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  5. 交響曲第9番第2楽章

ベートーヴェンの交響曲第9番
「第2楽章の面白さ」


1.ティンパニが遠くへ行ってしまうと、やだなあ。
 ベートーヴェンの楽譜が、出版の時点でどこか間違ってしまったんじゃないかという理由で、この楽章のティンパニも変な(?)解釈をする人がいます。そこはどこかというと、途中3拍子モードになるところで、1小節ティンパニが強く鳴り、間に管楽器が2小節合いの手を入れるところで、4回繰り返す部分です(b.195例1)。
 そこを、ある指揮者(マズアでしたっけ)が、ティンパニをだんだん弱く鳴るようにしたのです。遠くへ消えゆくように。慣れというのもありますが、私は好かんです。
 そこを聴くたびに、たとえばこんな感じがします。
 LPレコードにキズがあって、そこを針が通ると、「ブチッ!」(あ、やった!)「ブチッ!」(困ったな)「ブチッ!」(どうしよう)「ブチッ!」(そんなあ...)(あ、よかった、通ったあ)
 というようなもんです。そこの一瞬で、時間がどこかに紛れ込んだような雰囲気が面白くて、この部分は、あれでいいのだ、と思っているのです。とにかく、ティンパニの強奏と管の弱奏の対比が面白いのです。
 ものはついでですが、ベートーヴェンには数小節(4小節以上としましょうか)にわたるディミヌエンドは、ほとんどないと言っていいでしょう。とくに速度の早い曲は。これは古典派の特徴とも言ってもいいと思いますが、なぜって、速度が早い楽章には運動エネルギーの持続が必要で、それが強烈な推進力なんですから。作曲者自らそのエネルギーを削除するような書き方は、しないでしょう。

2.運動エネルギーを持続させるとなると。
 b.264からがよい例でしょう。後述のように強烈な主題再現ですが、そのフォルテを頑固に維持しつつ、どうやって次の展開につなげるか。それは、一気に場面転換を行なう以外に仕方ありますまい。b.296例2で、突然の弱奏(ピアノ)に切り替わり、それでも弦楽器群のリズムがあるために運動エネルギーは全く失われないのです。主題提示部もそうですが、ここではよけいにあざやかに感じるでしょう。これが場面の一発転換例です。

3.場面の一発変換例。
 曲がいろいろな旋律でできていることはおわかりの通りですが、それらをどのように接続していくかということは作曲者の腕の見せ所です。旋律が微妙に変化していったり、2つの旋律をつなぐ別の旋律を用意したりと、さまざまな手法を用いています。別にベートーヴェンだけが、とは申しませんが、彼がよくやった手法に、同音異調への一発変換や、雰囲気の一発変換という手法があります。
 同音異調への変移は、弦楽4重奏曲などでよく見られます。雰囲気の一発変換は、第7交響曲(第1楽章b.109,110)や第9にあります。第2楽章では、b.77,b.296が良い例です。b.77では、まだまだ雰囲気の変化という点で徹底されていないとも思えますが、b.296では、聴衆の再現部(再現部を提示部とは異なった進展にしてしまうことは、ベートーヴェン中期以後の特徴)への期待に見事に応えて、より確実に雰囲気の変化に成功しています。

4.再現部の第1主題が新たな展開をしていくということ。
 第1楽章もそうでしたが、この楽章も第1主題は、再現部がより強烈に開始され、後半の展開も、また面白く展開していくのです。b.292からでは、木管は上昇、弦は下降、他は水平飛行、というようにここでも上昇下降の連携プレーがあります。こういう連携プレーの初期の傑作は、交響曲第2番第1楽章のコーダ、b.340からの部分です。

5.やはり、ここが面白い。
 同じ部分で結構説明が長くなってしまいました。そう、一番私が好きな部分は、この再現部のところなのです。スケルツォ形式の驀進する運動エネルギーを、かくもうまく表現したことがかつてあったでしょうか。いや、強烈な運動エネルギーの表現というものは、ベートーヴェンをもって始まったといってよいのかもしれません。弦楽4重奏曲「ラズモフスキー第3番」終楽章などが端的に示しています。

