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「バガテル大全2」「エリーゼのために イ短調 WoO59」


「エリーゼのために」は小さな巨人です

 ピアノ初心者の垂涎の的、窓際の美少女のBGM、それがこの曲である。しかし、A-B-A-C-カデンツァ-Aという小ロンド形式をとるこの曲は、内容上、大変な工夫に満ちた曲であり、通り一遍の勉強では決して満足な演奏をすることなど、できはしない。

 問題は、冒頭からある。

 この曲の最大の難所は、なんと冒頭である。それは「何拍子か、わからない」ということだ。ナニ、8分の3拍子と書いてあるじゃないか!? いやそれはあくまでも形式上のこと。まずは聴いてみてほしい。拍子のわからぬ、うつろい行く表情。これが冒頭2小節なのである。(ここでは冒頭の1拍を1小節として数える)
 そして、左手3連音、右手3連音。ここで錯覚がおきるのだ。決して2拍子ではないが、かといって3拍子でもない世界。そこがエリーゼ嬢のしたたかなところである。拍節を強調するような伴奏が、なかなか出てこないのである。それが4段め2番カッコからやっと3拍子であることがはっきりわかるような伴奏になる。しかも、それまでの細切れに近い主題に代わって、流れるような別の主題ときている。しかも5〜6段目で軽やかに遊んでしまうのだ。
 加えて6段目4、5小節では、冒頭主題に回帰するために音型の変化が用意されている。心憎い演出である。これをどう演奏すればいいのか? 1ページめにして、精神面においてもかなり高度な素養が要求されていることがわかるだろう。いや、もっと簡単に書こう。子供では弾けない、と私は言いたい。


 譜面2の4段め最後から新たな主題である。しかし伴奏は深く沈潜するように単音を連打する。ここでも、またもや拍節感が希薄である。しかし、すぐに不安げな主題が、どうにか3拍子をアピールしてくれる。この第3の主題が現れることにより、この曲には明確に分類される3つの雰囲気を持つことがわかる。


 普通のロンド形式の音楽であっても、ここまで対比が明確な3主題が用意されていることは少ない。不安定なA、明るいB、暗めのC。ひとりの人間の3つの表情である。そして、その暗めのCを振り払うかのような、譜面3の1段めからの小さなカデンツァの存在。見事の一言につきる。

 とまあ、このような具合に、ちょっと譜面を読んでみれば、ピアノを弾けない自分ですら、そら恐ろしくなるほど難しいのである。かといって、普通にベートーヴェンのソナタを演奏する人、ただしオトナであれば手が出ないことはない。要は、名前や曲の規模から、その内容が想像できないところが恐いのである。



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