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                           発責 大館市東台6-5-83 鷲谷豊   

  北羽歴史研究会 会報  NO.195  2007(H19)年12月1日

 ■  12月・史話懇談会を開催します

・日時 12月15日(土)、午後1時10分から15時30分まで

  ・場所  大館市中央公民館、第4研修室(2F和室)

         記

   各人の話題提供、その他の懇談、こぞってのご披露を期待します。

     参考資料コピーは20部ほど用意くだされば幸甚。

 なお、先10月の東京千住フエステイバルでの「大館の安藤昌益」資料の一部披露説明と

同10月の古文書学習会での羽生氏関係の余談資料を配布いたします。(鷲谷) 

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■  11月18日(日)・研究発表会と20周年プレ公開講演を終える

午前研究発表1、中世の城館について、武田政二郎氏。第一部米代川流域大舘市周辺とのテーマ

で、城館設置の地理的支配的立地について、城館一覧などを説明。今後主要城館について第二部

発表されるとしております。 午前研究発表2、南比内の新田開発について、千葉克一氏。副題

は、久保田町人川村庄右衛門の注進開き。川村人物、開発者の変化、寺崎村利害での陳情書。

十二所→扇田の開発堰、扇田→才川三浦堰について、古文書と絵図と年表で考察が興味深い。

午後 講演「秋田県の自由民権運動と人物」講師田口勝一郎氏。比内歴史愛好会他一般参加を得

ての開講でした。研究史にふれて、と副題。はじめに維新初期の政治体制から自由民権運動の始

りを、秋田の自由民権運動研究の出発と経過、秋田の民権運動の流れ、秋田立志会と秋田事件、

官の弾圧、北羽連合会と成田直衛畠山雄三の真契社、今後の研究課題として日景弁吉・横山勇喜・

狩野元吉などを民権家としてあげ、地元の調査研究を示唆された。地元の今後に期待したい。

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催事情報 

 青森県埋蔵文化財発掘調査報告会 於青森県総合社会教育センタ

  平成19年度の県内で発掘された遺跡の発表と展示 ・12月8日(土)13:00〜16:00

報告遺跡…青森市・中平遺跡、西目屋村・砂小瀬遺跡、三沢市・猫又遺跡、つがる市・牛潟遺跡

、蓬田村・山田遺跡、同・滝沢遺跡、弘前市・大森勝山遺跡。12月9日(日)9:20〜14:30 田舎

館村・前川遺跡、鶴田村・稲元遺跡、七戸町・矢倉館遺跡、青森市・新田1-2遺跡、・八戸市・

田向冷水遺跡、青森市・米山2遺跡、同・宮田館遺跡、五所川原市・福島城跡、弘前市・堀越城

跡。

 註・青森県津軽・糠部地方の先史古代の遺跡は、秋田北緯40度以北の特に米代川周辺遺跡と

大いに関連し、秋田県南の遺跡より以上に関連が深い。大いに注目、認識の必要ありです

出版情報 

 『秋田・反骨の肖像』工藤一紘著、イズミヤ出版。定価1,680円 

内容、小林多喜二・松田解子・鈴木清・中川利三郎・和田龍一・小林セキ・鳥潟ツヤ・

柏谷正子・中谷敏太郎・松田幸夫・吉田朗。秋田文学風土の点描、作品論・作家論。

筆者は現在、秋田歴研協事務局長を担当。

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■ 明治天皇の県境峠到着は、午前10時30分でした。

 の秋田の自由民権運動の田口勝一郎氏の講演で、県南の秋田事件が一部の騒動者以外に、立

志会会長柴田浅五郎始め大量逮捕があったことが述べられた。時に明治14年6月前後の事件で

ある。警察が密偵をいれ事前探索をするなど取締りや懲罰の厳しかった背景として、この年明治

14年は、明治天皇の秋田行幸が予定されており、危険人物一掃の治安取締り過剰策が推定される

であろう。 註:柴田浅五郎自由民権運動顕彰碑は、旧平鹿町吉田城跡の一角にある。(H16年5

月の北羽歴研実地研修会で探訪しましたが・・・記憶を新たにして頂ける方に期待。)

      14年9月11日青森県蔵舘(大鰐町、中世城館跡あり)を出発した明治天皇は、碇ケ関

休憩の後、秋田県境へと向う。折橋御野立所(国道7号に折橋番所跡あり)で景観を見る。ここ

からは天皇も乗馬で県境へとすすむ。明治新道秋田側の眺望所(御野立所)には午前10時30分

に到着した。(この御野立所は扇田富田九兵衛外有志による設置)。行程状況、以下のごとし。

「聖上には折橋と称する地の御野立所より、御料の白馬に召さる親王及び卿輔の人々亦皆御式の

馬上列にて供奉し、石田英吉(秋田県知事)も騎馬にてその後に扈従せり。 恰も新秋にして我

が北地一年の好季節なり。矢立峠の輩道両側は、鬱乎たる老杉天を蔽ひ、是日殊更に欽々として

色を添ふ。県界の前後山水最も優美、道愈高くして谷愈深し、所謂四十八川潺々(センセン)として

脚下に流るるあり、此の別天地この仙郷の風致、都の人々の眼には珍しくこそ映したれ、特に

咏懐に富ませ給える 聖上の御感如何なりしぞ、推し奉るもいと畏こし」(『大館沿革史』865P)

      田県入りし明治天皇は、長走陣場台の御野立所に到る。(ここは二井田安達永蔵一関寅之

助の設置)「この地より以南は・・・龍車に御召換あらせられ、白沢なる御昼行在所・・・」(笹島久蔵

邸内)へ、さらに釈迦内御小休所(日景弁吉植物試験場)へ、そして大館行在所(長倉町横山勇

喜宅)へと到る。(行在所跡長倉町の東北電力前に明治天皇行幸記念標があります一見を!)

      月11日は大館泊まり、以下12日二ツ井、13日能代、14日一日市、15日土崎、

16〜17日秋田市、18日境、19日角間川、20日湯沢、21日下院内、翌日山形県へ。

金山新庄酒田鶴岡清川新庄楯岡天童山形高畠米沢と行幸。天童では戊辰戦時に仙台列藩により

切腹させられた天童藩家老吉田大八「絶命辞」を天覧された。秋田藩関係では戊辰戦没遺族へ

弔慰品の下賜もあった

      治天皇行幸は、M5.5/23-7/12近畿中国九州、M9.6/2-7/26東北(東半部)、M11.8/30-11/9

北陸道東海道、M13.6/16-7/26中央道、M14.7/30-10/11北海道東北、M18.7/26-8/12山陽道と

6回の実施である。夫々年次に特徴もある。その意図は?誰が?興味ある課題解明を期待!!

      矢立峠歴史の道--明治新道、イサベラバード紀行と明治天皇行幸の古事を

現地で確認の機会をどうぞ!!

 

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■ 藤盛紀明氏 11月21日大舘市秋北ホテルでの県北部テクノプラザセミナ-で講演。郷土貢献祝う。

■ 桜田隆範氏『切手と風景印でたどる百名山』出版。釈迦内出身所沢市住、昌益シンポで遇う。

      師走、平成19年も最後の月。考うる事多し成る事少なし。凡愚のつぶやき、身の程なんとやら。Wa

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