紀州路を駆けた機関車 DE10
2002.9.30
きのくにシーサイド専用機DE101151
きのくにシーサイド専用機DE101152 田井ノ瀬−布施屋 2000.11.26

DE10は1966(昭和41)年に登場した5軸のディーゼル機関車で初期形を除き1350PSの機関を1台搭載、低速・高速切り換え可能な液体変速機を搭載しているため、本線用のDD51に対して支線区の小運転と入換用を兼ね備えた汎用機関車として利用され、1977年までの間に708両が製造されました。

和歌山地区では主に竜華機関区の所属車両が働いていましたが、1984(昭和59)年10月の和歌山線の電化や1986(昭和61)年11月末の和歌山繰駅廃止、和歌山地区からの貨物列車の撤退等で数が減少してしまいました。

1985(昭和60)年3月に竜華機関区のDLはすべて、同じ天王寺鉄道管理局の亀山機関区を始め吹田、姫路などに転出し、1987(昭和62)年4月のJR発足時には亀山機関区からJR四国に所属変更となった車両もありました。

JRになってからは所属が宮原客車区や宮原運転所、宮原総合車両所と名称変更されました。



DE101163
DE101163
和歌山市駅から12系客車を牽引 和歌山線との合流部 和歌山−紀和間 1984.9.14
DE101163は1972(昭和47)2月汽車製造で造られ竜華機関区に新製配置、亀山、竜華と転属し、撮影時は竜華機関区所属でした。

1985(昭和60)年3月に亀山機関区に転属しJR発足前の1986(昭和61)年11月には姫路機関区に移動、JR発足後は一時梅小路運転区にいたが、その後下関運転所配置され現在も下関地域鉄道部下関車両管理室で現役で働いているようです。

DE101163
単行で和歌山機関区から和歌山駅に向かうDE101163 田井ノ瀬−和歌山間 1984年9月14日


DE101192 DE101192
DE101192は1973(昭和48)年1月川崎重工で製造され熊本機関区に新製配置され、宮崎、鹿児島機関区を経て1984(昭和59)年5月に竜華機関区にやって来ました。

1985(昭和60)年3月には姫路機関区に転属し、JR発足前の1986(昭和61)年11月には吹田機関区に移り、JR発足時はJR貨物吹田機関区に所属、現在も引き続き稼働しているようです。

この車両は九州からの転属なのでナンバープレート付近の塗り分けが違っています。

和歌山市駅から12系客車を牽引 和歌山線と合流する前の大カーブ 和歌山−紀和間 1984.9.20


DE101089 DE101089
DE101089は汽車製造で造られ1971(昭和46)年5月竜華機関区に新製配置されました

亀山機関区に転属後再び竜華機関区に戻り1985(昭和60)年3月再度亀山機関区に転属しました。

JR発足時はJR四国高松運転所に配属され1989(平成元)年2月に除籍されました。

サロンカーなにわを牽引中のDE101089田井ノ瀬−和歌山間 1985.6.7
DE101089
南海9000系を甲種回送中のDE101089  和歌山市−紀和間 1985.4.2


DE101188
DE101188は日本車輌で製造され1973(昭和48)年3月に熊本機関区に新製配置され宮崎、鹿児島機関区を経て1984(昭和59)年5月に竜華機関区に転属してきました。

竜華での在籍は短く10ヶ月程で1985(昭和60)年3月吹田機関区に転属して行きました。

JR発足時から現在までJR貨物吹田機関区に所属しています、この車両も九州配属だったため正面ナンバープレート付近の塗装に特徴が見られます。

DE101188
あと2日となった和歌山線で朝晩1往復あった50系客車を牽引するDE101188 田井ノ瀬付近 1984.9.28


DE101170
DE101170
和歌山駅で待機中 後ろには12系客車が見える 和歌山駅にて 1985.3.124
DE101170は1972(昭和47)3月汽車製造で造られ竜華機関区に新製配置、亀山、竜華と転属し、1985(昭和60)年3月13日に亀山機関区に転属しました、撮影時は移動前日のためまだ竜華機関区所属でした。

JR発足時はJR四国高松運転所配置に所属、一時高知気動車区、高知運転所配置の時期もあったが、1990(平成2)年末に高松運転所で廃車となっています。


DE101190
DE101190
12系客車を牽引中 和歌山駅にて 1985.8.54
DE101090は1971(昭和46)5月汽車製造で造られ竜華機関区に新製配置、亀山、竜華と転属し、1985(昭和60)年3月13日に亀山機関区に転属しました。

