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日付
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旅行記ダイジェスト
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写真
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2002年
08月19日(月)
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台風です。台風が来やがりました。
時間通り動いたのは自宅−東京間だけ。
あとのダイヤはもう滅茶苦茶。
気流の乱れで飛行機が揺れるばかりか
機体が心なしかねじれだしました。
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自宅 → 東京 → 成田 離陸
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08月19日(現地)
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何度も何度もがたがた揺られて
どうやら合衆国に着いたらしい。
問題の入国手続きを問題だらけですり抜けて
さぁ、サンチアゴへ
でも、乗ってみるとチケットに書いてある席がない…。
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→ アトランタ → 離陸
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08月20日(火)
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機内で風邪を引いたっぽいが、夜が明けてサンチアゴに着陸。
2年振りの南アメリカ。
空港でタクシーの勧誘を振り切れずホテルへ直行
チェックインしてくれたので
荷物を置いてメトロで市内観光へ。
ホテルへ戻ると、もうへろへろだった。
何で私がやると部屋の鍵が開かないの?(謎はすぐ解けた)
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→ サンチアゴ着 → ホテル → サンチアゴ観光
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08月21日(水)
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何とか言葉が通じてチェックアウト。
風邪気味な事もあってホテルでだらだらしていたので、そのまま空港へ。
チェックインカウンターの様子が変わっていた。
手続きは「e-チケット」の一言で何もかもすんなり(ホントか?)。
今回は宿の客引きはサンチアゴには来てなかった。
搭乗ゲートで日本人に会う(以降Mr.バッグパッカー)。一緒に遅い昼食をとる。
機内はひとり1つずつ液晶付き。ゲームまで出来る。
(さすがドル箱路線)
夕焼けが消える頃イースター島に。
ほぼ全員ここで降りて行くように見えるのだが…。
「客引きブース」に前回泊まった宿があり、速攻でそこに決める。
サンチアゴから一緒だった彼も同じ宿になる。
他にもうひとり日本人(以降旅の大学生)がいたが、現在他のホテルと駆け引き中。
彼のペースのように見受けられる。
ホテルに着き、宿帳に記帳。2年前の自分の名前を見つける。
他の宿泊客と雑談したあと部屋に戻り、眠りに付く。
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ホテル → 空港 → 離陸 → イースター島着
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08月22日(木)
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夜明け前、やはり前回同様鶏が鳴いていた。
どこでレンタカーを借りようかと思っていたが、朝食時に解決した。
ホテルで貸し出していた。
朝食後に夕べ空港で見かけた人が尋ねてきた。
3人で島内をまわることになる。
あとの2人のリコンファームのためにLan Chileのオフィスに立ち寄り、
その後訪れたVINAPUで雨に降られる。
その後は天気に問題なく
「晴れているうちが勝負」と出来る限り島内を廻る。
最後にアキビで夕陽を撮影してホテルへ戻る。
今日あたりが満月のようだ。
海辺のレストランでシーフードスパゲティを食べて
前夜同様ビールを買ってきて
ホテルで飲んでいたらいつの間にか眠ってしまった。
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ホテル → ランチリオフィス → VINAPU → VAIFU/HANGA TE'E 等 →
トンガリキ → ラノ・ララク → TE PITO KURA → アナケナ → AKIVI
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08月23日(金)
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朝食後オロンゴヘ向かったが天気が怪しい。
霧雨に遭遇したが、雨宿りに車ヘ戻ったら何と晴れだした。
遺跡以外のものも写真に収めはじめる。
PUNA PAUへ寄った後洞窟へ。今回は水浸しではなかった。出口までたどり着く
その後またトンガリキへ。しばらく過ごしてトランペットストーン探し。
見つけたはいいが、傾いていた。直しておけよ〜。
ラノ・ララクへ行き、「正座モアイ」探し。見つけた、こんな所に…
島最大のモアイを探した後、TAHAIへと向かう。夕陽目当て。
見覚えのある顔ぶれもいた。
Mr.バッグパッカーと「Lonly Planet」という本に載っている
