管理人(かなぁ?)のぼやき



このページは、管理人の気まぐれで更新されます。あしからず。(文句はなしよ)

2003年05月12日(月)

 今日の新聞に載っていたニュースでは、                                
合衆国が今度は隣国メキシコに
メキシコの石油公社を民営化しなければ制裁措置を取る」と
まるでやくざの因縁みたいなむちゃくちゃを言っているそうな。
また石油かよ!いい加減にしてほしい。
恥を知れ!


 ニュースと言えば、
…また通り魔事件があったとのこと。
今度は小学生が大やけどを負ったそうだ。
「卑怯もいいとこ」の行為だが、…どういうわけか今年は通り魔事件が異様に多い。
合衆国の弱い者いじめをあれこれあげつらっている場合ではないのかも知れない。

2003年05月18日(日)

 何年ぶりだか分からないほど久し振りに
会社の人達と潮干狩りに行ってきた。休みを取って。
前回行った時も大して「狩れなかった」のだが、今回も似たようなものであった。
金曜日に「酒蒸し」、土曜日に「アサリバター」を憶えた。
適当調理だけど。
一応食えるものが出来た。

 SARSをばらまいて歩いた医者がいたとニュースでやっていた。
関西方面を観光していたらしいが、成田を利用しているのだから始末が悪い。
解熱剤で対処とは…。医者は「自分が病気になる」とは考えないのかねぇ。
患者に対しては直ぐさま「隔離」の措置を取るだろうに自分の事となると…。
結果、伝染病をばらまく事に…。おっかない…。
ちゃんと治療受けるなりしていれば「病人」としていたわってもらえたはずなのに…。
それが後ろ指差されて「バイオテロ?」(冗談だけど)
ちなみに、
最近中国では故意に感染症の病原体をまき散らして人を死傷させたりした場合は「最高死刑」と規定したとかしないとか。
 でも正直「SARS」が取りざたされていた頃は
「デング出血熱などよりは死亡率が低い」くらいにしか捉えてなく、あまり危険な病気だとは感じていなかった。
症状も「肺炎」と「38℃以上の高熱」としかテレビでは言わないし。
(「肺炎」は確かに危険な症状だけど)
最近のTVでの「42℃の熱」という体験談の放送で見方が変わった。
42℃の熱が長時間続くと普通人は耐えられない
それ以上の熱では数時間で死に至ると聞いた事がある。
今年の冬に39.6℃の熱で寝込んだ事があったが、体がいう事を聞かない上に
寒さでがたがた震えて夜中など眠れたものではない。
それ以上となると確かに意識がなくなってもおかしくはないのだろう。
耐えられるとは思えない。
そのTVでの体験談では高熱から来る脳の後遺症が残ったらしい。
よく熱を下げるために脇の下を冷やすのが効果的だとは言われているが、誰か試した事ある?
私の体験上ではとてもそんな気にはなれなかったのだが。
とにかく「がたがた体が震えてくる」のだから
そんなことするより「頭(脳)を冷やすようにする」方がいいような感じがしてならないのだけれど
誰か詳しい事を知っている人、この件で何かいい情報ないですか?

ここ最近の蔓延によるのか、今日現在SARSの死亡率は8%強。SARS騒ぎの当初のニュースでの5%そこそこより遥かに高くなっている。
その死亡率もそのうち10%超になる予想だと言う。
我が身に降り掛かるのに充分すぎる確率である。
何より怖いのは未だに有効な治療法が皆無だという事。
予防法もマスクしかない。

 そしてこのまま日本で流行が始まれば、海外への渡航にもかなり支障が出てくるかも知れない。
死亡率がこれ以上上がり、治療法が見つからない限り、
病気の鎮圧に日本がもたつくような事があれば
国によっては感染の有無に関わらず「日本人だ」という理由だけで入国を拒否する国も出てくるかも知れない。
あるいは万が一病気にかかったとして、回復したのはいいけど、それはどうやって証明すればいいんだい?
渡航情報には今まで以上に気を配る必要があるのかも。
考えすぎかも知れないが。

 余談だけど、
「SARS=サーズ」という呼び名がメディアでは定着しているようだけど、
確か5月上旬の新聞記事では同じ発音の病気(症状)があって
まだ医学上とか国際的にはまだ呼び名については定まってないと記憶しているけど。


