Skyblue Adventure トップへ戻る

解説 & 諸注意
・ これは 「Wild Arms Advanced 3rd」 内に登場する小説 「空色の冒険」 を書き写したものです。
 ハンスリースピークにいるケイトリンの前で使うことにより、読んであげることができます。
・ 内容的に、ある種のネタバレを含みますので、このページを利用する場合は
 一度ゲーム内で 「空色の冒険」 を読んでから、利用することを オススメ しておきます。

・ 環境によっては、すべて表示されるまで 多少時間がかかると思われます。
 このまま しばらくお待ちください ......

空色の冒険
 ▼ 第1章 『 月と模型飛行機 』
ラジオから流れるピアノソナタの音色に紛れ、
勝手口から外に出る。
横庭を横切りながら、小窓からそうっと居間を覗くと、
ランプの黄色い光の中、
おばあちゃんは編み物を続けていた。
「よしっ!」
柵の掛け金を外し、
自作のゴム動力式エアクラフトを片手に、
ダッシュで脱出する。

目的地へと一路、山道を走る。
月の光で青白くそめられたコスモスが、
足音にあわせて微かにゆれた。
「……ふう」
街から大分離れただだっ広い河原に来た俺は、
一つ小さな息をついて流れの側へと歩いた。
冷えた空気がじわり、昼間着ていた半袖のシャツの、
襟ぐりから忍び込む。

「うう、寒ッ!」
世界を水底みたいに染める満月を見上げて、
白い息を吐く。
葉の月を過ぎたとことはいえ、この山あいの僻地では、
すでに紅葉が始まってるんだ。
でも、こういう日……
すなわち昼と夜の気温差が激しい時こそチャンス。
俺はエアクラフトをかかげ、上昇気流を待った。

……頃やよし。
「行っけぇっ!」
俺の手から、愛するマスィーン【SK−13】は飛び立ち、
うまいこと上昇気流に乗る。
「やったッ! 計算どおりだぜ!……って、あれ?」
SK−13は高度を下げることなく、
そのまま気流に乗ってフラフラ流されはじめた。
「お、おいッ!」
いったい、どこまで飛んでいくんだッ !?
俺はおろおろしつつ、クラフトを追って走り出した。

「げえっ!」
クラフトの落ちた先を認めた俺は、真っ青になった。
逆行の中聳えたつ、ぐろぐろとしたシルエットは…
『血をすする恐ろしい夜の魔物の棲み家』
って言われてる、旧い城跡じゃないか !!
でも、……
初めて成功したクラフトを、
捨てるわけにはいかないよな…
俺は震える足を引きずるようにして、
城に向かって歩き出した。

「やっぱ…怖ェ……」
悪魔の飾り彫りが一面に施された門を見上げ、
ぶるりと体を震わせる。
カッコ悪い?
確かにそうかもしれないが、俺はまだ11才の少年だ。
無理のない反応であろう。
「……くそッ、行くしかないぜ、ジャック!」
覚悟を決めて自分を励まし、俺は城門を開く。

崩れかけた石段を登ったテラスから、
眼前の廃墟を見下ろす。
ひび割れた女神の石像が、
うつろな瞳で俺を見上げていた。
……昔はさぞ、きれいなお城だったんだろうな。
盛者必衰。栄枯盛衰。切ないねぇ。

なーんてね。
感傷にふけるためにここに来たん
じゃなかったな。
「このあたりかな、っと…うげっ」
柵がこわれてるところから身を乗り出した俺は、
見事にバラバラになったSK−13の残骸を見つけ、
長い長いため息を吐いた。
「ったく、ついてないよなあ……」
一人ごち、柵を背にしてその場にへなへな座り込む。

と、その時。
何者かの気配が、背後でざわめいた。
慌ててテラスから身を起こす俺に、
闇の中から何かが飛びかかってきた !!!
う、噂の魔物かーーーーッ !?!?

「うわあああああっ !!!!」
その一撃を間一髪、転がってかわした俺は、
魔物の正体を認めて真っ青になった。
そこには……目をらんらんと紅く輝かせた、
はがね色の毛並みの狼がいやがったんだッ !!!
「ひゃああッッ !!!」
俺は情けない悲鳴を上げて、その牙を避けつづける。

しかし、ひらりひらりと身をかわしているだけじゃ、
武器もナイ力もナイないないづくしのこの俺が、
に勝てるワケがない。
だんだんと、息が上がってくる。
足が縺れてくる。
後ろを見せて、全力で逃げるわけにもいかない。
は、そんな俺を薄く笑ったように見えた。
ああ、夢に殉じて死すジャック、享年11才……

……なんて嫌だ、まだ死ねないッ !!!!
俺は目を見開き、ヤツを見据えた。
睨み合ったまま、テラスの柵の割れ目の方へ、
じりじりと移動する。
そして、狙った位置に立ち、ふっと目をそらす。
「グルル……ウウウウッ……!!!」
は驚くほどのジャンプ力で飛び掛かってきた!

狙い通りだ !!!
俺はそいのまま、狼の方に向かって跳躍前転した!
頼む、そのままテラスから落ちてくれッ !!!

しかし、祈りは天に届かなかった。
奴は俺の頭上を飛び越え…テラスの割れ目に気づき、
体をひねって柵の部分にぶつかったのだ。
カラカラと石くずが落ちていく音が響く。
はひとつ、不機嫌そうな鼻息を漏らすと、
見事な動きで地面を蹴った!
……もう駄目だ、神様 !!!

しかし、いつまで待っても、覚悟してた痛みはなかった。
こわごわ目をあけてみる。

……俺は見た。
月の光の中から、小さな影があらわれたのを!
その指から、一条の赤い光がほとばしったのを !!
息を呑む俺の目の前で、狼はそのまま倒れ伏す。
長いマントがふわり、と舞った。

軽やかな着地音と共に、影は俺の前に降り立った。
「なっ……」
俺は絶句した。
なぜって、その影は、かわいい女の子だったんだ !!

俺があっけに取られていると、
彼女はパチンと指を鳴らし、
空に浮く小さな乗り物を呼び寄せた。
なるほど、さっき聞こえたモーター音はこれか。
逃避ぎみにそんなことを思っていると、
「怪我はないか?」
いくぶん高めの声で話し掛けられた。

コクコクとうなずくと、彼女はふっと微笑んだ。
「ならばよし。
 ところでおぬし、何用でここに来たのじゃ?」
先がカールした長い金髪を手で漉きながら、
少女は口を開いた。
それは、とてもキレイなんだけど……
少女と目が合った俺は、冷や汗をたらり、と流した。

…瞳が赤い !?
もしかして、ウワサの血を吸う魔物っ !?!?
俺は思わず、心のままに叫んだ。
「おいしくないよ !! お、俺 !!」
ぺたんと座りこんだまま後ずさりしようとする俺に、
彼女は不思議に寂しそうな顔で微笑んだ。
吊り上げられた赤い唇の内側に、白く長い犬歯が光る。
小さく喉を鳴らし、身体を強張らせる俺に、
彼女は静かに近づいてきた。

「…小僧の血なぞ吸う気にもならんわ。
 ところでおぬし、質問されたらちゃんと答えんか。
 何用でここに来たのじゃ?」
目の前に来た縦長の虹彩が、きろんと俺を睨む。
俺はまさに、蛇に睨まれたカエルってやつだ。

「あわわわわ……エ、エアクラフト飛ばしに……」
「エアクラフト??」
少女は細い首を傾げた。
「ええ、こ、これなんですけど……」
言葉と共に、模型飛行機を両手で差し出す。

「……そう固くなるな。
 慣れない言葉を使うこともないぞ」
少女は苦笑しながら、クラフトを手に取った。
そんなこといわれてもなあ。
緊張するな、って方が無理だよ。

「ふ〜〜〜む」
そんな俺の様子をどこ吹く風と、彼女は真剣な目で、
翼のそり・ゴム製の動力部分等を確かめていく。
なんだか、目の前で先生にテストを採点されてるような、
ヘンな感じだ。

「うむ。よく出来ておる。
 十年程度しか生きておらぬ若造にしては、だが」
クラフトを俺に返し、彼女は唇を釣り上げて笑った。
「……ありがとう、って言うべきですか」
ふてくされた俺の言葉に、少女は再び破顔した。

「うむ、誉めたつもりだったのじゃが、すまんの。
 ノーブルレッドであるわらわには、
 そのあたりの機微は分からぬのじゃ」
「…へぇっ? ノーブル、レッドぉ?」
ものすごく間抜けな声が出てしまった。
慣れない丁寧語も吹っ飛んでる。

いやでも、ノーブルレッドって……よくマンガにも
『まさか…あの伝説の……ノーブルレッド !!』
ってネタにされてる、人の血を求めて夜を徨う、
永遠の命を持つ美貌の一族、
ってヤツだよな。
目の前にいるこの子は、
そのノーブルレッドだって言うのか?

「うむ。そうじゃ」
でも、偉そうにうなずく彼女の姿は…
伝説に聞くノーブルレッドの特徴、そのものだ。
「で、このクラフトでどうしようというのじゃ」
「…………」

さすがに、何もかもぶちまける気にはなれなかった。
でも、せっかく助けてくれたのに、
さっきの態度は失礼なことこの上なかったよな…
「…俺、それでいろいろ実験して、
 いつか俺が乗れるような飛行機を作りたい、
 って思ってるんだ。
 ………じゃない、思ってるんです。」

「ほほう。それはそれは、面白いのう」
子供をあやすような口調だ。
(なんだそれ。俺は俺なりに、
 一生懸命にやってたんだぜ…!)
かなりカチンと来た俺の、口が勝手に喋り出す。
「…人の夢を勝手に聞いといて、んでもって勝手に、
 笑うことはないじゃんか」
誰にも言ったことないこと話したのにさ。

「ああ、おぬしの夢を笑ったわけではないのじゃ」
「じゃあ、何がおかしかったんだよ !!」
問い詰める俺に構わず、
「まあそうカリカリしなさんな。
 わらわはおぬしの夢を、
 手伝うことができるかもしれんぞ?」
彼女はそれだけ言うと、
腕に巻いた機械仕掛けのバンドのスイッチを押した。

「うわぁあああーっ !!」
今度も俺は情けなく、
腰を抜かしてしまったかもしれない。
でも大人だって、こんな目にあったら、
阿鼻叫喚の大ビックリとなるはずだ。

……だって、今までは廃墟だったトコロが、
いきなり立派なお城になっちまたんだぜ !!
「ひええぇ……」
少女は呆然としている俺に手を差し伸べ、
城の中へと導いた。

城の中には、
見たこともない機械がそこここに配置されている。
俺は目を白黒させつつ、おとなしく後をついていった。

いくつかの部屋を通り過ぎた後、
彼女は両開きの豪華な扉を開いた。
「うっ…わぁ……」
そこには学校の図書館の何十、
いや何百倍もの本が並んでいたんだッ !!!

「これは、すげーぜ……」
俺は前から欲しかった、『初歩から学ぶ風力』とか、
『失われた飛空機械』とかの背表紙を見つけ、
思わず感嘆のため息を漏らす。
「どうじゃ、気にいったか?」
振り向くと、彼女が腕を組んで笑っていた。

「ここには研究に役立つだろう、様々な本がある。
 好きな時に、好きなものを読みにくるといい。
 ここまで来やすいよう、城と町を結ぶ、
 【転送装置】を設けておくでな」

「…それはありがたいけど…
 アンタ、何でこんなに優しくしてくれるんだ?」
もう、少女に対する警戒心は消えていた。
不思議なことだが、どうも彼女と俺が、
共通して持っている何かが、俺の心を解 いたみたいだ。

「うーむ。それは……」
少女は首を傾げ、言葉を捜す。
「それは?」
「……そうじゃな。
 おぬしが飛行機造りに成功し、
 わらわを乗せて空を飛べたら教えてやろう」
「なんじゃそりゃ」
「フフフ。約束じゃからな」
彼女は本棚にもたれ、俺に向けて笑った。

礼の言葉を言おうとして、俺ははたと気がついた。
「な、アンタのこと、なんて呼べばいい?」
「……おぬし。
礼儀作法を初歩から勉強する必要があるな」
彼女は本棚にもたれた姿勢のまま、
いたずらっぽい笑みを浮かべた。

「人に名を聞く時は、自分から名乗るのが礼儀だ、
 と聞いたことはないか?」
「た、確かにそうだ……」
俺は首筋をかいて、姿勢を正した。

「俺はジャック・ベックソン。
 南のクアトリーで、ばあちゃんと住んでる11才だ」
鷹揚にうなずいた彼女は、俺を見つめて言った。
「わらわの名はマリアベル・アーミティッジ。
 このノーブルレッド城の主じゃ」
「よろしくな、マリアベル」
差し出した手を、マリアベルはにっと笑って握り締めた。

俺とマリアベルは、こんなふうにして出会ったんだ。
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 ▼ 第2章 『 ティータイム 』
人生とは不思議なもんじゃ、っての、
ばあちゃんの口癖だけど、ホントにその通りだ、と思う。
例えノーブルレッドが伝説通り、
血を啜る恐ろしい一族だとしても、
城の図書室やマリアベルの存在は魅力的過ぎる。

しかも、それは全部俺だけが知ってる
【ヒミツ】だってことも、
かなーり心がおどることだ。
『初歩の航空力学』に目を落としながら、
俺は小さな声でくっくっく、と笑った。

「講談の本でも読んでおるのか?」
「……えっ、いや、その」
一人笑いしてるときに面を見られるのって、
けっこう恥ずかしいよな。
「いや、何でもないぜ」
すまして答える俺がおかしかったのだろうか、
彼女はふふふ、と喉を鳴らして笑った。

「ジャック、都合がよければ菓子でも食わぬか。
 今の人間がどんな生活をしているのか聞いてみたい」
「それはお互い様だぜ。
 俺も、ノーブルレッドの生活って興味あるもん」
「決まりじゃな。
 ではアカとアオに用意させよう」
マリアベルは片目をつぶり、ぱちんと一つ指を鳴らした。

「こいつらが、アカとアオ?」
「そうじゃ。カワイイじゃろ?」
「あ、ああ……」

女の『カワイイ』ってセンスは、よくわかんねえな。
器用に盆をくわえて持ってくる、
赤色と青色に塗られた二体の丸いロボットを見て、
俺はひそかにため息を吐いた。
お盆から、小さなマーブル模様の菓子ののったお皿と、
薄い陶器のカップを取ると、
彼ら(?)は熱い紅茶を注いでくれる。

「あんがと」
礼を言うと、
デッカイ目が、どういたしましてと言うように瞬きした。
確かにちょっと、カワイイかもしれない。

マリアベルも俺と同じく、青い花の描かれた皿を取り、
優雅な手つきでお菓子を口に運ぶ。
あれ?

