管理人(かなぁ?)のぼやき



このページは、管理人の気まぐれで更新されます。あしからず。(文句はなしよ)

2002年05月31日(金)

 5月最後のカウンターは
惜しくも大台に届かず。
(あと2分でこんなHPに奇跡的に8件もアクセスがあるわけないし)
土日中に突破出来るかどうか…微妙。(だってこんなHPだもん)

 印−パはここ10日程脅し合を続けているけど
何だか本音は戦い合いたくないようにも思える。
双方のコメントは「止めるなら今だ」とも聞こえるような気がするし。
ここで第三国が間に入ってうまい具合に調停してくれれば何とかなりそうな気もしてくるけど
きっとその第三国とは日本ではないのだろうなぁ。

 管理人もどきのリハビリの経過は「順調」のようです。
「アイ〜ン」と「ガチョ〜ン」は出来るようになってます。
でも左手での「なんでやねん!」と「ばんざ〜い」はまだ先の話。
愛車(だったのか???)を構内で動かしてみているところだけど、
ギアチェンジやハンドル操作が少しばかりおぼつかない。
どうも腕を伸ばすと少し力が入りにくいようだ。
来週にはなんとかなるかも。………なんとか
(でも元々路上に出ない方が世のため人のためなんだが)

2002年06月07日(金)

 今週始め、ようやく、ようやく
1000件突破〜!!!
な、長かった〜。

去年9月開設当初は、あまりのアクセスの無さに
「朽ち果ててゆくHP」になる運命かもと思ったりもした。
@niftyワールドフォーラムに相互リンクを張ってもらったり、
gooやGoogleの検索で上位に上がってきてアクセスが増えた時は
もう大はしゃぎだった。
調子こいて壁紙画像を公開したり
こんな何の役にも立たないページを作ったのも確かそんな頃だったような気がする。
ちょこちょこちょこちょこHTMLいじったり、メールでの問い合わせに張りきり過ぎたり。
そんなこんなで1000件突破。
いままでアクセスして下さった皆様、どーもありがとーごぜーます。

 さて、今年も旅行の時期が近付いてきたのだけれど
仕事のスケジュールがいまいちはっきりしない上に
来週MRI検査を受けて、その結果次第では手術の可能性が浮上。
どうもドクターは私のリハビリの経過に不満なようだ。
そんな大事ではない可能性も大きいのだが、
と、とにかく、
予定が立た〜ん!

誰にも内緒で、こっそり飛行機に飛び乗ろうかなぁ。

2002年06月11日(火)

 印パの戦争直前状態に明るい兆し?
私のような無力な者としては両国首脳の良識に期待するより他に無い。
戦争に正義なんか無い。
テロと戦争には実はほとんど違いなど無いと思う。
無力な者を巻き添えにしない争いなどあるわけがないと思う。
だからそれは何としても避けてほしいなぁ。
21世紀にもなって、権力者の感情任せにミサイルを撃つなんてばかげていると
思ってくれないかなぁ。

 人の迷惑顧みず、実家まで車を車検に出すために運転した。
何を操作するにしてもやはり少しばかり力が入らなかったりしたが、
今こうしてこんなくだらないページを更新しているという事は
とりあえず管理人もどきは生きてはいるという事である。
3ヶ月近く雨曝しでいたにもかかわらず、特に故障ケ所はないらしい。
一時期自分の肩よりも不安だったが。
でも今度は請求書が恐ろしい?

MRI、あぁMRI、MRI。
検査まであと4日、「判決」までは実にあと半月。
不安のあまり「さぁ、斬ってくんな」と自分から口走りそうだ。
骨折も初めて、手術も未経験、先の見えない物語のような気分である。
でもまぁ、直るんだったら…

2002年06月15日(土)

 W杯日本決勝トーナメント進出を会社に戻ってから知った。
2点目を中田秀が決めたのは仕事先で知っていたのだが。
(仕事先では有休を取った人が多かったそうだ。担当の方が電話口でぼやいていた。
自称嫌国者なんだけど
それなのに日本がこんなに強いのが嬉しい。
このチームは最高だ。
勝って次に進むなんて最高である。
勝ちにいってほしかったから今日の勝利はひときわ素晴らしく思えた。
やはりW杯は戦う意志の強い者にのみ道が開かれるものなのかも。
だから余計今日の試合は素晴らしかった。
逮捕者4人はちょっとだけ残念だっったかな?
(フーリガン閉め出した意味ないじゃん)

