What a shame about me






だから、早く妹を決めてくれたらいいのに。
わたしではない、誰かに。

そうすれば、この胸のざわめきも、いつかはおさまるはずだから。











落ち着きがなくて、粗忽で、単純で、愚直で。
あれでわたしより年上だなんて、信じられない。
つぼみとは言え、山百合会の一員としての務めがよく果たせているものだと思う。

でも、そんな人を相手に、わたしが感じているのは、引け目と、負い目と、嫉妬ばかり。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。

このままではいけない。
それはわかっているのに。











「わたし、瞳子の力になりたい」

あなたも、おひとよしね。
でも、それは大きなお世話というものだわ。

そう言ってもらえるのは嬉しいけれど。
わたしをそんな風に気にかけてくれるのは、この学園の中で、あなただけだから。
もしかしたら、この世の中でも、あなたしかいないかもしれない。

でも、あなたにしてもらうことは、何もないの。
わたしの歪んだ想いを満たすために、あなたの気持ちを利用するわけにはいかないの。
それでも、どうしても何かしたいと言うのなら、わたしを欺き、陥れるくらいのことをしなくてはだめよ。
わたしが、かつてあなたにしたように。

あなたの力を借りるようなことなんか、何もない。
わたしに、そんな資格はないのだから。











わたしは、嘘つきで、卑怯な、臆病者だ。
周りの人間も、友達も、自分自身すら欺いて、自分の心から逃げ続けている。
ここに来るまでは、それでもよかった。
そんなわたしを誰も愛さなかったから。

だけど、あの人は、そんなわたしを赦してくれない。
どこまでも追いかけてくる。
あの、天使のような笑顔で。

あの人の前にいると、自分が汚らしい小さな虫けらになったような気持ちになる。
正直で、誠実で、まっすぐなあの人に対して、いつでも上辺を装い、何かを演じ、自分を偽っているわたしが、どうしようもなく愚かで下劣な人間に思えて、いたたまれなくなる。
それをわかっていながら、あの人の前でそういう人間であることをやめられない自分に絶望する。
あの人の近くにいるだけで、世界中から「お前は愚か者だ」と指をさされ、嘲笑われているかのような気分になる。
たまらなくなって、逃げ出したい衝動にかられる。

それなのに、あの人はいつだって、あの屈託のない笑顔をわたしに投げかけて、わたしをそこから身動きできなくしてしまうのだ。
その笑顔が、薔薇の棘のようにわたしの心を抉っていることなど、あの人は気づきもしないのだろう。











「以前のわたくしを見ているようで辛いのよ」

だから、以前のあなたと同じ処方箋がそのままわたしにも通じるとでも?
あの人と長くいっしょにいたせいなのかしら、ずいぶんおめでたくなられたことね。

それに、わたしが本当にその処方を選んだとしたら、あなたは平静でいられるのですか?
かつてのあなたが、お兄さまのそばにいるわたしを疎ましく思っていたことを、わたしが気づいていないとでも思っているのですか?
お兄さまにとっては、わたしは“自分とよく似た<妹>”以外の何者でもなかったというのに。
あなたを姉とも慕っていたわたしにあなたがどんな仕打ちをしたか、もうお忘れになったのかしら。

ある時期を境にあなたがわたしを厭わなくなって、その代わりにお兄さまを避けるようになったのは、きっとお兄さまがまたろくでもないことをあなたに吹き込んだせいなのでしょう。
お兄さまも困った人。
わたしのために?
いいえ、きっとそれはわたしとは関係のない、お兄さまにしかわからない何かの規範のため。
あの人はいつでも自分自身や自分の周囲に対して「あるべき形」を求めていて、それにはまらないものは、どれほど大切なものであっても捨ててしまおうとする、そういう人だから。
…わたしとよく似た人だから。

わたしはあなたのことを好きでもなんでもない。
それどころか、むしろあなたなんか大嫌い。

高等部に上がってしばらくの間あなたにまとわりついていたのも、過去にわたしを疎んじ嫌っていたあなたの心の負い目につけこんで、ささやかな仕返しをしていただけ。
あの人の前でわたしを追い払えずに困っているあなたを見るのは、それなりに愉快でしたわ。

