2004年7月の日記
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カラ梅雨? 毎日暑いですね。日中二胡を車の中に置きっぱなし!はやめましょう。
今月のレッスンは24日です。



2004年7月1日(木)

チャイナブラウスの採寸をしてもらえることになった。
7月と8月のイベントで一緒にアンサンブル演奏するメンバーは、上級チームとしてみんなお揃いのステージ用チャイナブラウスをすでに発注済み、ということは以前に書いたけど(5/16日記参照)、私も追加発注してもらえることになった。
上級チームというのは私が勝手につけた名で、正式にはアンサンブル会といい、個人レッスンの生徒が集まってアンサンブルを練習している会。今年早春に結成。
だけどこれには入会条件があって、今後プロを目指して血へど吐くほど精進する覚悟のあること、と私は結成時聞かされた。
他のメンバーたちはすぐにその覚悟を宣誓したらしいのだけど、私は、プロとはなんぞやを考えて考えて考えて、(この掲示板にも飛び火させてしまってその節はすいません)、でも、結局数ヶ月経った今でもなんだかよく分からない。
で、アンサンブル会への入会は保留のままイベントだけ参加という形にしてもらっていたのだけど、チャイナブラウス発注で晴れて入会(?)
もっとも冷静に考えて、自分がどんなにがんばったところで、「プロ」たるもの(定義はひとまず置いといて)に自分がなれるとは、まったく思ってもいないけど。
とりあえずは目指しておけばいいのか? だから な に を 目指す?
だいたい自分がなれるとはまったく思ってもいないものを、便宜上、形だけ目指すことに、意味はあるのか? 目指すといいながら、「なれるなんて思ってないくせに。」という本音との葛藤に、どうやって折り合いをつける?
そしてまた堂堂巡り(汗) 考えて、考えて。でももう考えるのにも疲れたよ。もやもやは残ってるけど。
ほかのメンバーたちについていけるうちはがんばるつもり。
今は、採寸までにダイエットが成功しなかったことが一番痛い(泣)



2004年7月2日(金)

中国語教室の日。
今日は生徒が一人休み。
以下明日の日記に続く。



2004年7月3日(土)

昨日の日記の続き。
中国語教室は、誰かが休むと授業は進めず、その日は脱線(テキストとは関係のない小話を読んだりとか)になる。
今日はたまたま先生が『草原情歌』を口ずさんでいて、私がたまたま楽譜を持っていたので、先生が歌詞をホワイトボードに書き、歌のレッスンをすることになった。
私はメロディをよく知っているので、ピンインにさえ気をつければすぐ歌えるのだけど、もう一人の生徒はメロディを覚えることから入っていかなければならないので、かなり苦戦の模様。楽譜あるよと言っても数字譜は読めないし^^;

先生が歌詞の意味を解説。
「羊飼いの青年の恋歌です。
遠い町にある少女がいて、その子は評判になるくらいきれいでかわいくて、、、
毎日あの子を眺めていたいなぁ。」
ふむふむと聞いている教室仲間。私はだいたい知っているので静かに聞いていた。
そして最後、4番の歌詞。
「いっそ少女の羊になって、細い皮の鞭でいつも軽くぶたれていたい。」
?! なんでムチやのー!? なんでぶたれたいのー?! と、爆笑する教室仲間。
私の経験上、4番のこの部分を聞くと笑い出す日本人は多い^^;

以下明日の日記に続く。



2004年7月4日(日)

昨日の日記の続き。
笑いが止まらない教室仲間。
「だってまるでSとMのMじゃん」(爆)
まあまあ^^; そんな身も蓋もない^^;
ムチで「我的身上」を「打」して欲しいとは言っても「軽軽」と、だし。ムチも「細細的皮鞭」だし。
きっとスキンシップってことなんじゃないかなぁ?^^;
「スキンシップなら「触(ふ)れる」とか「触(さわ)る」とか「撫でる」とか「抱く」でいいじゃない。なんで敢えてムチでぶたれたいのさー?!
それになんでわざわざ羊になりたい? 人間のままでいーじゃん。」
んと、きっと内気な青年だから恋心をなかなか告白できなくて、それで羊になってでもいいからそばにいたいってことなんじゃない?
それに遊牧民にとっては羊は宝物だし、羊になれば大事にされていつも一緒にいられるから、かも?
「でも家畜ならいつか食われるぞ。」
それもそーだ^^;
まぁ私もこの歌詞を初めて二胡教室(数年前の合奏練習の日だった)で習ったときは、彼女と同じような反応をしたのだけどね。
だって1−3番の内容はうろ覚えだったのに、4番は比較的はっきり頭に残ってたくらいだもの、 衝撃度は結構大きかったに違いない。^^;

