大権現様の、わしの音楽を聴け! 第12回
「アテネで燃えた! 廃墟になった?」
(なかさん、以下、な)前回は、お勧めとして序曲などの話題がありましたが、私は、面白い曲を知ってるんですよ。
(大)なに? 漏れてた曲があったか?
(な)それはですね、劇音楽「アテネの廃墟」の行進曲です。
(大)あ、「トルコ行進曲」じゃないか。すっかり忘れていた。「トルコ行進曲」といえば、モーツァルトとわしの曲でキマリだったな。しかし、モーツァルトはピアノ曲、わしのは管弦楽ときておる。現在でも行進曲といえばベスト10に入る、名曲だ。
(な)いえいえ、その曲はたしかに面白いですが、私の言いたいのはこれ、劇音楽「アテネの廃墟」の第6曲としてある「行進曲と合唱」なのです。(譜面例下)
(大)なにも、そんなに影の薄い曲を探し出さなくたっていいだろうに。ほら、読者が唖然としているぞ。そもそも、その曲を聴こうとしたって、おいそれと聴けないじゃないか。
(な)たしかにそうですけどね。しかし、隠れた名曲を探すのは楽しいことですよ。音楽はナマ演奏に限るのはもちろんでしょうが、ナマ演奏で聴けない曲を探すのは、CD集めとしては最高に楽しいことです。演奏会でかけられる有名な音楽の陰には、数多くの無名な曲があるんですよね。
(大)悪かったな、無名な曲で。
(な)いやー、はっはっは。さて、この行進曲なんですけどね、じつは、誰でも、ちょっとだけ聴けるんです。
(大)そうだな。「アテネの廃墟」序曲の序奏のところに少しだけ残しておいたんだ。序曲なら、店で簡単に探せるからな。じつのところ、なかなかのどかで面白い旋律だったから捨てきれなくてな。
(な)そう、最初はのどかなんですけどね。それが、あこがれをもって盛り上がり、次に合唱を伴って、雄大に広がっていくさまは、じつにすばらしいではありませんか。音楽って、こうでなくちゃいけない、というやつですよ。
(大)そこまで褒められるとうれしいな。
(な)で、もう1曲あるんですが。同じ劇音楽にある「イスラム教僧侶の合唱」です。これが、じつに荒荒しくて面白い。
(大)イスラム教が異様な連中だっていう設定だったもので。
(な)今なら、宗教がからんだ国際問題ですよ。しかし、ベートーヴェンがこんなに荒荒しいというか、異様な雰囲気の音楽を書けるんだな、という面白さがあります。
(大)なにおう、これでもヨーロッパを代表する最大の音楽家である。そんなものは、いくらでも書いてやる。金を出してくれるならな。
(な)わかってますよ。その異様な雰囲気の合唱なんですが、その曲に続くのが、あの「トルコ行進曲」なんですね。一転、のどかになっちゃいますね。
(大)変な劇だったからな。キワモノ的作品だったのだ。「廃墟」なんていう言葉がついているが本当は「祝祭劇」、つまり、おめでたい場で演奏する劇だったのだ。しかしな、そんな劇のことなんか、わしの責任じゃないからな。
(な)ギリシャのアテネにイスラム教が出てきて、トルコ軍が来て、いったい、どうなっちゃうんですかね。
(大)これは、ペスト(今の、ハンガリーのブダペスト市)の劇場のこけらおとしで作った曲で、結局はハンガリー皇帝万歳みたいな場面で終わるんだ。
(な)むちゃくちゃですね。アテネなんて、どうでもいいじゃないですか。
(大)しかもな、およそ10年後に、全く同じ劇を、ハンガリーをウィーンに舞台をかえただけで、結局、オーストリア皇帝万歳をやらかしちゃったわけだ。どうだい、笑ってしまうじゃないか。わしも、ほとんど同じ曲を使いまわしちゃったし。しかし、言っておくがな、わしが企画したわけじゃないぞ。あくまでも、ウィーンの劇場のこけらおとしだったのだ。そして、嫌だったのに何度も何度も頼まれて、つい…。
(2004.9)