 ちょいと違う話なのだけれど、最近遺跡関係の番組を見ていた時にふと感じた事がある。
われわれの文明は本当に有史以来最高の物なのだろうか
ギリシャなどの「石の文明」にしても、その形が最良の物だと当時落着いただけなのかも知れないし
本当に「それしか持ってなかった」と言い切れるのだろうか。
どうせ素人だから言っちゃうけど
我々の文明が今潰えたとして、果たして後世に一体何が残るのだろうか。
例えば「焼き払われた結果潰えた」としたら、
紙や精密機械なんてほとんど残らないような気がするし、
プラスチック製品はまず全滅だろうし。
戦車だって1000年残ると誰か試してみた事があるのだろうか。(さすがに何だか残りそうな気もするのだけれど)
「誰もが大好きな」(?)貨幣だって果たしてどれほど形をとどめているだろうか。
「電子マネー」なんて残りっこないし。
我々の文明の後に残るものは?
我々は最高の存在だと本当に言い切れるのだろうか。

2003年05月28日(水)

今日仕事先へ向かう車の中でラジオを聞いていたら
例のSARS患者だった医師の関係者の記者会見のニュースをやっていた。
大雑把にかいつまんで聞いていた内容では
「彼は激務をこなしていたので休暇を取らせた」という主旨だったと思う。
よく考えてみれば、彼はSARSのアウトブレイクの最前線で戦っていた人のひとりだったのである。
「医者や看護士の代わりはいても父親や母親の代わりはいない」と考える人も少なくない中で
彼は戦う側にとどまっていたうちのひとりなのである。
「どちらの方が正しい」などと言うわけにはいかない問題であるが、
ただ、そんな彼に対して「バイオテロ」呼ばわりしたのは茶化し過ぎだった
彼も「医療関係者を襲う病気」の被害者のひとりだという事をもう少し考慮すべきだったのではないかと反省しています。

先日の書込みは軽率な発言だったと思います。

脈絡はないけど、
 「バイオ」と言えば
「FF・」で「臭い息」というコマンドがあったっけ。
もっぱらバレット専用で使っていたけれど。
敵は病気になるわ混乱するわで「大笑い」のコマンドであった。
エアリスが生き延びる可能性をいろいろ試してあがいてみたのだが
いくらじたばたしてもセフィロスが肉切り包丁構えて飛び下りてきた…。

昨日の夕方、東北でかなり大きい地震があった。
地震の規模のわりに死者などの人的被害が大きくならなかったのは本当に幸いだった。
SHILONの住む地も「揺れた事になっている」のだが、
…当の本人は全く気付きもしなかった

 今日はTVで「ES細胞」のニュースもやっていた。
とても便利な細胞のニュースである。
数年後には「そんなニュースあったっけ」と言う程度のものなのかどうか。
私としては、そんな便利な手段があるのならもうひとつ脳みそが欲しいのだが。
今のでは、とうの昔より「いっぱいいっぱい」である

(それでダメなのであれば、「いくつあっても無駄」と、あきらめがついてしまうのであろうが。)
ただ、ヒトゲノムとはそんなに都合のいいものばかりで埋まっているものなのだろうか。
来年水が必ず来る保障が無い国だってあるのに。
「解読が済んだ(?意味不明)」と聞いたのは去年の話だったような気がするのだが。
来年水が必ず来る保障が無い国だってあるのに。
神の造りし物であるが 人に利用しきれるようなものであろうか。
その「箱」を開けた途端にひとり残らず滅びかねない事態が起こる可能性も考慮すべきだと思うのだが。
手軽に扱うか、謙虚に受け止めるか。
どんな道を進んでいくのだろうか。

2003年05月31日(土)

 深夜、風が哭いている。
もうすぐ台風が来る。
この時期に上陸するのは以前は私が生まれるよりも前の事だったと言う。
もはや何が起こるのか分からない時期に入っているのかも知れない。

