あいつの話は、学園にいるだけで嫌というほど耳に入る。
恋人は年上だ、いや年下だ。一緒に暮らしてるのは実は…だとか、何人もの恋人がいるだとか。イメージだけが先行した誇大妄想が日々、生まれては通り過ぎ、浮かんでは消えていく。
「で、結局はどうなんやっちゅう話…」
俺は1人、教室から見える空を見上げて呟いた。その中の何割が信憑性を持っているのか、そんなこと俺にはとうてい分からない。
目の前には薄い水色でべったりと塗っただけのような空が広がっている。
「鳥でも飛んどりゃあ、もうちょっとはマシやのにな。」
ほんの気休め程度の休み時間、回りに誰も居ないのをいいことに、ただ1人目に入ったものと思い浮かんだことを呟いてみる。吐き出さなければいられないような、そんな気になっていた。
何かが俺の中にたまっていくような気がして、声に出ているかどうかも分からないような単語を紡いだ。
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『お疲れ様でしたー!!!!!!』
今日もいつもと変わらないメニューを終え、部の連中がぞろぞろと帰っていく。
後輩達はまだ慣れない手つきながらも、覚え始めた片付けを分担作業で済まし、引き上げて行った。終わったばかりの部室へ帰ったら、それなりの広さの部室であっても、疲労感が増すだけだ。きっと今頃は雑談と笑い声が溢れているだろうそうと思って俺は暫くコート脇のベンチで夕暮れて行く空を見ていた。
「あれ?忍足?まだこんなとこにいたのかよ!?」
練習が終わって、一番に帰ったのだろう岳人が部室から出てきて声を掛ける。
「おぉ、相変わらず早い身支度やな。中はどうせ、まだすし詰め状態やろ。そんなとこに入って行きたないからな。」
「ま、確かにな。俺だってあんな中一刻も早く脱出!って感じだし。今は戦場だぜ。」
「やろうな。」
岳人が今さっきみてきたばかりの「戦場」を思い浮かべ苦笑した。
「じゃな、お疲れ!」
出てきたばかりの部屋を睨んでから、話す時間も勿体無いと言わんばかりに背を向けて、片手を上げて挨拶をしながら歩き出した岳人の背中に「お疲れさん。」と声をかけて見送る。
「お〜」
振り返ることもせず、肩口まで上げた手をヒラヒラさせながら岳人の影はコートフェンスの向こうに消えていった。
その後に我も我もと競るように部屋から出てくる部員たちに挨拶をして、人の波が途切れた頃にはもう黄昏も消えかけていた。
部屋に残っていたのは、談笑している数人だけ。
「あれ?忍足。今来たのかよ?」
何やらがさごそと鞄をひっくり返していた慈郎がキョトンとした顔で見上げる。室内中央に置かれたベンチに座った鳳と宍戸は、後は帰るだけだという風に各々、帰路の常用品を用意しながらくつろいでいた。そんな3人に歓迎され、自分のロッカーを開ける。
「先輩、遅かったんですね。」
「さっきまで満員やったやろ。そんな中ではゆっくり帰り支度も出来へんからな。…夕日も、綺麗やったし。」
最後の言葉が意外だったのか、鳳の目が少し驚いたように大きくなった。「らしくない」とでも言うかと思ったが、しかし、何を言うでもなく、その色は少しの微笑みに変わって返されただけだった。
鳳は何に関しても「飲み込みが早い」というタイプだ。それが目に見えるものでも、見えないものでも。言葉にしなくても雰囲気を汲み取ることが出来るだろうこいつを、俺はなかなかに居心地の良い存在だと思っている。今日の俺はただ、何か落ち着かない気持ちを少し持て余していただけだった。そんな「気分」だった。理由なんかはただそれだけ。「珍しいですね」---もしも鳳がかけるなら、こんな言葉だったろう。そう、そんな珍しい気分になっていただけ。
「……あ、あった!」
あれぇあれぇ?と言いながらごそごそやっていた慈郎が探し物を見つけたらしい。
「見つかったんですか?よかったっすね。」
「また行方不明にすんじゃねーぞ。じゃ、帰るか。」
2人の言葉にえへへという笑顔で答え、バックパックを背負う。今度は宍戸の言葉に目を開いた鳳だったが、すぐにニコリと笑って立ち上がった。
「お疲れさん、気をつけて帰れよ」
部屋を出て行く3人にそう声をかけてはたと気がついた。
「っとぉ、で、鍵は誰が持っとんねん。」
最後に出ようとしていた宍戸が戸口で足を止めて振り返る。微妙に口元が笑っているのが気になるが…。
「跡部が持ってるらしい。遅くなるから今日は俺が鍵をして帰るって言ってたらしいぜ。そろそろ来るんじゃねぇか?」
そういうことか。
「それまで俺に待っとれってことなんやな…」
「ま、そういうことだ。今までゆっくりしてたんだろ、どうせだからもう暫くゆっくりしていけよ。じゃあな。」
宍戸越しに見えた鳳はやはり含んだような笑いをこちらに向け、軽く会釈をしていった。 |