はじめに


 2002年08月19日〜09月01日、イースター島まで行ってきました。
 
 島は花が咲き、コオロギが鳴く季節でした
少し寒かったです。(朝室温が18℃だったり)
以前行った時といろいろ変わっていたこともありました。
前回無かった「公衆電話」があったり、
道が格段に良くなっていたり。
トランペットストーンが傾いていたのはちょっとショック。
(誰がやったんだ…)
帰国して一月が過ぎ、
さて、2002年版をどう作ろうか模索中。
写真を見ていると
「また行ってしまおうか…」と思ってしまいます。
(人として、もうどうしようもない…)

 
このページでは、

 今回の旅行に行くまでの私のプランニング(=いきあたりばったり)とか 
手配などの段取りをを載せてあります。
何かのお役に立てば幸いです。



2002年再びたくらむ

皆様の参考になれば幸いです




2002年07月02日(火)  まだ計画も未定なのに国際運転免許証を取った。


2002年07月14日(日)  昨日「行くとしたら」の日程を検討し始めた。
「行くとしたら」8月19日か20日成田発、
21日サンチアゴ発が日程的によさそう。
29日にサンチアゴへ向かい、トランジット×2で31日に帰国。
…行くとしたら。
問題は成田−サンチアゴ間のチケット代。いまいちはっきりしない。
AAのHPで検索すれば2,241US$とか出てくるし。
25万近くもすれば日程を変えるかあきらめるかしかないのだが。

そんなに無理する事もないのかも知れないけれど、
何となく、今行かないともうあの島へ行く事がないような気がする。
先の事など、もはやあてにはならない。
どうなっているかなど、分かったものではない。
航空業界の再編があれば結果どうなるか何とも言えないし、
為替レートもむちゃくちゃになることだってありうるかも。
戦争だってあり得ないとは言えない。
(実際去年計画していた日程では、帰国が「あのテロ」のわずか1週間違いだった)
自分の会社だって先行きが読めない、
来年大貧民かも知れないし。
たった一度きりの人生、
やりなおせるとは限らないしね。
機会があるのなら迷う事はないと思う。


2002年07月14日(日)  今回の旅行は取り止めになりそうである。
…資金が捻出できなさそう。
:9月にならないと航空券は値が下がらない)


2002年07月21日(日)  土曜日(昨日)に躊躇しないために旅行会社へ向かう。
(と言うより、躊躇したところでもう遅いところまで計画を進めるため)
が、なぜか旅行会社が休みだった。
とんだ無駄足であった。
駅前でパンフレットを5冊ほど手に入れて帰った。

あれから2年経った。
あの島で過ごした日々は既に過去の思い出でしかない。


2002年07月23日(火)  昨日旅行会社へ行ったが、サンチアゴまでの航空券が予想よりも更に2〜3万上だった。
それに、フライトスケジュールが去年とは違うようだ。
サンチアゴの夜景はもう飛行機からは見れないかもしれない。
それはともかく、金勘定とスケジュールの再確認のため一旦保留。
帰ってLan-Chileのサイトを確認してみると、イースター島→サンチアゴも変わっている。
前は金曜日だったのにいつの間にか木曜日だ。
日曜にイースター島に渡るつもりでいたら正味3日の滞在になるところだった。
資金の方はあれこれ悩んだ挙げ句、帰って換金し忘れて持っているドル札を数えてみたら
400US$と思い込んでいたが、500US$以上ある。
こ、これは!! …は、8/19日本発にしようかな。(もう理性に歯止めなし)
(翌日冷静に考えてみたが、あのフライトスケジュールはどこの会社のものだろう?

そうそう、他にも気になる事があってネットで調べてみた。
去年計画した時もそうだが、イースター島の宿泊は1泊20US$未満と勝手に思い込んでいた。
実際一昨年自分が泊まった「VAICA PUA」は16US$/1泊(朝食付き)だったし。
でも実際、時期によって変わったりしないのだろうか。考えてみた事もなかったけど。
というわけで調べて回ったのだが、
み、見当たらない。
イースター島の宿が1泊幾らか書いてあるところが思ったより少ない。
もちろん旅行会社のサイトなら、そこで推してるホテルの宿泊代は載っている。
でも、「実際どうなの」というところが載っているところが少ない。
誰もが知りたがる情報だと思い込んでいたが、意外だった。
当HPでは「意外」にも書いてはあった。でも「旅行費用」のページにさわりで載せてある程度。
「日記」にも書いてはあるけど、多分だれもその情報まではたどりつくまい。
盲点だったかも。そのうちもう少しそこのところ書きたそうかな。