「マリアベル、あんたノーブルレッドなのに、
 そういう普通のモンも食えるのか?」
「もちろんじゃ
 甘いもの好きは、婦女子のたしなみじゃからのう」

「…そういうもんなのか?」
「うむ」
「じゃあ今度、クラスの女に聞いてみる」
「それがよい」
俺たちは熱い紅茶をふうふう吹きながら、
どことなく間抜けな会話を交わす。

ほのかなハーブの香りを残し、
口の中でさあっと溶けるお菓子をあわてて噛み砕く俺に、
「どうじゃ? わらわたちのお菓子は?」
マリアベルはニコニコ笑いながら聞いてくる。

「正直に、言っていいか?」
「もちろん」
「……はっきり言って、食いでがないぜ。
全然甘くないしさあ。
もっと、砂糖がじゃりっていうのが好きなんだけど」
俺の答えに、マリアベルはやっぱり眉を逆立てた。

「食いで !? 甘くない !?
 当たり前じゃ、そのような下賎な感覚、
 わらわたちは持ち合わせておらぬ !!」
「正直に言っていいって言ったのに……
 それに、まずいとは言ってないだろ。うまいんだよ、
 でも一口で食えちゃうんだもん。
 なんかそれだと、もったいない気がするだろ?」
「…わらわにはその感覚、全く!分からんわ」

「じゃあ、今度下賎なお菓子、持ってくるよ。
 マジでウマいんだって」
俺は近所のおばちゃんの作る、
ザラメ糖がけオールドファッションアップルパイの
奥歯に染みる味を思い出し、
夢見る瞳で語った。
「…はいはい。おぬしがそこまで言うならば、
 食ってやるほどにな」

苦笑したマリアベルは、
壁にかかっているからくり時計に目を留め、
それから俺へと振り向いた。
「そろそろ帰った方がいい時間ではないか?
 ふたおやが心配するじゃろう」

「んー、いいんだよ。
 俺、ばあちゃんとふたり暮らしだからさ。
 ばあちゃん、男の子はわんぱくな方がいい、
 っていっつも言ってるし」

なるべく元気に言ってみたのだが、
マリアベルは赤い瞳を曇らせた。
「そうじゃったか。すまんの、妙なことを聞いて」
「気にしないでくれよ」
怒ったような口調になってしまったかもしれない。
でも、同情されるのは嫌なんだ。

…ホントはこんな事思うのも、
だだっ子みたいでカッコ悪いって分かってるんだけど。
でも、まだまだ許されるよな?
と甘えてみたいお年頃なのであった。
「でも、そろそろ時間」かもしんないな……
 夕食、抜きっていわれるかも」
「そうか。ならば、送って行ってやるほどに」
「いいよ、一人で帰れるって」

お尻に当たるふわふわクッションのばねを利用して、
俺は席を立った。
「また、来るがいい」
お茶のセットを片づけるマリアベルに手を振って答え、
俺は外に飛び出した。
北風が頬を突き刺す。
思わず襟を合わせて空を見上げると、
こないだよりも痩せた月が山の端にかかっていた。

「くっそー、おばあちゃんめ…」
我ながら死にそうな声だぜ。
昨日も夜更けに起き出して、
ノーブルレッド城に出かけたんだけど…
帰ってきたらしっかりばれてて、
真っ赤になるほどお尻をぶたれてしまったのだ。
ばあちゃんの早寝は有り難いんだけど、
その分、朝が早いのを、俺はすっかり忘れてた。
おおマヌケだよな。

「うええ〜」
机に伏せる俺の前で、青いサテンのリボンが揺れた。
「おはよう〜っ」
明るい声に、心の中で舌打ちをして
目を上げる。
そこにはやっぱり、俺のたた一人の同級生、
ビオレッタ・ププカがいた。

こいつは外見『は』、さらさらした金髪の、
レイヤーボブ(だったかな、間違うと怒るんだ)に、
青い目がバッチリ調和してるカワイイ娘だ。
去年都会から、
父親の故郷であるこの町に越してきただけあって、
センスだってそこらの女子とは違う。
だけど、…この女、性格が悪すぎるんだよな。

「あー、おはよう。なんの用?」
鼻で木をくくったような(逆だっけか?)俺の返事に、
ビオレッタは小鼻を膨らました。
「あーら、ごあいさつね。
 せっかく大ニュースを持ってきてあげたってのに」
「どうせ新しいリボン手に入れた、とかだろ?」
ビオレッタは投げやりな返事に唇をとがらせたが、
「…フフフ。今日、転校生が来るらしいの !!
 しかもね、あたしたちと同い年の子だって !!」

そいつは確かに大ニュースだ !!!
身を起こし、ビオレッタに向き直る。
「マジ !? な、転入生、男?女?」
「女の子よ、遠目で見ただけだけど。
 アンタみたいな山ザルとでは釣り合わなさそうな、
 カワイっぽい感じの子だったわ」

「誰もそんなこと聞いてねえだろ…ハァ、女か…」
俺は少しがっかりして、ため息をついた。
同い年の男なら、
一緒にクラフト作ることだって出来るかも…
なんて思ったんだけどな。

しかし。
ビオレッタの言葉に反し、
先生に促されて入ってきた転校生は「男」だった。
だが。

(うっわぁ………………!!)
ビオレッタが女と間違えたのも理解できる。
緑のキレイな目、かわいいお顔
あんまり日に焼けてない肌に、細い手足。
(なんつーか…
 スカートはかせりゃそのまま女の子ってカンジだな。
 がっかりだぜ…)
こいつはどうも、エアクラフトに関する、
俺のロマンティックを分かってくれそうにないぜ。

がっかりする俺や、顔を赤くして囁きあう女子たち、
口開けて、耳まで真っ赤にしたビオレッタを一瞥し、
彼は緊張した声で名乗った。
「リーズ・ファーリンです。
 よろしく……お願いします」
「はーい、ねえリーズくん、趣味は?」
まだ頬を赤くしていたビオレッタが、手を挙げた。
他の女子連中よりも、
に強い印象を与えようってハラだな。

「あ……バイオリンです。あと、読書」
うへぇ〜。【少女マンガ】の世界ですなぁ〜。
そんな俺の感慨・女子のざわめきをよそに先生は、
リーズに俺の隣に座るよう指示し、授業をはじめる。
ついでに俺に、
「ちゃんと世話してあげるのよ」なんて囁きつつ。

……こっちは構わないけど、リーズくんはどう思うのかね。
俺は小さく首を振ると、教科書を彼と自分の間に置いた。
その微かな音に、リーズはびくっと体を震わせる。

「あの……見てもいいの?」
「いや、そのつもりだったんだけど」
ぶっきらぼうに言うと、
彼は俺のテリトリーを侵害しない、
微妙な位置をキープしつつ、教科書を覗き込んだ。

「……そんなに遠慮しなくていいんだぜ?」
ついつい出た言葉に、
リーズはまたぴくっと肩を震わせた。
「うん、でも…僕、こんなの初めてだから」
「『こんなの』ってなんだ?」
おばあちゃんにナイショで聞く、
深夜のラジオドラマみたいなセリフじゃないか。

「いや、学校ってモノに通うのが初めてだからさ」
「へっ? お前今まで、どこに住んでたんだ?」
学校もないような田舎に住んでたとは思えない、
抜けたツラ+服なのになあ。

「えーっとねえ……」
だが、彼の言葉の全て聞くことはできなかった。
さっと窓から日光が遮られたかと思うと、
そこには張りつけたような笑顔の先生が、
教鞭をもてあそびつつ立っていたんだ。
「うふふ〜。私語はだめよ〜、ふたりとも」
あわてて俺たちは、教科書に目を落とした。

「そういえば、おぬしは今、
 【がっこう】に行っている年なのではないか?」
『エマ・モーターの神秘』なる本を、
対面で読んでいたマリアベルは、
思い出したように口を開いた。

「うん、そうだけど」
「そっちの調子はどうじゃ?
 わらわと遊びすぎて、
 友人とのい付き合いを怠っていたりせぬか?」
「俺、同年代の友達って、情けないけどいないんだ。
 ていうか、年の近い男が町にいなくてさ」
って、今日転校してきたヤツがいたっけか。
俺はリーズの顔を思い出し、口をヘの字に曲げた。

「……何か思い出したのか?」
急にかけられた声に、体がびくっと震える。
「おぬしは考えてることが、すぐ顔に出る」
マリアベルは首をかしげ、本を置いて俺の顔を覗き込む。
「そんなに俺、顔に出るタイプかあ?」
「うむ。はっきり言って、メチャメチャ顔に出るタイプじゃな」
「気がつかなかったぜ……」
俺は頭をかきながら、先を続けた。

「実はさ、今日、転校生が来たんだ。
 でも、どうも女っぽいカンジのヤツでさ。
 俺ちょっと、好きになれない感じなんだ。
 バイオリンとか弾くんだぜ?」
「ふぅーむ。難しい問題じゃのう……」
マリアベルは手の中でくるくる、
ペンを回しながら答えた。

「じゃがな。
 えてしてそういう男は、『女臭い』と嫌われても、
 己の道を通すだけの強さがあったりするものじゃ。
 意外と男らしい一面があるやもしれぬ」
「そういうもんかなあ?」
…そうとは思えないんだけど。
「そういうもんじゃ。まあ、健闘するがいい」
マリアベルはカカカ、と無責任に笑った。
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 ▼ 第3章 『 噴水のまわりで 』
ようやく授業終了。
「リーズってさ、
 ピアニストのカリナ・ファーリンに似てるよねー?」
「…あの人のことは、僕には関係ないよ」
「てことは、リーズホントにあの人の息子なんだ?」
 ね、お金払うから、サインもらってきてよ!」

困り顔のリーズにビオレッタと取り巻きが、
やいやい言ってるのを横目に、
教科書をカバンに放り込む。
母親のことを他人にどうこう言われたくない気もち、
理解できるだけに、
ビオレッタをたしなめてやりたい気分になったけど…
でも、マリアベルとの約束の時間もあるしな。

帆布のカバンを背負って校門まで出て、
俺はちょっと首をひねった。
…何か忘れてきた気がする。
しばらく悩んだが、思い出さないって事は、
そんな大したことじゃないんだろう。

俺は足取り軽く、お菓子屋さんへと向かった。
前にした約束通り、
マリアベルにアップルパイを持っていこうと思ったのだ。

コインを数え、
ほかほかのパイを受け取ろうとした俺の袖を、
誰かが引っ張った。
ギャッ。もしかして、先生?
こわごわ振り向くと、
そこにはリーズが腰に手を当てて立っていた。

「買い食いはいけないよ」
「なんだ、リーズか。
 …見逃してくれないかな?」
わざとらしく手を合わせてウィンクする俺を、
リーズは厳しい目で見かえす。
「駄目だよ。規則じゃないか」

…クソッ。なんだよイイ子ちゃんぶりやがって。
俺はつかまれていた袖を振り払った。
「いちいち文句つけてくんなよ。
 こないだからさ、いろいろうっとうしいんだよ」

「僕はただ…にきただけだよ」
彼は怯みながらも、小さな声で反論してくる。

「聞こえねーよ、もっとしゃんとしろっての」
それだけ言って、俺は手を伸ばし、
あっけに取られていたおばさんからパイを引ったくる。
リーズが慌てて、駆け出す俺の名を呼んでいたが、
それもすぐに聞こえなくなった。

屋上に降り注ぐ日差しは、ガラスのように澄んでいた。
こまどりの卵と同じ色をした真っ青な空が、
俺たちの真上にそびえ立っている。
ひなたぼっこを楽しむ俺を横目に、
「冬じゃったら今ごろ、日は沈んどるのじゃが」
まだまだ高いお日さまをサングラス越しに見上げ、
着ぐるみ姿(日光遮断のためだそうだ)の、
マリアベルはこぼした。

「うん、そうだよな」
俺は左手にクラフトを持ち、
右手の指先で風を計りながら適当に答える。

「おぬしの言葉は、実がないのう…」
答えず、エアクラフトを空にかざす。
ドキドキする鼓動が、頭の中に響く。
後ろでマリアベルが、息をつめる気配がした。

頬に、かすかな東風が当たった。
続いて、突風が来る気配を感じ、
「よし!」
俺は、かけ声とともに手を放した…!!
……クラフトは風を切り裂き、凄いスピードで、
ノーブルレッド城の中庭へと墜ちていった。

ちたクラフトを探しているうちに、秋の日は落ちた。
アカとアオに渡されたランプを手にさ迷っていると、
着ぐるみを脱いだマリアベルが俺の名を呼ぶ。
「ジャック…」

俺たちは無言で、
モザイク模様の描かれた優美な噴水の底に沈んだ、
壊れたクラフトを見下ろした。

「何が間違ってたんだろう…」
噴水に入ってクラフトを拾い上げ、一人ごちる。
「それは後で調べるとして…
 ジャック、早く出てこなければ、風邪をひくぞ」
マリアベルは珍しく、優しい声で言った。

…後で考えると、
その優しさが引き金だったんだろう、と思う。
でもその時、
俺はいきなりあふれてきた涙に呆然とするだけだった。

「ジャック?」
噴水の中で立ちつくす俺に、
マリアベルは不思議そうな声をかけてきた。
「!?」
そして、俺の顔を見て小さく息を呑む。
……ありがたいことに、彼女は何も言わなかった。

俺はそのまま、噴水の縁に腰掛けて、
なかなか止まらない涙を、袖口で何度も拭いた。
「ジャック…使え」
隣に座った彼女は、ハンカチをそっと渡してくれた。

「あのさ…俺の話、聞いてくれるか?」
彼女は小さく、うなずいた。
「俺が、エアクラフトにこだわるのは…
 もうずっと前、首都に出稼ぎにいった母さんが、
お土産に模型飛行機を買ってくれたからなんだ」

マリアベルの表情は、逆光で見えない。
「だから、俺は…いつもクラフトで遊んでた。
 改造はじめたのも、コイツが遠くに飛ぶことで…
 自分も母さんのところにまで、
 飛んでいける気がするからなんだ…

 なのに俺、いつも失敗ばっかで、自分の無力が、
 くやしくてなさけなくて、どうしようもないよッ !!」
「…なあ、ジャック……そうかもしれんが…」
だが、彼女の言葉はそこで途切れた。

「誰じゃ!」
彼女の鋭い声に、物音の主は小さな悲鳴を上げた。
しばらく、周囲は完全な無音となる。
マリアベルは俺の前に立ちふさがり、叫ぶ。
「観念して出てくるがよい!」
その言葉に、植え込みの後ろから出てきたのは、
…リーズ・ファーリンだった。

「ゴメン…宿題忘れてたから、届けようと…」
「……!!」
一気に体中の血液が顔に集まる。
よりによって、こいつに全部聞かれたなんてッ…!