以下明日の日記に続く。



2004年7月5日(月)

昨日の日記の続き。
『草原情歌』はひとまずおいといて。
私のファイルに『風陽花鼓』の楽譜もあるのを見つけた先生が、歌詞を知っていると。
だからついでなので歌詞の内容を聞いてみた。「飢饉・災害で一家離散になった旅芸人が路上で歌った歌」「豊作を祈った田植え歌」という2つの説を聞いたことがあり、どっちなんだろうと思っていたから。
「これはね、
災害が起こって食べるものがなくなって、金持ちは家畜を売り、貧乏人は子供を売り、家畜も子供もない家は小さな太鼓をかついで旅芸人になった、
って歌詞よ。」
・・・やはり、暗い。(--;

歌が一段落したところで、先生が簡単な中国的舞いを披露。
右手に扇子を持ち、∽(←横8の字。文字化けしてたらすいません)の字に扇子を振ってみせるやつ。同時に左手も空中で逆∽の字を書く。
やってみなさいと言われて真似てみたけど、なかなか難しい。右手だけならなんとかなっても、左手が入ると右手が止まっちゃうのね。
それに、∽の字を続けて何度も書いてると、最後に腕を上げるのを忘れて、そのままどんどん下に下がってくる。ありゃりゃ^^;
隣で扇子を振ってジュリアナダンスを踊る教室仲間。それはもっと違うと思うぞ。(^^;;

次は中国的ウォーキング。
先生が歩くと、纏足を履いてるかのようにゆーらゆーら優雅なウォーキングになるのだけど、私が真似るとロボット歩きになり、教室仲間にこれまた爆笑される。根本的に下半身の関節が固いのが原因らしい^^;
ふと疑問に思ったのだけど、中国文化の中で育つと、特に習わなくても自然にこういう歩き方ができるようになるものなんだろうか。日本文化の中で育った女性が、着物を着ると自然に内また・小幅・すり足歩きになってしまうのと、ちょうど同じように。

歌って踊って歩いて笑って笑って笑って、本日のレッスンは終了。



2004年7月6日(火)

7/3(土)のこと。
この日は暑い1日で、そして忙しい1日で、日中は京都市内でイベント出演する二胡仲間の応援に行き、その途中で抜け出して、夕方郊外の町の地域イベントに参加。

まずは順を追って。

京都市内でボランティア演奏をする、大阪の二胡仲間たちの応援に行くため、昼前に家を出る。そのまま夕方のイベントに行くため、二胡、楽譜、譜面台、衣装、等、一式を持って。
場所は珍しく自宅からバス1本で行けるところ。京都市内の某公共施設。
本番は昼過ぎで、それまでのリハーサルに、私も二胡を出して一部の曲に参加する。
でも・・・でも・・・
外弦開放弦のピーっていう雑音が、今日はとりわけ酷い。なんでだろー?
こんな状態じゃあ、夕方のイベントに参加できないよ。
金属製千斤のネジをいじってみたり、松脂を塗り足してみたり、弓の毛束の流れを確認してみたり。
でも相変わらずピーピー。外弦開放弦だけ。内弦開放弦は大丈夫。開放弦以外はもちろん大丈夫。
最終手段で、千斤のネジやささくれだった蛇皮の端っこにひっかけて伸ばしてしまった弓毛を、2本ばかり切り落としてみた。ら。あら不思議、ピー音消失。
伸びてたるんだ毛が不規則に弦に不正接触して、それが雑音になっていたらしい。
本当はあと1本少したるんでいる毛があるんだけど。これも切ったほうがいいのかな。
でも毛を切るって勇気いらない? ああ〜っ大切な1本1本なのに〜!って。まるでサザエさんの波平パパ気分。
あとの1本は少し様子を見てからにしよう。もったいないから。←貧乏性