「RANCHi TO JOVANI」という店を見つけ、
夕食をとる。(メニューはなし。定食のみ)
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ホテル → オロンゴ → PUNA PAU → ANA TE PAHU(洞窟) →
トンガリキ → トランペットストーン → ラノ・ララク → TAHAI
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08月24日(土)
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Mr.バッグパッカーは本日ダイビング。
旅の大学生と徒歩散策コース。とりあえずアナケナを見て廻る。が、
アナケナ側が入口がさっぱり分からなかった。半日を棒に振る。
Co Te Peu側から入ることにする。
行ってみるととても遠かった。午前中からここに来るべきだった。
結局3ケ所目を見つけられないまま引き返すはめに。
TAHAIの夕暮れにぎりぎり間に合った。もうへとへと。足が痛い。
Mr.バッグパッカーと「RANCHi TO JOVANI」で夕食をとる。
ダイビングは、水がとても冷たかったそうだ。
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ホテル → アナケナ → TE PEU → 徒歩 MAITAKI TE MOA/VAI MATA →
TAHAI
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08月25日(日)
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他の2人は明日フライト。そんでもって今日は車を返す日。
前日のうちに「夜明けのトンガリキ」を見に行こうという話になっていたのだが、
私が寝坊する。
目一杯飛ばしたがちょっと間に合わなかった。が、太陽の位置が岬に隠れた場所。
もう何ヶ月かすればきっと水平線に朝日があるのだろうか。
村へ戻り朝食。しばらく別行動。
少し車内を掃除した後教会へ。ミサが終わる頃だった。
その後博物館へ。あとの2人も来ていた。それから初めて陽が高いうちにTAHAIへ。
買い物したあと村まで2人を送る。旅の大学生はここで別行動。
Mr.バッグパッカーとTangata(洞窟)をしばらく見て廻りAKAHANGAへ行く。
そして車を返しにいった。
打ち合わせてもいないのに3人ともTAHAIの夕陽を見に来ている。
「KOPAKABANA」で3人で打ち上げ。「レモレモのソテー」を食べた。
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ホテル → トンガリキ → ホテル → 教会 → MUSEO(博物館) → TAHAI
TANGATA → AKAHANGA → TAHAI
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08月26日(月)
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朝室温が18℃。いつもより少し寒い。
Mr.バッグパッカーを始め他の人達も今日宿を後にしていった。
今日から相棒はなし。途端にだらける。
「時間を無駄に遣ってやろう」と思う。
観光案内所で「今さら」ガイドブックをもらって
午前中はTAHAIでぶらぶらして過ごす。
「TABAKE」で昼食。「Allus Con Pollo」(バターライスと鶏もも肉)。
香草の入った「ラパ・ヌイソース」はパンにつけるようだ。
その後VINAPUまで歩いて行こうかという時に
突然「まだリコンファームしていない」事を思い出す。
オフィスは歩いて行く途中だったのでその時済ませばいいと思い
とりあえず行ってみると「南米時間の昼休み中」。
仕方がないのでVINAPUへ行ってからにすることにした。
空港周辺の写真を撮ったりしていたこともあったが、案外時間がかかった。
再びオフィスへ戻ってリコンファームしようとすると予約が確認出来ない…。
旅行会社に電話した挙げ句オフィスも閉まってしまったため、結局助けてもらうはめに。
もし帰れなかったら何の仕事をしようかな。
TAHAIの夕陽は今までで一番雲が少なかった。
海辺の別のレストラン「Restraint Avarey Pua」で
Omulette(オムレツ)を食べた。うまかった。
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ホテル → 観光案内所 → TAHAI → VINAPU → ランチリオフィス →
電話局 → TAHAI
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08月27日(火)
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今日は曇り。
前日はラジオタクシーでアナケナに行こうかとも思っていたのだが、この天気では…。
とりあえず朝食後に電話局へ。
「リコンファーム出来ました」。感謝。
またまたTAHAIへ。1時間ほど「ぼーっとして」過ごす。
昼は「RANCHi TO JOVANI」。
魚(レモレモ?)やトウモロコシ等の野菜のぶつ切りの入ったスープスパゲティ。
クラフトマーケットへ行ってみたが「南米時間の昼休み」。
TAHAIの向こうがわに見えるモアイまで行ってみる。
すぐ隣なのにメジャーでないとこうも扱いが違うのかと言うほどの荒れ方ではあった。
見ようによってはおもしろいモアイなんだけどね。
その後郵便局へ行きメルカドで買った絵葉書にスタンプを押してもらい、
イースター島の切手(南米ではEstampilla)を手に入れる。
クラフトマーケットはほとんど客が居なかった。フライトが明後日のせいか。
何で「Rapa Nui 2000ライター」が置いてあるの?