「お前…盗み聞きしてたのかよ…」
耳たぶが目茶苦茶熱い。
「そんなつもりじゃ、なかったんだ…」

頭の中で脈打つ鼓動が、奴の言葉の邪魔をする。
信じてほしい、と繰り返すリーズを押しのけ、
転送装置へと走った。
からだの重みがすべてなくなる感覚が訪れて…
一瞬後、世界は真っ白になった。

あれから1週間。
折々に謝りたげな視線を投げてくるリーズを、
俺は徹底的に無視した。
あの後マリアベルと知り合いになったようなのも、
はっきり言って気に食わない。
…オトナになれよ俺、
とも思うが、しかし俺は実際子供だ。

今日はクラフト作りじゃなく、
ばあちゃんのラジオのノイズを、直してもらう約束だ。
手早くカバンに教科書を放り込んでいると、
前の方からビオレッタがやってくるのが見えた。
おい、そんなに急ぐと…

「ねぇジャック、
 今日リーズが家来てバイオリン弾いてくれるんだけど、
 よければ…ああっ!」
やっぱりというかなんというか、
彼女は机の脇に置いといた、
俺のカバン(しかも中身はラジオとエアクラフト)に、
けつまづき、派手に転んだ。

「ビオレッタ…」
「な、何よジャック、そんなコワイ目して。
 弁償すればいいんでしょ! どうせ安物でしょッ!」

な、なんて女だ! プチンと何かが切れた。
「金の問題じゃねーだろ!
 俺が苦労して作った、
 スゲー大事にしてるヤツだって知ってる癖に!」
「ねぇ、そんなにムキになるほどのことなの?
 どう見てもしょぼい、ガラクタじゃない!」

「そういう問題じゃないぜ、このっ…この…」
成金ッ!…と言いそうになった口を押さえ、
俺は震える手でカバンの中を確かめた。
思った通り、クラフトは見事に粉砕されている。
だけど、ダリアばあちゃんのラジオは傷一つなく、
鈍いマホガニーの光沢を放っていた。
悔しいようなほっとしたような気持ちで、
俺は無言で立ち上がった。

今日マリアベルが案内してくれたのは、
地下の広い研究室だった。
「こりゃまたすごいね」
いろんな種類のモンスターが、
壁際に並ぶ巨大な水槽に浮かべられてる。
全くもって壮観だ。

「フフン。
 こやつは水の中でしか生きられない身体をしておる。
 エラが見えるじゃろ?
 そこの赤い獣は外見に似合わず、
 ステキな音楽を聴かせると大人しくなる風流な奴じゃ」
「へえー、面白いもんだね」

うむ、と返事をしたマリアベルは、
金属の作業台の前で足を止めた。
「しまった。
 わらわとしたことが、助手を呼ぶのを忘れておった。
 アカとアオを連れてくるで、
 おぬしはここでおとなしく待っておれ。
 装置には触るでないぞ」

楽しそうにウンチク垂れてるなぁとは思ったけど、
まさか助手のいない事に気づかない程とは…
「はいはい、分かりましたー」
フフッと笑いながら肯く俺に、
心配げな視線を投げながらも、
マリアベルは階段を上っていった。

…それにしても、すごい光景だよな。
俺はもう一度上を向いて無数の水槽を眺めた。

青さを増した、水越しの月光が辺りを照らしてるのが、
一層幻想的というか神秘的って言うか。
俺はため息をついて、後ろの壁にもたれかかった。
と、小さなアラームと共に、
大量のスイッチが並んだプレートがせり上がってきた。

なんだろ? お尻で変なスイッチ押しちゃったかな。
何にせよ、マリアベルが帰ってくる前に、
引っ込めといたほうがいいよな…
俺はそれに近寄り、両手で床に押し込もうとした。
その途端…

突如鳴り響いたベルに、俺は文字どおり飛び上がった。
「な、なんじゃッ、何事じゃ !!」
道具箱を持ったマリアベルが、
ラボラトリに駆け込んでくる。

室内の様子を察した彼女は、一瞬にして顔色を変えた。
「ジャックッ !!
 おぬし、なんでモンスターを解放したんじゃァッ !!」
「なんだって? 俺は、ただこれを床に戻そうと…」
「赤い獣が、槽から出されておる……ッ !!」

「ええ?」
「マズイ、マズイぞ…
 転送装置を使われたら…町が襲われるッ !!!」
「な…なんだって !!!!」
血の気がざあっと顔から引いていく音がした。

「マリアベル…なんとかならねえのか?」
「…ジャック、わらわはアカとアオと共に、
 奴を槽に戻す機械を起動する。
 その後追いかけるから、おぬしは奴を、
 転送装置に近づけるなッ !!」
「わ、分かったッ!」
俺は叫んで、階段を一段飛ばしで駆け上がった!

中庭に続く足跡は、真っ直ぐ転送装置へ向かっていた。
鈍重そうな見かけによらず、頭の切れる怪物のようだ。
「くそっ !!」
俺は吐き捨て、足跡を追って転送装置に向かう。
嫌な予感が、ふつふつと胸に湧いてくる。

町外れに実体化し、
全速力で獣を追った俺が見たものは……
月に照らされた並木道にいるリーズとビオレッタと、
獣だった。

ヤツは脅えるふたりに向け、嬉しそうに大きな口を開ける。
絶望に痺れかけた俺の頭に、
さっきのマリアベルの言葉が電撃みたいに走った。
『こやつは美しい音楽によって、静まるのじゃ』

「……リーズ、バイオリンを弾け!」
「ジャック !! アンタなんでここにいるの !!」
「ビオレッタ、説明は後だッ! 頼むリーズ !!」
リーズは白い顔をますます白くしながら、肯いた。

頼む、リーズ……!
俺は爪が刺さるほど手を握り締め、祈った。
リーズは流れるような動きで弓をかまえる。
一瞬の後、バイオリンが歌いはじめた。

綺麗な旋律に、時が止まったような錯覚を覚えた。
モンスターは甘えるような鳴き声をもらし、
リーズの足元にうずくまる。
同時に、蛍のような小さな光が獣を覆い尽くす。

ゆっくりと、赤い獣の輪郭が薄れていく。
振り向いた俺は、木立の中にマリアベルの金髪を認め、
親指を立てた。
同じく親指を立てた彼女は、一瞬後に姿を消した。

最後の小節が終わった。
俺はゆっくり、彼のほうに歩み寄る。
バイオリンの皮のケースにしまおうとしていた彼は、
緑の瞳を見開いて、顔を上げた。
…照れくさいけど、言わなきゃいけないことがあるよな。
俺は覚悟を決めて、頭を下げた。

「ありがとう、リーズ
 俺、お前のこと誤解してた。
 度胸のなさそうな男だって。
 ゴメン、ほんとに」
一息に言って、顔を上げる。
ドキドキしながら彼の表情を見る。

リーズは…リーズは、笑っていた。
「いいよ、僕も悪かったし。
 泣き虫のくせに、いじっぱりな人と思ったしさ」
「忘れてくれ、あれは…」
俺は思いっきり赤面して、頭をかいた。
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 ▼ 第4章 『 秋の色 』
黄色く赤く色づいた葉っぱが、
木の実の匂いのする風と共に流れて行く。
「いやぁ、秋はいいね」
森番のカナブンおやじみたいに呟いて、
俺は香ばしい朝の空気を深呼吸した。
お、あそこに見えるは……

「よっす! おはよう!」
革のケースを持ったリーズはにっこり笑った。
「おはよう。今日は気持ちいい朝だよね」
「そだな。それ、バイオリンのケースか?」
「うん、そうだけど?」
「楽器弾けるって、すごいよな。
 学芸会じゃ俺いつも、大だいことかシンバルだもん」

ふう、とため息を吐く俺を、
ひとしきりおかしそうに笑った後、
彼はバイオリンを腕に抱えた。
「帰りに音楽室で、練習しようと思ってさ。
 家だとおじさんに迷惑だろうから」
「おじさん……って、誰だ?」

そういえば、コイツの家の噂は聞いたことがない。
クアトリーは小さな町だ。
(小学校、全学年合わせても17人しかいないんだぜ!)
だから新しい住民がくれば、そいつが好もうが好むまいが、
しばらくは話の種になるのがサダメなんだ。
でも、その情報網からはリーズの事が伝わってこない。
ってことは……???

アタマの中を埋めてた疑問符が、表情に出てたんだろう。
リーズは苦笑を浮かべ、言った。
「森番やってる、カナブンさんだよ」
「え? カナブン……?」
リーズの細く白い顔を、まじまじと眺めてしまう。

「あの熊オヤジと親戚なのか、お前……」
全然似てないよな……。遺伝子って不思議だぜ。
「うん」
「そうか。まあ、あんな町外れに住んでるんだったら、
 確かにみんなの口には上りにくいかもな」

「うん……。ああ、ジャックくん」
「ジャックでいいよ」
くん付けで呼ばれるのは、先生だけで結構だ。
「じゃあ、ジャック。 今日、家に遊びに来ない?」
「今日かあ……。マリアベルと約束あるんだ」
「それなら、マリアベルも呼べばいいじゃない。
 僕、その間お菓子作ってるからさ」

「お菓子?」
俺はちょっと驚いて、リーズの顔を見た。
「うん。
 僕の母さん普通の料理は上手いんだけど、
 甘いもの苦手だったからさ。
 食べたきゃ自分で作れって感じだったんだ。
 だから腕には自信があるよ」

「ふうん〜。なんかそういうのって、いいな」
…俺はばあちゃんの味しか知らんからなあ。
と言おうとしたけど、
カッチョ悪いので止めておく。
「じゃあさ、アップルパイ作ってくれよ。
 砂糖じゃりじゃりに入れた奴」

「えっ……? あの、めちゃくちゃ甘いやつ?」
リーズは一瞬、いやそうに顔をしかめたが、
「わかったよ、君がそう言うなら」
再び、にこっと笑った。

「あーあ」
休み時間。
ビオレッタが手編み細工の白いリボンを持ち、
他の女子に見せびらかしてるのを、
俺はあくびをかみ殺しながら見ていた。
羨ましがられるのって、そんなにいいもんかねえ。
ばあちゃんは、娘時代はそういうもんだ、
って言ってたけど、俺は娘じゃないからなあ。

「可愛いよね、ビオレッタ」
寝不足の目を擦ってると、隣の席からリーズが囁く。
「はぁ? どこが?」
「なんか無邪気でいいじゃない」

…無邪気ねえ。あれがか?
「お前、好かれてるからそう思うだけじゃねえの?」
頬杖ついた姿勢から適当に言うと、リーズは笑った。
「ううん。僕、女の子に好かれるのに慣れてるもん」
「……お前って時々、すごいこと言うよな」
アゴが外れるかと思ったぜ。

でも、確かにきれいなリボンだよな。
はしゃぎ続ける女子連中をぼーっと眺め、思う。
「ジャック、先生来たよ」
「あ、ああ。サンキュー」
俺は慌てて、机の中から教科書と石版を取り出した。

秋の夕日が沈む頃、俺とマリアベルとリーズは、
森番小屋で仲良くお茶を楽しんでいた。
「そういえばお前、
 学校今まで言ったことないとか言ってたけどさ、
 その割に成績いいよな〜」
「母さんの仕事仲間が、基礎教えてくれてたんだ」
「仕事仲間? お母さん、先生だったっけ?」
俺は顎に手を当てた。

「……違うよ。国中を巡ってる、楽団さ」
「ほう、道理でしっかりしとると思ったぞ。
 美味いアップルパイも作れるしのう」
生クリームがついた唇で、マリアベルは笑った。

「美味しい?
 よかった、初めて作ったから、自信なかったんだけど」
リーズは顔色を明るくする。
「うむ。
 りんごの酸っぱさと、ザラメの甘さがよく調和しておる」
マリアベルはおかわりを頼みながら言った。
「ありがとう、うれしいよ」
リーズが新しいパイを切り分けようとした時、
扉が乱暴な音と共に開いた。

月に照らされて立っていたのは、ビオレッタだった。
「ビオレッタ…こんな夜にどうしたの !?」
狼狽するリーズに、ビオレッタは言った。
「あたしのリボンが、盗まれたの。
 それで、今まで町で見たことない人が、
 リーズのうちに居るって聞いて」

「なんだって! 僕の客が犯人だって言うのかい?」
「だって…町の人は信頼できるけど……」
「ビオレッタ、いくらなんでも失礼過ぎだよ !!」

激する彼を制し、マリアベルは音なく立ち上がった。
「わらわは、そんなものを欲しがりはせぬ…。
 もう持っているものより下のものを、望みはせぬよ」
そして、カバンから一つのリボンを出す。
「こ、これは……」
ビオレッタは額に汗を浮かべ、
名人芸の域に達した細かいレースを凝視した。

「母様から頂いたものじゃ」
マリアベルは唇を吊り上げて笑った。
「成金でも、この値打ちは分かるかのう?」
ああ、……、マリアベル、残酷だぜ。

紙みたいに白い顔をしたビオレッタは、
夢の中にいる人みたいな動作で、森番小屋の扉を閉めた。
よろよろと、足音が遠ざかっていく。
なんとも言えない後味の悪さに、
俺たちは互いからそれとなく視線を外した。
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 ▼ 第5章 『 白いコートの彼女 』
「りんどうが咲きはじめるとさ、
 秋も深くなったって感じがするよね」
落ち葉を蹴りながら歩いていた俺は、
リーズの声に振り返った。
「ああ。もうすぐ、雪が降りはじめるんだぜ」
「うんうん。11月ってさ、雪待ち月ともいうもんね」
「そうなのか〜。物知りだよな、お前」

「そんなことないよ。
 僕、雪見たことないからさ。楽しみにしてるんだ。
 で、【雪待ち月】っていい言葉だなあって思ったから、
 覚えてたってわけ」
「…俺は、雪降るとばあちゃんに、
 屋根の雪かきさせられるからなあ。
 楽しみってことはないけど」

「そっか。
 雪国で暮らすって、そういう面倒もあるんだね」
リーズは笑って、肩をすくめた。
「……!!」
その瞬間、彼の笑みが凍りつく。

「ん? どうしたんだ?」
唇を慄かせるリーズの視線を追う。
「……!」
目をこらした俺は、息を呑んだ。
リーズの視線の先には、駅売りの新聞スタンドがあった。
その見出しには、
『美人有名ピアニスト カリナ・F、
 スレイハイム交響楽団バイオリニストと熱愛発覚?』
なる単語が踊っていたんだ!

『アンタのお母さん、
 ピアニストのカリナ・ファーリンにそっくりよね』
いつだったかの、ビオレッタの言葉が頭をよぎる。
まさか……
俺は遠慮しながら、リーズの顔を覗き見る。

うっ。
デッカイ目が潤んでるじゃねーか。
俺はいたたまれなくなって、口を開いた。
「駅の車両基地にさあ、除雪車見に行かねーか?」

……ミッション失敗。
同情っぽく聞こえないようにしようとしたら、
やったらめったらぶっきらぼうな感じになっちまった。
横を向いて舌打ちする俺に、
リーズは目を擦り、小さく笑う。
「除雪車……見たことないな」

「そっか、ああちょうどよかったな。
 本当は動いてる時のがびっくりすると思うんだけどさ。
 先っぽが尖ってて、雪をばぁあってかいてくんだ。
 カッケーんだぜ」
なんかオーバーアクション気味になりつつ、
(不器用な男なのです)俺はリーズに説明した。
「…そうなんだ?
 雪降るの、やっぱ楽しみ……って、あれ?」
笑顔が戻ったリーズは、再び足を止めた。

「ね、ジャック。あれさ、マリアベルじゃない?」
リーズはポケットに突っ込んでいた手を出し、
駅のホームに立つ人影を指差した。
「へえっ? こんなとこに来るか?」
「だって、ほら」
「…本当だ」
あの怪しい着ぐるみは、見間違えようもない。

「どうしたの、マリアベル」
「おお、おぬしらか。
 うむ、わらわの無線友達が、
 この町の近所に別荘を持っておってな。
 紅葉をみるついでに会おうと約束したのだ」
「ふぅん、女の子?」
何気なく聞くリーズに、マリアベルは平然と答えた。
「うむ、わらわと同じく女の子じゃ」

「お、『同じく』女の子…?」
「なんじゃ、文句あるのかジャック」
「い、いや…」
ないけど、と続けた声は、汽笛にかき消された。

ぱらぱらと降りてきた乗客の一人に、
マリアベルは大きく手を振る。
「おーい、おぬし !! アナスタシアじゃな?」
アナスタシアと呼ばれた女性は、ゆっくり振り向いた。
さらさらの黒髪がふわりと揺れ、いい匂いが広がる。

(うわぁ……)
三つくらい年上の、キレイなお姉さんだ。
泣きボクロが、こう、胸をドキドキさせるぜ。
俺は高鳴る鼓動を必死で押さえた。

「ええ。あなたがマリアベル?」
本当に着ぐるみとは思わなかった、と続ける彼女に、
マリアベルは苦笑する。
「うむ…そうそう、こ奴らはわらわの子分でな。
 ジャックとリーズという」

…子分?とリーズは小声で言い、鼻に皺をよせた。
そんなリーズに構わず、マリアベルは続ける。
「今日はおぬしを是非とも案内したいと言っておる。
 存分に使うがいい」
……随分ひどい言われようじゃございませんか?

