奈 良
Nara
東大寺 元旦を京都で過ごし、正月の二日目は奈良に行った。高校の修学旅行以来であるから、本当に久しぶりの訪問となった。 「ナラ」の言葉に興味を持った。調べて見ると、諸説はあるが、「生らす」(ならす)がもっともらしい。住居に適した、緩やかな傾斜地であったこの地は、言うまでもなく、古くから人が住んでおり、あちこちに古墳が残されている。 |
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代表的な古墳に、佐紀楯列(さきたてなみ)古墳群がある。その後、この地を、古都として有名にしたのは、710年の平城京への遷都からのことである。 平城京の規模は、東西約4km、南北約5kmと、予想以上に大きい。その時に創建されたり、移されてきたのが、お馴染みの、薬師寺、大安寺、興福寺、東大寺、法隆寺、西大寺等の、後に南都七大寺と呼ばれる寺院である。 |
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こんな風に見てくると、京都以上に日本人(国)の心の故郷と言えるのかも知れない。古代より住み易いところであったのであろう。 世界最古の木造建造物、法隆寺、世界最大の古代木造建造物、東大寺大仏殿等々、話題には事欠かない所である。 |
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法隆寺 奈良生まれで写真家の入江泰吉(たいきち)氏の写真集、「四季大和路」を持っている。徹底的に、大和路を大型カメラで撮り歩いた集大成だ。時々、繙くが、いつも心休まる写真集である。 絵画調のハーフトーンがメインの空気感溢れる写風は、大分参考にさせていただいたものだ。 |
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法隆寺のあるところを斑鳩(いかるが)の里と言い、聖徳太子がこの地に、斑鳩宮を(601年)を造営された時より名が知られるようになった。それにあやかって、1947年に法隆寺村、龍田町、富郷村が合併して斑鳩町が誕生した由。 しかし、入江氏が撮った大和路は、今となっては、昔のことの様だ。時代の波は、この住みやすい町にも押し寄せてきている感じがした。 |
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奈良を後にして、車で五条に向かった。あの十津川への入口として有名な所だ。十津川は一度行ってみたいと思っているが、未だ果たせずにいる。 今回は、この後、吉野川(紀ノ川)沿いに、初めての地、和歌山に向かった。 |
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ルート 京都〜奈良〜東大寺〜法隆寺 〜平城宮〜五条〜和歌山 |
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