変態顕ちゃんに乾杯!


 異変の始まりは俗に世紀末と呼ばれる1999年、4月10日だった。芝居好きの友人に「札幌のスマップ」なる演劇ユニットの冒険公演なるものに連れていかれたのがそもそもの切っ掛けだった。芝居自体は好きだ。北原をサッカーに連れ出した友人もいるが、スポーツ観戦よりはずっと気が楽だった。つまりは付き合い以外の何物でもなかった。それは一緒に行った友人が一番わかっていたはずだった。前回行ったイナダ組はテンションが高すぎたが、大泉洋(おおいずみ よう)なる役者も悪くはなかったし、森崎博之ははっきり言って好みだった。だから、付き合いと言っても楽しみにしていたのも事実だった。
 そんな僕の前に彼が現れた。

――変態でもいい?――
ESCAPER−探し続けていた場所−


 前説をやっていた森崎の表情が変わり、舞台の幕が上がり5人の男が現れた。彼らは黒ずくめでサングラスをかけていた。問題の人物は4人目に台詞を口にした。そしてなかなかの美声だが危なっかしい台詞回しを僕に披露した。
 僕は思わずくすりと笑った。
 ……それがすべての始まりだった。
 確かに顔は僕みの美形。そして、声も好み。けれど、年上好きの北原にとって年齢がネックとなるはずだった。
 彼は冷徹な看守とまじめな?囚人とそして純朴な青年の役をこなした。
 そして北原にとって信じられないことをやってのけたのだった。

――僕と友達になりたい人、この指止まれ――
ESCAPER−探し続けていた場所−


 網タイツに蛇口つきのパンツ、裸の上半身に青いラメのジャケットで、奇声を発しながら奴は現れた。
 この男は一体なんだろう。疑問符が大きく僕は頭の上にのしかかった。
 目の前で変態ショウを繰り広げるこの男は一体何者なんだろう。
 わけのわからない存在に、人は魅かれるものらしい。
 それにしても、これは異変だった。僕は年下にましてや変態には嵌まったことはない。断言する。その証拠に、芝居に連れていった友人は、よもや僕が彼に嵌まるなんて思わなかった。
 しかし、僕はそれから五日後、会社が早く終わるのがわかったのを切っ掛けに、友人に電話を掛けていた。
「ESCAPER、今日、楽日だけど、行けないよね?」
 そうして北原の人生に変態・安田顕が登場したのであった。
 しかし、彼はただの変態ではなかった。


――ハンマーになりたいと思ったことはないか――
コンドルは飛んで行く

 地方限定アイドルである安田顕の情報は多すぎるほど多い。その上、露出度も高い。TVのレギュラー一本。準レギュラー1本。ナビゲーター一本。FMラジオ3本。その他助っ人。ラジオCM多数。所属劇団2本。うち一本は主催者サイドにいる。そして当然のように札幌在住。
 だから個人情報も多く入ってくる。
 安田 顕(やすだ けん)。本名同じ。通称<ヤスケン>。
 1973年、12月8日生まれ。室蘭市出身。身長173センチ、体重62キロ。血液型A型。納豆好き。色白のハンサムの癖にファンションセンスはない。北区在住。給料日にウニを半額で買うのが楽しみ。普段は無口で人見知り。でもタクシードライバーとは良く話す。免許はあるが車はなく、移動手段はチャリと地下鉄。脱ぐのが好き。爪を噛む癖がある。猫より犬が好き。意外と真面目で寂しがり屋……。
 その上、イベントが多い。
 僕はさそり座の本性を発揮して、思い込んだら命がけの、追っかけ活動を開始した。無論、同じさそり座の相棒も一緒に。(どうせ北原も人見知り)
 6月、夕張で安田見たさに半日雨に打たれて寝込んだ。7月、半日並んで、安田の主催するupspeakの旗揚げ公演のチケットをGETした。8月、安田と一緒に2キロの遠足をして日に焼けた。11月、カラオケイベントを見た2日後、車に轢かれ、そして12月、松葉杖をつき雪道をupspeakの芝居に日参する。
 この思い入れは、恋に等しい。
 けれど、安田顕の実像はまだ見えない。
 だんだん、わからなくなると言った方がいいかもしれない。


――それでも僕は君の友達でいるから――
〜試験に出るどうでしょう

 [コンドルは飛んでゆく]と言う芝居で、安田顕は、自分目当てに来る観客を逆手にとって、俳優安田顕が出ていない芝居を脚本・演出した。
 僕は松葉杖をついてその芝居を見に行き、出てくるはずのない安田に、ギブスを嵌めている方の足を蹴られた。それだけ緊張していたのだろう。
 それはそうだ。チケットはソールドアウトしている。つまり客席は埋まって当然なのだ。その上で、最低チケット分の満足をさせなければならない。自分が出れば、とりあえず客は満足する。けれどそれに頼っていれば、団員の反感も買うだろうし、劇団の将来もない。
 一種の賭だったと思う。そして僕の判断では彼は賭に勝った。
 じゃなければ、いくら何でも彼の出てない芝居に、命がけでいかない。
 脚本は難解だったが、見せ場がいっぱいあって面白かったし、相棒の長谷川氏の演技はさすがにうまかったし、もう一人の主役の萬君も健闘した。
 もっとも彼が何を言いたかったのかはまだわからない。呼びかけるという意味の劇団名だそうだ。答えは自分で出すしかないのだろう。
 ひとつだけわかったことがある。
 僕と彼の夢は一つになることはない。僕は形に残る物書きになりたい人間だし、彼は形が残らない舞台という夢を追う。
 けれど、僕は彼の夢の行く先を追いかけてゆきたいと思う。
 彼が何者かわかるまで。いやきっとわかっても。
 最後に彼の友人からの言葉を記してこのエッセイを終えようと思う。

――おい、安田。僕等は今でも同じ方向を見ているかい。
〜大泉洋 男列伝より


 おまけ。
 安田 顕をモデルにした男がゲストとして登場する北原の短編小説、 「真昼の水槽◆真夜中のラブソング」をお読みになりたい方は、下のタイトルを  クリックしてください。


『真昼の水槽◆真夜中のラブソング』