日本でワールドカップが開催されたため
サッカーという競技の世界レベルのプレイを連日目の当たりにする事ができた。
他国開催のW杯ではこんなに多くの試合が日本で放映される事なんかない。
会社の人が言っていたが、
私達が「今後生きているうちに日本開催のW杯を再び見る事などない。」
確かにそう考えれば
半日だけ休んだからといって一体どれほどの勉強や商売を失うというのだろう。
そんな国やだ。
人生って勉強と商売しか無いのかい?
個人的には
この貴重な機会にいろいろな世界を目にする事は決して無駄ではないと思うのだけれど。
それで一体何を失うというんだい?

2002年07月02日(火)

 本日(7/2)管理人もどき宛にメールを送られた方、届いてない可能性があります。
たまたま昨日メールに目を通さなかったら、「サーバメンテナンスのお知らせ」があった。


 世界最高レベルのプレーが繰り広げられたワールドカップが終わってしまった。
決勝も点差ほどの実力差はなかったのかも知れない。
そして全てを賭けて戦い続けてきた韓国チームも、
もう意志の力では体が動かないところまで来ていたように見える。
最後のゴールがとても光って見えた。
そこまで戦い抜く姿を見る機会はそれほどないように思える。
そんな試合をTVでとはいえ見る事ができたのはとても幸運だったと思う。

フィーゴ、エドゥー、エムボマ、バティストゥータ、ジダン、チラベルト、
ダフ、ロビー・キーン、ボルゲッティ、ブランコ、ドノバン、マックブライド、
トッティー、ラウル、モリエントス、ベッカム、…。
多くのベストプレイヤー、そして多くのイレブンがサッカーを初めて観る者の胸にも名を残し、
決勝戦を前にして去っていった。
夢のような1ヶ月間だった。


ガラガラガラッと話は変わって、
当HPのアクセス件数は6月は70件を切っている。
Googleの検索でも10件目以下。
はっきり言って処置無〜し。
こんなページにリンクを張ってくれるサイトがあるわけでもなし、
打開策なんてあるわけがない。
知恵もないし。
やはり朽ち果てる運命か???
…処置無〜し!

 MRIの結果肩の筋は切れてはいなかった。
管理人もどきのリハビリが突然終了となった。
「あとは日常生活で」ということらしい。(医者がさじ投げた?)
腕の太さは大分戻ってきたが(ぜい肉ではありませんように…)、
肩は「もっとがんばりましょう」状態。
9月の診察時には、いかに。

 まだ計画も未定なのに国際運転免許証を取った。


2002年07月14日(日)

 昨日「行くとしたら」の日程を検討し始めた。
「行くとしたら」8月19日か20日成田発、
21日サンチアゴ発が日程的によさそう。
29日にサンチアゴへ向かい、トランジット×2で31日に帰国。
…行くとしたら。
問題は成田−サンチアゴ間のチケット代。いまいちはっきりしない。
AAのHPで検索すれば2,241US$とか出てくるし。
25万近くもすれば日程を変えるかあきらめるかしかないのだが。

そんなに無理する事もないのかも知れないけれど、
何となく、今行かないともうあの島へ行く事がないような気がする。
先の事など、もはやあてにはならない。
どうなっているかなど、分かったものではない。
航空業界の再編があれば結果どうなるか何とも言えないし、
為替レートもむちゃくちゃになることだってありうるかも。
戦争だってあり得ないとは言えない。
(実際去年計画していた日程では、帰国が「あのテロ」のわずか1週間違いだった)
自分の会社だって先行きが読めない、
来年大貧民かも知れないし。
次の機会まで自分が無事生きているって断言出来る?
たった一度きりの人生、
やりなおせるとは限らないしね。
機会があるのなら迷う事はないと思う。

2002年07月14日(日)

 今回の旅行は取り止めになりそうである。
…資金が捻出できなさそう。

2002年07月21日(日)