それなのに、今、そのせいであなたを目当てにつぼみの妹の座を狙っていると言われてしまうなんて、とんだお笑い種。
つまらない因果が巡ってきたものね。
自業自得、と言ってしまえばそれまでなのだけれど。











そう、あなたへの小さな復讐のためにあの人の存在を利用した。
それが、あの人を傷つけることになるとは思いもせずに。
いけないと思った時には、もう取り返しがつかなくなっていた。

だから、あの人に請われて薔薇の館に招かれた時、断ることができなかった。

どうしてあの人は、あんなことができるのだろう。
わたしの意図がどうあれ、お姉さまと自分の間を気まずくしたのはわたしの存在に他ならないというのに。
それを自分の隣に招き寄せようなんて、信じられない。

傍に置いて、懐柔しようというつもりだったのかしら?
いいえ、そんな打算の働く人じゃない。
そんなことを考えられる人なら、そもそもわたしの存在に惑わされたりなんかしない。
あの人はただ、その時一番良いと思うことをした、それだけ。
いつだって、まっすぐで、裏も表もありはしないのだ。

それを理解した時、ちっぽけな自己満足のために人を傷つけて喜んでいた自分の卑しさを、心の底から恥じた。
あれ以来、わたしの中には、拭うことのできないあの人への負い目が根を下ろしたまま。











「素直に生きるのはとても勇気がいることだけれど、その分得るものも多いのよ」

まったく、無神経なこと。
いつでも自らの気分にだけは素直で、はじめから何もかも得ているようなあなたがそれを言っても、嫌味にしか聞こえない。

あなたはいつもそう。
自分の言いたいことだけを言って、それで事足りると思っている。
他人の気持ちなんか推し量ろうともしない、それどころか他人に気持ちがあることすら、最近まで知らなかったのではないのかしら。
そのくせ他人の言葉や行動には簡単に動揺して、裏切られたと言いたげな態度をすぐ取る。

あなたのそういうところが、お兄さまや、あなたにとって一番大切なはずのあの人までをもどれほど傷つけたことか、自覚が果たしてあるのかしら。
大いに怪しいものだ。
そんな風だから、高等部に上がるまで友達のひとりもできないのよ。

…わたしと同じように。

だから、わたしはあなたが嫌い。
あなたもまた、わたしとよく似た人だから。











あの時、お祖母さまの死を前にして、みるみる萎れていくあなたを見ていた。
そんなに辛いのなら、苦しいのなら、さっさとあの人にすべてを打ち明けてすがればいいのに。
あなたはそういう時のために、あの人を選んだのでしょうに。
でもあなたは、つまらないプライドや、身勝手な思い込み、そして臆病のせいで、それができなかった。
そうしてあなたは、深い闇の底に自分を沈めて溺れそうになっていた。

その時あの人がどうしていたか知っていますか?
あなたの知らないお友達とお喋りに興じて、笑っていたのですよ。

時々、あの人は本当は誰も必要としていないのではないだろうか、と思うことがある。
どんなに落ち込み、打ちのめされていても、あの人はいつだって自分の力だけで再び立ち上がってしまう。
あの人には、拠り所も支えも何もいらなくて、ただ自分自身があればそれでいいのではないのだろうか。
姉も妹も、あの人にとってはただ学園生活を彩る飾りに過ぎないのではないだろうか。

あなたの方は、あの人がいなければまるで死人のようになってしまうというのに。

そんな風になるのは、わたしはいや。
わたしは、あなたと同じにだけは決してなりたくない。

なりたくないのに。











だから、あの人に憧れている子たちを集めて、その中から妹を選ぼうというのなら、それもいいと思っていた。
その中に、彼女がいるのなら、きっと許せるだろうと思っていた。
なのに。

「わたしには、茶話会に参加する意思はありません」

どうしてなの。
あなたは他の誰よりも、その場所にいる権利があったはずなのに。
あなたがそこにいることを、邪魔するものは何もないのに。

あなたがあの人に自分の幻想を重ねていたのは知っている。
幻想と現実の齟齬をあの人に指摘されて、逆上したことも知っている。

それでも、あなたはあの人の差し延べた手を取ったのではなかったの?
砕け散った幻の向こう側にいるあの人の実像を見て、その上であの人の近くにいることを選んだのではなかったの?