2002年07月23日(火)  仕事の後駅前の旅行会社へ行き、ハラをくくってサンチアゴまでの往復航空券を依頼した。

カウンターで旅行会社の人が調べてくれたのだが、
デルタ航空なら17万くらい、JAL/アメリカン航空(合衆国〜チリ)で20万円程
サンチアゴまで全路線アメリカン航空なら25万くらいとの事。
ちなみにユナイテッドなら29万くらいらしい。
もちろんユナイテッドは除外。残りの3パターンで安い順にあたってもらう事にした。
今週のうちに一度連絡をくれるとの事。
この時期で17万程なら願ったりだ。
うぅ、デルタ取れないかなぁ。
JAL-AAでもいいんだけど…。


2002年07月26日(金)  チリの旅行会社へ予定している日がどんな状況か問い合わせメールを送ってみる。
本当はチリまでの航空券を確保してからと思っていたのだが
なんとなくそれほどのんびりとはしてられないような気がしたので。
一斉に返事が返ってきたら大変そうだ。
ただ、迷っている時間は無い。と思う。


2002年07月28日(日)  チリの旅行会社様から返事が来る。
今時点ではまだ余裕があり、とりあえず予約したとの事。
さすがだ
過去2回ともイースター島−サンチアゴ間は希望日で取れている。
シーズンから外れているせいなのかも。
発券の期限は8月上旬。
それまでに成田−サンチアゴ間のチケットが取れている事をただひたすら願う今日この頃。


2002年07月29日(月)  残るチケットはあと一便。
着暦が残っていたのでかけ直してみたら、やっぱりJTB様だった。
デルタ航空が行きの成田→アトランタ以外のチケットは取れたとの事。
先の3つのパターンの中ではデルタ航空が一番状況がよいらしい。
まだ先行きは読めないがとりあえずこのままキャンセル待ちすることにする。
席ひとつだけならなんとかなるだろう。(かなぁ?)


2002年07月30日(火)  全チケット確保!!
本日TELあり、成田→アトランタ間も取れたとの事。
今週中に前金を払いに窓口まで行く事にして電話を切る。
成田→アトランタ間がだめだとなると往路のスケジュールを全て見直しをかけざるをえないところだった。
行き1日・帰り1日以上調整のつけようがなく、
それ以上ではサンチアゴでのホテル代が膨れ上がりそうなので
NG区間が出ると困った事になるところだったが、
決まってみると意外とあっけなかった。
さて、これからが本番である。
カレンダーを見てみると、あと3週間しかない。
多分これからドタバタと過ごして
気がつけばいつの間にか飛行機に乗り込んでるだろう。
待ちどおしい、て言うか、今すぐ行きたい。


2002年08月02日(金)  駅前の旅行会社へ航空券の前金2万円を支払に行く。
スケジュールを確認し、旅行保健の申込書をもらっておく。
 チリの旅行会社へ朝のうちに打っておいたメールで知らせておいたスケジュール通りだという事と、
サンチアゴでの宿泊を依頼するため再度メールしておく。
その朝打っておいたメールへの返事が真夜中に来ていた。
そのメールによると、3日程前よりイースター島のチケットの発券方式が変わったとの事。
なんでも、事前にチケットは発券せず
当日チェックインカウンターでボーディングパスを受け取る方式になったらしい。
で、その際に名前やパスポート番号などを聞かれるらしい。
て事は、チケット見せれば済むというラクはできなくなったもよう。
英語なり、スペイン語なりでその程度の会話が出来なくてはだめになってしまった。
慣れれば大丈夫だとは思うけど…。

 そういえば、火曜日あたりから1US$=120円くらいになっている。
…せっかくドルが下がって喜んでたのに。


2002年08月03日(土)  ちょいと予防接種について調べてみた。
分かった事は、
破傷風、狂犬病、黄熱(黄熱はチリ国内のみの日程なら義務ではない。ペルーなどは証明書まで必須)
すべて間に合わない。
参考はこちらにある、「海外渡航と予防接種」。
(を、見ていたような気がするのだが)