以下明日の日記に続く。



2004年7月7日(水)

昨日の日記の続き。

本番が始まったのを見届け、施設を出る。
あわてて飛び出したので、会場にハンカチを忘れてきてしまった(--;
バス→電車を乗り継いで、急いで教室仲間宅へ。今日は地域イベント(4/25、6/16、6/29等の日記参照)の当日なのだ。

15時過ぎに教室仲間宅到着。
みんな一旦ここに集まって、最後の練習。全員で7名。
前回の練習会から2週間経ってるしなー。みんなカンがバラバラ。楽譜の解釈もバラバラ。リピート記号に従うのかすっ飛ばすのかもバラバラ^^; なもんで、あわてて最後の意志疎通を行う。
でも、普段合奏練習とかで一緒に弾いている同じ教室の仲間だからか、休符の取り方や小節の頭出しのタイミングは結構息が合ってると思う。

一通り練習したら、あっという間に1時間経過。
会場に移動するためみんなステージ衣装に着替える。
私はこの日のために知人から借りた綿のチャイナブラウス。大半はステージ用にお揃いで作った絹のチャイナブラウス。
このとき私も急いで採寸してもらう。(7/1日記参照)

会場は、教室仲間宅から徒歩で5分ほどの、神社の境内。ここで今夜行われる七夕イベントの出し物の一つとして、私たちが演奏するわけ。
他にも子供たちによるヒップホップダンス、プロも混じったジャズオーケストラの演奏など、出演者がいっぱい。
だからリハーサルも本番も分刻みのスケジュールが組まれていて、私たちのリハーサルは17時過ぎから始まった。
リハといってもほとんどがマイクテスト。それに席位置確認(床に椅子配置用テープが貼られる)、それに司会者からの進行段取り説明。
マイクは一人1本あてがわれた。やめてくれ。緊張するから^^;

以下明日の日記に続く。



2004年7月8日(木)

昨日の日記の続き。

リハ終了後は、社務所で軽食をいただき、その後他の出演者のリハを見学。
いろんな出演者がいるんだなー。
でもみんな原則的に立ち位置確認やマイクテストが中心。
出演者も大変だけど、次々に確認作業をこなしていかなければならないスタッフさんも大変である。
(スタッフ全員と出演者を併せて総数およそ120人だったらしい。)

じゃあエンディングのリハ行きまーす!の声に、あわてて社務所に二胡を取りに行く。
エンディングは他の出演者たちと一緒にジョイント演奏、でも全員(出演者総数4〜50名)は一度にステージに乗れないので、2曲に分けて。
1曲目は「世界が一つになるまで」(アニメソング?)、2曲目は「たなばたさま」。私たちは「たなばたさま」に参加。
これが最初で最後のエンディングリハ。全員の立ち位置・席位置はどうとか、曲を何回繰り返すとか、どこでどうコーラスが入るとか、そういう確認。
他の出演者たちは立って演奏できる楽器(ギターやブラス系)か、キーボード・ドラムのようにここが定位置って決まってる楽器。
だけど二胡って絶対椅子が必要だし、かといって定位置があるわけでもなし、大所帯でいろんなバンドと競演するときには融通はきかないしその割に影の薄い楽器だなぁ。

やがて日が暮れて、19:20いよいよ本番開始。
気づいたら観客席にはびっくりするくらいたくさんのお客さんがきていた。
用意されていた長いすだけでは到底足りなくて、立ったままの人、境内の石段に腰掛ける人もたくさん。 何百人いるんだろう?

以下明日の日記に続く。



2004年7月9日(金)

昨日の日記の続き。

私たちの出番は一番なので、オープニングイベント(出演者有志によるジョイント演奏)が終わったらすぐに出演。
控え室は特になく、境内の裏手でのんびりと出番を待つ。
夜だし、屋外だし、神社だし、提灯の灯りがきれいだし、なんだかお祭り気分。

で、いよいよ出番。
司会者が場つなぎトークをしている間にそそくさとステージに上がり、椅子・譜面台・マイク位置を調整し、スタンバイ。
と、突然司会者が一人一人メンバー紹介。そんなことは聞いてなかったので、名前を呼ばれてあわてて立ち上がって一礼。あせあせ。^^;
しっかし、ライトが暑い。スポットライトがかなりの熱を発している模様。汗だらだらで、換把がうまくできるのかどうか心配。

以下後日の日記に続く。いつまで続くのやら?