6つほどキーホルダーを買う。マホガニーのモアイは保留。
マホガニー物は見た目より高かった。
宿で残金チェッーク!知らないうちに遣い込んでいた。
ひと息ついたのち、一応またまたまたTAHAIへ行ってみる。今日は曇ってて夕陽はだめだった。
夕食はやめにして、近くのメルカドでビールを買って
前に買っておいたナッツをつまみに部屋で飲む。(レーズンが入っていた)
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ホテル → 電話局 → TAHAI → 郵便局 → TAHAI北 →
クラフトマーケット → TAHAI
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08月28日(水)
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今日は晴れ。とりあえず朝友人にイタ電する。(相手はPM11時過ぎ)
2年振りのこの島での日々も今日が最終日。
2年前も今回も一度も撮っていない事に今朝気付いて
TAHAIで記念写真を撮る。
アナケナ行きはもう取り止め。又の機会にする。
だって足が痛い。爪先の痛みが引かない。いやもう、
TAHAIで座ってるより他どうしようもない。
でも腹は減るのでレストランで昼食。
チーズのにおいがするだけのホワイトソーススパゲティを食べる。
ホテルでひと休みしたのち、海辺の公園でぼーっとして過ごす。
それから再びみやげ物漁りに。
クラフトマーケットで幾つか買い漁った後、昨日のマホガニーを見に。
これでもかと言うほどディスカウントしてきた。
ただ未練があっただけで粘るつもりなどなかったのだが
幾つ買うか悩んだ挙げ句2個買う事にする。
結局ライターも買ってしまったし。
その後も「メインストリート」の土産物屋で何とマグカップを買ってしまった。
日本までどうやって持って帰ろう…。
TAHAIへ向かうのも当面これが最後。雲が出ている…。
が、意外にもとても素晴らしい風景を見る事が出来た。
夜は「メインストリート」へ出てみる。食事はあまりに油っこすぎて残してしまった。
今日は昼食、夜食とも外れ。
星空の下を歩いて宿まで帰る。
宿へ戻ってからも
あの雲行きからは考えられないほどの星空を眺めていた。 |
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ホテル → 電話局 → ホテル → TAHAI → ホテル → 公園 →
クラフトマーケット → TAHAI
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08月29日(木)
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朝少し早く起きて身支度をして荷物をまとめる。
朝食と支払が終わればいよいよここを後にする。
宿の人が出る前に貝殻の首飾りをかけてくれた。少し胸が熱くなる。
空港へ来てみるとまだあまり人がいない。宿を出たのは9時過ぎくらいだったのに。
「Tourist Class」のカウンターの3〜4人の列に並ぶ。
またしても「e-Chiket」の一言でほんとにチケットが出てきた。
魔法の言葉だ「e-Chiket」
空港の土産物屋を見て廻ったりコーヒーを飲んだりして時間を潰して飛行機へと向かう。
みんな席についた後係員の人が多分「蚊対策」のスプレーを床に吹き付けた後
ついに離陸。
イースター島の岬が窓の外に見える。と思ったら、あの辺りはトンガリキじゃないか?
