ベートーヴェンの交響曲第9番
「第3楽章の雑学」
1.どうしてこの位置にファンファーレがあるか。
有名なのは、終わりに近いところで2度(b.120,b.130例3)鳴るあの、ファンファーレ。どこか、こういうゆったりとした楽章に似合わないような、そんな気にさせる、ふしぎな部分です。
どうして、その位置にあるの? もっと前じゃ、ダメ? あるいは、もっと後ろの方じゃ? いっそのこと、ナシでもいいんじゃないか。そういう考えを持った人も多いはず。私は、この特殊な部分の出現について、考えてみた。それは何か。黄金分割なのである。
※おうごん‐ぶんかつ【黄金分割】(golden
section) 一つの線分を外中比に分割すること。(√5−1):2 (ほぼ一対一・六一八)。長方形の縦と横との関係など安定した美感を与える比とされる。(広辞苑)
ということで、このファンファーレの位置が、楽章全体を1.618とすると、先頭から1に相当する位置にあるのではないか、と思ったのだ。しかし、途中でテンポは変わるし、小節数で数えても、聴感とは関係ないし...いろいろな演奏を聴いても、差がありすぎて話にならんのですね。結局、数えても意味ないなあ、という結論に達した。そうそう、ピアノソナタの「ハンマークラヴィア」第4楽章で、黄金分割を解説に引用していらっしゃる方がいます。冒頭から、その比率に相当する位置に、新しい旋律が出現しているんですと。あれは、途中でテンポが変わることが少ないので、解説は的を得ているかもしれませんよ。楽譜をご覧になってください。
でも、よく考えると、普通は全部聴き終わってからでないと、どこが黄金分割の位置かわからないんだ。なんたって、全体における位置なんだから。楽譜を見ながら聴く人は少ないですし。ただ、時間的に、黄金分割に近い位置にあるのは確かなんですね。ですから、そういった存在をはっきり聞き分けると、錨をおろして停泊している船のように安定した感じがするでしょう?
2.なぜ3番ホルンは出番が少ないか
ちょっと通になるとよく話題になるのが、第4ホルンの難しいところです。この楽章のいたるところに、難所というか、面白いというか、目立つというか、なかなかにやりがいのある部分が多いのですが、どうしてこれが第1ホルン(つまりオーケストラでいうところの首席奏者)じゃないのか、ということです。(それは、楽器の調性と、当時の2番奏者、4人なら2番と4番かな、の、役割分担が理由。あの旋律の音の並びと照らし合わせると、Es管ホルンの副奏者、つまり4番の出番なのだ)
でも、そんなことよりもっと面白いのは、第3ホルンに、全くといっていいほど出番が無いことです。一度確かめてください。ヒマでヒマで、しかたないくらいなんだから。
どうしてかって言われても、わからんですよ、これは。遊んでいるとしか思えない。かわいそうな、第3ホルンなのでした。
3.途中で幻想的展開になるところ
クラリネットは、大活躍をする楽器です。第3楽章冒頭からみて、オーボエやフルートは出番が少ない。音を出しても、しばらくは、ほんの飾り程度。それはともかく、クラリネットの音色を最大限に生かしたのは、b.83例4からのAdagioの木管4重奏(2Cl,Fg,Cor)。幻想的ではありませんか。弦がピチカートに徹しているところもいい。こういうクラリネットの使用方法は、第2、第4交響曲の各第2楽章を経て、ついに到達した境地であります。美しいではありませんか。クラリネットのポピュラー化は比較的遅かったので、有名作曲家では、交響曲でクラリネットに重要な役回りを任せたのは、ベートーヴェンが初めてでした。
そしてここは、ここまでで、ロンド形式のようにA−B−A−B−Aという構成になるはずのところに割り込んできた、破調な部分なのです。
4.ここが一番面白い
そうです。この破調の部分が面白いのです。面白いからこそ、割り込んできたといえるのかもしれません。変奏曲の名手の作品であることがよくわかります。この曲をよく知るには、ディアベリ変奏曲やピアノソナタ第32番第2楽章などを聴くとよいでしょう。同時期に書かれた変奏曲の名品です。そして交響曲とピアノソナタが、全く違う曲種であって立場が違いながらも兄弟であることを示す良い例でもあるのです。
5.出番が少ない2番オーボエ
この楽章の音色の特徴は、柔らかさです。全体を通して、柔らかさが基調です。そのために、ファンファーレが目立つのですが、2番オーボエの出番が少ないということも、柔らかさに貢献しているようです。オーボエは、他の木管楽器より固めの音色なので、2本そろうと、まずい状態にでもなるのでしょうか。ともかく、3番ホルンとは違う理由で、寂しい2番オーボエなのでした。