう一度旅立つでしょう。


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