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「Beethoven大全集」 改訂2016/11/11


大権現様における、「全集」とは何であるか。

 ここでいう全集とは、曲種の全ジャンルにおいて、可能な限りの曲を網羅しているもののことを指している。
 「ベートーヴェンは、初めて全集を作りえた芸術家であった」と、誰かが言った(誰でしたっけ?)。この意味はつまり、ベートーヴェンの全作品を網羅すると、そこに、系統だった進化発展の過程が認められ、個々の作品の完成度もともかく、全体としての完成度も非常に高く、何においても非常に学ぶこと多しということだ。
 であるからこそ、つまらない小品でも音にしてみる価値がある。つまらない小品の中に、あまたの発想のきらめきや、実験の跡が潜り込んでいることもある。「大全集」を作ってサマになる作曲家は、そうそういるものではない。

全集を構成する作品群の不思議さと複雑さ

 作品番号で有名なのはモーツァルトのケッヘル番号だ。第5版とか第6版があるそうで、Kv.nnnというように、Kの後ろにある文字が版数だという。版数があがることを考えると、本当の全集を作ることが容易でないことはあきらかだ。
 ベートーヴェンの場合は複雑だ。
 op.(作品番号)の他に、WoO(作品番号なしの作品)、Hess(音楽学者Hess編纂の番号)、Anh(真作かどうか疑わしい作品)で、有名なものだけで4種類がある。また、op.の作品の中にも、他人の編曲があったり、非常に稀にしか演奏されない曲があったりする。
 WoOになると演奏/録音頻度の低下に加えて、曲として未完成の作品も出てくる。さらにHess番号になると、より未完成の作品が多く、中にはスケッチ帳や手紙にあった曲が登録されていたりする。
 ということで、楽譜ではなく録音による全集は、モーツァルトやバッハより、はるかに難しいということになる。どこで折り合いをつけるのか。ベートーヴェンをよく知るマニアほど、「あ、あの曲が無い」という感想を漏らすことになる。

日本最初の録音による大全集?

 1970年の生誕200年がベートーヴェン大全集の最初のチャンスであった。この頃私は小学生で、クラシック音楽には興味が無かったので、世界でどのような企画があったかどうかはわからない。しかし、私の手許には東芝EMIが出したLP全24巻(おそらくLP100枚程度)のうちの1巻がある。中古で買ったのだ
 これは協奏曲集第2巻で、今は名が知れた内田光子による、ピアノ協奏曲変ホ長調WoO.4や遺作のロンドWoO.6が収録されているという、珍しいものなのだ。珍しいということでは、ベートーヴェン作のピアノ協奏曲のカデンツァが全て収録されているという点もあげられる。
 また、さらに面白いことに、全24巻のうち5つを買うと「ベートーヴェンのスケッチに基づく主要主題の変遷」という特典LPがもらえるというのだ。これはぜひ欲しいものであるが、どこかの物置に隠れていないだろうか。
 また、国内ではグラモフォン版全12巻による全集が発売された。ドイツ本国で発売されたかは、東西問わず不明である。

没後150年、グラモフォンから出た。

 1977年は没後150年であった。ここで、西ドイツからBigな贈り物。ドイツ・グラモフォンから、ベートーヴェン大全集が出たのである。全12巻でLP約84枚(だったかな、数える気しないし)という大作で、この各巻にはオマケのカラーの冊子が入っていて、ベートーヴェン肖像画集や、当時の風景画集といった、うれしいものになっていた。
 しかし、まだまだ小品、珍曲は不足気味であって、珍曲を集める私のような人たちには、やはりヨーロッパの弱小レーベルを根気よく探すしかなかったのである。

 さて、ここで面白い事実を紹介しておかなくてはならない。
 上記の1977年大全集にはじつは日本版が存在するが、カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニーによる1960年代の(第1回の)録音ものが採用されていた。ところが、ヨーロッパ版大全集では交響曲はベーム指揮のウィーン・フィルハーモニーによる9曲が採用されていた。
 1977年では、ベームは全集録音を完成していた。1977年は、カラヤンがドイツ・グラモフォンで1975年から第2回の全集録音をしていて1977年には録音を終えていたので、大全集には間に合ったのではないかと思う。しかし、ヨーロッパ版で採用されたのはベームによる9曲であった。
 ドイツ・グラモフォンは何を基準に選んだのだろうか。