たとえ、最初の内には間違った表し方をしていたとしても、あなたのあの人に向けた憧れは、まっすぐだった。
あの人の前で、歪んだ嫉妬にとらわれてひねくれているわたしより、ずっと純粋だった。
そしてあなたは、今では自分の過ちに気づいて、あの人と健やかな関係を築き始めていたはずなのに。

それなのに、今になってそこから立ち去るというの。

「わたしは、今のところどなたの妹になる気もありません」

ずるい。
今さら、背を向けるなんて。
あなただけが、あの人の引力を振り切って飛び立てるなんて。
ずるいわ。

…いいえ、ずるいのは、きっとわたしの方。
わたしの前にも道はいくつもあるというのに、そのいずれをも選ぶことができずに立ち止まったままでいるのだから。
あなたのようにあの人とは共に歩まない道を選ぶことも。
わたしをけしかける人たちの言う通りに、あの人の傍に行くことも。

あなたには、あの人がいなくても進んでいける道がある。
それを、あなたは選んだ。
それだけのこと。

それでも、わたしは、あなたがいたから、あの人のそばにいられた。
あなたがいたから、わたしは自分の心から目を背けていられた。
あなたがそこにいることを自分に対する言いわけにしたから、あの人の近くに行けた。
あなたがいなくなったら、わたしはどんな理由を使って自分を欺けばいいの。

置いていかないで。
あの人の前に、わたしをひとりにしないで。
ひとりきりでは、きっとわたしは、自分の内から溢れるこの黒いもので、自分を押し潰してしまうに違いない。











数ヶ月ぶりにあの子を見かけた。
夏休みにあった残酷さに満ちた驕慢な貌は影をひそめ、まるで二つ三つほど歳を重ねてしまったかのように見えた。

「…情けなかったわ。わたくしね、ずっと小さい頃、曾お祖母さまのために、お誕生日にお歌を歌ってさし上げたことがあるの。純粋に曾お祖母さまのことが大好きで、曾お祖母さまの佳き日をお祝いできることが嬉しくて。それなのに」

そう、あなたにも恥を感じられるだけの知性はあったというわけね。

「あの日のわたくしは、関係のない誰かを貶めるために、曾お祖母さまをだしにして。曾お祖母さまのお誕生日を祝おうなんて気持ち、すっかり忘れて」

そう言いながらあの子は涙をこぼし始めた。
うんざりだ。
わたしはあなたの懺悔を聞いてあげるためにここにいるのではないのよ。

「曾お祖母さまに謝ったの。でも、曾お祖母さまは、わたくしが謝るべき相手は他にいるだろうと…あれ以来、逢ってもくださらなくて」

そうね、あなたの曾お祖母さまは正しいわ。
あなたの行為に対する報いとしては、それでもまだ慈悲深いと言えるかもしれない。

「…あなたも、リリアンに通っていらっしゃるのよね」
「ええ。最近まで生徒会のお手伝いもしていましたから、あの方ともお近づきにならせていただいています」
「なら、あなたから伝えてくださらないかしら…わたくしが、謝っていたと」
「お断りするわ」

あの子の言葉を断ち切るように即答した。

「本当に謝罪なさりたいのなら、人づてなどではなく、あなたがあの方の前で、あなたご自身の言葉でなさるべきなのではなくて?そうでなければ、曾お祖母さまもあなたをお赦しにはならないのではないかしら」
「……………」