今週初めには宮城でM7クラスの地震があったばかり。
それより前の週にはアルジェリアでM6クラスの地震があり、多数の死傷者が出ていた。
それにしても、なぜ他の国ではそのクラスの地震で建造物の倒壊など
あれほどの被害が出るのだろう。
M6で被害が出る国の中には何度も震災に見舞われている国まである。
地震から身を守るための建造物はその国ではそれほど高価なものだというあらわれなのだろうか。
それとも、
他にその国特有の理由があるのだろうか。< BR> 一体なぜなのか、そんなニュースを見る度に疑問に思う。

2003年06月07日(土)

 昨日まで出張で東京へ行っていた。
内容は最新の技術に関するベンダーさんの研修だったのだが、
最終日あたりになると、「ここまで見事に分からなければもう笑うしかない」状況だった。
言ってる事はその場では理解できてもカリキュラムにはついていけないのだ。
私程度の技術力では行くべきではない研修だった。
最大の収穫といえば、私のMacがちょいとばかしパワーアップ。
秋葉原通いを続けG3に合うメモリをゲット。
「Sofma○」でマシンのモデルを伝えたらすぐに出てきた。
一体どうやってG3のメモリを手に入れれば良いのか今まで散々悩んでいたのだが、
何の事はない、G4用と書いてあるものでもG3のモデルの中にはそれが搭載可能のマシンがあり、
何と私のマシンが該当だったのだ。
とりあえず試しに512Mひとつとプラスドライバーを買い、宿泊施設でさっそく増設作業にとりかかる。
作業上の注意の中で、
「部屋の中を歩き回らないで下さい」というのがあったのには大笑い。
言うまでもなく静電気が理由なのだが。
増設ポートの基盤までは簡単にたどり着けたのだが、依然買ったメモリがしっかりとボードについている。
「メモリの増設方法」というのはどこででもすぐ見つかるのだが、
「メモリの交換方法(=外し方)というのはどこをみても出てこない。
(ほんの5秒ほど)
「いいや、やっちゃえ」で作業続行。
しばらくメモリの周りを「つんつん」していたのだが、メモリ両側のガイドをおそるおそる押し広げてみたら
メモリが「びよ〜ん」とかいう感じで起き上がってきた。
何だ、これで良かったんだ
前の増設メモリを外して新しいのを差し込んで、さぁ、起動するかな?
コンピュータの情報を見てみてもちゃんと認識してるようだし、アプリケーションも問題なさそう。
どうやら成功したようだ。
内臓メモリは「576MB」と出ている。これでメーカー公表値の512MBをオーバーした。
憧れの大容量メモリ搭載のマシンに生まれ変わった。
東京から持ち歩いて帰ってきても問題無し。今日はさっそく主に使うアプリケーションのメモリ割当てを調整。
今度はいよいよ「1G」にする方法を探してみよう。

 今回の東京行きで他に体験したのが久し振りのナローバンドでの通信。
64Kのモバイル通信…、うわぁ、こんなに遅かったっけ?
ブロードバンドに慣れきってしまうと、これはとてもつらい。
なんか、ナローバンドで快適に見れるサイトがどんどん少なくなっていくような気がする今日この頃、
やっぱり画像が綺麗だとか音楽だFlashだどうだとかで無闇にファイルのサイズをでかくしてはいけないと再認識。
もうひとつ、
最近横幅1024ピクセルに最適化されているサイトも増えている点。
宿泊施設にあるパソコンが768ピクセルなので、そんなサイト閲覧すると最高にうざい
(私のMacの画面では表示可能だが、ブラウザをフルスクリーン表示にして使うつもりはないので以前からうざったかった。)
パソコンやディスプレイの買い換えは義務ではないはずなのだが…。 ところで、横幅1024ピクセルとか、ブラウザはフルスクリーン表示だとかはいつから義務(?)になったんだい?
2003年06月17日(火)

 TVがあまり「いいニュース」を映さなくなった。
最近は同じような悪いニュースが続く。
気持ち悪い連鎖だ。
一番多いかどうかはもう私には分からないが、
やたら目に付くのは弱い者が犠牲になっていくニュースだと感じるのは私だけなのだろうか。
今は本当に「新世紀」なのだろうか…