でも…
薄手の白いコートをモードに着こなすステキな彼女に、
初めまして、なんて微笑まれると……
マリアベルのぞんざいな言葉なんかは、
脳からきれいさっぱり消えてしまった。
「あ…よ…よろしくお願いします」
「いやねえ、そんなに固くなられると、
 お姉さん困っちゃうな」
アナスタシアさんは軽やかに笑った。

「こちらこそ、よろしくね」
「は、はい」
俺とリーズはコクコクとうなずき、
お互いの頬が赤くなっているのに気がついて、
決まりの悪い思いをした。

「どういう計画たててくれるかは、お任せするわ」
アナスタシアさんは面白そうに俺らを見下ろし、
マリアベルと意味ありげに視線を交わした。
むむっ。なんか引っかかるけど……許してしまおう。

そういうわけで、俺とリーズは話し合い、
「この村自慢の架け橋を、
 美しい渓流から見上げてピクニック、
 ってのはいかがでしょう?」
っていう計画を立てた。
アナスタシアさんはにっこり笑い、
俺たちの肩をぽんぽん、と叩く。
「うん、ステキな計画ね。行きましょ」
俺たちは駅を背にして、歩き出した。

「寒くないですか?」
天気がいいといえ、もう晩秋だ。
寒さに慣れてない都会の人には厳しいのかもしれない。
「お姉さんのことならだいじょーぶだいじょーぶ。
 お日さまがあっためてくれるもの」

敷き物の上に並べられたスコーンやサンドイッチ、
アップルパイが香ばしい匂いを放つ。
「あら、おいしそう !!」
アナスタシアさんは本当にうれしそうに笑った。
「いっただきまーす!」
俺たちは声を合わせ、ごちそうに襲いかかった。

「それにしても……よく食べますねぇ」
「はっへ、ほひひんだもん」
アナスタシアさんは、
卵のサンドイッチをほおばりながら答える。
「そう言っていただくと、うれしいです。
 僕のおじさんが育ててる鶏の卵なんですよ、その中身」

「へえ〜、リーズくんちの産地直送なのね。
 うん、ホントおいしいよ」
ちょこんと正座しているリーズに、
アナスタシアさんはにこにこと笑いかけた。
つられて、リーズもうれしそうな笑顔を浮かべる。
リーズ、普段はもっと人見知りするタイプなのになぁ。
アナスタシアさん、なかなかの手だれのようだ。

「って、あれ?」
橋の横の道からバスケット持って、
降りてくるのはププカんちの姉妹じゃないか。
黄色い声を上げながら坂道を下っていたビオレッタは、
楽しげに話しているリーズとアナスタシアさんを認め、
青い瞳を見開いて黙りこむ。

(あーあ、見つかっちまったか……)
…嫌な予感がするぜ。
「どうしたの、ジャックくん?」
「ううん、何でもないです」
俺は焦って、
かちんこちんにこわばった、変な笑顔を浮かべた。

「はぁ、美味しかった」
アナスタシアさんはお腹をさすりながら、
マリアベルが持ってきたお菓子をかじる。
「よく入るのう……」
「フフッ、よく言うじゃない、甘いものは別腹って」

それにね……と彼女は続け、リーズの手を取った。
「ふたりとも、ご飯はたくさん食べなきゃ駄目よ。
 特にリーズくん、こんなに細い手しちゃって」
「あっ……」
リーズは顔を赤くして、写真のように静止する。

それに構わず、
アナスタシアさんはリーズの細い指をなぞる。
「あら? リーズくん、バイオリンやってる?」
「え、ええ」
リーズは緊張した様子で、コクコクとうなずいた。
「だと思った〜。
 お姉さんもさ、花嫁修業でやってるんだ。
 ほら見て、同じとこにタコができてる」

その時ふっと、日差しが翳った。
見上げた目の前に、青いリボンが揺れている。
「……はじめまして、ご機嫌いかが?」
ビオレッタは微笑みながら…目だけが笑ってないのが、
ものすごく怖い…言った。
「とてもいいわ。ステキなところよね、この町」
アナスタシアさんは何も気がついていないのか、
のほほんとした口調のまま返す。

「観光客? リーズ達の親戚じゃないみたいだけど」
「そうだけど……
 ビオレッタ、そんな言いかたって失礼だよ」
リーズの声に、ビオレッタはまなじりをつり上げた。
「何よ。クラスメイトのあたしより、
 流れの観光客の方が大事ってワケ?」
「そういうことを言ってるんじゃないよ、ビオレッタ。
 わかってるんでしょ?」

(あああ、リーズのバカ、火に油注いじゃって…)
俺とマリアベルは、不安で目配せした。
ビオレッタは腰に手を当て、リーズを追いつめる。
「そういうことを言ってるの。
 だってあなた、あんなにいやらしく手触られて、
 何にも感じないの?」

「い、いやらしく触られた?」
リーズは彼の世界になさげな言葉を投げかけられ、
目を白黒させる。
「そうよ。しつこく撫で回されてたじゃない」
ビオレッタはあごをつんと上げた挑戦的な視線で、
アナスタシアさんを睨んだ。

が、アナスタシアさんはどこまでも一枚上手な人だった。
彼女はビオレッタの強い視線を受け止めてニコニコ笑い、
「そう、お姉さんはいんやらしいわよ〜」
こともなげに言ったのだ。
そして、固まった彼女に何事かを耳打ちする。
「……」

一瞬にして毒を抜かれた様子のビオレッタを置いて、
アナスタシアさんはコートを持ち、立ち上がる。
「そろそろ帰りの汽車の時間だわ。
 今日は本当にありがとう。とっても楽しかった」
「駅まで送りますよ」
慌てて立ち上がる俺たちに、彼女はくすりと笑い、
「それじゃ、ありがたく」
頭を下げた。

山に向かう汽車の明かりが段々小さくなり、
残照の中に消える。
振っていた手を降ろした俺は、
マリアベルに向き直って耳打ちした。
「さっきアナスタシアさん、
 ビオレッタになんて言ったんだろう?」

「なんじゃ。
 わらわの聴力なら、聞こえるだろと思ったのか?」
マリアベルは呆れ顔で俺を見る。
俺はこの日何度目かの赤面をしつつも、うなずいた。

マリアベルは肩をすくめ、着ぐるみの頭を取る。
くしゃくしゃになった金髪を払いながら、
「ま、おぬしにならいいじゃろ。奴が言ったのは…」
「言ったのは?」
「『スキならもっと、素直になるのよ』じゃ」

「なるほどねぇ……」
深くうなずく俺に、マリアベルはため息をついて
「おぬしにも、そう言ってやって欲しかったがな」
謎の言葉を吐いた。
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 ▼ 第6章 『 その冬の初雪 』
「見てみろよ、すごいぜ」
隣のリーズに声をかけ、教室のきしる窓を開けた。
黒い雲から、白い雪がきりもなく舞い落ちてくる。
「つもるかな?」
「今朝のラジオだと、そう言ってたぜ」
「そっか、うれしいね」
俺たちは顔を見合わせて、ニヤリと笑った。

俺たちはマリアベルと、
「雪がつもったらスノーモービルで遊ぼう」
という約束を交わしているのだ。
今年はいつもの年より初雪が遅れただけあって、
なかなかチャンスはなかったけど、
どうやら今日は大丈夫みたいだ。
俺とリーズはにやにやしながら、窓を閉めた。

こんなに長く感じられた授業は初めてだった。
授業の鐘と同時に、教科書をまとめて準備する。
そんな俺たちの机の横に、
頬を赤く染めたビオレッタがやってきた。

「ね、今日、あたしのうちでチェッカーしない?
 雪のせいで、お外で遊べないし…
 こないだの、リボンのことも謝りたいし」
彼女はリーズから微妙に視線をずらし、
緩くカーブした金色の髪の先を弄りながら、言った。

…ちょっと良心がうずくよな。
だがリーズは、のんびりした口調で返事をする。
「うれしいけど、今日は先約があるんだ。ゴメンね」
「……ふーん、そうなんだ…」
ビオレッタは女王様のプライドを傷つけられて、
自分の席へと帰った。
取り巻きたちに当たっている彼女を見て、
俺は心の中で肩をすくめる。

「なあリーズ。
 お前、もうちょっと優しくしてやれよ」
「え? 何のこと?」
雪自体が珍しいんだろう、
新雪に足跡をつける行為に夢中のリーズは、
イノセントな笑顔で振り向いた。

「いや、わかんないならいいんだけどさ」
気を抜かれて、俺は再び空を仰いだ。
……これくらい雲が厚ければ、
マリアベルのお肌も少々の厚着で大丈夫かな。

……ん?
何かが心に引っかかった。
足を止め、辺りを見回す。
「どうしたの、ジャック?」
「いや、なんか……誰かの視線を感じてさ」

「誰かの視線?
 でもおじさんは今日、家でかご作るっていってたよ」
「そうか…こんな日に山に来るなんて奴
 カナブン以外にはいないもんなぁ……」
ま、俺の気のせいだろう。

「待っておったぞ」
城の扉を開き、
いつもたむろってる図書館の続き部屋に行くと、
珍しくズボンをはいたマリアベルが迎えてくれた。

「まずはあったかいものでも飲むか?」
俺たちは目を見交わし、そろって返事した。
「もちろん、早く滑りに行くのさ!」
「よぉぉし。そう来ると思ったぞ。
 では、いざゆかん、雪の大海じゃ !!」

「俺の運動神経を、見せてやるぜ !!」
「フフフ。わらわの経験に勝てるかな?」
「僕だって負けないからね!」
口々に言いながら、軽い足取りでガレージに向かう。

「ん?」
唐突にマリアベルは黙り込んだ。
「うっ……!!」
彼女の視線を追った俺たちは、思わず声を立てた。
ガレージの前にいる、震える影……
それは、……唇を紫にしたビオレッタだったんだ!

何度も転んだのだろう、
自慢のブロンドは雪まみれだし、
服は土混じりの雪に汚れて濡れている。
爛々と輝く碧い瞳と相まって、
それは凄まじい迫力を生み出していた。

「見たこともないモンスターに襲われた時も、
 リーズの家でちらっと会った時も、
 おかしいと思ってたのよ……」
凍りつく俺たちに、彼女はギリッと歯をきしらせ、
「リーズたちを離しなさい!この化け物 !!」

「ビオレッタ!」
彼女を制するリーズの声も聞こえないかのように、
ビオレッタはマリアベルに近づいた。
「すごい歯……それに、息が白くない……
 やっぱり、人間じゃないのね。
 ふたりをたぶらかして、どうしようっていうの?」
ビオレッタは、
何も言わないマリアベルの肩を両手で掴もうとする。
マリアベルは音もなく、その動きを躱した。

「そう、わらわはお前たちとは違う」
だから、と言う彼女の瞳が、赤さを増していく。
長い金の髪が、
重力に反してふわりと浮かび上がる。
マリアベルを止めろと、頭のどこかががなりたてている。
だが俺の足は、少しも動かない。

「だから……」
マリアベルの白い手が、
ビオレッタの額に向けて差し伸べられた。
目を見開き、硬直するビオレッタに、
マリアベルは短い異類の言葉を発した。

閃光とともに、ビオレッタの体が地面に崩れ落ちた。
マリアベルは彼女の体を抱き上げ、
色のない表情で俺たちに向き直る。
ガチガチと歯が鳴ってるのが、
他人のものみたいに聞こえる。

喉の奥で、高い音が鳴った。
ああ、昔おばあちゃんが、
卵産まなくなった鶏をつぶした時、
はこんな声を出していた。
頭のどこかが冷静なのは分かるが、
俺は魅入られたように、
彼女から目を離すことができない。

突っ立っている俺たちへと、
マリアベルはビオレッタを抱えたまま、
音もなく近寄ってくる。
俺とリーズは、無意識に一歩、後ずさった。

それを認めた彼女の顔が、くしゃっと歪んだ。
「もう、帰れ…二度とここに来るな……ッ」
「マリアベル、ゴメン、違うんだ !!!」
だが、マリアベルはくるりと背を向け城へと入る。
アカとアオが、俺らに困ったような視線を向け、
そして彼女の後を追った。

「マリアベル……ッ!」
叫ぶ俺とリーズの鼻先で、
ノーブルレッド城の扉は轟音をたてて閉じられた。

みぞれの音が、屋根にうるさい夕暮れだ。
「書けた?」
伸びた襟足を触りながら、
水色のエプロンをつけたリーズが覗き込んでくる。
「……わあ、よせよ!」
俺はがばっとテーブルに伏せて、
リーズの視線から手紙をかばう。

「見えなかったよ。
 それにしても君の飛行機、
 手紙くくりつけてもちゃんと城壁飛び越えられるの?」
「ひどいぜ。
 プレインの専門家たるジャック様を、
 もっと信頼してくれよな」

「信頼っていってもさ……。
 シンプルに城門の柵の隙間から、
 メッセージつき紙飛行機飛ばしたら?」
「……そういう手も、あったか」
考え込んでると、リンゴとバターとシナモンが焦げる、
いい匂いが漂ってきた。

「ザラメ糖、たっぷりかけてくれた?」
「それはジャックの好みじゃん」
リーズは冷たく言うと、生クリームを泡立て始めた。
「生クリーム乗せかあ。うまいよな」
よだれ垂らして言う俺を、リーズは呆れた顔で見る。
「ねえ、マリアベルに誠意を見せるんだろ?」

そう。
あれから会ってくれなくなったマリアベルに謝るために、
俺たちは知恵を絞り、リーズはアップルパイを焼いて懐柔
俺はプレインに反省文を綴って飛ばす、
という作戦を立てたんだ。

「自分がされて嬉しいことを、他人にしなさい」って
先生の言葉をヒントにしたんだけど、
……マリアベルがどう思ってくれるかは、
正直、予想つかない。
でもそんな風に思うのも、俺とアンタは違うモノ、
って言ってるみたいでいやなんだよね。

「それにしてもさ、お前んちって居心地いいよな」
俺は方眼紙に、
長距離飛行可能な
紙飛行機の設計計算をはじめながら言った。
「そう?」
「いい匂いする。雪の寒さも伝わってこないし」
「そうだね。濡れたヒノキの匂い、僕も好きだよ」
オーブンを覗き込んでたリーズが笑う。
その時、扉にものすごい音が響いた。

「な、ななな、なんだ?」
驚いて見守る俺らの前で扉が開く。
そこには、頭を押さえた小屋の主、
カナブンが立っていた。

「イタタ……みぞれに足、取られちまった」
水を滴らせる毛皮の外套を玄関口で払い、
カナブンは猛獣みたいにうめく。
「転んだの? 大丈夫、おじさん?」
タオルを持って駆け寄るリーズの頭を叩き、
カナブンは豪快に笑った。
「大丈夫だ。戸の方は割れたかもしれんがな」

「ところでリーズ。なんだかイイ匂いがするな?」
カナブンは鼻をヒクヒクさせ、ニヤッと笑った。
「駄目だよ。あれは、人に持ってくものなんだから」
「ププカんちのお嬢ちゃんに、か?」
カナブンの言葉に、俺たちは困って目を伏せた。

あれから俺たちとビオレッタは、
かなりの冷戦状態になっちまったんだ。
ノーブルレッド城の記憶は消されてたみたいだけど、
でも、確かに俺たち、
彼女に嫌われてもしょうがないだけのことはしたよな。