絶望したような表情で、唇を噛む。

情けないのね。
恥ずかしいのね。
苦しいのね。

わたしがあの人の前で苛まれ続けている痛みと苦しみのいくばくかが、あなたにも感じてもらえたかしら。

そうだとしたら、とても嬉しいわ。

あの人は間違いなく、簡単にあなたを赦すだろう、そのことがなぜか無性に腹立たしかった。











どうしてわたしは、あの人のようでないのだろう。
どうしてわたしは、あの人のように寛容で、おおらかでいられないのだろう。
どうしてあの人の持っているものは、わたしのものでないのだろう。
黒いどろどろした感情が、いつでもわたしの中で渦巻いている。

その、いびつに捻じ曲がった心の形を、あの人の心が鏡のように映して、わたしに見せつける。
これがお前の正体だと。
あの人自身はそうとは意識することもないままに。

気が狂いそうなのに、あの人はわたしの手を離してはくれない。
今まで人を欺き、自分を偽り続けてきたわたしに対する、これは罰なのだろうか。











あの人は、茶話会に来る子の中から妹を選ぶことはない。
なぜだか、そんな気がする。
そんな仕組まれた出会いの中に縁を見出すようなことは、あの人はきっとしないだろう。
そこに彼女がいたなら別だったかもしれないけれど、彼女は自分から身を引いて去ってしまった。

そう思う一方で、そんなことが断定できるほど、あの人の何をわたしが知っているというのか、そう告げる自分もいる。
数知れないあの人の信奉者の中に、あの人がまだ出会ったことのない、あの人が求める何かを持っている誰かがいるかもしれない。

そう、たとえば、あの子のような。

「中等部在学中から、山百合会の皆さんに憧れていました」

素直で、穏やかで、可愛らしくて。
姉がああいう難しい人な分、あの人が妹に求めるものは、あの子のような柔らかさかもしれない。
そうだとしたら、あの人があの子の手を取るのを、わたしには止められない。

わたしにはできない。
あの子のようには。

だから、わたしは茶話会には行かない。
あの人が、わたしでない誰かを選ぶ瞬間の目撃者になんか、なりたくない。











わかっているのだ。
あの人のあのほほ笑みは、わたしだけのものじゃないということくらい。
あの人はいつでも、誰にでも、あの笑顔を向ける。
気持ちを包み隠して、偽りの顔を見せるなんてこと、あの不器用な人にはできやしない。

だからこそ、あの人の笑顔はいつでも真実で。
だからこそ、わたしはあの笑顔にとらわれている。

だから。

わたしでない誰かにあのほほ笑みが向けられると思うと、胸がかきむしられるような気持ちになる。
どす黒い嫉妬が、わたしの肺を満たして、息ができなくなる。
自分の心の醜さに、気が遠くなる。











このまま、あの人のそばにいることなんてできない。
ありのままの自分のおぞましい姿を突きつけられながら、あの人にすがり続けるなんて、これ以上耐えられない。
扱いにくい子と思われながら、持て余され、疎まれ、厭われるのに甘んじることも、我慢できない。
あの人のそばで、汚れた嫉妬にまみれて無様を晒し続ける自分が、どうしても赦せない。

いっそ、嫌いになってしまえたら、どんなに楽だろう。
いいえ、わたしをこんな気持ちにさせるあんな人なんか、大嫌いなのに。

それなのに、あの笑顔に触れていたいと思う気持ちを止めることができない。
あの人の暖かさに包まれていたいと望む心を捨てることができない。

まるで、炎の明るさにひかれて近寄り、やがて焼かれてしまう愚かな虫けらのよう。











そしてまた今日も、あなたはこんなわたしの醜い胸の内など知る由もなく、あの笑顔をわたしに投げかけるのだ。

「ごきげんよう、瞳子ちゃん」

あなたがわたしの心の本当の形を知ったなら。

それでもあなたは、笑いかけてくれるだろうか。











だから、早く妹を決めてくれたらいいのに。
他の誰でもいいから。

そうでなければ、わたしの愚かな心は、痛みにのたうちながら、それでも望むことをやめようとはしないのだから。















あなたの妹になりたい、と。















End.
















私の脳内では瞳子はこういうキャラです(笑)
文中で瞳子が聞いているはずがない台詞がありますが、そこはイメージということでスルーで(^^;
賞味期限は祐巳が瞳子に申し込むあたりまで?

April 5th, 2005

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