 合衆国は先週、とうとう大量破壊兵器の存在の確証の無いまま国際世論すら無視して爆撃したと白状した
大量破壊兵器などあってもなくても構わなかったとひらきなおったと勘ぐりたくなる。
やはり爆撃の続く聖地では、
思いつきのようなあの人工的な「ロードマップ」とやらは早くも実現不可能としか思えない戦況になっている。
結局、爆撃など「誰も彼をも焼き払うのが目的と結果」の行為なので、
そこから何かを生み出せると思い込むのは「頭がおかしいとしか思えない我慢が出来ないジョーク」でしかないのだろう。
アフガンにしろイラクやパレスチナにしろ、弱者の目の前にいるのは仇なのだ

 今、また自分の国を誇れる事が出来なくなるニュースを見ていた。
3人の老人が鉄道自殺したのはヤミ金融の取り立てが理由らしいと言う内容が流れていた。
「法的根拠」など取り出す必要があるのだろうか。
誰が見てもどちらに多くの非があるのか、
どちらが非道なのか、
どちらが弱者なのか誰かに教えてもらわなければ分からないとでも言うのだろうか

そもそも、今では落ち目だとはいえ(私にはこれも本当かどうか分からない)、
世界でも有数の経済大国だったはずのこの国で、
何で金のために命を捨てるしか選択肢がなかったのか
今私達の住んでいる国は、本当に立派な国なのだろうか

 国家的な力を持った者たちはどうしていつまでもこんな理不尽な違法行為を野放しにしておくのだろうと悲しくなってくる。
他にも今日は検挙率という数字のからくりを取り上げていた。
平たく言うと分母を減らせば=「犯罪として記録に残さなければ」世間体が保たれるという
「本当に人が考えうる事なのかどうか」疑いたくなるような内容だった。
メディアを手放しで信用してはいけない、とは思っていても、
体から力が抜けていく。
そんな事のために埼玉県桶川市の何の力も持っていない女性が見殺しにされたのだろうか?
税金のかさ上げと自分達のお茶の時間を作る事が、今助けが必要な弱い者たちの命よりもそれほどまでに大切なのだろうか。
彼等が今まで使わなかった力をこの問題のために使ってほしい。
「ひとでなしを根絶やしにするために立ち上がる覚悟」を見せてほしい。


 力ない者が死ぬ世の中は「けだものの世界」だ
人だけが、弱いもののために手を差し伸べる事ができる。
人だけが、「弱い者のために」戦う事ができる。
自然界では他にはあまりそのような姿を見かける事がない。
それが人が他の動物とは聖別され、神の御姿に似せられて造られたゆえんであると信じる。
あの誰よりも強い合衆国だけでなく、 私達が住んでいるこの地でさえ、その良識を求めるのはもはや無理なのだろうか。

2003年07月12日(土)

 今週、イギリスに引き続いて合衆国も
「あの爆撃のための最大の大義」は大嘘で、事実とは無関係だと白状した
それまでにもオーストラリアやスペインが「さしたる根拠もなく侵略行為を支持」していた事を既につぶやいている。
日本は公式にはあの首相の「子供のような屁理屈」的発言のみだが
既にその発言の時点で「何にも根拠なく尻尾を振ってみせた」事が露呈している。
今回の最大の問題は、何度も言う事かも知れないが、
あの侵略は「国連決議のないままの武力行使」であり
「実は何の根拠もない大義」に基づいた一般市民に対する一方的な殺戮行為が「正義」と称して平然と行われた事である。

(戦力差があまりにも大きい事は事前に分かっていたので、そんな戦争は「侵略行為」だとしか思えない)
そして、戦争を起こし一般市民を爆殺した国や、日本を始めそれを妄信的に支持した国々は
今回自分達が世界中の他の国々に対して一体どのような行為をしたのか本当に自覚しているのだろうか
私は自分が日本人である事が恥ずかしい。
日本人以外になりたい気分だ。

 後になって「フセイン打倒」が目標だったと言い出したり
「戦争の分け前」を主張するのもおかしな話だ。
湾岸危機・戦争以前まではイラクの体制を支持していたのは合衆国であり
そのために長い間多くの人を見殺しにしてきたのだから「フセイン打倒」はその後始末として当然するべき事でしかなく
そんな戦いで報酬など受け取る権利があるとはとても思えない。
「自分達が支えた体制をなぎ倒してその国土(主に石油資源)を奪い取る」というのは詐欺行為にならないのかい?