木曜日、Nor○on Sysytem W○rksを使って起動ディスクをデフラグ。
(以前OSのバージョンアップをしているので最悪再インストール覚悟だったが難無く終了)
金曜日、昨日買ったソフトをインストールする。(ただそれだけしかしない)
土曜日、カメラが認識出来ず同じ状態だと知り、サイトを漁って接続方法を模索中。
めんどくさくなって、途中で止め。
解消するメドなし。
本日はグータラしている。
こんな者が一応管理人なのだから、アクセス数が増えるわけがない。

土曜日(昨日)に躊躇しないために旅行会社へ向かう。
(と言うより、躊躇したところでもう遅いところまで計画を進めるため)
が、なぜか旅行会社が休みだった。
とんだ無駄足であった。
駅前でパンフレットを5冊ほど手に入れて帰った。

躊躇。
去年も計画を立てて航空券を確保した後でも感じていた。
一度だけ行って来れたというだけで自分の力に確信持てたかというと、そういうわけではない。
次も成功する保障なんてどこにもない。
たどり着けないかも知れないし、
前は大丈夫だったからといって次も無事帰れる保障なんかない。
正直に言ってしまえば、最初の旅行の時同様、怖いのだ
以前は「行くしかない」ところまで自分を追い詰めて飛行機に乗り込んだ。
そんなやり方だったからなのかもう一度最初からというと、いつのまにやら「ふりだし」に戻っていた。
俺は再び南米の地に降り立つ事ができるのか。
望んだ場所に再びたどり着く事ができるのか不安を感じている…。

でも、そんな不安にさいなまれながらも
ただただ行きたいという気持ちがあるだけだ。
トンガリキの遺跡に足を踏み入れた時、
あの時吹いていた風、あの波音、
ただ南米の空気の記憶だけが俺をかき立てる。
あれから2年経った。
既にもう過去の話。
思い出す事も少なくなってきた。
ただ、今月の壁紙をながめていると少しずつ記憶がよみがえる。
風の中にいたあの感触を忘れそうになるのなら、もう一度あの地を目指せばいい。
そんな気持ちにかきたてられている。再び旅立つ時が来たのかも知れない。

2002年07月23日(火)

 合衆国大統領の支持率が65%まで「下がった」そうな。
よその国を女子供見境なく空爆した時の支持率は8割強。
自分の国の経済が関わると低くなる。いやはや。
恥知らずで勝手な国だ。
…日本も同じか?追従してるし。(「断固支持」だっけ)

 昨日旅行会社へ行ったが、サンチアゴまでの航空券が予想よりも更に2〜3万上だった。
それに、フライトスケジュールが去年とは違うようだ。
サンチアゴの夜景はもう飛行機からは見れないかもしれない。
それはともかく、金勘定とスケジュールの再確認のため一旦保留。
帰ってLan-Chileのサイトを確認してみると、イースター島→サンチアゴも変わっている。
前は金曜日だったのにいつの間にか木曜日だ。
日曜にイースター島に渡るつもりでいたら正味3日の滞在になるところだった。
資金の方はあれこれ悩んだ挙げ句、帰って換金し忘れて持っているドル札を数えてみたら
400US$と思い込んでいたが、500US$以上ある。
こ、これは!! …は、8/19日本発にしようかな。(もう理性に歯止めなし)
(翌日冷静に考えてみたが、あのフライトスケジュールはどこの会社のものだろう?

そうそう、他にも気になる事があってネットで調べてみた。
去年計画した時もそうだが、イースター島の宿泊は1泊20US$未満と勝手に思い込んでいた。
実際一昨年自分が泊まった「VAICA PUA」は16US$/1泊(朝食付き)だったし。
でも実際、時期によって変わったりしないのだろうか。考えてみた事もなかったけど。
というわけで調べて回ったのだが、
み、見当たらない。
イースター島の宿が1泊幾らか書いてあるところが思ったより少ない。
もちろん旅行会社のサイトなら、そこで推してるホテルの宿泊代は載っている。
でも、「実際どうなの」というところが載っているところが少ない。
誰もが知りたがる情報だと思い込んでいたが、意外だった。
当HPでは「意外」にも書いてはあった。でも「旅行費用」のページにさわりで載せてある程度。
「日記」にも書いてはあるけど、多分だれもその情報まではたどりつくまい。
盲点だったかも。そのうちもう少しそこのところ書きたそうかな。