「どうした、そんな顔して。違うのか?」
「……うん。おじさんの知らない人。
 それよりおじさん、今日は早かったね?」
「ああ。
 今朝のみぞれで、夕べ降り積もった雪が溶け出して、
 大雪崩が起きるかもしれないからな。
 巻き込まれないうちに帰ってきたんだ」

「マジですか? …この家は大丈夫?」
「ハハハ、ジャックは心配性だなあ。
 雪崩ってのは、もっともっと山奥で起きるもんなんだ。
 ここなら周りの森が雪を食い止めてくれるさ」
俺とリーズは顔を見合わせた。
「ねえ、大雪崩が起きたらさ、
 すっごく大きいお城なんかでも危ないかな」

「そうさなぁ。雪崩の力はすごいからなぁ。
 さしわたし300トールの幅の雪塊が、
 2ケイトールに渡って滑落した事あるらしいからな。
 …そういうデカブツが落ちてきたら、
 まあどんな建物でも危ないわな」
カナブンは棚からシェリーを取り出しながら言う。

「えっ、じゃあ……」
「あんだけ凄い技術があるから、とは思うけど……」
「もし、もしも……」
俺たちは意を決し、カナブンの小屋を飛び出した。
「おいお前ら !! なんなんだーっ !!」
酒瓶片手に窓から顔を出すカナブンに、
リーズはエプロンを翻して答えた。
「ごめん、おじさん! すぐ帰ってくるから !!」

みぞれで濡れた山道を駆け、
滑りそうになりながら転送装置から城にたどり着く。
幸運にも鍵が開いていた扉から、
俺たちは城内に侵入した。

「マリアベル〜 !!」「どこーっ !?」
俺とリーズの声が、石造りの壁に不気味に響く。
「……わあっ !!」

「ジャック !? リーズ !?」
そこには、おでこを押さえたマリアベルが、
目をぱちくりさせて尻もちをついていた。
はしごを持ったアカとアオが、
彼女の横でホバリングしている。

「……こんな危険な日に、何で来たのじゃ !!」
長い髪を逆立てて怒るマリアベルに、
「…大雪崩が来るかも、てカナブンが言ったから」
「もしかして、知らなかったら、って思って…」
「何千年と生きるノーブルレッドにとって、
 雪崩を止めるバリアなぞは、当然の装備じゃ!」

「そ、そうだよな…
 悪かったよ、マリアベル…」
「大きなお世話だったよね、ごめんね…」
小さくなる俺たちを、
彼女は怒りに赤く染まった顔で睨む。

「わらわが怒りたいのはじゃな……
 おぬしらが、雪崩に巻き込まれるかもしれんのに、
 こんなところにまで来たことじゃ !!」
烈火のごとく光る彼女の瞳に見据えられ、
俺たちはさらにさらに小さくなった。

「だって…心配だったんだ……」
「うん…
 もし、マリアベルがいなくなっちゃったら、
 って思ったら怖くて……」
「…バカちん……ッ」
マリアベルは小さな声で言った。

「おぬしらは、バカちんじゃッ !!
 おまけにオタンコナスじゃ !!!
 そんでもって、まったく、
 救いようがない、あんぽんたんじゃッ!」
セリフとは裏腹に、
マリアベルは顔を赤くしてそっぽを向いた。

そのまま、小さな声で続ける。
「じゃから……わらわが導いてやらんと、
 どうしようもないんじゃな……ッ !!」
「マリアベル!」
俺とリーズは顔を見合わせ、
同時に彼女に抱きついていった。
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 ▼ 第7章 『 リーズとビオレッタ 』
「たりィ…睡眠不足だぜ」
目をこすりながら、日差しの中に飛び降りる。
リーズのバイオリンコンクールを応援するために、
俺たちは首都に馬車ではるばるやってきたのだが…
「わらわも体内時計が狂いまくりじゃ……」
着ぐるみのマリアベルも、馬車からヨロヨロまろび出る。

「ふたりとも、大丈夫かい?」
鹿みたいな瞳が、心配そうに見開かれる。
「あー、大丈夫。ダイジョウブじゃ…」
マリアベルは手をヒラヒラさせて答えた。

「夜更かしし過ぎだよ、まったく。
 頼むから、僕の出番の時に寝てたりしないでよ!」
「大丈夫というとろうが…」
馬車に轢かれそうになりながら言っても、
説得力ないぜマリアベル。

「それにしてもうるさい街だよね。
 いつになってもかわんないな」
彼女の背中を支えながら、リーズは顔をしかめた。
「俺的には、ちょっと違うんだけどな」

俺は、この中で母さんが暮らしてるんだと思うと、
なんだか胸が痛くなる。
母さんが、俺たち家族を捨ててまで、
ここで暮らしたくなった気持ちが知りたくなる。
「そう? こんなとこ、何もいいとこないよ。
 僕はクアトリーの方が好きだな」
「…そうかもな。お、あれが会場だな?」
「よーし、じゃ、行こう!」
顔を輝かせるリーズに、ちょっとだけ苦笑する。

肩をすくめ、奴を追おうとした拍子に、
マリアベルの視線に気がつく。
「なんだよ、マリアベル?」
「いつもはおぬしよりリーズの方が大人びておるのに、
 さっきはそれが、逆転しておったな」
成長期の人間はこれだから楽しい、と彼女は続けた。
着ぐるみ越しの表情が予想できた俺は、
なんとも答えようのない気分になり、足を早めた。

手続きを終え、着替えたリーズとマリアベルに、
控室の席を取っておいた俺は立ち上がって合図する。
…あれ? あそこにいるのは…

「ビオレッタ!」
青いシフォンに包まれた肩が振り返った。
「リーズ!? コンクールに来たの?
 あなた風情が優勝できるレベルじゃないわよ?」

「…ねえ、やっぱり怒ってるよね、ゴメン」
「心にもないこと、言わないでッ !!」
 あなたもあたしのこと、バカにしてるんでしょッ !?」
「そ、そんなことないよ」

「嘘!
 …リボンのこととか、よく覚えてないけど、
 初雪の日のこととか…」
「それは…ちがうよ」
口ごもるリーズを、彼女は耳まで赤くして睨みつけた。
「もう、いいわよ! あなたなんで、大嫌いッ!」

ため息が形になって浮かんでるような雰囲気の中、
マリアベルが口を開いた。
「…そろそろ、出番じゃな」
「うん…あれ?」
バイオリンを手に立ち上がったリーズは、
眉をひそめた。

「どうしたんじゃ?」
「課題曲の封筒が、なくなってるんだ」
リーズは顔色を変え、マリアベルを見上げた。
「ちゃんと探したか?」
「…確かにバイオリンの横に置いておいたんだ」
…俺たちは、顔を見合わせた。

「ビオレッタだ! アイツ、リーズの楽譜をッ!」
「そうかッ !!
 わらわがついておりながら、何という不覚ッ…
 リーズ、わらわとジャックは楽譜を取り戻してくる。
 おぬしはここに居るのじゃッ」
リーズは泣きそうな顔で、うなずいた。

「ちくしょう! あいつ、どこにいるんだ」
ビオレッタは会場のどこにも見当たらない。
「次の演奏者は、リーズ・ファーリンくん……」
アナウンスに、唇をかむ。時間がナイッ!
「くっ…どうする、ジャック!」
「俺だって聞きたいよッ !!」
その時、後ろから場違いなのんきな声がかけられた。

「ジャックじゃない! 久しぶりねぇ〜」
「アナスタシアさん !?」
海の泡みたいな白レースのドレスの彼女が、
バイオリンと楽譜片手に立っている。
それを見た瞬間、俺の頭に電流が走ったッ !!
「……! そうだ、これでいこう !!
 マリアベル、アナスタシアさん、協力してくれッ」

話を聞いたマリアベルは顔をしかめる。
「…派手なパフォーマンス過ぎやせんか」
「マリアベル好みじゃない? それで行きましょ」
アナスタシアさんは指を立て、笑った。
「しょうがない、時間もないことじゃしな」
「じゃあ、行くぜ!」
ダッシュで控え室を出て、客席最後列に向かう。

辿り着いた場所で、
適当なスペースを確保し、楽譜を取り出す。
設計図を思い出し、必死で紙を折る。
「ライトがついたぞジャック!」
リーズが屠られる子羊のような顔で出てくるのが、
目のはしで見えた。

「マリアベルッ、アナスタシアさん、飛ばして!」
「任せておけッ !!」「了解ッ!」
ふたりは楽譜の紙飛行機を舞台に次々と投げていく!
白い紙飛行機は、はらはら舞い上がり、急降下する。
リーズははっとしたように、それを拾い、広げる。
観客は予想もしていなかった光景に、声も出ない。

水を打ったように静かになった会場で、
楽譜をすべて広げ終わり、しわを伸ばすと、
リーズはバイオリンを構えた。
ホールに緊張が走る。
一泊おいて、端正な音色が弦からあふれ出た。
…俺はほっと、近くの座席に倒れ込んだ。

「ごめんな、俺のせいで優勝できなかったのかも」
車輪を鳴らす馬車の中、俺は謝った。
「ううん。賞なんかより、みんなが僕のために、
 一生懸命やってくれたことがうれしかった。
 ホント、感謝してるよ」
特別賞のトロフィーをなでていたリーズは、
傍らで寝息をたてるマリアベルを見やって微笑む。

「でもさ…」
「いいってば。
 帰ったらアップルパイ焼いて、紅茶入れてお祝いしよう」

「そうだな。アナスタシアさんにもパイ、送ろうぜ」
パイの味を思い出して鼻の下を伸ばした俺に、
リーズはにっこり笑ってうなずいた。

「なんじゃと? あの娘が、誘拐されたとなッ!」
マリアベルの大声が、静かな城内にキンッと響いた。
「しかも知らなかったとはいえ、
 犯人をププカの家に連れてったのは、
 僕たちだったんだ…」
「この町で誘拐なんて起きると思わなかったんだよ…」

いつもの部屋で俺とリーズはため息を吐く。
「…責任重大だよな」
「それに、クラスメイトだし。
 なんとか助けてあげたいんだ」

俺たちの顔を、マリアベルは面白そうに見回した。
「…コンクールの件は、もういいのか?」
「そんなのは、関係ないよ!」
景色ばんだリーズは、すぐに顔を赤く染める。
「そんなこと、いちいち根に持ちたくないんだ」

「でさ、マリアベル。
 曲者はビオレッタの姉ちゃんに、
 身代金持たせようとしてるんだ」
「それは、デンジャラスな匂いがするのう…」
「だろ !? だから、何とかしたいんだ」
「ふむ…」
右手を頬にあててたマリアベルは、顔をあげた。
悪戯っぽい光が、両目に宿っている。

「のう。わらわがビオレッタの姉のふりをして、
 約束の場所に行くというのはどうじゃ。
 そこでアカとアオを使って、
 犯人をとっつかまえるという寸法じゃ」

「そんな危険なこと、アンタにさせられねーぜ!」
「僕もそう思う…マリアベル、考え直してよ」
「大丈夫じゃって。わらわの力を信じろ」

「マリアベルのパワーは、そりゃあ知ってるけど。
 でも、万が一ってこともあるだろ?」
「あーもう、おぬしらしつこいぞッ !!」
マリアベルは、大きな音を立ててテーブルを叩いた。
「わらわがいいと言ったらいいのだ!」

無言で家路につく俺たちの影を、月が長く伸ばす。
「ねえ」「なあ」
同時に言う、バッチリ気の合う俺たちであった。
「…やっぱり、お前もそう思うか?」
「あったり前だよ。
 マリアベルの計画じゃ、僕たちカッコ悪すぎだ」
「やっぱ、そうだよな !? …よぉ〜し!」

そばの切り株にどっかと腰を下ろす。
「っと、相手はこっちをコドモと見くびるだろうから…」
半月が見おろす中、俺とリーズの会議は続いた。

「ええと…身代金を、持ってきました」
作戦通り、ビオレッタの姉と入れ替わった俺たちは、
裏声を出してならず者に近寄る。
マリアベルに教えた時間は、ずらしてある。
…それにしても、スカートって動き難い。
こっそり持ち出したカナブンの山刀を、
中に隠してるってのもあるけどさ。

「よし。金を渡しな」
「待って !! 妹を解放するのが先よ!」
リーズが震えた声で叫ぶ。なかなかの演技だ。

「いいだろう、ほら」
突き飛ばされ駆けてきたビオレッタは、
俺たちを見て、驚いたように立ち止まった。
「だいじょうぶ? ビオレッタ !?」
小走りで近づくと、彼女はさらに目を大きくした。
「え、ええ…でも…」

(いいからだまって、後ろに隠れろ!)
ったく、気のきかないヤツだぜ…
女の子だし、しょうがないのか?
曲者は拍車のついたブーツを鳴らして近寄ってきた。

「よし、金を頂くとしようか」
「は、はい」
リーズが現金の入った鞄を差し出した。
俺は密かに、底を切ったポケットから山刀をなぞる。

「ところでお嬢ちゃん方、
 ププカの娘にしては、かわいい顔をしているな?」
予想通りの展開だ。リーズの目を見て、軽く肯く。
「みんな、高く売れそうだ」

…今だ!
俺は愉しげにリーズの顎を持ち上げるヤツの背中に、
思いっきり体当たりをかました!
同時にナイフを取り出し、
無様に地面に転がった彼に突きつける。

「な…ガキ、何するんだ !!」
「それ以上近づいたら、…ただじゃおかない!」

「今のうちに逃げるんだ、ビオレッタ !!!」
リーズは口に手を当てる彼女の前に立ち、叫んだ。
「分かった !! パパを呼んでくるッ !!」
真っ青になってたビオレッタは、
気丈に己を取り戻し、町へ駆け出す。

「おめーら…俺の計画を、
 よくもぶっ潰してくれたじゃねえか !!
 …許さねえ !!」
は切れた唇を拭うと、ナイフを抜いて立ち上がった。
そのまま、俺たちに突進してくる!

…だめだ、俺にはまだ、
人を殺すかもしれない行為への決意ができてないッ!
その思いはリーズも同じだったらしく、
俺たちは抜き身の刃を持ったまま、
凍りついたように動くことが出来ない。
コマ送りで、脂ぎった顔が近づいてくる。

ものすごい衝撃と共に、
俺たちは頭から地面に突き倒された。
「舐めたマネしてくれたじゃねえか、ガキッ!」
ぐるぐる回る世界の中、ヤツがナイフをかざす。
くそおっっ…!!