あの国で合衆国のせいで死んだ人は一万人を下らないような気がするのだが。
本当の事を教えてほしいのだけど。
この戦争の動機は実は何だったのだい?

 昨日まで東京へルータの講習会に行ってきた。
実は6月にもQoS関連の研修に行っているのだが、普段そんなマシンに関わってないので、
講議を聞いている間は何だか分かったような気がするのだが、いざ実習になれば
「…なんだこれ。」
大変な3日間であった。
もう楽しみはコーヒーショップ通いのみ。(ド○ールやスター○ックスetc)
何しに行ってきたのやら。
そう言えば、ド○ールってロゴ入りのマグカップ売ってないんだね。

2003年07月22日(火)

 ポータルサイトで過去のニュースを読んでいた。
久し振りにニュースを見ていると(疲れるので見出しと本文の「さわり」くらいしか読んでないけど)
いつの間にか西アフリカ(でいいのかな?)のリベリアで内乱が首都市街戦にまで激化している。
合衆国は国連の要請で渋々?1000人派兵するとは決めたらしい(まだ実現していないけど)
あの「イラクの時」に4万人派兵を即決したのとは雲泥の差である
「謝らない国」合衆国、
アフリカ諸国歴訪でプレジデント・ぼんぼんが「奴隷制度は誤り」とのたまってみせたが
本当のところ、合衆国は他人を何だと思っているのかとても知りたい。

 7月4日の記事で「イラク特措法案衆議院通過」の記事のあたりでひとつの懸念が頭から離れない。
気になってしょうがない。
今回自衛隊は誰が見たって非戦闘地域なんかどこにもないとしか思えない国に無理矢理非武装で放り込まれるのだが
(実際「一体どこが非戦闘地域なのか」具体的な地名はただの一度も議論で示されなかったような気がするが)
あんな「念仏」で丸腰で戦地に送り込まれる方は実際たまったものではないだろう
今回はカンボジアの時よりも比べ物にならないほど危険な状況のような気がするのだが。
ゴリ押しでも念仏でも、法案さえ通ってしまえば彼等は涼しい顔をしているが
私の最大の懸念は、政治家がこんなデタラメな事ばかりしていると
最悪の場合、自衛隊による武装ほう起が現実にあり得るかも知れないという事である。
だって、あなただったら黙って死にに行く?
彼等は実際「自分の命」が懸かっているのである。
今の政府は彼等に対して冷たすぎるのである。
今の政府は国民に対しても非情すぎる存在なのである。
そんな与党に対して投票する事、叉は「選挙を放棄する」事で彼等を支えているのは国民と言う事になるのだが。

そもそも、何のためにイラクに自衛隊を派兵するの?
ころころ変わる「大義」を振りかざす合衆国に何でそこまでシッポを振るの?

爆撃によって殺された人達の家族の憎しみと向かい合う覚悟があるの???
現地で待ち受けてるのは「ハッピーエンドの物語」ではないんだよ。


2003年07月27日(日)

 前日の宮城の地震は正直衝撃だった。
少し前のM7.0の地震の時だって大きな被害はなかったのに
TVを見ていると「何で?」と思うような状況だった。
今のところ死者は出ていないとの事。とりあえずは本当に良かった。
本当のところ、日本でM6クラスの地震で震度6強の揺れが起こって
挙げ句あれほどの被害が出るなんて想像もしていなかった
夕方の震度6弱を記録したM5.4なんて月に何度か日本のどこかで必ず起こっているといってもいいくらいの規模の地震である。
以前書いたけど海外では何でM5〜6クラスであれほど甚大な被害が出るのかなといぶかしがっていたところだった。
「マグニチュード」は、地震の全てではないのだと初めて実感した。
長雨がたたったのか、それとも単純に震源の深さの関係なのか。
少し奇妙な地震に思える。
とは言っても、実害を被った人達にとってはもうどうでもいい話なのかも知れないが。
この災害に対して国から何らかの救済措置はあるのだろうか。
今週起こった九州の複数の土砂崩れでは何かしらあったのだろうか。
災害に対する国家の救済措置や支援って今回の九州や東北に対して何かしらあるのかい?
そもそも災害と認定する根拠って、今どうなっているんだろう