2002年07月23日(火)

 仕事の後駅前の旅行会社へ行き、ハラをくくってサンチアゴまでの往復航空券を依頼した。

カウンターで旅行会社の人が調べてくれたのだが、
デルタ航空なら17万くらい、JAL/アメリカン航空(合衆国〜チリ)で20万円程
サンチアゴまで全路線アメリカン航空なら25万くらいとの事。
ちなみにユナイテッドなら29万くらいらしい。
もちろんユナイテッドは除外。残りの3パターンで安い順にあたってもらう事にした。
今週のうちに一度連絡をくれるとの事。
この時期で17万程なら願ったりだ。
うぅ、デルタ取れないかなぁ。
JAL-AAでもいいんだけど…。

2002年07月26日(金)

 チリの旅行会社へ予定している日がどんな状況か問い合わせメールを送ってみる。
本当はチリまでの航空券を確保してからと思っていたのだが
なんとなくそれほどのんびりとはしてられないような気がしたので。
一斉に返事が返ってきたら大変そうだ。
ただ、迷っている時間は無い。と思う。

19年後に地球に衝突する可能性のある小惑星が発見されたとニュースで見た。
確率は25万分の1らしい。
ものの本で見た事があるけど、小惑星の軌道計算はとても難しいらしい。
こまめに観測出来ないと予測と結果が大幅に変わるらしい。
200年前の軌道は実際には分からない小惑星もあるそうな。
大きさ10kmの小惑星が秒速40〜60kmで衝突したら現在の生態系はほぼ壊滅するらしい。
海に墜落したら高さ数十kmの津波が発生するという予想もある。
直径1kmの小惑星が秒速30kmで衝突した場合でも
1000km遠方で300m位になると計算されている。
しかも元々暗い天体なので発見が難しく、どこから来るか分からないので地上からの観測体制で
昼の空(太陽方向)に現れていても間近まで気付かない可能性もあるらしい。
10日後にぶつかるものが発見されても有効な対策は何も打てないのが現状のようで、
(500mの小惑星が秒速60kmで飛んでいると全面核戦争を上回るエネルギーだそうで)
関係者は早期発見に躍起になっているらしい。
まぁ、恐竜が滅びたとされるインパクトは確率的には1億年に1度あるかないからしいけど。

2002年07月28日(日)

 チリの旅行会社様から返事が来る。
今時点ではまだ余裕があり、とりあえず予約したとの事。
さすがだ
過去2回ともイースター島−サンチアゴ間は希望日で取れている。
シーズンから外れているせいなのかも。
発券の期限は8月上旬。
それまでに成田−サンチアゴ間のチケットが取れている事をただひたすら願う今日この頃。

 やっと新しいカメラがパソコンとつながった。
今までカメラをUSB接続する度、
見つけられもしないのにインターネットへ接続しようとするばかりだったけど。
カメラの取説からUSB Mass Storage Support1.3.5があれば画像が取れるので
カメラのメーカーではデバイスを用意してないらしい事は分かっていた。
ゆうべパソコンのメーカーからダウンロード。
だが、手順通りにインストールされない。
「同意する」のあと何か解凍されておわり。
しかもデスクトップに。
「Easy Install」かなんて聞いてこない。
展開されたファイルさえ再起動するとどこかへいってしまう始末。
らちがあかないので解凍されたファイルをフォルダごと起動ディスクへコピーしたが変化無し。
「Installフォルダ」のIMGファイルをダブルクリックして
「機能拡張」フォルダにコピペしたら何と画像が読み取れた。
こんないい加減な手順でいいのかしらん?いいんじゃないの。
動けば。

でも、カメラメーカーの画像編集ソフトでは相変わらずカメラとしては認識出来ない。
記憶媒体としては認識出来るのでいいようなものだが。

2002年07月29日(月)

 残るチケットはあと一便。
着暦が残っていたのでかけ直してみたら、やっぱりJTB様だった。
デルタ航空が行きの成田→アトランタ以外のチケットは取れたとの事。
先の3つのパターンの中ではデルタ航空が一番状況がよいらしい。
まだ先行きは読めないがとりあえずこのままキャンセル待ちすることにする。
席ひとつだけならなんとかなるだろう。(かなぁ?)

