僕が見つけた少女〜そして、今〜


そして、今


 僕は夢を見ている。
 桜吹雪の下で少女が泣いていた。
 あの人が行ってしまったの。
 お忘れなさい。
 それが一番いいことですよ。
 でも、忘れてはいけないの。
 そう約束したの。私、待ってるわ。
 ならば、私も一緒にお待ちしましょう。
 だから、泣くのはおやめください。
 あの方が悲しみます。
 彼女は訊いた。お前も悲しいの?
 僕は頷く。
 彼女は微笑みを浮かべようとした。
 そして夢は終わる――。


「玲?」
 耳元で声がして僕は振り向いた。
 肩で切り揃えた黒髪の女性が安心したように僕に微笑みかけた。
 僕は夢の続きを見てるような気がして、再び窓の外に目を向けた。
 眩しくなるほどの青い空が目に痛い。
 あれから何年経ったろう。
 僕は相変わらず一人称を変える事なくここにいる。
 優は五年前に結婚したが、旦那は相変わらず海外を飛び回っていて、家はあまり寄りつかない。
 彼に対して嫉妬しないのは、多分、優を独占したいと考えたことがないせいだろう。束縛などしないで、彼女の思うままに生きて欲しい。敬一さんと僕は、それぞれの立場で彼女を守っている。
 そう思うのはあるいは、それが僕の定められた運命だからだろうか?
「珍しいね、玲がぼんやりしてるのって。締め切り過ぎてるって言ってたの誰だっけ?」
 大学卒業以来、叔父は僕に天野優の事を一切任せて、編集長に徹していた。
 僕は叔父の代わりに彼女の編集者になった。
 天野会長の条件の一つはこうして無事に守られている。
 彼女の産んだ二人の子供も、僕にとっては我が子のように可愛い。
 天野の後継者争いについては、優は最初から興味を示さず、北原の御曹司との結婚も、純粋な恋愛結婚だった。
「ところでさ、優。何で、リムジンの助手席に乗ってたんだ?」
 僕は、あの日聞きそびれた質問を思い出して訊ねてみた。
 優は案の定、呆れた顔で言った。
「今更聞きたいの? それ」
「じゃあ、やっぱり」
「単に車酔いするから前に乗ってただけよ」
 彼女は未だに、車の助手席にしか乗らない。それでも、体調を崩してると酔うのだ。
 僕は苦笑いして、優の入れた紅茶を飲んだ。
 窓辺からは、春の陽射しが燦々と射し込んでいる。
 けれど、僕は今にも空から雪が舞い降りるような気がしてならなかった。

fin