目を閉じた俺たちの耳に、聞きなれた声が響いた。
「キュベレイ !!」
同時に、ヤツの立っている地面が盛り上がる。

地面から突き出た巨大な金属柱が、ゆるりと瞳を開く。
「ひぇぇ…!」
そいつの全身から衝撃波が迸り、
曲者をぶっとばすのを、
俺は信じられない思いで見つめた。

尻を押さえた犯人が、
よろよろ逃げていくのを呆然と見ていると、
「…間に合ったようじゃの」
金属柱の陰から作業着姿のマリアベルが、
ちょっと割れたゴーグルを外してあらわれた。

「マリアベル、これは…」
「アカとアオの機能をさらに巨大化・強力化した、
 ゴーレム【キュベレイ(試作)】じゃ」
マリアベルはそれだけ言うと、短い命令を放った。
轟音と共に、キュベレイは再び地面に潜る。

「…これにこりたら、
 以後わらわを置いてきぼりにしないことじゃ」
「は、はい…」
俺たちはしょんぼり頭を下げた。

「でも、カッコよかったがな」
マリアベルはウィンクし、にっと笑う。
「ホントか?」
「…ホントだとも。
 最後に犯人を取り逃がさなければ、もっとな」

「…マリアベル、気がついてたのか」
「いや、わらわもウッカリしたーッ、と思ったところでな…」
そこに、何人かの足音が響く。
ビオレッタとププカが、保安官を連れてきたのだ。

犯人を取り逃がしたことを告げると、
ププカと保安官は残念そうな表情を浮かべたが、
「危険を顧みず、娘を助けてくれたそうだな」
ププカは俺たちの手を取り、
ありがとう、と繰り返す。
汗ばんだ手に心配の度合いが見え、
俺は苦笑しながら後ろを振り向いた。

ビオレッタがマリアベルの前に立っていた。
「ごめんなさい、その…いろんなこと」
「構わぬ。わらわも大人げなかったからの」
マリアベルはやわらかな笑みを浮かべた。
「今度は我が城に、3人で遊びに来い」
待っておるでな、と告げ、彼女はすばやく姿を消した。
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 ▼ 第8章 『 春を愛する人 』
あのとき「クレメンタイン・ベックソン」って名前だけが、
灰の中で鮮やかだった。
…ばあちゃんが母さんの手紙、
焼いてると知ったのは、いつごろだろう。
そして、母さんは村の人の言う通り、
街の男と暮らしてるんだ、って悟ったのはいつだろう。

「くっそぅっ…!」
自分の声で目がさめた。
いまいましいことに、涙が頬に残っている。
もう、起きてるときはあの人のこと、
思っても泣いたりしないのに、
寝てるときは心が素直に悲しむのだろうか。
そんなことを考えてしまい、
俺はむしゃくしゃした気分で着替えをはじめた。

「おそかったわね」
緊張した面持ちのビオレッタが、
すでに小屋に来ていた。
そう、今日は、
ビオレッタとマリアベルを引きあわせる約束の日なんだ。

「ゴメンゴメン。リーズは?」
「おみやげにって、プリン作ってたんだけど…
 バニラエッセンス切らしてたみたいで、
 さっき慌てて町に買い出しにいったわ」
「匂いなんて、俺はどうでもいいけどな」
「フフッ、リーズは完璧主義だもの」

確かにな、と返した俺は、かすかな気配に顔を上げた。
「どうしたの、ジャック」
「ノックの音が聞こえたような…」
俺たちは顔を見あわせた。

カナブンの小屋にわざわざ訪ねてくる物好きなヤツに、
ノックするヤツはいない。
「はい」
けげんに思いながら、俺は扉を開けた。

「こんにちは」
黒髪に緑の目の、キレイな女性が立っていた。
どこかで見たカオだけど…
首をひねる俺の後ろで、ビオレッタが歓声を上げた。
「あの、カリナさんですよね? ピアニストの」

ビオレッタがいつもより高い声を出して、
カリナさんとうれしそうに話をしている横で、
俺はお茶を入れる。

リーズの複雑な感情を知っているから、
彼を置いたまま、
カリナさんと親しくなるのはためらわれたのだ。
「どうぞ」
アップルティーの香りが、湯気とともに立ち上った。

「ねえ、あなた」
お茶の水面を見ながら
ふたりの会話を黙って聞いていた俺に、
カリナさんが話しかけてきた。

「リーズのお友達ですね?
 あの子が元気でやっているか、伺ってもいいかしら?」
リーズに似たこぎれいな顔が、優しく笑んだ。
「ええ。バイオリンもうまくて、勉強も…」
俺は答えになってない、
よく分からない言葉を返してしまう。

「よかった。今まで学校に行かせていなかったから、
 心配してたんですけれど」
いい友達もいるようだし、とカリナさんは微笑んだ。
「え、ええ…」
なんか…理想のお母さんってカンジだぜ?
俺はとまどい、目を泳がせた。

小屋の入り口でバタバタ音がした。
「ごめん! ふたりとも、待っただろ?」
息を切らしながら入ってきたリーズは、
カリナさんの姿を認めて体中をこわばらせる。

「母さん…なんで、ここに」
かれた声を出すリーズの前に、カリナさんは立ち上がる。
「コンクール入賞、おめでとう。
 あなたの演奏を聴いたわ。うまくなったわね」

「…ありがとう。で、さっきも聞いたけど、
 僕とカナブンおじさんの小屋に、なんの用?」
冷たい声で、リーズは返す。

「あなたを迎えに来たの。
 バイオリンをこれからも続けるなら、楽団員になって、
 今から顔を売っておいた方がいいから」
「え…」
リーズの手から、カバンが落ちる。
中身が散らかる騒がしい音が、小屋中に響いた。

「なんだよ、それ !!」
「リーズ。聞いてちょうだい」
カリナさんはしずかに言った。
「や…イヤだよ !! 僕は」
初めて見る激昂するリーズに気圧されながら、
俺はこの場を出るに出られぬ己を呪った。
目を丸くしているビオレッタを、
一人で置いていくわけにもいかない。

「ねえリーズ。
 裏目に出たのは確かだけれど、
 私があなたをここに預けることにしたのは、
 あなたのためを考えてのことだったのよ」
「ウソ…嘘だ…だって……」

手負いの獣のような視線で、
リーズはカリナさんを突き刺す。
唇が、酸欠の金魚みたいに閉じたり開いたりしている。
「僕が、なにも知らないと思ってるの…?」
何を言う気だ…?まさか…? !

「リーズ、やめろ !!」
だが、一瞬遅かった。
「あのゴシップは何なんだよ!」
真っ青な顔でリーズは叫んだ。

「あのゴシップって…まさかあなた」
カリナさんの顔から、
ざっと血の気がひく音が聞こえた気がした。
「母さんはもう、父さんを忘れたんだ!
 それに、…僕がいると、邪魔だったんだろ!」

乾いた音がした。
リーズの頬が、紅く染まる。
「…そんな風に思ってたの」
カリナさんは唇を噛み、絞り出すように言った。
肩を震わせうつむくリーズも気になったが、
俺は小屋を出ていくカリナさんを追った。

「待ってくださいッ!」
声をかけると、
彼女は泣き出す一歩手前の表情で振り向く。
「………」
小屋を離れる後ろ姿には、入り込めないものがあった。
ただ見送った俺は、
地面に銀のロケットが落ちているのに気がついた。

かがみ込んで手に取ると、
金具が甘くなっていたそれは勝手に開き
小さいリーズの写真を見せた。
…あいつ、なんてぜいたくなんだ。
俺は奥歯をぎりっと噛みしめ、小屋に戻った。

とりなすビオレッタをすげなくあしらうリーズに、
俺は銀のロケットを手渡す。
「カリナさんの落とし物だぜ。
 お前、大切にされてんじゃんか」

リーズはキッと目をつり上げた。
「あんな人…僕、母親なんて認めたくない。
 母親のない、君がうらやましいくらいだ」
その言葉に、視界がまっ白になった。

我に返ると、目の前にリーズが倒れていた。
「…見そこなったぜ」
胸の中には、もっと言いたいことが渦巻いてるのに、
俺はそれしか言葉にできなかった。
たまらなくなって、俺は小屋のドアを乱暴に開け、
外へと飛び出した。

あーあ、カリナさんとの仲を取り持とうと思ったのに、
逆にリーズとケンカしてちゃあ世話ないぜ。
俺は肩を落として、城への道を進んだ。
向いてない問題みたいだし、
マリアベルに相談してみようと思ったのだ。

「ジャック!」
ビオレッタが明るい髪を揺らしながら駆けてくる。
「あたしもさ、がつんと言ってきちゃった。
 ね、今からあの人の城に行くんでしょ?」
「ああ。予定通りにマリアベル、紹介するよ」

図書室にいたマリアベルは、
ビオレッタの姿を認めて立ち上がり、
ぎこちない礼をする。
ビオレッタも、同じような礼を返した。
ま、最初はこんなもんだろ。いろいろあったしな。
俺は自分を納得させ、手早くリーズの件を話した。

「リーズのヤツ、意地を張っているんじゃな」
話を聞きおわったマリアベルは、頭を押さえた。
「本当は母親の気持ちに気がついているはずじゃ。
 しかし素直になれず、甘えているんじゃな。
 お前たちにも覚えがあるじゃろう」
「ええ、そうね…」
…そういうもんか? 俺は首をひねった。

「俺、そういうのわかんねえよ。
 好意を持ってくれてる人の気持ちを知ってて、
 裏切れるなんてさ。
 もしかしたらその人、
 こっちの甘えた横着なところが嫌んなって、
 どっか行っちゃうかもしれないじゃんか」

何気なく発した言葉だったが、
ふたりは気まずそうに黙り込む。
…やっちゃったか。
ため息をついて、謝罪の言葉を吐こうとした俺に、
しかし先に謝ってきたのはふたりだった。

「ああ… スマンな、ジャック」
「ええ、あなたの言う通りなとこも、あるわ」
…あんまりすまなさそうな顔をされると、
よけい嫌な気分になるのだが、それはさすがに言えない。
俺は笑ってみせて、話題を変えることにする。
「とりあえずさ、仲なおりさせる策を考えようぜ」

ふたりは無理メな笑顔を浮かべ、頷いた。
紅茶を啜り、ビオレッタは口を開く。
「こないだの逆…
 つまり、ゴーレムを使うってのはどう?
 リーズを襲うゴーレムから、カリナさんが、彼をかばうの」
「…あんまりバレバレじゃろ…」
「そうかしら…」
ビオレッタは口をヘの字に曲げる。

「そうじゃ。ジャックがもっとるロケットを、
 なくしたと言ってリーズを困らせ、
 大切な物に気づかせる、というのはどうじゃ」
「…それ、嫌がらせに近いと思うわ…」
「むうう」
マリアベルは首をかしげ、唇をとがらせる。

「…ヘンに小細工しない方が、いいかもしれないぜ」
「じゃあ、どうしろって言うの?」
突っかかるビオレッタに、マリアベルは微笑んだ。
「いや、ジャックの言う通りかもしれぬ。
 リーズのヤツも、そろそろアタマが冷えている頃じゃろ」

「じゃあ、町に帰ろうぜ。
 早くしないとカリナさん、
 リーズと仲直りしないまま帰っちゃいそうだ」
「そうじゃな…雪もほぼ溶けたことだし、
 反重力バイクで帰ることにしようか」

春のたそがれは甘い匂いに満ち、
俺たちはその空気を吸い込みながら、
空中を飛ぶバイクを走らせる。
だが、俺達が城で結論のでない話をしている間に、
事態は急展開を迎えていた。

「ん?」
マリアベルがけげんな顔して一点を見おろす。
「どうしたんだ?」
「リーズじゃ。リーズがエライ顔で走っとる」

「どうしたんだ、リーズッ!」
バイクを降ろすと、彼は息を切らしながら、
「ビオレッタを誘拐したヤツが、
 今度は母さんをさらったんだッ、
 楽団からお金をとろうって…!」

「ええっ…! 本当か、リーズ!」
…やらせじゃなく、
ホンモノの危機が来るとは思わなかった。
「うん、今おじさんと、ヤツを探してて…!」

「…わらわがこらしめてやったというにッ!」
マリアベルは自分の機体から降り、
俺のリアシートにのっかりながら言った。
「リーズ、このバイクを操縦せい。
 わらわはヤツを見つけるのに全力を尽くす」
リーズは頷くと、素早い動きでバイクに乗り込んだ。

俺+マリアベル、
リーズ+ビオレッタという組み合わせになり、
再び、全速力で走り出す。
「いたぞッ、奴じゃッ !!」
マリアベルの指差した場所には、
カリナさんを銃で脅しつけている男がいた。

「何をする気だッ !!」
リーズが叫んだ。その声に、男が驚いた顔を上げる。
表情が、ゆっくり憎しみの色に染まってくる。
まあ、何度も俺たちみたいなコドモにやられてちゃ、
ムカツキもするだろうな。
などと悠長なことを考えているヒマはなかった。
男がピストルを取り出し、リーズに銃口を向けたのだ。

「いやッ!」
それを認めたカリナさんは叫び、男に体当たりした。
バランスを崩した彼はいまいましげに舌打ちして、
カリナさんの体を蹴り飛ばす。
…スゲエ。自分が撃たれるかもしれないのに。

口を開けてる俺の横で、リーズがギリッと歯を鳴らした。
「チクショウ…」
らしくない言葉づかいで唸り、強い瞳で振り返る。
「ジャック、行くよッ!」

「…合点だ!」
リーズの魂胆をつかみ、俺は大きく頷いた。
一瞬のうちに同盟を組みおわり、リーズは後ろから、
俺は前から犯人に突っ込んだ。
男の卑しい顔が、恐怖に歪むのがズームアップされる。
「行くぜッ !!!」
俺たちは声を合わせ、
男の服を掠るほどの至近距離ですれ違った。

男がへなへな座り込むのと同時に、車体が大きく揺れる。
後ろの席にいたマリアベルが飛び降り、
「覚悟ッ!」
だらしなく腰を抜かした男に魔法をかけたのだ。
同時にビオレッタが、カリナさんのもとへ走る。
…いいコンビネーションじゃん、俺たち。

大きないびきをかく男の手首を、
ハンカチでつなげて作ったロープで縛る。
「…一件落着、じゃな」
をはたいて土を払うマリアベルに、俺は首を振る。
「俺たちは、な」
ポケットに手を突っ込んだまま、リーズの方を向く。

うん、とだけ言った彼は口を切り、
視線を落としてつぶやいた。
「みんな、いろいろありがとう。
 ジャック…さっきはゴメンね」
ぽつりと言うリーズに、俺は苦笑した。

「そんなことより、早く行けよ」
リーズは小さくうなずき、カリナさんに駆け寄った。
彼女は微笑み、リーズの髪をていねいに梳く。

優しい情景が、心に痛く突き刺さる。
喜んでやれない自分も、ものすごく嫌だった。
涙が出てきそうで、俺はあわてて顔をそらす。
マリアベルが気づかうような視線を投げてきたが、
…ちょっとぐらいいいよな。
だってカリナさんは、
俺が欲しかった母親そのものなんだから。
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 ▼ 第9章 『 初夏の物語 』
「ただいま、ダリアばあちゃん」
あれ?
いつもこの時間に流れてる【レディオガガ】の音がない。
どうしちゃったんだろう?
「ばあちゃん、いるの? …!」
何気なくキッチンを覗いた俺は、
思わずカバンを取り落とした。

…おばあちゃんはキッチンに両手をつき、
肩を震わせて泣いていたのだ。
骨張った手が、白い前掛けを握り締めている。
「ばあちゃん、どうかしたのッ !?」
「な、なんでもないんだよ、ジャック」
あわてて駆けよる俺に、ばあちゃんはいつになく焦って、
手に持った白いものをエプロンに突っ込む。
紙が擦れるカサカサ、って音がした。

「おばあちゃん、それって…」
俺は直感的にさとった。
あれは、母さんの手紙だ。
今回こそは、焼かせてたまるかッ!

俺はおばあちゃんの手から紙をひったくって、
そのまま外へと駆け出した !!
「ジャックッ !!! よせ、見てはいかんッ!」
「ごめん、ばあちゃん!」
ばあちゃんを振り切って(年の差50才はデカイぜ)、
俺は川沿いの道を転送装置へと走った。

夕日に赤く染まるノーブルレッド城。
中庭の噴水の縁に座った俺は、
すっかり上がってしまった息を静めつつ、
手紙を広げようとした。

「おっとと」
握り締めていたからか、
汗で裏表がぴったり張り付いちゃったみたいだ。
はやる心が薄い紙を破かないように注意して、
最後の折り目をはがしていく。

…よーし、これでOK。
絶妙微妙な力を入れていた指を離し、
ドキドキしながら中身をのぞく。
「……!!!!」
俺は、頭を強く殴られたような衝撃を感じた !!