 先日の小惑星は更なる観測で地球への激突の確率はほとんどなくなったそうな。
とりあえず一安心かな?

2002年07月30日(火)

 全チケット確保!!
本日TELあり、成田→アトランタ間も取れたとの事。
今週中に前金を払いに窓口まで行く事にして電話を切る。
成田→アトランタ間がだめだとなると往路のスケジュールを全て見直しをかけざるをえないところだった。
行き1日・帰り1日以上調整のつけようがなく、
それ以上ではサンチアゴでのホテル代が膨れ上がりそうなので
NG区間が出ると困った事になるところだったが、
決まってみると意外とあっけなかった。
さて、これからが本番である。
カレンダーを見てみると、あと3週間しかない。
これからドタバタと過ごすのだろうけど、
多分これからドタバタと過ごして
気がつけばいつの間にか飛行機に乗り込んでるだろう。
待ちどおしい、て言うか、今すぐ行きたい。

2002年08月02日(金)

 駅前の旅行会社へ航空券の前金2万円を支払に行く。
スケジュールを確認し、旅行保健の申込書をもらっておく。
 チリの旅行会社へ朝のうちに打っておいたメールで知らせておいたスケジュール通りだという事と、
サンチアゴでの宿泊を依頼するため再度メールしておく。
その朝打っておいたメールへの返事が真夜中に来ていた。
そのメールによると、3日程前よりイースター島のチケットの発券方式が変わったとの事。
なんでも、事前にチケットは発券せず
当日ボーディングパスを受け取る方式になったらしい。
で、その際に名前やパスポート番号などを聞かれるらしい。
て事は、チケット見せれば済むというラクはできなくなったもよう。
英語なり、スペイン語なりでその程度の会話が出来なくてはだめになってしまった。
慣れれば大丈夫だとは思うけど…。

 そういえば、火曜日あたりから1US$=120円くらいになっている。
…せっかくドルが下がって喜んでたのに。

2002年08月03日(土)

 ちょいと予防接種について調べてみた。
分かった事は、
破傷風、狂犬病、黄熱(黄熱はチリ国内のみの日程なら義務ではない。ペルーなどは証明書まで必須)
すべて間に合わない。
参考はこちら

2002年08月05日(月)

 ニュースで三宅島避難から2年経つと報道していた。
二年前、私がイースター島へ行った年。
日本を経つ前は三宅島、神津島で群発地震が発生していた頃。
噴火のニュースを報道していたのは帰りのサンチアゴのホテル。
避難、復興が2年以上も続く災害というと
普賢岳噴火や阪神大震災に匹敵するような気がするのだが。

2002年08月07日(水)

 PM11時近くまで仕事をしていたのだが、
Exelが「不正な処理」終了といういやがらせ行為に討って出てきたため
あえなく犬死に。
最後の30分を返せ〜!!!!
 お昼頃JTBからTELあり。
(出先だったので都合が悪く、かけ直してもらう事になったが)
成田−ダラス間のチケットの最終確認。
ここから先の変更は有料になります。

2002年08月10日(土)

 おとといチケット代他(イースター島・サンチアゴ分)を振込に行ったのだが
その場で説明を受けながら依頼書を書いたにもかかわらず
使い物にならないほどの書き損じ。翌日出直すはめに。
昨日は成田−サンチアゴ分の支払のための金をおろしに行ったのだが
最初は桁をひとつ少なく書き間違え、
書き直しは桁をひとつ多く書き間違える。
もぉボロボロ。
 昨日までにサンチアゴとイースター島分の支払はほぼ完了。
依頼書のコピーと計算書をJPEG形式でメール添付してあるので
あとは三谷トラベル様に振込を確認していただければチリ側は一応多分心配なし。
(心配なのは旅行者本人そのものである。)
成田−サンチアゴ間も一昨日チケット確定の電話がきていたので
もうあとは支払と旅行保険のみ。
なんだかんだでいつの間にかここまでこぎつけた。

2002年08月11日(日)

