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大権現様の、わしの音楽を聴け! 第15回
「新発見の曲はあまりない」



(なかさん、以下、な)ついこのあいだ、モーツァルトの新発見の交響曲ではないかという曲が演奏されたそうですね。(2005年4月12日のニュース)
(大権現様、以下、大)そうそう、しかも東京で世界初演だったという。でもわしは聴いていない。賛否両論だったということだが、それが本物であったとしたら若い頃の作品らしいな。
(な)若い頃の作品なら、本物かどうか簡単にわからないのかもしれませんね。手法が確立していないというか、つまりは未熟。
(大)もしそれがモーツァルトではない別人の作品で、しかもその人がいい歳をした大人になってからのものであったら、「お前はモーツァルトの子供のレベルかよ」ということで、恥ずかしいことこの上ない。ぜひ本物であってほしいものだ。
 それにしても東京初演とはどうしてそうなったのかな。ザルツブルク(*1)やウィーンではないというのは、どういうことなのかな。
(な)ところで、先生も最近で新発見の曲はあるのですか?
(大)時折発見されるが、交響曲のような大きなものは無くてな。ピアノとか弦楽4重奏で、時間も短めのものばかりだ。熱心な研究者がわしのネタ帳や友人の遺産から曲を探し出してくるのはいつものことでな、それが恥ずかしいやら怒れてくるやら。探し出すだけではなく研究発表したり、演奏してCDにして発売してしまうというのだから、わしの熱心なファンなのか商魂がたくましいというのか、よくわからんな。
(な)そこで、最近買い求めた掘り出し物なのですが、「エリーゼのために」の、1822年改訂版の演奏があります。このCDは、MONUMENTレコード(*2)というアメリカの会社が発売していて、他にも、先生の珍しい曲がいっぱいあります。
(大)で、どうだった?
(な)つまらなかったです。
(大)…
(な)今よく演奏されている「エリーゼのために」(1810年版)にはかなわないな、ということですよ。
(大)そうか、ううむ。改訂したのに受けが悪いとは、どうしたもんかの。表に出てこなくて、良かったというところか? ま、そういう些細なことはさておきだな、珍しい曲であっても、できれば自信作をたくさん聴いてほしいな。つまり、出来のよい曲だ。何か光るものを持っていて、後世の人に何かしら学ぶべきものを持っている曲だ。たとえば歌劇「レオノーレ」(*3)だな。
(な)それは今でも時折、録音が見つかりますね。初演のときの形態ですね。
(大)そうだ。3幕からなる「レオノーレ」、つまり、歌劇「フィデリオ」の最初の版だ。初演後友達が、この曲は長すぎるとが雑然としているとかぶつくさ文句ばかり言うものだから、嫌々ながら改訂したのだ。それも2回も。2幕にして名前まで変えて、まあ、すっきりした形になるにはなったのだが、最初の版はこれはこれで面白いはずなんだぞ。
 そして「レオノーレ」の改訂に従って作曲した序曲も、珍しい部類に入る。序曲「レオノーレ」第2番だ。これは、名曲であるあの第3番の前の版であると思えばいい。推敲前の作品というわけだ。
(な)ただし「レオノーレ」第1番は、内容が全然違うことに注意しておかないとね。
(大)それは、わかっておる。しかし、出来が悪いので、とりあえず無視するように。
(な)新発見の曲ということでは例の「イエーナ交響曲」(*4)というのがありますね。
(大)とんでもない。もとよりわしの作品ではないし、あんなものは駄作だ。とにかく、わしの曲の多くはスケッチ帳のどこかと関係しているので、全く独立して隠れた作品は少ないのではないだろうか。
(な)交響曲第10番がじつは存在していた、ということはありますか?
(大)ないない。大きな曲が、そう簡単に埋もれてしまうものか。だいたい、わしには気になる旋律や作成途中のスコアを書き留めたスケッチ帳があるのだぞ。
(な)そのスケッチ帳は、現在も完全に残されているのですか?
(大)う…全部あったかな?
(な)それの一部を誰かが隠したとか…。
(大)あ、思い出したことがあるんで、ちょっと、行ってくる……。
   (あわてて走り去る先生、その先には…)
   おーい、シンドラー、ちょっと、ここへ来いー、おまえに話があるー
   なんだおい、逃げるなー(*5)

(*1)言わずと知れた、モーツァルト生誕の地。
(*2) http://www.monument-records.com
(*3)現在の「フィデリオ」は第3稿で、第1,2稿も録音が残されている。
(*4)ベートーヴェンの未発見の交響曲ではないかと騒がれたもの。1909年、イエーナで見つかった。調査の結果、ヴィットの作と判明した。
(*5)シンドラーは、スケッチ帳ではなく会話帳ではあったが、そのいくつかを闇に葬ったということである。

(2005.5)



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