大権現様の、わしの音楽を聴け! 第13回
「わしの弟子に聞け!」
(なかさん、以下、な)ええと、皆さん、今回の「わしの音楽を聴け」は、特別に、弟子のチェルニーさんに来ていただき、「わしの弟子に聞け」と題して送ります、特別編です。(パチパチ)
(チ)ども。ピアノ練習曲で有名なチェルニーです。今も世界中で子供らをさんざん苦しめています。(客席で笑い)
でも、バイエルよりはマシなんじゃないかと思うんですけどね。(客席で苦笑)
(な)今日来ていただいたのは、他でもありません。今、大権現様は年末で忙しいという連絡が入ったからなのですが。
(チ)私は、代役ですか。年末は、あの曲で一番儲かりますから仕方ないですね。
(な)つまりチェルニーさんの師匠は、皆さんご存知のあの大先生ですから、今日は、裏話をいろいろ聞かせていただけると思います。
(チ)おおらかな時代でしたからね。裏話といっても、たいしたことはないのですが。私はピアノの練習曲で有名になったわけですが、ピアノの教師でもあり、先生のかわりに演奏会で協奏曲などを何度も演奏したこともあります。先生は、耳の病気のせいで、いつからか人前では演奏しなくなりました。弟子である私やリースに頼るわけですよ。リースのほうが、よく演奏したでしょうか。
(な)演奏をしていて困ることって、無かったですか?
(チ)サロンで演奏をしていると、来ていただいた人から、オマエは即興演奏ができるのかと、何度も聞かれました。まあ、多少はできますけどね。でも、先生がアレでしょう。もし聴いている人の中に、先生の即興を一度でも聴いたことがある人がいたらと思うと……。自分ではどんなにうまくできたとしても、先生と比較されちゃ元も子もないですからね。なにせ先生は即興で超絶技巧のソナタ形式を作ってしまうんですよ。大作曲家で大ピアニストですからね。
即興演奏のかわりに私は、先生の作品なら何でも演奏します、ということで、リクエストをしてもらってすぐさま演奏する、という芸当をしたことは何度かあります。
(な)すごい芸ですね。全部覚えていた、ということでしょうか。
(チ)そうです。暗譜です。
(な)弟子として困ったことは、何かありましたか?
(チ)弟子だからということでは、手書きの楽譜を読まされるのが一番つらいです。時には、それで初見演奏しろという。じつは、子供の頃に、ハ長調のソナタ(ワルトシュタイン)を、手書きの譜面で少し演奏したことがあるのです。子供ながらに、なんてキタナいんだあ、と思いました。読めないです、アレ。いまさらながら、あの楽譜を読む写譜屋はすごいなと思います。
先生は、初見演奏を、音楽の全体像を把握する訓練にはちょうどよい、ということで奨励していました。きれいに書かれた楽譜なら、ドンと来い、なのですが。
(な)先生には、先生の読めない音符を読む専任の写譜屋がいたそうですね。でも、写譜屋がきれいに書き写せば、なんとかなるんじゃないですか?
(チ)そう思うでしょ? でもね、楽譜に間違いがあると例のキタナイ字で、訂正が入るんですよ。読んでいてそこにぶつかると、手が止まってしまう。まあ、手書きの譜面を読むよりいいんですが。
(な)手書きの譜面ということは、作曲したばかりの、出来立ての曲になりますね。チェルニーさんは作曲もなさいますから、先生の作曲を間近に見ることができて、いろいろ勉強になったのではないですか?
(チ)たしかにそうですが、即興と同じで、とてもマネのできるものではないです。私は、出来上がりに唖然とするくらいしか、することがない。
弟子で困ることは、先生とピアノの演奏の内容を比較されることですね。それは、よくリースが比較されて困っていました。彼が立派に演奏しても、先生からは、「ちょっと冷たい」と言われてしまうのです。先生のあの演奏と比べたら、そりゃ仕方ないじゃないですか。リースは、当時としては立派なピアニストでしたから、名誉は回復させておかないと。
(な)作曲の過程をいろいろ見せていただいた中で、何か、印象に残ることはありましたか?
(チ)私はそれほどしなかったのですが、リースやシンドラーが先生の曲に何度も茶々を入れて、叱られていましたね。私は賢いですから、そんなヘマはしませんが。
(な)弟子でいると楽しいことは何ですか。
(チ)先生のネームバリューはすごいですよ。ピアノ教師をしていると、それがよくわかります。他には、先生の曲をいろいろと編曲してみないか、と言われることがあります。先生からも言われますし、出版社が言い寄ってくることもあります。先生は他人の編曲を私に見せて、「こりゃ、ひどいもんだろう」と、よく言ってましたっけ。先生は、リースが編曲した交響曲第2番のピアノ・トリオ版を私に見せて、どこか直してみろ、と言ったことがあります。しかもなんと、それがちゃっかり出版されてしまうんですから。先生とリースと私の合作ですよ、楽しいことではありませんか。他にも楽しかったのは、リースといっしょに、イ長調のバイオリンソナタ(「クロイツェル」のこと)を、ピアノで連弾したりするとかね。そういう遊びが、できるんですよ。
(な)最後に、あなたの自慢は何ですか?
(チ)リストを弟子にしたことでしょうか。ベートーヴェンから始まる真のピアニストの系譜を、次の世代に、しかも大きく伝えたことですね。
(な)本日は、ありがとうございました。
(チ)ありがとうございました。次回は、リースを呼んでやってください。彼は「エロイカ」や「ハンマークラヴィア」など、いろいろ逸話を知ってますよ。では。
(2004.12)