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  5. 交響曲第9番第1楽章第2主題

単発講座「ベートーヴェンの第9の第1楽章第2主題」


大権現様の、Q&Aコーナー

質問内容:
 第九交響曲、1楽章第二主題ですが、最近“楽譜どおり”とか言って、奇を衒うような演奏を耳にします。
 ある指揮者は、“ベートーヴェンならば、人を驚かす為にやりかねん。別に慣れれば、これもおかしい響きではない”というコメントをしておりました。
 しかし、少なくとも、私の知る限り、第九の先にも後にも、ベートーヴェンは第二主題の一音を変えて、耳障りなメロディーにして、聴衆を驚かすような、セコいソナタ形式の大家では無いように思います。ベートーヴェンが驚かすのは、もっと、ダイナミックな手法を用います。
 また、主題を提示する、“ソナタ形式”へのこだわりは、ベートーヴェンは、凄く気を使っているような気がするのです。
 私には、これは、純粋にベートーヴェンの書き間違いのように思われるのですが、さて、大権現様のコメントや如何に??? (よこちん、2001.8.3)
 (段落は、私が調整)

(大権現様のお答え)

 はて、そんなことを言った指揮者は誰かな? 私は、そんなことをした覚えは無いが??? 静かなところで驚かせて、どうなるというのだろう。
 驚かすことなら、第4楽章の冒頭で、しっかりやっておるぞ。第3楽章終了の変ロ長調の主和音に、ニ短調の属音であるLaを加えた、必殺の不協和音だ。つまり、変ロ長調の主和音と、ニ短調の属和音が同時に鳴っているという芸である。こういう使い方を、「驚くべき」使い方というのだ。

 さて、話題の中心の、その第1楽章第2主題であるが、以下に、自筆譜、初版、ウィルヘルムV世献呈稿の例を載せよう。なにせ、ウィルヘルムV世に献上した譜面だ。清書の意味もあるし、ここで間違えては、ベートーヴェンの名がすたるというものであろう。もっとも、写譜屋が書いた譜面である。私は、ちゃんとチェックしたぞ。

sym9-1-2.gif (26507 バイト)

 これはどこかというと、第2主題の冒頭。ここで、現在最も一般に流布している楽譜を示そう。
sym9-1-2a.gif (4524 バイト)
 おお、音が違う! これはどうしたことだ? 私は、こんなもの書いた覚えは無いぞ。しかし、これでも私の音楽は、すんなり聞こえてしまう。何ら破綻はきたさない。さすが、私の作った交響曲だけのことはある。どちらも和声的には問題無い。たしかに、旋律線は、このほう(ブライトコプフ版)が、なめらかである。それは、この例には現れていない、次の小節の最初の音へのつながりが2度下降であるからだ。もし、自筆譜のようであると、そこは4度下降になる。また、この第2主題4小節の後、さらに、なめらな第2主題の確保が行われる。それは、下の例を見よう。これは、ベーレンラーター原典版だ。
sym9-1-2b.gif (20115 バイト)
 ここで、ブライトコプフ版のような「なめらかさ」を重視してしまうのは、小節をまたがった2度または3度下降(赤いスラー印)が、なめらかであることが気持ちよいことと、後半4小節での確保との対比がすんなりいくことからだ。しかし考えてみてほしい。私は、赤いスラー印のところを実際にスラーでつないだわけではない。小節間のまたがった部分が重要なのではなく、1小節毎の、そして4小節単位での音の上昇が重要であり、面白いのである。であるから赤丸のところを逆に変更してしまっても、問題無いわけだ。第1楽章は、「下降の主題」つまり第1主題と、「上昇の主題」つまり第2主題の、明確な対比でできているのである。
 詳しくは、参考文献を見ていただくべきであるが、やはり、基本は自筆譜であり、初版であり、献呈譜であることは明白であろう。

(よこちんさん、再度質問)
 なるほど、音符の書き間違いではないのですね。
 ということは、ガーディナー版やジンマン版の第二主題が、正しい音符での演奏、ということになるのですね。
 でも、しつこくって申し訳ありませんが、もう少し疑問をぶつけさせてください。
 再現部における第二主題を聴くに、主題の対比という意味で、プライトコプフ版の提示部第二主題の音符の方がしっくりくると思うのですが、その点に関しては、如何なものでしょうか。
 なんか、音楽理論を全く勉強したことが無いので、あくまでも、自分の耳を頼りにしてベートーヴェンを聴いてきました。理論をしっかりと勉強していれば、最初の説明だけで、目からうろこが落ちたのだと思いますが、今ひとつ、納得がいかないのです。どうぞ、もう一度だけ、お付き合い下さると幸いです。

(大権現様のお答え)
 どちらも、和声としては、矛盾は起きない。そこで、たしかにブライトコプフ版のように修正されたほうがすんなり聞こえてしまうから、問題なのだ。しかも、当時から出版社は、勝手に私の曲をいじくる。そのひどい例が「ディアベリ変奏曲」の1小節付け足し事件だ。とにかく、出版社は油断ならん。すこし音楽を知っているからといって、どうして音を変えるのか?
 さて、問題のこの個所、じつは、修正しないほうが、「重要な、ある音の移動」が聞えるのである。どこが重要なのか? それは、Re−Laという下降音型。つまり、ニ短調における第1主題冒頭の音型なのだ。ちょっとひねって、潜り込ませたのである。遊んでいると思われても、仕方ない。重要な、ジョークなのである。再現部では、調の関係上、この遊びができないのが、つらいところだ。これで回答になったかな?
 ついでに言っておくが、理論よりも、私を信用すること。私が絶対である。

参考文献「こだわり派のための名曲徹底分析 ベートーヴェンの第9」金子建志著
    「ベーレンライター原典版 第9」



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