2002年08月07日(水)  お昼頃JTBからTELあり。
(出先だったので都合が悪く、かけ直してもらう事になったが)
成田−ダラス間のチケットの最終確認。
ここから先の変更は有料になります。


2002年08月10日(土)  おとといチケット代他(イースター島・サンチアゴ分)を振込に行ったのだが
その場で説明を受けながら依頼書を書いたにもかかわらず
使い物にならないほどの書き損じ。翌日出直すはめに。
昨日は成田−サンチアゴ分の支払のための金をおろしに行ったのだが
最初は桁をひとつ少なく書き間違え、
書き直しは桁をひとつ多く書き間違える。
もぉボロボロ。
 昨日までにサンチアゴとイースター島分の支払はほぼ完了。
依頼書のコピーと計算書をJPEG形式でメール添付してあるので
あとは三谷トラベル様に振込を確認していただければチリ側は一応多分心配なし。
(心配なのは旅行社本人そのものである。)
成田−サンチアゴ間も一昨日チケット確定の電話がきていたので
もうあとは支払と旅行保険のみ。
なんだかんだでいつの間にかここまでこぎつけた。


2002年08月11日(日)  本日JTBへチケット代を支払いに行く。
成田−サンチアゴ間の航空券を手に入れる。
事前に電話で問い合わせておいたのだが、
リコンファームは不要だがトランジット時に合衆国への入国が必要だとの事。
カウンターでそのためのアンケートを書いたのだが
内容が
「2次大戦時にナチのために働いたか」とか
「テロ活動に従事していたか」とか
「麻薬常習者ですか?」とか、笑える内容で
コピーをもらってきてここで公開するべきだったと本気で後悔するほどだった。

内容もさることながら
そんな人が「YES」に「○」すると本気で思っているのだろうか?
いやはや、すごい国だ。

 航空券の受け取りの際に旅行保険にも加入しておく。
とりあえず「医療」と「救援者費用」を基準にしたつもり。
その点で「おまかせパック」の方が若干条件が良かったのでそちらにした。
とりあえずこれで全ててはずがついた(ような気がする)。
今夜から荷造りの検討にはいる。
日本脱出まであと8日。


2002年08月15日(木)  チリの旅行会社からメールが来ていて、
入金が確認できたのでチケット発券とのこと。
(そうか、まだ全て確保じゃなかったんだ…)
ホテルの事で知りたい事があったので
(チェックインの時間、ホテルの電話番号etc.)
またメールを打つ。
多分これが最後のメールで、あとは飛行機に乗り込むだけ。
荷造りはあまりはかどっていない。
天気予報では台風が絶妙な位置にいる。
まるで邪魔しに来ているようだ。
最初の旅行の時も台風との位置関係がきわどかったような記憶がある。
日本脱出まであと4日。
来週の今頃はイースター島。


2002年08月18日(日)  やはり台風が絶妙な位置に来ている。
途中で速度を増したらぶつかりそうだ。
まぁそれでも成田に行くしかないのだが。
どんな旅行になることやら。

 荷造りがままならないまま午前0時をまわった。
ほぼ衣服なのに何でこんなに重いの?
2年前はこの上辞書まで持って行ったなんて信じられない。
セーターなどの厚着は持って行くのはやめにした。
もうバッグに入らない。
それに飛行機や空港で着替えてられないかもしれないし、
機内持ち込みのワンショルダーも精密機械だらけなので
これ以上大きくしたくないし。
サンチアゴでのチェックインはPM2:00から。
最初から長袖(春秋用)を着て上着を持って行くことにする。
そう言えば、メールの返事ではサンチアゴでは手荷物預かり所の有無は「聞いたことない」そうだ。
旅行会社様がホテルへ問い合わせたら
チェックイン前でも荷物預かってくれるとの返事をいただいた。
「市内観光最大の障害」はあとは当日の交渉を残すのみ(案外大袈裟でもない進歩ない語学力)。
2年前の旅行はいろいろ恵まれていたところもあった。
多分前回の経験は役に立たない気がする。
さぁ、果たして何事もなくたどり着けるのか?
(「何事もなく」は、無理だろうなぁ)

 天気予報では水曜日のイースター島は晴れ時々曇との事。
夜が明けたらいよいよ日本脱出!







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