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2010年12月19日
ちょっとした不快感
お役所が「どこまで個人に介入するのが妥当か」という線引きは難しい。 子供の虐待については、「かなりの踏み込みが必要」というのも時代の流れである。 しかし、個人にはプライバシーとして確保したい部分は当然存在する。 いろいろな問題についての「線引き」の議論は、ちゃんとなされていない。
日本は「危険予防のための柵」の多い国である。 「落ちた人がいる」と「柵をつくっていないから悪い」と云う論法になり、管理者を責める。 だから、管理する側は必要以上に柵をつくる。 もちろん、小中校のようなレベルでは仕方がない。 しかし、大人の利用する施設でも「子供並みの扱い」を要求しがちである。
ヨーロッパには危険な観光施設は沢山ある。 ニームの闘牛場の観覧席の最上階は、ビルの屋上なみだけど、手すりなんてない。 「落ちるほうがアホ」というコンセンサスであろう。 日本の観光地ではこうはいかない。 まず、人が多すぎて、落ちるつもりはなくても「人に押されて落ちる」というケースもある。 だから、すぐ「柵をつくる」という面のあるのは否めないが、個人の問題では少し違った観点から考えるべきである。
公共施設やホテルなどに火災報知機を義務づけるのは当然としても、個人の住宅には推称ぐらいですませる話ではないかと思う。 うちの場合、ちょっとした異変にでも反応して、真夜中でもハリー君は吠えてくれる。 「電池切れの心配のない」火災報知機なのである。
投稿者 tadashi : 2010年12月19日 06:06