2004年7月10日(土)

昨日の日記の続き。

そして演奏開始。

演奏中一番感じたのは、
左右から聞こえてくる教室仲間の生音と、
ステージ前方のスピーカー(こちらに向けて設置)から聞こえてくるマイクを通した音と、
そしてステージ下のスピーカー(客席に向けて設置)を通して聞こえてくる音が、
それぞれ混ざり合って、どれを基準にして弾いていいのか、もうてんで分かんないこと。
スピーカーからはマイクで拾った音がリアルタイムで発信されているはずなんだけど、でもなんていうか、生音と電気通したスピーカーの音って、残響や音の立ち上がり方とかにわずかな差があるような気がしてしまう。そのせいで、リズムが狂っているように感じられてしまう。

それに、教室仲間たちは私の隣で弾いているのに、その音は前方のスピーカーから聞こえてくると言う、その不思議。
視覚では私の横で音が生み出されているはずなのに、聴覚では音が聞こえてくるのは私の前方。その五感の狂い・位置感覚の狂いに、どうしても慣れない。
人間って、五感から得られる情報に統一性がないと(矛盾があると)、簡単に動揺するのね。

また、そういう四方八方の音の波に飲み込まれて自分の生音もろくに聞こえないから、自分の出してる音が合ってるのかずれてるのかもまったく分からない。
最後に信じるのは自分の弦上指位置感覚とリズム感のみ。なんだかシンクロナイズドスイミングの選手になったみたいだなぁ。
(シンクロって、水の中に入ったら、音楽も聞こえなくなるし、相手の演技もよく見えないし、頼るのは自分のカンだけなんだと聞いたことがある。)

そして、あっという間にラストの『彩雲追月』。
私は曲によって上パートだったり下パートだったりなので、中央付近の上下パート境目に座っていたのだけど、この曲は私は上パート。そして私の左に座っている人は全員下パート。
演奏中盤に差し掛かったころ、「ん?」
上パートと下パートのリズムが、ほんのわずかにずれている。ほんのちょっと、ちょっとなんだけど。
境目に座っている者としては、これは非常にやりにくい。^^;
『彩雲追月』は、今まで長期間みんな一緒に弾きこんでるのでリズム感や演奏スピードは統一されているはずなんだけど、本番の緊張とマイクや照明の慣れない環境で、 みんなカンが狂ってしまったんかなぁ。

以下後日の日記に続く。

*  *  *

都合により数日間更新を休みます。



2004年7月13日(火)

一昨日の日記の続き。

演奏後は境内の石段に腰掛けて、他の出演者の出し物を見たり、教室仲間と雑談したり。エンディングまであと1時間半ほど、
会場は、じっと静かに耳を傾けてなきゃいけないといった堅苦しい雰囲気はまったくなく、お客さんも、聞きたい人は聞いてるし、自由に立ったり座ったり、音楽をBGMに知り合い同士で話し込んだり。
出演者たちも境内の隅で勝手に小音で練習したり雑談したり。ほのぼの。のんびり。ゆったり。
のほほんのほほん。夏祭りだねぇ。

そうそう、七夕のお祭りなので、境内にはいろんな人の短冊が飾ってあるのね。
「背が伸びますように」「両想いになれますように」といったほのぼの系、
「お兄ちゃんの入試合格」「お祖母ちゃんが長生きしますように」といった家内安全系、
「戦争反対」「自然を守れ」といった社会問題系、など。
でも中には「バス停に長椅子を」とか「水道料金値下げ希望」といったものもあり、謎??
後で主催者側から説明があったので聞いたところ、短冊のテーマは「私たちの町をより良くするためのお願い事」だったらしい。個人的なお願い事は禁止してたそうで。
お星さまにお願いするよりも、市役所に陳情したほうが早いんじゃない?と思えるものがちらほらあったのも、これで納得^^;