ただ、そんな事に関係無いかのように
まるでこれに紛れて(?)その前日にほぼ決まった「何のため」か分からないイラク参戦はうやむやになるんだろうなぁ。
そうしたかった人達に「うまくいった」と思われると気掛かりだ

2003年08月09日(土)

 また災害です。台風10号。
地震・台風(5月)・豪雨・地震・台風と今年は少し多いような気がする。
台風の通り道に近いにもかかわらず、私の住んでいる所は今のところ本当に大したことなさそうだ。
何だか知らないうちに暴風警報が解除されていた。
台風の東側か西側かの違いなのかどうなのか
むしろ太平洋側の方が大雨や突風の被害が大きいように見えるけど。

 私も2回のイースター島旅行の時に台風にはやきもきさせられた。
1回目はあと1日出発が遅ければ飛行機飛んだか怪しかったし、
2回目の時は台風の大雨で東京のダイヤが無茶苦茶になっていた。
とにかく離陸しないことには話にならないのに。


 イラクでは毎日のように虐待や射殺が続けられているらしいが本当だろうか。
子供相手でも容赦ないそうだ。
権力のなくなったたったひとりの男を探し出すために、
なぜそれほど殺人を繰り返さなければいけないのだろうか。
正気の沙汰とは思えない
自衛隊をイラクへ派兵すべきでは無いと思う。
悪事の片棒をかつぐようなものだ。少なくともイラク市民にはそうとしか見えない恐れが大きい。
何より、今の合衆国にはついて行ってはいけない。

2003年08月11日(月)

 ついちょっと前に送信ボタンを押してしまいました…。
(とは言っても、申し込みのメールではないのだが)
正直今年はほぼ「行かないつもり」だった。
今日も、もう旅行はあきらめておとなしく日本でうじうじしているつもりだったのだが。
問い合わせたのは、とりあえず
  • 今さらチケットがとれるのかどうか
  • パタゴニアって今どんな感じ?
  • etc.

    …どうしよう。

     一月後に自分が居る場所は
    日本なのかイースター島なのか
    今はまだ分からない。

  • 2003年08月20日(水)

     イラクではもう何がなんだか分からない状態のようだ。
    合衆国の銃撃で報道関係者が殉職したり救急車に載っていた人が負傷したり
    イスラム教の旗を切り裂いたりしていたかと思えば
    逆に救急車ごと爆弾攻撃を受けて英国兵士が死傷したり
    デンマークの兵士が犠牲になったり
    パイプラインが爆破されて合衆国の欲しがったあの血まみれの薄汚い金になる油が打撃を受けたり
    イラク「ひとでなし」前政権の閣僚が拘束されたかと思えば
    今度は再度「国連を」巻き込んだ爆弾テロである。
    ここ数日間の出来事である。この他にもまだあるかも。

     合衆国側であろうと国連であろうと標的となっているらしいことが現れ始めたように見える。
    テロリストにしろイラク国民にしろ、
    彼等から見れば国連が合衆国の意のままに動いているのが見透かされているのか、
    あるいは、
    今回の戦争が国連決議を経てない事も実は分かっていないのかも知れない。
    それとも
    ただ国連に手を引かせることが目的だったのだろうか。
    大体あんな大量の爆発物をどうして扱えたのだろう。
    どちらにしろ、
    自衛隊もあの地に踏み込めばテロのターゲットになりうることは確かだ!
    テロリスト側に日本人を避けてテロを仕掛ける理由などどうやら「無い」と思った方がいいと思う。


    2003年08月23日(土)

     今回のイースター島旅行は中止になりました。


    2003年09月07日(日)

     今さらになって合衆国が「国連の支援」を求めている。
    もう呆れ果てて物も言えない。
    空爆の時には国連も国際世論も無視していたくせに。
    しかも未だに「大量破壊兵器」を見つけることが出来ず、
    (きっと合衆国がでっち上げない限り見つかる事は無いだろう)
    散々強調してきた空爆の根拠も実は持ってないに等しかったことが明白になろうとしている。
    合衆国や英国は一体どの程度の情報を元に大量殺人に踏み切ったのだろう。
    (そして我が国は一体どの程度の根拠でそれを「支持」したのだろうか…)
    更に
    「国連の指揮下には入りたくない」とこの期に及んでまだ駄々をこね通している。