1995年になぜか

 音楽之友社が通信販売のみでのベートーヴェンCD大全集を企画した。どうしてこの時期に? という思いは無きにしもあらず。しかし、ポリドールグループ(グラモフォン、デッカ、フィリップス)の名演奏録音を中心に、小曲、珍曲もかなり網羅されたものであったことは満足いくものであった。
 企画した会社が音楽専門であるだけに、演奏者は、くろうと受けする組み合わせであった。しかし、たとえば交響曲は、カラヤン、ベーム、バーンスタインといった具合でひとりの指揮者で統一しなかったのである。
 ピアノソナタもしかりであった。ピアノソナタでは、ブレンデル(フィリップス)、アシュケナージ(デッカ)、ギレリス(グラモフォン)、バレンボイム(グラモフォン)、ポリーニ(グラモフォン)というように、レーベルで、当時の主力選手が名を連ねている。
 まだ売っているようですが、限定盤のはずだ。しかし!

さらに1997年になぜか

 音楽之友社はこの計画を知っていたのだろうか。すると2年前の発売はサギに近い気がする。
 1997年末、日本版として、講談社創立90年/ドイツ・グラモフォン創立100年を記念しての、ベートーヴェンCD大全集(分売)が出た。これは、各巻が3ヶ月毎に発売されるものであるが、本家ヨーロッパでは全集の一括発売が実施された。グラモフォンはおかかえ演奏家に、金にあかせて(?)小品、珍曲を録音させまくり、かなり組織的に網羅された全集を完成したのである。
 CD枚数では1995年音楽之友社版より1枚多いだけであるにもかかわらず、内容では10枚以上多いといってもよいほど、生つばゴックンものであった。つまり、音楽之友社版全集は発売2年にして一気に価値が下落したのであった。
 ヨーロッパ版では全集のボックス表面にシリアル番号があり、完全限定と表記してある。

 さて、ヨーロッパ版と日本版では、やはり演奏家でかなり違いがある。わかりやすいところで、交響曲のみメモを控えておいたのだが、交響曲は、ヨーロッパ版ではカラヤン指揮ベルリン・フィル(1960年代の第1回録音)、日本版では、ベーム、クライバーなど複数人で分担となっている。音楽之友社版もそうであったが、日本人は、どうも人気で演奏家を分類する傾向にあるようだ。しかし、およそこのような大全集を買う人は、人気のある演奏はすでに買ってしまっているものだ。全集の組み合わせを企画するにあたって、意味のないことに気づかないのは、いったいどういうことなのか。
 いやそれより、ドイツ・グラモフォンは、カラヤンの3種類ある交響曲全集のうち、第1回のものを採用したのである。ベームやバーンスタインがあるにもかかわらずである。このあたりに、ドイツ・グラモフォンの考え方がある。また、ピアノソナタとしても、ケンプによる1960年代の、今となっては古い録音を採用している。バレンボイムが全集を完成させているにもかかわらず、である。ここにも、ドイツ・グラモフォンの、ケンプの演奏に対する一定の評価というものがある。ちなみに、1977年の全集でもピアノソナタはケンプの録音が採用されている。
 なお、日本版全集は定価およそ23万円、ヨーロッパ版は約10万円で入手できた。日本版には大冊の解説が付いていたが、差額13万円の価値はどこまで期待できるのか。私は書店で第1回配本に含まれる解説書を読んだが、通常の曲目解説が1/3、伝記の一部に相当するものが1/3、あとの1/3はエッセーになっていた。装丁が豪華だったが、内容が1冊2000円に達するかどうか、疑わしいところであった。それはともかく、どれほどの人が注文したのだろうかと思わずにはいられない。

ということで4種類(1977,1997年DG日本版はヨーロッパ版とは内容が異なるので、実際は6種類)

 全作品を網羅しようとする企画は、私が知る限りでは今までで4回あった。今となっては、かろうじて音楽之友社版が入手できるようだ。購入希望の人は、お早めに。
 いずれにせよ、この世紀末の1997年、限りなく完全に近いベートーヴェン大全集の出現は、私に「もう死んでもいい」と思わせずにはいられない成果をもたらした。ベートーヴェン大事典の刊行とともに、1997年は実り多き年として記憶に残るのである。



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