で、21時20分ごろ、予定より半時間ほど遅れてエンディング開始。
1曲目の「世界が一つになるまで」を聞きながら、ケースから二胡を出してステージ脇にスタンバイする。
と、スタッフが、ステージに上がってくれ、と。でもまだ「世界が一つになるまで」終わってないよ?
どうやら、時間が押しているので、1曲目の途中で2曲目のステージセッティングに入ってくれということらしい。
でもうちらは椅子がないと、人間だけステージに上がってもセッティングできないし。椅子どこ? ってか、ステージ上で演奏してる人たち押しのけて最前列に椅子を並べるなんてできないよ〜^^;
時間が押しているため、現場はちょっと混乱気味。

「世界が一つになるまで」終了間際に椅子が並べられ、着席。そしてすぐにフィナーレの「たなばたさま」演奏開始。
二胡はとりあえず主旋律を4回繰り返せばいい・・・らしい。二胡の後ろにコーラス隊が並び、ギターやドラムが二胡に合わせて伴奏してくれる。
このあたりは今となっては記憶が曖昧。^^; とにかく無事終了。

終演後、教室仲間宅で着替えるため、ステージ衣装のまま歩き出したら、お客さんから「二胡、かわいかったよ!」と。
この真っ赤なお衣装がですか? ありがとう^^;

その後着替えて帰宅。
長い長い、そして暑い1日でした。



2004年7月14日(水)

先週の金曜のこと。
この日は中国語教室の日でした。生徒全員出席(と言っても3名)。

時間ぎりぎりに到着すると、先生が『草原情歌』の歌詞プリントを生徒に配布。
そして、『風陽花鼓』は忘れてきてしまった、と言って、歌詞をホワイトボードに記入。
先生、今日もお歌ですか?
「そう、kanaに二胡で伴奏してもらって。」
は?
そして部屋のすみに立てかけてあったケースから取り出される先生の二胡。
わざわざ持ってきたんですかぃ?^^;

先週休んだ生徒に先生が歌詞の意味を説明している間、もう一人の生徒(7/5日記のジュリアナ姐さん)に、
『自由』弾いて〜(^^//
とねだられる。
んな高度なもん弾けるかよ(--;;
「じゃあ冬ソナのテーマ曲。」
知らん。(あたしゃ「冬のソナタ」を見たことがない。)
「じゃあなんでもいいからPOPS。」
んー。暗譜で弾けるのって・・・
ということで、『いつも何度でも』『Jupiter』『涙そうそう』あたりを適当に弾いて遊ぶ。
ジュリアナ姐さんもまぁまぁ満足してくれたらしい。

でも先生の二胡、実は千斤が高くて、私には指間隔広すぎるんだよね。
換把位置もずれてくるから、第三把位まで行っちゃうような曲は、絶えず頭の中で微妙な指間隔と換把間隔の軌道修正計算をしてやらなければならない。(でないと、体がmy二胡で覚えている間隔で勝手に行っちゃうから。)
それから、先生の二胡は、私の二胡より松脂が少ないので、音が出しにくい。
松脂の量は個人の好みによるのだけど、私はわりとたくさんつけるほう。
だから、松脂の少ない二胡だと意識的に少し弓に力をこめないと、いつもの力加減ではちゃんとした音が出にくいのだ。

以下明日の日記に続く。



2004年7月15日(木)

昨日の日記の続き。 『草原情歌』と『風陽花鼓』のお歌のレッスン。

『草原情歌』は本来F調なんだけど、私はG調で習ったので、勝手にGで弾く。
ちょっと音程上がっちゃってごめんね^-^;

『風陽花鼓』は、なんとなく硬い感じの曲だと今まで思っていたのだけど、先生が正確な中国語の発音で歌うと、楽譜には現れない中華風こぶし?のような音の揺れが入って、柔らかいきれいな曲に聞こえる。
中国の曲は中国語が話せないと弾きこなせない、と以前人に言われたことがあったのだけど、なんとなく納得。
ちなみに中国語の先生(中国人)も日本の唱歌を二胡で弾くけど、でも本当は日本の曲はよく分かんない、らしい。
歌詞も知らないし、曲だけでは音の切れ目とか音の繋がりがうまく感じ取れないのですって。ふむ。

次週はレッスンはお休み。
次回からはちゃんと授業やりますからねー!ですって。^^;