カメラを構えてなんとかチャンスを待ったがトンガリキの辺りは撮りそびれてしまう。
だんだんと見えなくなっていった。
映画「タイムマシン」を見ていたらいつの間にか随分と離れてしまっていた。
もうすぐ南米大陸。
空港で煙草を買った後タクシーの客引き。ラッシュだから50us$だそうだ。
疲れてたからそのまま乗る。ほどなくして見た事もない道ばかり。
ぼったくりかも知れないと思っていたら、ちゃんとホテルまで無事行ってくれた。
ホテルのComedorでパスタを食べた後、泥のように眠った。
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ホテル(VAIKAPUA) → マタベリ空港 → サンチアゴ → ホテル(Four Points)
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08月30日(金)
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朝食をたらふく食う。
夕べ広げた荷物を再びまとめた後部屋を引き払い、ロビーへ降りていく。
精算を済ませた後、ダメ元で荷物を預かってもらえないか聞いてみる。
何時までか聞かれて、PM2時までと見当をつけていたのでそう言うと「No Problem」。
頼んでみるもんだ。
身が軽くなったのでとりあえずスマートメディアをなんとか手に入れ
メトロでBaquedano駅まで。サン・クリストバルを目指す。
駅からは意外に歩かないうちにケーブルカー乗り場についた。
料金を払って往復チケットを買い、ケーブルカーに乗り込む。
上に着いてみるとスモッグが…。アンデスもはっきりしない。
「意外にも」私の他に日本人の方達がいて、カメラのシャッターを押してくれた。
話を聞くと、私がイースター島に行っていた間サンチアゴはずっと雨だったそうな。
時間が迫ってきた。ホテルへ戻りタクシーを頼んで御礼を言ってFour Pointsを後にする。
空港へ来るのはやはり少し早すぎた。PM3時まで預かってもらって徘徊すれば良かったかな?
飛行機の写真を撮ったりして時間を潰す。
チェックインの頃になると意外に日本人を見かけるようになる。
中にはイースター島で見かけた人達もいた。
最後の土産物あさりを済ませてペソ→ドル換金してコーヒーを飲んでいると搭乗開始。
再びボディチェック。またかい?今までで一番厳しかったような気がする。
合衆国行きだから? |
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ホテル → メディア探し(& 換金) → サン・クリストバル → ホテル → 空港
→ 南米離陸
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08月31日(土)
& 09月01日(日)
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「3回目」の同じ内容のアンケートを書いている。(旅行会社で一回書いている)
だからぁ、テロともナチとも関係ないんだってば!
軽い朝食をとった後アトランタ到着。
入国審査をくぐれない…。
英語がさっぱり分からなくなっている。(スペイン語だってダメに決まってるけど)
とんちんかんで、ちんぷんかんぷんな問答の後
「ここのサインが」とかどうとかと言った挙げ句に場内アナウンス。
「あぁ、ここまでなんだなぁ」と思っていると
初めて「日本語の分かるアメリカ人」が駆け付ける。
…署名は漢字で書いてと言われた。
ほうほうのていでようやく通してもらい、Baggage Craimに行ってみると
今度は私のバッグが見当たらない。
空回りしているクレーンをいつまでも眺めていたが出てくる気がしない。
係員に訪ねてみるのだが、
ろくに喋れない英語では「まるで誰もいないかのように」無視される。
デルタのカウンターでもそう。もういい、成田で騒ごう。
金属探知機で「身ぐるみ剥がれた」あとコンコースに行ってみると
行きがけに飲んだBARも開いてないし、
隣で新聞を買おうと思っても「まだ開いてない」と言われる。
仕方ないので別の店へ。
韓国系の店でビールだけ買う。
焼そばとか色々勧めてくるのだが全く食欲なし。イヤナキャクナンダヨ、ワタシハ。
ツイストキャップ一瓶飲み干して搭乗ゲートへ戻る。
思っていたよりも意外に日本人を見かけない。日曜成田着はあまり乗らないものなのかなぁ。
しばらくだらだらしてたら「搭乗手続き?」が始まったように見えた。
行きの時の事もあったので一応搭乗券を持ってカウンターへ。
この時に入国カードを取り上げられる。(飛行機乗るまで「不法滞在」かなぁ)
…いよいよこの旅行で最後に飛行機、DL55便の搭乗時間になる。
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→ アトランタ → (日付変更線) → 成田
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