6.かわいそうなコントラバス。
 コントラバスは、ご存知の通り、現代では最低音はE(ミ)ですが、「第9」では、どうしてもその下のD(レ)やそのまた下のC(ド)が必要です。主調がニ短調なんだから仕方ないんですが。当時の演奏者は、コントラバスの最低弦の音を、別の音に変えて自由に演奏したといいます(ホント、自由にやれたのかな?)。ともかく、今の演奏者は、ここをどうするつもりなんだろう。もちろん5弦バスや、低音追加のアダプタを買えばいいんだけど。それもできない人は....? 大きな謎というか、ごまかしというか、妥協と申しておきましょう。

7.やっぱり第2バイオリンは右。
 ということで、冒頭(b.9から)を見ていただくと、主題が第2バイオリン、ビオラ、チェロ、第1バイオリン、コントラバスというように出現します。これは某氏がどこかで書いたように、当時の弦楽器の配置(右側から)を表現したものです。とまあ、ここではこの程度にしておきましょう。

8.楽譜変更(改訂)について。
 ベートーヴェンでは楽譜の改訂ということがよく行われます。ハイドンやモーツァルトでは、ほとんど行われないはずですが、「第9」で有名な改訂個所は、たとえば第2楽章の、b.276,b.93です。
 第1主題再現部における弦楽器の1オクターブ上げと、第2主題旋律へのホルン追加ですね。
 私の意見を述べますと、前者の変更実施に賛成、後者にはできれば反対、です。
 当時ベートーヴェンは、バイオリンに対して、上第5線のシを要求することはありませんでした。ですから、苦肉の策で1オクターブ下げを行なったのです。当時の楽器の都合でこのような苦肉の策を実施したことでは、ピアノソナタに有名な個所(でも、どこか忘れちゃった)がありますし、逆に、新しいピアノがさらに広い音域を使用できるようになった場合には、その音域を使用するように曲を作ろうとしたことが知られています。
 彼は、常にぎりぎりの線でがんばっていたのです。ですから、第9のこの部分では、今なら必ず1オクターブ上げて、自然な音の流れを使ったはずなのです。
 とにかく、運動エネルギー保存を第1に考えると、1オクターブ上げは必須条件です。管楽器などが充実した響きを出せて、弦が1オクターブ下がってしまっても違和感なく進んでいく自信があるなら譜面のままでもいいのでしょうが、普通なら、絶対にそこで違和感が生じるはずです。
 第2主題でのホルン参加ですが、これも、初演時のように管楽器をすべて倍管で行なうことにすれば、おそらくホルン無しで可能でしょう。指揮者によっては、この部分での弦楽器の音を押さえる人もいるようですが、もってのほかです。
 ベートーヴェンの気性を考えたら、フォルテと書いてあるのに遠慮するようなことがあってはならないのです。彼は、常にぎりぎりの線でがんばっていたのです。演奏も、ぎりぎりのところでふんばるものでしょう。
 ちなみに、最近の古楽器演奏では、どの演奏も第1主題再現で1オクターブ上げはしていないようですが、それも変と言えば変です。なぜなら、最近の演奏は指揮者が解釈を示し、楽団を強力にコントロールしてのものなのですから。そこだけ譜面通りにやったとしても、決して当時の演奏(つまり指揮者が強力にコントロールしていない演奏)を再現していることにはなりません。また、古楽器演奏だからといって、彼らに当時の演奏の再現を私たちが求めてもいけないのです。

9.ティンパニの用法について
 この楽章でよく言われることのひとつは、ティンパニの独自の使用法です。ここでは、ティンパニはオクターブで調律されています。さらに、完全にソロ楽器として取り扱われています。さて、となるとあまり言及されないのは、第1、3、4楽章ではどうなんだ、ということです。そちらのページで書けばいいのですが、ええい、ここに書いてしまおう。
 第1楽章では、バロック/古典派前期的な書き方をしています。つまり、ほぼ「トランペットと連動して鳴っている」ということです。数えるとわかるのですが、ざっと見て95%は、連動して鳴っているとみていいでしょう。であるからよけいに、第2楽章冒頭での打撃が目立つというわけです。
 第3楽章でも、目立ちはしませんが、完全にソロ楽器として扱われています。太鼓は大きく鳴るばかりじゃないぞ、と言わんばかりの充実した扱いになっています。
 でも、やっぱり目立つのは第2楽章ですね。



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