 本日JTBへチケット代を支払いに行く。
成田−サンチアゴ間の航空券を手に入れる。
事前に電話で問い合わせておいたのだが、
リコンファームは不要だがトランジット時に合衆国への入国が必要だとの事。
カウンターでそのためのアンケートを書いたのだが
内容が
「2次大戦時にナチのために働いたか」とか
「テロ活動に従事していたか」とか
「麻薬常習者ですか?」とか、笑える内容で
コピーをもらってきてここで公開するべきだったと本気で後悔するほどだった。

内容もさることながら
そんな人が「YES」に「○」すると本気で思っているのだろうか?
いやはや、すごい国だ。

 航空券の受け取りの際に旅行保険にも加入しておく。
とりあえず「医療」と「救援者費用」を基準にしたつもり。
その点で「おまかせパック」の方が若干条件が良かったのでそちらにした。
とりあえずこれで全ててはずがついた(ような気がする)。
今夜から荷造りの検討にはいる。
日本脱出まであと8日。

2002年08月15日(木)

 チリの旅行会社からメールが来ていて、
入金が確認できたのでチケット発券とのこと。
(そうか、まだ全て確保じゃなかったんだ…)
ホテルの事で知りたい事があったので
(チェックインの時間、ホテルの電話番号etc.)
またメールを打つ。
多分これが最後のメールで、あとは飛行機に乗り込むだけ。
荷造りはあまりはかどっていない。
天気予報では台風が絶妙な位置にいる。
まるで邪魔しに来ているようだ。
最初の旅行の時も台風との位置関係がきわどかったような記憶がある。
日本脱出まであと4日。

2002年08月18日(日)

 やはり台風が絶妙な位置に来ている。
途中で速度を増したらぶつかりそうだ。
まぁそれでも成田に行くしかないのだが。
どんな旅行になることやら。

 荷造りがままならないまま午前0時をまわった。
ほぼ衣服なのに何でこんなに重いの?
2年前はこの上辞書まで持って行ったなんて信じられない。
セーターなどの厚着は持って行くのはやめにした。
もうバッグに入らない。
それに飛行機や空港で着替えてられないかもしれないし、
機内持ち込みのワンショルダーも精密機械だらけなので
これ以上大きくしたくないし。
サンチアゴでのチェックインはPM2:00から。
最初から長袖(春秋用)を着て上着を持って行くことにする。
そう言えば、メールの返事ではサンチアゴでは手荷物預かり所の有無は「聞いたことない」そうだ。
旅行会社様がホテルへ問い合わせたら
チェックイン前でも荷物預かってくれるとの返事をいただいた。
「市内観光最大の障害」はあとは当日の交渉を残すのみ(案外大袈裟でもない進歩ない語学力)。
2年前の旅行はいろいろ恵まれていたところもあった。
多分前回の経験は役に立たない気がする。
さぁ、果たして何事もなくたどり着けるのか?
(「何事もなく」は、無理だろうなぁ)

 天気予報では水曜日のイースター島は晴れ時々曇との事。
夜が明けたらいよいよ日本脱出!

2002年09月24日(月)

 イースター島へと旅立ってから1ヶ月経った。
一月前の今頃はオロンゴヘ向かっていたところ。
今、何から書いていいのか正直分からない。
やはりそれなりの綱渡りもたまには(?)あったし、
いろいろな人との巡り逢いもあった。
みんなどうしているんだろう。
 2年振りのイースター島は一番寒い時期が終わろうとしていて
ところどころに花が咲いていた。
観光客はまばらで
島の様子も道が変わったり店が変わったり、
あの頃の店がそのままであったりした。
あの時と変わっていないこともあれば、
変わってゆくこともあった。
ただ、2年前何となく実感していたことだけど
海の向こうには違う世界が確かにあるのだ。
帰って来たのは失敗だったかな?

2002年10月15日(火)

そうか…、もう2ヶ月になろうとしているのか。
「イースター島焼け」も随分と落ちてしまった。
(右足人指し指の爪はまだ黒いままだけど)
あの時、日がな一日中ラジオから流れていた曲を聞きながら
(ラジオを録音したもの。飛行機乗り遅れてもCD買えば良かった)
今日も画像選びに取りかかっている。
日焼けが消えたのは少し寂しい。

日本へ帰って来たのはやっぱり失敗だったかも?
ちょいとばかり忙しい。
1日は24時間しかないのに。
もうへとへと。
頭の中でたくさんの小人さん達が
「行っちゃえ行っちゃえ!」とあちこちで叫んでいるような気がする
今日この頃。