1987(昭和62)4月JR発足時はJR四国高松運転所配置に所属し2001(平成13)年3月末に廃車になるまでの14年間ずっと高松運転所配置となっておりました。

1986(昭和61)年11月30日の和歌山繰駅廃止の直前までキハ30系、58系、車掌車等の整理のため黙々と働いていた姿が思い出されます。



DE101558
DE101558
竜華区12系お座敷列車を牽引中 岩出−船戸間 1985.8.54
DE101558は1972(昭和47)3月日本車輌で製造され米子機関区に新製配置されたSG(暖房用蒸気発生器)なしの車両で、半年後の9月には亀山機関区に移動してきました。

1986(昭和61)年11月には吹田機関区に転属、JR貨物吹田機関区から1997(平成9)年3月に門司機関区に転属し現在に至っています。

写真は竜華客車区の12系お座敷列車を牽引し和歌山線を下ってきた時を撮影しました、余談になりますが現在の「いきいきサロンきのくに」はこの12系お座敷列車を改造した物で、当初は和歌山電車区新在家派出所(元・和歌山機関区)の配属でしたが「きのくにシーサイド」と交代で宮原総合車両センターに転属して行きました。



DE101157
DE101157
南海電鉄サザンを甲種回送するため和歌山繰駅から本線に転線中 和歌山繰駅 1985.10.1
DE101157は1972(昭和47)2月日本車輌で製造され竜華機関区に新製配置され亀山、竜華と転属し、1985(昭和60)年に再び亀山機関区に転属しました。

1987(昭和62)年のJR発足時もそのままJR西日本亀山運転所に残り、その後宮原客車区に転属1992(平成4)年12月に廃車となりました。

この車両は長い間DE101158と共に和歌山電車区新在家派出所に常駐しており和歌山ではよく見かけた車両でした。



DE10101
DE10101
みやびを牽引後入れ換え中のDE10101 和歌山駅 1986.4.6
DE10101は1969(昭和44)5月汽車製造で造られ佐倉機関区に新製配置された初期形の車両で、水戸機関区を経て1982(昭和57)年に竜華機関区に転属してきました。

1984(昭和59)年3月に亀山機関区に転属し1987(昭和62)年2月に廃車となりました。

和歌山で初期形のDE10(1〜158SG付き・501〜574SGなし)を見る機会はあまり有りませんでした、和歌山線を下ってくる列車には普段あまり見かけない珍客釜が多かったと思います、この101も餘部事故で廃車となった「みやび」を和歌山線経由で牽引してきた時の物でした。



DE101158
DE101158
和歌山電車区新在家派出所で同所配属の12系客車を入れ換え中和歌山電車区新在家派出所 1988.8.29
DE101158は1972(昭和47)2月日本車輌で製造され竜華機関区に新製配置され亀山、竜華と転属し、1985(昭和60)年3月に再び亀山機関区に転属しました。

1987(昭和62)年のJR発足時もそのままJR西日本亀山運転所に残り、DE101157とともに和歌山電車区新在家派出所に常駐しましたが1989(平成元)年3月末に廃車となりました。


DE101152
DE101152
和歌山市駅から南海1521系を弘南鉄道に譲渡するため和歌山駅まで甲種回送中 和歌山市駅構内 1995年7月5日
DE101152は1972(昭和47)1月川崎重工で製造され姫路第1機関区に新製配置され、1987(昭和62)年のJR発足時もそのままJR西日本姫路運転所に配置されました。

その後梅小路運転区、宮原客車区、宮原運転所に配置され和歌山地区に常駐しており「いきいきサロンきのくに」の回送や南海貴志川線1201形の廃車回送、2271系の搬入、1521系の弘南鉄道への甲種回送等で和歌山−和歌山市駅間を担当したりして和歌山でよく見かけてなじみ深い釜となっていました。

そして1999(平成11)年3月にはきのくにシーサイド専用機として改造され、下関や鳥取地区にきのくにシーサイドと共に出張しもじどおり和歌山支社のシンボルとして現在に至っています。

DE101152きのくにシーサイド専用機
新宮行「きのくにシーサイド」として白浜駅で出発を待つ白浜駅にて2000.4.9


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