    「復興支援」と言ったって
    結局合衆国とか英国の企業の利益として流れていくだけなんでしょ?
    自分達で何もかも壊しておいて…。
    自分達で勝手に始めた戦争なのだから自分達の国家予算とかで自分達だけでツケを払ってほしい。

    もっともあの国は
    もはや自分達の財力だけで戦争することが出来ない事はとっくに分かっていた事なのだが。
    随分と大層な「正義」だねぇ。

    2003年12月18日(木)

     昨日までHPのファイル転送や動作確認、
    各方面ヘの連絡をして
    ようやく新しいアドレスでの運用のメドが立った。
    病院内でやっている作業なので
    当然非合法である。
    今後とも、よろしくお願いします

    更新作業もしばらく振りであるが
    只今どういう訳か病院の1室にいる。
    九月頃突然周りが騒ぎ始めて
    私を、どうしても病院に閉じ込めようという結論を出したようだ。
    もはや、「私の人生」などと呼べるものは無くなってしまったような気がする。

    2003年12月19日(金)

     最後の書込みからもう三ヶ月も経つのか…。
    なんで自分がここに居るのかどうしても納得出来ないまま
    ただ、いつになっても未来を見据える事など出来ない。
    それが「鎖に繋がれた犬っころ」程度にしか考えれないうちは
    ここから出られる事などないだろう。
    私はいつまでもそう考えるのだろうか…。

     今日は雪が降った。
    その中を買い物に出かけた。
    季節の変わり目
    わけもなく久し振りに「わくわく」した。
    今のところ私の自由と呼べるのはその程度。

    枕元には手に入れたもので溢れてきて、
    読んでいない本だけが増えていき、
    それに関するクレームも付いてくる。
    社員寮にいた頃には起こるはずのなかった問題だ。
    自分が何故ここに居る事になったのか分からないまま月日だけが過ぎてゆく。

    「自分の人生」と呼べるものが
    まるで見えなくなってしまった。
     未来の話など、されるだけで憂鬱になってくる。
    もう
    どんな物語も
    あるがままに受け取れないんだ。

    2003年12月25日(木)

     ダメ、ダメ、ダメ、
    何をやってもダメ!
    病院では何かにつけダメ出しされる。
    ここでは私は「患者」という生き物
    人間ではないのだ…。
    家畜と同じで、家畜に名前などないのと同じようで
    「患者以上のこと」をしてはいけないのだ。

    彼等の仕事の大半は、
    「患者」という生き物の人権をはく奪する事だとさえ思えてくる
    月に十数万も払っている相手に「出て行け」と言う台詞がはけるのは
    「お上」と医療スタッフくらいなものだろう


    2004年01月07日(水)

     現時点になってもイラク情勢は分からない事だらけ。

  • 米英が「何の国連決議も、宣戦布告もなく」一方的に戦争行為を行ったのは何故?
  • 「一般市民に多大の犠牲者が出る」のを承知の上で
     湾岸戦争以降から空爆を繰り返していたのは何故?
  • イラン・イラク戦争時からクルド人に対する化学兵器使用が取りざたされていた
     イラク(=サダム・フセイン)に対して合衆国が当時親密外交をとっていた訳は?
     (ちなみに当時の米特使はラムズフェルド
  • 現在の米英などによるイラク統治権限の根拠は?
  • 戦争参加国によるイラク復興が「有償」なのはなぜ?
     破壊したのは戦争参加国だよ?
  • 「劣化ウラン弾」が「無害」だと合衆国が主張する根拠は?

     何の答えも得られないままなのに12/26に航空自衛隊が現地へ派遣され、
    1/16にも陸上自衛隊の先遣隊が派遣されようとしている。
    「放射能に対する防護」の手は打ってあるのだろうか…?