 写真の整理、と言うか、もうどうしていいやら分からない
成田〜イースター島2日目AMまでの写真ですでに600枚超。
今日またカメラからダウンロードの済んでない写真を数枚発見。
もう何がどこにあるのやら…。
すみません今日は作業をさぼります

2002年10月31日(木)

 ようやく2002年版の「仮」が減ってきた。(適当だけど)
一応残る作業は「写真館イースター島編」と「日記」だけ。(一応だけど)
MACの前に座って手が動かない日もあったし、
「ちょこちょこちょこちょこ」重箱の隅をつつくような事ばかりしていた時もあった
正直死ぬかと思った。
「写真館」は少しは方向を決めつつあるけど、(そう呼べるほどの物ができるかなぁ?
「日記」は元になる日記がまだ書き上がっていない。
「年内に出来ればおなぐさみ」である。
多分すでに忘れてしまった出来事も幾つかあるような気がする。
思い出せればいいが…。

2002年11月05日(火)

 2002年版写真館が「一応」開設出来た(ような気がする)。
「一応」なので写真の配置等変更の余地あるかも。もしかした予告なく変更してます。
旅行記ダイジェスト版を手掛けていた時も今回も、とにかく写真の多さがネック。
当時うまく撮れてるかどうか分からなかったゆえ、同じような写真が何枚もあるし、
(撮ったかどうかもろくに憶えてなかったので、後日同じような写真を撮っている始末)
できるだけ出来のいい写真を探し出すのにも一苦労。
パソコンに取込んで初めて使いもんにならんと判明した写真も多数。
それでも数百枚ある…。
毎日同じような所をあれこれ選定していたようなもので、挙げ句
昨日決めた写真と今日のそれとが違ってる…
「本当に終わるんかいな…」と何度も思わされた。

日本を飛び立ってサンチアゴまでたどり着き、
サンチアゴ観光の翌日にイースター島に向け飛び立って、
翌日から毎日毎日遺跡巡り三昧。
車を返したらもうタハイばっかり。
長かったようで短かった日々の後、イースター島を後にする。
その体験を繰り返しているような気分になってきた。
やはり作業とはいっても「最終日」の写真に近付いてくると、何となくもの悲しくなってくる。

 次の旅行まで
これから先の生活が少し長いものに感じられてきた。

2002年11月09日(土)

 先ほどまで雪が降っていた。早い!
大抵の人はまだタイヤの履替えなんてしていないだろうから
あのまま降り続いていたら月曜日「大混乱」になる所だろう。
(私は春先からリハビリ中の身だったので、この夏はずっと冬タイヤのまま過ごしたけど)

 今年は2月頃にはもう暖かくなり始めていたような気がするし、
6月といえばもう「真夏」だったのでは?
一月ほど季節がずれているような気がする。
…地球の公転周期が速くなったとか。(んなわけあるかい!)

2002年12月03日(火)

 半月ほど前から「試しに」ムービーの公開を始めた。
(なんていい加減な…)
ちょっと大変だった。本に載ってないんだもん
AppleのHPからの丸写しでは動作せず、あちこち調べてまわった。
原因は、何だっけ?とりあえず動いたけど。
…次回の請求が怖い。

 Googleの順位が下がり続けている…
先ほど見たら53位。
下がった理由も分からないので持ちこたえるすべが無いのだが…。
何か順位を保つ「コツ」でもあるのかなぁ。
どうも2000件いかないうちに埋もれる運命の様子。




これまでの「ぼやき」

 2001年10月12日〜2001年12月31日 
の「ぼやき」
当HP作成から1ヶ月ほど経って「思いつきで」新設したページ。
本当に見ている人がいるのかどうかは怪しい限りです。
 2002年01月01日〜2001年05月26日
只今「時々」更新中(思いつきを原動力に)。
管理人もどき負傷中だったため一部「人指し指一本拳」で作成。

ちょっと御注意

管理人モドキにより作成されている当「ぼやきページ」は、
事実を元に面白おかしく書いてある記述もあれば
全くの空想だったり、勘違いだったりする記述もあります。
基本的には真に受けて読まれないようによろしくお願いします。





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