"死亡通知〜クレメンタイン・ベックソン〜"
無機質にタイプされた手紙が滑り落ちる。
「ウソだ…っ!」
大声で叫んだ…つもりだったが、
俺の舌は強張り縺れ、聞き苦しい音を出すだけだった。

「くそぉっ……!」
とほうもない量のさまざまな感情が、
俺の脳を覆い尽くしていく。
「ちくしょう、畜生…何のために…嫌だ……」
繰り返す呪詛が何に対してのものなのかわからないまま、
俺はよそめきながら城の中へ歩きだした。

「……」
いつもの部屋にたどりつき、戸棚を開く。
息苦しさと動悸を押さえ、
今までに作ったプレインと設計図を取り出す。
両手に抱えられないほどの量に、
やるせない気持ちが湧きおこった。

再び噴水の前に戻ってきた俺は、
運んできた荷物を乱暴に置く。
その上に枯れ木の枝を乗せ、
引き出した一枚の設計図をねじり、導火線にする。

不思議に、悲しさとかみじめさとかは感じなかった。
すごく透明な気持ちが、俺の中に満ちていく。
「さよなら、母さん」
後ろポケットから取り出したマッチを擦る。
小さな燐の炎を、導火線へと近づけた。

だが、その瞬間。
白い腕が俺の右手に伸びた。
振り向くと、
そこには静かな表情をしたマリアベルが立っていた。

「…離してくれよ」
「だめじゃ」
「……離せって、言ってるだろ !!」
鼻声になりながら、俺は叫ぶ。
「だめじゃ」
マッチの赤い火が燃え尽きる。
同時に、張り詰めていたものが切れる音がした。

「嫌なんだ……もう、何もかも…ッ !!」
叫び、手のひらを思いっきり地面に叩きつける。
「何をするんじゃ !!」
制止しようとする彼女を振り払い、
「だって、俺の手は、こんなにも無力だ !!
 結局母さんを引き止められなかったッ…!!
 …置いていかれたんだ、
 母さんがいなくなった時と、おんなじに……」
最後の方は、しゃくりあげる喉の奥に消える。

マリアベルは無言で、俺の側に来た。
「おぬしの手は、無力じゃない」
マリアベルは、優しい顔で俺をみていた。

「ほら、そんなに泣くでない。男じゃろうが」
爪が刺さるほど握り締めていた手を開いてくれる。
そのまま彼女は、俺の土にまみれた手を、
自分の手のひらに包んだ。
「思い出せ…
 おぬしの手は、いろんなものを掴んできたじゃろ?」

「リーズのバイオリンコンクールで、
 とっさの機転で紙飛行機を折ったこと。
 ビオレッタを誘拐犯から無事に逃がしたこと。
 …すべて、おぬしの手がなしたことじゃ」
な?と、マリアベルは視線を合わせて微笑んだ。

「『置いていかれる』のが辛いのは分かる。
 でも、自分を否定してやるな…」
半分己に言い聞かせるような口調のマリアベルを見上げ、
俺はまたまぶたが熱くなるのを感じた。
だけど、今度の涙はさっきのとは違う。
…ホントは、気がついてたんだ。
動機はどうでも、飛行機を造る夢は、
捨てようがないほど俺の心に根を下ろしてるって。

「うん。俺は…誰のためじゃなく、
 自分のために、自分の夢を叶えるために、空を飛ぶよ」
「その意気じゃ」
すみれの香水の匂いがするハンカチを差し出しながら、
マリアベルはきれいに微笑んでくれた。

「今度はさ、簡単なモーターを、
 クラフトに取り付けてみようと思うんだ」
転送装置に足をつっこみながら、俺は言った。
「ふむ。それは面白そうじゃな」
立ち上る光のカーテンの向こうで、
腕を組んだマリアベルが微笑む。

「それじゃあ、また明日」
「待っておるぞ」
同時に、装置が作動する。
町についても、すみれの香りはまだ、
装置の中に仄かに漂っていた。

珍しく、蒸し暑い日だった。
「もう夏だなあ」
ばあちゃんみたいに当たり前のことを呟き、
半袖のシャツの襟元を広げながら外に出る。
井戸水をじょうろに汲み、
心なしか萎れぎみのヤナギランにやっていると、
後ろで軽い金属音がした。

「ジャック!」
花柄のワンピースを着たビオレッタが、
自転車から手を振っていた。
「ビオレッタ! どうしたんだ?」
「あのね、今夜あたしのうちで、パーティがあるの。
 姉さんの誕生日パーティなんだけど、
 こないだのお礼って意味でも、来て欲しいのよ」
首を傾げる彼女に、俺はじょうろを上げてみせる。

「うまい飯が出るんだろ? 行かせてもらうぜ〜。
 リーズとマリアベルも誘っていいか?」
「もちろん。こっちから、お願いしたいくらいだわ」
ビオレッタは笑い、短い別れの挨拶を告げ、
坂道にむかっていった。
…やっぱ、面と向かっては誘いづらいもんなのかね。
オトメゴコロってやつなのかなあ。

って、妙な感慨にじっくりふけってる暇はない。
清く貧しいために(悲しい話です)、
ロクな服を持ってない俺は、
マリアベルにお洋服借りないといけないだろうし。
俺はじょうろを放り投げ、
ふたりにパーティのことを知らせるべく走り出した。

「ふむ、たまにはドレスの虫干しもいいの」
髪をお団子に結い(尖った耳を隠しとくためらしい)、
シンプルな形の青い袖なしドレスを着たマリアベルは、
赤ワインを片手に優雅に言った。

「良かったな。俺はアレだけどさ…」
絶対遠慮したかった『蝶ネクタイに半ズボン』の俺は、
スモークサーモンのせライ麦クラッカーを、
音を立てて噛み砕いた。
「そんなにふくれるな。よく似合っておるぞ☆」
「…似合ってない、っていわれた方が嬉しいぜ」
「ジャック、そんなにイヤなものかい?」

「だって、リーズは普通のタキシードじゃん…」
「そうは言うけど、僕が半ズボンなんてはいたらさ、
 似合い過ぎて気色悪いだろ?」
「…それは一理あるかもしれないけど…」
「ふたりとも、ププカの挨拶が始まるようじゃぞ」
「招いてくれたんだし、一応ちゃんと聞こうかな」
「リーズは偉いねえ」
だるだるな口調で返しつつ、俺も一応、
しつらえられた段の方に体を向ける。

ププカは巨体を揺すりながら壇に上がり、
咳払いを一つした。
外見を裏切らないだみ声が響く。
「えー、皆さん。
 今晩は我が娘のためにお集まりいただき、
 非常に光栄であります。
 賑やかに楽しく過ごして下さい。
 それが、彼女が大人になった時『楽しい誕生日』
 の思い出となり、優しい気持ちになる種となるのです」

…へー、結構いいこと言うじゃないか。
「長話も野暮ですな、皆さんごいっしょに、乾杯!」
賑やかに唱和の声が上がる。
気持ちのいい乾いた音が、そこここに響いた。

「来てくれたのね!」
ゆるやかにカールさせ、花を差した髪を揺らして、
ビオレッタは俺たちの元にやってきた。
「うむ。ご招待、ありがたく受けさせて頂いた」
古風な礼に、ビオレッタは目を丸くする。

「ええ、あの…楽しんでいかれて頂きたいわ」
つられたのか妙な言葉づかいをするビオレッタに、
俺たちが思わず笑ってしまうと、
「な、何よっ!」
照れ隠しからか、ビオレッタは強い視線を投げる。

リーズはそれを柔らかくいなした。
「ゴメンゴメン。
 お詫びにさ、一緒にバイオリン弾くから許してよ」
「え? えっえっ?」
「ピアノ出してあるよね?
 それとも、僕と一緒に演奏するなんて嫌かな?」

「そ、そんなことないけど…、いいの?」
真っ赤になった彼女に、リーズは優しく微笑んだ。
「もちろん。君のピアノ、好きだからね」
「あ、あ…ありがと」
ビオレッタは小さな声でそれだけ言うと、
花が開くみたいにキレイに笑った。
あ、アツイぜ…
俺とマリアベルは目配せしあって、
テラスで熱を冷ますことにした。

「あーあ。リーズの奴、タラシの素質あるよな〜」
手すりに頬杖をつきながらぼやくと、
マリアベルはドレスの裾を翻して振り向いた。
白い顔の上に、いたずらっぽい笑みが浮かんでいる。

「そんなに妬くな。
 お前さんにも、そのうちいい娘が出来る」
「別に、そういうんじゃねーよ…」
さすがに、自分より先に、
リーズが大人になってしまったようで淋しいんだ、
とは言えなかった。

「…そんなに急いで、オトナになることもないじゃろう?」
「……ッ!」
はっとして彼女の方を向くと、
マリアベルは不思議な色を湛えた瞳で俺を見ていた。
「…ごめん」
「いいのじゃ。置いていかれることには慣れておる」
強がりながらも寂しそうなマリアベルがせつなくて、
俺は小さな影の方に歩いた。

リーズたちのソナタが、窓の内側から流れ出す。
「なあ、思い出さないか?」
「ああ。わらわがゆっくりテラスで月を見ていたら、
 おぬしが闖入してきおった時と、よく似ておる」
「そうそう。だいぶ前みたいな気がするけど、
 アレからまだ、一年経ってないんだよな」
「その間にいろんなことがあったからのう…」
マリアベルは目を細め、空を見上げた。

「なんだかいい匂いがするのう」
「黒百合の匂いだ。もうそんな季節なんだなぁ」
「華やかな香りじゃの。……ん?」
マリアベルは結った髪に触れながら、振り向いた。
「なんだよ」
「ジャック、あれを見るがいい」
空を仰いだ俺の目に、
昨日までは確かに存在していなかった光り輝く星が映る。
「…新しい星が、生まれたのか?」

「いや。あれは、星が死にゆく姿じゃ…」
「死に際が一番キレイなんて、哀しいな」
「でも、その中から新しい星も生まれるのじゃぞ」
「ふうん…ロマンチックだね」
むせ返るような花の匂いに包まれて、
俺たちはただ青白い月を見上げていた。
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 ▼ 第10章 『 空が墜ちる日 』
「それにしてもあの新しい星、綺麗だよね。
 マリアベルが望遠鏡で見せてくれるの、楽しみだな」
獲物の入ったバケツを持ち、
白い夏服に身を包んだリーズは腕を上げた。

「ああ。マリアベルの着ぐるみも、もう乾いたかな」
彼女が見事に流れに落ちた姿を思い出し、
俺は含み笑いをする。
「それはわかんないけどさ、ビオレッタとマリアベル、
 じりじりしてそうだ、早く行こう」

だんだんとオレンジ色に染まる空をバックに、
ププカの屋敷が黒く大きく浮かび上がる。
ビオレッタの部屋のバルコニーに、
川に落ちたマリアベルの着ぐるみが乾かしてあった。
勝手口でメイドさんに、ふたりを呼んでくれるように頼む。

レンガの壁にもたれてしばらく待つと、
白いレースのサマードレスのビオレッタと、
細かい刺繍の施された赤いワンピースを着た、
マリアベルがあらわれた。

「なかなか着ぐるみは乾かぬものじゃのう。
 あれは、我ながらうかつじゃったわ」
釣りは楽しかったのに…とマリアベルは、
裾をつまんでうつむく。

「…まあ、夏はこれからだし、
 着ぐるみ乾いたらまた行こうぜ」
「そうだよ。ところで、そのドレス似合ってるね、マリアベル。
 ビオレッタが見立てたの?」
「ええ。姉さんのドレスなんだけど、
 色白いのが映えるわよね」

「当然じゃ、わらわは美貌の一族なのじゃからなッ」
機嫌が直ったのはいいけど、
まったくいばりんぼなヤツだぜー。
「じゃあレディ、日も落ちたことだし、
 新星観測会に出発進行としゃれこみますか」
肩をすくめて言うと、
マリアベルはフッフン、と鼻を鳴らした。
「よし。皆、用意はいいな?」

アカとアオを手伝い、
俺たちは中庭に望遠鏡を持ち込んだ。
「では、貸すがよい」
マリアベルは接眼レンズをのぞきこみながら、
カチャカチャ微調整ダイヤルをいじる。
と、マリアベルは一つ大きな息を飲んだ。

「どうしたんだ?」
らしくない、深刻な顔だ。
「いや、なんでもない…
 ああ、望遠鏡は新星にセットしてあるから、
 好きに見るがいい」
そういうと、マリアベルは噴水の縁に腰掛けた。

「あ、ああ…」
戸惑いながら俺たちは肯き、交互にレンズを覗く。
「すごい光ね…」
「うん…」
リーズとビオレッタは微笑み合う。
俺はふたりの雰囲気を壊さないようにそっと場を離れ、
マリアベルの隣に腰かけた。

ワンピースの刺繍部分を、
指先でなぞっていたマリアベルが、目を上げる。
「ジャック、エアクラフトの方がどうじゃ?」
「え? ああ、モーター動力、やっぱすごいよ」
いきなりの質問に、俺は戸惑いつつも答えた。

「そうか…
 おぬし、わらわとの約束、覚えとるじゃろうな?」
「当たり前だろ。
 それって俺の、動機の一つなんだぜ」
「ならばよいのじゃが…」
「どうしたんだ? なんか今日のアンタ、変だぜ」

「…なんでもない」
マリアベルは長い金色の髪を梳きながら言った。
「わらわの…気のせいじゃ、きっと」
「何か心配事でもあるのか?
 俺にできることなら何でもするけど」
「そう言ってくれると、ありがたいがの」
彼女は埃を払い、立ち上がった。

「もう遅い。皆、今日はもう帰れ」
陰のある表情に引っかかりを感じたが、
マリアベルをわずらわせるのも申し訳ない気がして、
俺たちはノーブルレッド城を後にした。

音楽室の庇に巣をかけているツバメが、窓を掠めた。
月見草が黄金色に揺れてるのを見ながら、
俺はあくびをかみ殺す。
…ああ、いい天気だ。
まだ眠い目を擦りながら、
俺はぼんやりとマリアベルの城がある方角を見ていた。

…あれ?
季節外れの砂煙が、村の外れに見えた。
それは小さな影と共に、
だんだんと村に向かって近づいてくる。
あんな乗り物を、俺は一つしか知らない。

(…マリアベルの反重力バイク?)
まさか、なあ。だって今、日中だぜ!
でも着ぐるみは、
今ビオレッタのうちにあるんだったよな…
額の汗をぬぐい、目をすがめてソレを凝視する。

「……ッ !!」
小さな球体が二つ、彼女の後ろを追ってきている。
金色の長い髪が、日光を反射してきらめいた。

静かな教室に、鉛筆が転がる音が響いた。
「やっぱり…マリアベル!」
「ジャック、何事ですか !!」
先生のとんがり声に構わず、
俺は扉を開いて校庭へと駆け出した!

