紀和駅の栄枯盛衰

1997年11月5日更新 

 旧和歌山駅(現・紀和駅)の開業から現在までを年表にまとめました。
 明治31年5月
 紀和鉄道が開業したターミナル駅、和歌山市に出来た最初の中心駅であった。

 明治36年3月
 南海鉄道和歌山市駅開業、この間に紀和連絡線が開通、紀和鉄道も和歌山市駅に乗り入れた。

 明治37年8月
 紀和鉄道全線を関西鉄道に譲渡

 明治44年10月
 国が関西鉄道を買収、王寺−和歌山(現・紀和)−和歌山市(南海鉄道連絡点)が和歌山線となる。

 大正6年3月
 山東軽便鉄道(現・南海貴志川線)大橋−中之島(現・紀和付近)を延長し開業

 大正11年7月
 山東軽便鉄道が紀勢西線の工事開始のため起点を東和歌山(現・和歌山)に変更、中之島−東和歌山間の線路を撤去

 大正13年2月
 紀勢西線和歌山(現・紀和)−箕島間開業

 昭和10年1月
 田井ノ瀬駅との間に阪和電鉄との連絡駅紀伊中ノ島駅が開業

 昭和26年9月
 機関区業務を新設の和歌山機関区(田井ノ瀬−紀伊中ノ島間に設置)に移管

 昭和34年7月
 紀勢本線全通、亀山−新宮−和歌山(現・紀和)間が紀勢本線となる

 昭和36年7月
 和歌山線和歌山(現・紀和)−和歌山市(南海電鉄連絡点)間を紀勢本線に編入する。

和歌山機関区から東和歌山駅までの短絡線(現・和歌山線)が完成、紀南からの貨物が和歌山駅(現・紀和駅)経由和歌山線から東和歌山(現・和歌山駅)経由阪和線となる、これにより和歌山線の列車の一部が和歌山駅を通過せず直接東和歌山駅に向かうようになる。

 昭和37年3月
 東京−和歌山市間に直通寝台車が走る、東京−王寺間は急行「大和」に併結、和歌山線内は普通列車に連結

 昭和43年2月
 和歌山駅から紀和駅に改称、1ヶ月後東和歌山駅が和歌山駅に改称、この間「和歌山駅」は消滅

 昭和43年9月
 和歌山操駅開業、和歌山駅(注、現和歌山駅)の貨物業務を移しその跡地に和歌山線と阪和線のホームを建設する。

東京直通の寝台列車が廃止される。

 昭和47年3月
 紀勢本線「亀山−紀和」間を「亀山−和歌山市」間に変更、和歌山線「王寺−紀和」間を「王寺−和歌山」間に変更、和歌山線の列車のほとんどが和歌山駅発着となる。

 昭和49年9月
和歌山線田井ノ瀬−紀伊中ノ島−紀和間旅客営業を廃止、和歌山でもっとも古い伝統ある線路が消滅

 昭和53年10月
 紀勢線が新宮まで電化されるが和歌山駅−紀和−和歌山市間は電化せず残され紀勢線からの乗り入れ列車が激減する。

 昭和55年4月
 紀和駅荷物センター開設

 昭和59年2月
 紀勢線の客車が12系となる、同時に客車列車の留置が和歌山繰駅となる。

 昭和59年10月
 和歌山線電化(五条−和歌山間)と同時に和歌山−紀和−和歌山市間が電化される

 昭和60年3月
 交換設備を撤去無人駅化される、紀勢線に乗り入れていた南海「きのくに」の廃止

 平成元年10月
 和歌山−和歌山市間に105系2両編成のワンマン車が走る、クモハ105−503、クハ104−503が専用車となった。

紀和駅今昔 左近晴久氏 RAILFAN1994年2月号
国鉄・天王寺鉄道管理局のあゆみ1,2 他を参照


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