  • 2004年01月16日(金)

     新ページでの運用がいよいよ昨日から始まってしまった。

     何だか一応思ったように動いているような気がしないでもないような…。
    新URLへの切替え前から見に来て下さった方もいらっしゃったようでしたが
    (カウンタ値で勝手に解釈してますが)
    とりあえずカウンタも「適当」させていただきました。
    先行して運用していたURLのアクセス数なんて全然頭にありませんでした。
    こんな「いんちき」でいいのかなぁ…。
    かと言って今さら他にどうしようもないけど。

     あと、気になるのは「Google」様での検索順位。
    今でこそウェブ検索で3位をキープしているけれど
    きっと一度は「墜落」するんだろうなぁ…。

     相変わらず、「治療」の二文字は全然頭に浮かんでこない…。
    実は「直る事」は半ばあきらめている。
    よしんば、直ったとしても、
    きっと「再発」するに違いない。
    「私の人生」と呼べるようなものは、本当にもう終わってしまったのだろうか…。

    2004年01月17日(土)

     意外な程のアクセス数だ。
    1日に10件以上(しょぼぉぉぉぉ)のアクセスがあるなんて以前では考えられなかった。
    「Google」様の検索順位が(多分)下がるのが惜しい…。

     しんしんと雪が降り続ける。
    予報通りだ。
    やむ様子はない。
    昼飯後中庭に「雪モアイ」を作りにいったが
    根性がなくて30cmくらいのしか作れなかった。

    もっと積もったら、もう一度チャレンジしてみようかな?
    雪の中をカラスが飛んで行く。

     それにしても、
    雪が降っているにも関わらずネットが「スイスイ」繋がっている。
    いつもの「あれ」は何なんだろう…。

    2004年01月19日(月)

     土曜と昨夜に積もった雪で「雪モアイ」を作った。

    2体目はすぐに溶けないように頑丈に作ったつもり。
    渡り廊下へ戻る時にずっこけてしまい、今左膝が「イタイヨー」。

    2004年01月23日(金)

     嘘みたいだ…、もう「3000件突破」?
    てっきりこのHPは「ゴーストタウン」になるものだと思い込んでいたのがいつの間に…。
    「大変な事」になった。
    いい加減に作ったページなのに…(汗)。
    しかも、
    年が明けてから今日までのアクセス数も「300件」程になる。
    ショボイ話だが、これ、「新記録」!

     皆様のおかげでございます

    これからも「よろしくお願いします」。

     昨夜消灯後、地球儀をうっかり落っことしてしまった。
    (「イースター島も載ってない小さな地球儀だけどね)
    不吉な…

    2004年01月23日(金)

    主旨があまりにかけ離れているため、同じ日付ですが別記とします。

     昨日、イラクのサマワの先遣隊の報告は「情勢は安定している」とニュースでやっていた。
    その通りなのかも知れない。
    ただ、その通りだとしても、情勢が悪化するとすれば
    「本隊」がサマワ入りしてからになる事も有り得ない事もないと思う
    実際1月22日付の共同通信ニュースでは、
    現地の1/19に「サマワでサダム・フェダイーンのメンバー5人を拘束した」と報じている。
    「自衛隊に来て欲しい者」と「日本に手を引かせたい者」が居るかのようだ。
    私は基本的には楽観主義者なのだが…。

    そして、自衛隊員の方々は、この状況が合衆国の身勝手で起こっていると分かっていても
    「命令」とあれば、行かなければいけない立場にある。

    自衛隊員の皆様の安全を祈念いたします。




    これまでの「ぼやき」

     2001年10月12日〜2001年12月31日 
    の「ぼやき」
    当HP作成から1ヶ月ほど経って「思いつきで」新設したページ。
    本当に見ている人がいるのかどうかは怪しい限りです。
     2002年01月01日〜2001年05月26日
    只今「時々」更新中(思いつきを原動力に)。
    管理人もどき負傷中だったため一部「人指し指一本拳」で作成。
     2002年05月31日〜2002年12月03日
    リハビリ終了。
    そして再びイースター島へ
     2003年01月01日〜2003年05月12日
    Googleの検索順位上がらず。ゴーストタウンまっしぐら。
    イラク戦争のあった頃です。

    ちょっと御注意

    管理人モドキにより作成されている当「ぼやきページ」は、
    事実を元に面白おかしく書いてある記述もあれば
    全くの空想だったり、勘違いだったりする記述もあります。
    基本的には真に受けて読まれないようによろしくお願いします。





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