*  *  *

起きたら断水、会社に着いたらウィルスさんこんにちは。で、今日はさんざんな1日でした。^^;
明日から私事で4連休です。週明け頃まで更新を休みます。



2004年7月16日(金)

昨日は妹が泊まりに来て、今日は連れが泊まりに来る。
世間では祇園祭なのね。
連れが来るまでに急いで更新。

昨日、妹が私のチャイナ服(北京で作ってきたツーピース)を着たいというので、着せてみた。
妹とは身長がほぼ同じ。体重も、私がここ半年でぶくぶく太って、今ではほぼ同じ。
チャイナ服はかなりサイズを大きめに作ってもらったので、まだ余裕で着られるけど。

「なんか胸回りきつい。
これってお姉ちゃんのサイズ計って作ったんやんなぁ? バストもお姉ちゃんサイズ?」
・・・なにげにムカつくんですけど。(--#

*  *  *

私的事情で4連休中。週明け頃まで更新を休みます。



2004年7月20日(火)

ここ最近の出来事としては、北京ちゃんの弦を、北京メーカーのものから、ドイツ製の「紅龍」に換えました。
北京弦の弾力ある細弦に慣れてる人は少し力がいるかも、と聞かされてたのですが、別にそんなに太いとも固いとも感じず、弾きやすい弦でした。
そういえば私は普段家で上海ちゃん(上海メーカー弦)を弾いてるので、太い弦に違和感なかったのかも。
ただ、北京弦から「紅龍」に換えたら、北京ちゃんの音色がめっちゃめっちゃ固くなってしまいました。(特に内弦)
固い音色は好みではないので琴馬も交換。元の艶っぽい音色に。

ついでに、過去の弦交換の思い出話。
上海メーカー弦から初めて北京メーカー弦に換えたとき、あまりに柔らかいのでびっくりしたのを覚えています。
上海弦の時は運指も力任せに押していたのですが、北京弦に換えたら力を入れて押すと指が沈むので、ピンポイントで指先に力を込めて弦の一点を押さえるのに気を使いました。
また、上海弦で揉弦練習した後、北京弦で揉弦してみると、おもしろいほどぐいぐいビブラートがかかってくれて、嬉しかったな(笑)
注)人によっては、弦なんてどこも同じ、細いも太いも弾力あるも固いも個人の気のせい、と言う人もおられるので、 以上の弦交換の思い出はあくまで私の主観ということで。



2004年7月21日(水)

今夜の雑学系バラエティ番組、野口英世の紹介VTRで流れていたBGMが『草原情歌』だった。
選曲のポイントは??



2004年7月22日(木)

毎日あっついですね。
毎晩クーラーなしでは寝られません。今月の電気代が怖い・・・
その分ガスの使用量が若干減ってますけど。この暑いのに長風呂&火を使った料理なんてできん。
最近しまい込んでいた上海ちゃんをさっき弾いたら、激しく調弦が狂ってました。暑さで弦が伸びた??
で、なぜか指先の皮がむけて現在ぼろぼろです。冬は「血行が悪い+空気が乾燥」で、すぐに皮がむけてくるのですが、 夏にむけたのは初めてかも。練習はここんとこあんまりしてません。



2004年7月23日(金)

毎日クーラーかけてたら空気乾いてるから肌(指先)も乾燥するわいな、と、昨日の日記を読みかえして自分にツッコミを入れたかな坊です。

職場は秋商品開発の修羅場を迎えています。
今日は中国語教室行けなかった。残業で。
来週は今シーズン最初のピークになる予定。
終バス生活がんばります。

明日は2ヶ月ぶりのレッスン。



2004年7月24日(土)

レッスン103日目。
なんと、早弾き練習中酸欠になり、めまいを起こしかける。
先生、頭くらくらして視界がグレーなんですけどぉ〜
「だから演奏中ちゃんと呼吸しなさいってば^^;」
以下後日の日記に続く。

*  *  *

都合により明日は更新を休みます。



2004年7月27日(火)

先日の日記の続き。2ヶ月ぶりのレッスン。
えっと、この日は暑い日でした。先生宅へは自転車で。

まずは、最近外弦開放弦の音がおかしいということを先生に相談する。
北京製「星海福音」からドイツ製「紅龍」に張り替えたのだけど、残響がすごすぎるのだ。
「外弦開放弦はもともと残響が残りやすいんですけどねぇ。ちょっと弾かせてください。・・・・・ あら、これはひどいわ。」
えーん(泣)