「マリアベル!」
真っ赤な火傷になっている肌に、言葉を失う。
彼女に肩を貸して木陰へと導くと、
アカとアオが心配そうに、
横になったマリアベルの上でくるくる周った。
「イタタ…」
マリアベルは顔を顰めた。
ワンピースの生地が、炎症を起こした肌を擦ったようだ。

「あっ、ご、ごめん…!」
「気にするでない…」
大粒の汗を浮かべた彼女は、それでも気丈に言う。
言葉をかけながら木陰に彼女を寝かせていると、
ようやくリーズとビオレッタが校庭に出てきた。
口々に体を気遣う言葉を発する俺たちを、
マリアベルは奇妙に優しい瞳で見回した。
それはなぜか、俺の心臓を冷たくする。

彼女は割れた唇を湿すと、俺を見据えて口を開いた。
「よく聞け…あの新星は、大きな隕石じゃ…
 わらわが計測した結果によると……
 今夜12時ごろに、村を直撃する……」
「な…なんだって !?」

遠くでヒバリが飛び立ち、高くさえずった。
太陽は白く目を刺し、
いつもと同じうららかな日差しを投げかけていた。

放送室に陣取った俺たちは、茜色に染まる校庭に集まった、
村のみんなを見下ろしてため息を吐いた。
「やっぱり、全然信用してくれないな…」
「ダリアさんや、叔父さんが煽ってるのに…」
「あーもう、どうすりゃいいんだ !!」
頭を抱える俺の横で、リーズはひゅっと喉を鳴らした。

「ジャック !! ププカがッ !!」
あわてて窓ガラスに鼻先をつける俺たちの目の前で、
ププカは村人たちと向かい合う。
顔色を変えたビオレッタがププカに駆け寄るが…
間に合わないッ!

俺たちが息を詰めて見守る中、ププカは朝礼台に上る。
そして彼は、だみ声で話しはじめた。
「娘の言うことを、わしは信じる。だから…」
彼はそこで言葉を切り、みんなの顔を見渡した。
「みんな、わしの財産を、山に運んでくれんか。
 もし城あとに怪物がいたら、
 運んでくれた分の財産をアンタらに譲ろう」

ププカが言い終わると同時に、動揺が走った。
村の人たちが、ウンカみたいにププカを取り巻く。
「ププカ、約束は本当だな?」
「ああ。これだけの人数を前に誓ったのだ。
 男ププカ、契約は破らん」

深くうなずくププカを目にし、
村人は一人、また一人とププカの家に消えていった。
みんなが欲深く、
抱えられるだけの財産を持って出てくるのを見て、
ビオレッタは一つ息をついた。

「…ありがとう、パパ」
「フン。わしは、自分の財産を守りたいだけじゃ」
「でも…見直しちゃった、ステキだったわ」
見上げるビオレッタを、
グラサン越しに一瞥した彼は、葉巻の灰を落とし、
「…今はそんなことをいっとる場合じゃない。
 わしらも早く、遺跡に行くぞ!」
照れくさそうに言った。

ただの遺跡と思っていたところに、
立派な城があるのを見て驚く皆を、大広間に集める。
「…ホントに隕石が、来るんだろうな?」
豪華な調度に、
落ちつかなげに歩き回っていた一人が指を突きつける。
「ああ、来るよ」
俺は腕を組んで、彼を見返した。
「でも…さっきからダリアのラジオを聞いてるけど、
 そんなニュースは毛ほどもねえぜ?」

確かに「何かの情報があるかもしれない」と、
スイッチを入れたままにしておいたラジオは、
普段通りの番組を流している。
「お前さん、この城に住むって言われてる、
 血吸いの魔物にたぶらかされたんじゃねえだろうな?」

彼がそう言った瞬間、
村人たちの間に見えないさざ波が走った。
「そうだ。
 ただの遺跡が、豪勢なお城に変わるわけがねえ。
 何か邪悪な仕掛けがあるんじゃ」
「うむ…帰った方が賢いのではないだろうか」
一気に場がざわめきだした。

「ど、どうしよう? ジャック」
「俺個人としては、帰りたい奴は勝手にしてくれ、
 って感じなんだけどな…」
でもそんなこと許したら、きっと俺は後悔する。
「くそっ…なあリーズ、マリアベルにさ、
 強制的に城門を封鎖してもらうってのはどうだろう?」
「そんなことしたら、パニックが起こっちゃうよ」
「そうだよな…くっそ……」
俺らがそうしてる間にも、混乱は広がるばかりだ。

その時ラジオから、美しいピアノの音色が響いた。
リーズがはじかれたように顔を上げる。
「母さん…」
流れるような旋律に、DJのアルトが乗る。
「今日のレディオ・ガガのゲストは、
 カリナ・ファーリンさんです。
 曲目は、初夏の夜のためのソナタ」

リーズは一つうなずき、バイオリンと弓を取り出した。
ピアノとバイオリンの華やかな音色が、
大広間を覆っていく。
朝の光と共に消えていく影の様に、村の皆は話を止め、
ふたりの紡ぐ旋律に聞き入っていった。

胸をなで下ろす俺の袖を、誰かが引っ張る。
振り返るとそこには、
マリアベルを寝室に連れていってたビオレッタがいた。
「ジャック…マリアベルが、話したいことあるって」
「そっか、ありがと」
俺は足音を殺して大広間を出た。

ピロードの張られた棺桶に横たわるマリアベルは、
今まで見たこともないほど小さく見えた。
「マリアベル……」
遠慮がちに呼びかけると、彼女はふっと笑った。
「おぬしに二つ、頼みがある…」
聞いてくれるか?という言葉に、
手をぎゅっと握って返事をする。

「一つは隣街の、別荘にいるアナスタシアに…、
 ここの状態を知らせ、救援を頼むことじゃ。
 あやつは下級ながらも貴族の娘。
 きっとおぬしらの力になってくれる」
「わかった、無線だな」
「そうじゃ、アカとアオが操作を教えるからな」

マリアベルは胸を大きく波打たせ、咳き込んだ。
「マリアベルッ!」
「何、わらわは死にはせん。
 ちょっとお肌を焼きすぎてしまっただけじゃからな」
「本当に、ホントだな !?」
「ああ。じゃが、暫くの間、
 ふかーい眠りにつくことになるじゃろう……」

「そんな顔をするな、ジャック。
 わらわのもう一つの頼み事も、聞いてくれるんじゃろ?」
コクコクとうなずく俺を、彼女は満足そうに見る。
「もう一つの頼み事とは…約束を違えない、ことじゃ。
 わらわのエマ・モーターの研究成果も、
 使ってくれて構わんからの」

「エマ・モーター?」
「うむ…ロストテクノロジーの一つじゃ。
 入力したエネルギーよりも、
 出力するエネルギーの方が大きい、
 というカラクリじゃから、きっと役に立つじゃろう…」

「ありがとう。使わせてもらうよ」
「…本当は、
 おぬしと一緒に謎を解いていきたかったんじゃがな」
マリアベルは力なくふっと笑ったが、
すぐに真剣な表情に戻った。

「初めて、相手を置いていく側になったわ…
 のうジャック、わらわはおぬしの哀しみが分かる」
マリアベルは俺の手を握り、囁いた。
「不思議なものじゃ…落ちていく暗黒は怖くないのに、
 おぬしの痛みがわらわを切なくさせる」

「縁起でもないこと、止めてくれよ !!
 アンタの方が、初飛行一緒って約束、破る気かよッ !!」
怖くて切なくて、彼女の手を握り、俺は叫ぶ。

「…ジャック、わらわは……」
マリアベルは震える指で、俺の手を引き寄せた。
涙に霞む視界の中、天が落ちてくる轟音が響く。
そして彼女は、
「……」
小さく口を動かす。
よく聞こえなくて耳を近づけたそのとき、

……世界は真っ白な光に染まった。
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 ▼ 終章 『 7years after 』
腰を下ろした噴水は、
あの日と同じ透明な水をたたえていた。
傾きかけた日差しの中、
俺はひじをついて、空を見上げた。
「我ながら偉いナァ」
7年間の出来事を思い出し、一人ごちる。

「ジャックさん、最終チェックOKです…って、
 まだこんなとこで、油売ってんですかッ !!」
「おっと、ゴメンよ。
 じゃ、そろそろ行きますわ」
助手に手を振ってみせて、
俺はふらふらと立ち上がった。

城の中に、足を踏み入れる。
冷たく乾いた空気が、身体を包む。
「…かわんないな」
中庭の喧燥がウソみたいだ。
俺はひとりごち、マリアベルの部屋を目指し、
螺旋階段を降りはじめた。

昔と同じに、彼女の寝室を守っているアカとアオが、
俺の足音に目を開く。
「お久しぶり」
声をかけるとふたり(?)は相談し合うように目配せし、
ドアから離れる。
深呼吸して、髪を直した。
そして、ドアを開ける。

(もし、彼女がいなかったらどうしよう…)
もない想像を振り払い、俺は棺桶の蓋を取る。
…彼女は、そこにいた。
あの日と変わらぬ様子で瞳を閉じて横たわっていた。

「マリアベル…」
自分でも滑稽になるくらい、
臆病な声で彼女の名前を呼ぶ。
「うーん…」
目蓋がふるえ、なつかしい、赤い瞳があらわれる。
まだ少し、焦点の合わない目を覗き込んだ。
「おはよう」
彼女の瞳が、ゆっくりと柔らかい光を帯びていく。

「フフ…意外と早かったな」
マリアベルは身を起こし、
じいさんになってるかと思ったぞ、なんて言いながら、
俺に向かって微笑んだ。

「エマ・モーターのおかげでね」
ウィンクしてみせた俺に、
マリアベルはちょっと不機嫌そうに唇を曲げた。
「おぬし、ウスラでかくなったのう…
 首が疲れる、頼むからそこに座ってくれぬか」
「あ、うん」
言われるまま座ると、彼女は立ち上がった。

鏡の前で髪を梳かすマリアベルに、
俺は今まであったことを話す。
カナブンとばあちゃんが結婚(ばあちゃんは再婚)して、
でももうふたりはいなくなっちゃったこととか、
リーズとお母さんが出したレコードが、
売れに売れて大変だったこととか、
村長になったププカが、
見事にクアトリーを復興させたこととか。

「で、リーズとビオレッタはどうなったのかの」
「あのふたりは…相変わらずだよ。
 今、中庭に来てるから、
 自分の目で確かめた方がいいと思うぜ」
「それは楽しみじゃな」
リボンを結んだマリアベルが、鏡の中で微笑んだ。

「寒くないか?」
螺旋階段を上がる細い肩が震えている。
「うーむ、そうじゃな。
 眠りはじめた時と、少し季節がズレているからの」
「じゃ、このジャケットでも羽織ってくれよ」
ジャケットを取り、彼女に渡す。

「…ヤニくさい。おまけにぶかぶかじゃ」
マリアベルは鼻に小じわを寄せた。
「昔は女装もできたくらい小さかったのにのう」
「それは、言わないでくれよ…」

中庭に上がると、リーズとビオレッタが駆けてきた。
「久しぶり、マリアベル !!」
「おうおう。おぬしら、元気そうじゃな?」
「マリアベルも。相変わらず美貌の一族よね」
ビオレッタは赤い口紅で、フフッと笑った。
「ビオレッタは美人になったのう〜」
「ありがと、マリアベル。
 自分でも、けっこうイイ女になったかなって思うのよ」
「リーズは、あまり変わってないような気がするが」

…確かにカメオみたいに整った顔立ちはそのままだし、
はビオレッタより細そうだ。
「お得な体質なのね、リーズってば。
 あたしがいくら食べさせても、全然太んないの」
その分あたしが太ってるような気がすると、
ビオレッタは眉を寄せた。
「そりゃあ、あれだけ食べれば太るよ」
のんびりした口調で返し、リーズは笑った。

「おぬしら、変わらんの。一緒に暮らしとるのか?」
「うん。お互いボランティア精神で、ね」
赤くなったビオレッタに代わって、リーズは答えた。

「ところで、ジャック。
 そろそろ乗った方がいいんじゃないの?
 助手さんさっきから、時計見てるよ」
天然ぎみのリーズに言われちゃおしまいだ。
「あ、ああ。そうするか」
パイロット側のドアから滑り込み、
反対側のドアを開くマリアベルに手を貸す。

「そうそう、忘れるところだった。
 アップルパイを焼いてきたんだ。
 もし、余裕があれば、上空で食べてね」
計器を確認していると、窓から顔を覗かせたリーズが、
いい匂いのする箱を差し入れてくれた。
「ありがと。このパイ食うのも久しぶりだぜ」
「すてきな機内食じゃな、感謝するぞ」
「どういたしまして」
マリアベルと手を握り、ふたりは機体から離れた。

「じゃ、気をつけてね」
「無事な生還を祈ってるよ」
手を振るふたりに軍式の敬礼を返し、
俺たちは風防を閉める。

最終チェックに入りながら、俺は口を開いた。
「ところで、マリアベル。
 ずっと聞きたかったんだけど…
 あの隕石が落ちた時、俺になんて言ったんだ?」
「…覚えておったのか」
もちろん、と返すと、マリアベルは窓の外を向いた。
赤くなった頬が、ガラスに映りこんでいる。

「もう、ええじゃろそんなことは」
「よくないって。俺、この7年間ずうっと気になってたんだ。
 お願いだから教えてくれよ」
「おぬしはタチが、悪くなったの…」

「そうかな?」
機械の状態がオールグリーンなのを確かめ、
心地いい音と共に、俺はスイッチを入れていく。
さっき渡したゴーグルをはめながら、
マリアベルは唇をとがらせ、自覚がないのか、と呟いた。
「…おぬし、本当に聞きたいのか?」
ゴーグル越しに尋ねる瞳に肯く。

「……おぬしと友達でよかった、と言ったんじゃ」
「ええっ?」
目をぱちくりさせると、彼女の強い視線とぶつかる。
「おぬしと友達でよかった、それを誇りに思ってる、
 と言ったんじゃ」
らしくない話をさせるでない、
とぷりぷりしているマリアベルに、
俺は頬のゆるみを止められない。

「なあ友よ。これ、一緒に引いてくれないか」
操縦幹に手をかけ、マリアベルを促す。
一瞬まるくなった目が、優しい光を灯した。
「うむ。共に引こう」
マリアベルの冷たい手が、俺の掌に重ねられる。
俺たちは息を合わせ、カウントをはじめる。
「…3、2、1」

「行くぜッ !!!」
俺たちの飛空機械は爆音と共に、
宵の明星の輝く空へと飛び出した!
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 ▼ 番外編 『 ケイトリン台詞集 - 空色の冒険 Ver. 』
>> 「空色の冒険01」 入手時

「あのね、お父さん。
 ケイトリン、お願いがあるの。

「このご本、
 お母さんに買ってもらったんだけど、
 次のお話が、売り切れなんだって。

「だけどケイトリン、
 すごく続きが気になるの…
 どこかで続きを見つけてきてほしいな…

>> アイテムで 「空色の冒険」 を使用

「あっ、ご本だ !!
 わたしに読んで、きかせてくれるの?

1. このお話を読んであげる。
2. このお話の先も、続けて読んであげる。

「うれしいな!
 疲れたら START を押して、教えてね。

3. ちょっと用事を思い出した。

「そうなんだ…
 残念だけど、お仕事だもんね。
 がんばってきてね。

>> ご本読み終了後

「ありがとう、
 すっごくおもしろかった !!

>> 全巻読破 & EXファイルキー入手 ( クライヴ Ver. )

「ご本、集めてくれてありがとう。
 ケイトリンね、とってもうれしかった。
 お父さんの声も、いっぱい聞けたし…

「だから、これをプレゼントするね。
 きれいでしょ?
 ケイトリンの、うれしい気持ちだよ。

―Exファイルキーを手に入れたッ!―

>> 全巻読破 & EXファイルキー入手 ( 他キャラ Ver. )

「ケイトリンのわがまま、
 聞いてくれてありがとう。
 お礼にこの、かぎをあげるね。

「ケイトリンのお気に入りなの。
 きらきらしてて、きれいでしょ?

―Exファイルキーを手に入れたッ!―
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