私の二胡は微調金具付きの金属千斤なので、ただでさえ金属臭い残響が出やすいのだけど、「紅龍」に張り替えてからは、単に金属千斤のせいだけとは思えない残響音がする。
今までは金属千斤そのものから残響の波動が出ているように感じられたのだけど、「紅龍」以後は、二胡全体から残響の波動が出ているような。実際先生に千斤を押さえてもらって弓を押し引きしてみたけど、やっぱり残響出てるもん。
考えられる原因は、私の二胡の胴に入れてある反響用竹筒なんだけど、でも弦を張り替えてからひどくなったのなら、増長させたのはやはり弦か。

「残響が多く残る二胡の場合、一流奏者は、残響も音楽の一部として利用したり、運弓のテクニックで残響を消したりできるものです。kanaさんもそういうの目指してみては?」
そんな簡単に言わんといてください(汗)
「じゃあ北京弦に戻します?」
でも「紅龍」は1セット1120円もしたんですよっ(←けち)

とりあえず、張り替えるのはもったいないので、このまましばらく様子を見てみることにする。あゝ小市民。
「紅龍」が残響の残りやすい弦であるということではありません。私の二胡との相性がいまいちだったというだけです。二胡は自然素材の楽器なので、相性の善し悪しに幅があるのです。
でもひょっとしたら、これまで響きにくかった二胡に「紅龍」を張ったら、とても響きがよくなるかも・・・?


以下後日の日記に続く。

*  *  *

仕事忙しいです。納期までに仕上げられる自信が全然ありません。。
しばらく更新できないかもしれません。



2004年7月29日(木)

先日の日記の続き。

弓の基礎練習(外弦と内弦の引き分け)と、運指の基礎練習。
私は身体の関節がとても固いのだけど(20歳過ぎのころ、身体柔軟度50歳代という判定をもらったことがある)、手首や指の関節も固くて、右手も左手も先生の指示するフォームが作れない。 前腕の筋が攣りそう。
「kanaさんはよくパソコンをするから指先の関節は鍛えられてるんじゃないんですか?」
右手はイラスト描くためにマウス握りっぱなしだし、左手は中指でしかキーが打てないからなぁ。
(↑タッチタイピングができない人)

「はい、じゃあ今から十六分音符の早弾き練習。」
はーい。
黙々と十六分音符をひたすら繰り返し。繰り返し。繰り返し。
黙々、黙々、黙々、、
・・・・・・・・
せ、せんせい・・・
「はい? 腕の筋が痛いんですか?」
いえ。
なんか視界の上から三分の一が、だんだん暗くなってきたんですけど・・・。
くらくらくら〜(@_@)
「息してます?!」
してません。酸欠かな〜? (~Q~) ←なまあくび
「だから演奏中ちゃんと呼吸しなさいってば^^;」
後頭部が重くなってきたような気もする。いま横になったら気持ちよく眠れそう。←気を失うとも言う
「しょうがないですねぇ。(^^;;
じゃあ今日のレッスンはここまで。
もっと体力つける方法を考えてきてください。」
とにかく、弾きながら息する練習をしないとなー。

次回のレッスンは1ヶ月後。



2004年7月30日(金)

取り立ててなんの進展もないまま今週が終わってしまった。<仕事
納期やばいよー(泣)

先週は残業で行けなかったので、今日は中国語教室へ。
ジュリアナ姐さん(7/14日記参照)が先週で退会してしまったのでさみしい。冬ソナ狂→韓国語講座に鞍替えしたそうな。
生徒が減ってしまって急にレッスンの密度が濃くなってしまった。
落ちこぼれそう(汗)



2004年7月31日(土)

謎の頭痛と吐き気で、1日中寝たきりでした。
24時間絶食(泣)

寝てる間に、CITES取得に関してびっくりする情報(必要書類の追加)をいただきましたので、「税関通過について」の項でお読みください。

この夏、中国旅行で二胡を購入するつもりの人は、 くれぐれも日程に余裕を持って挑んでください。


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