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  5. 大先生の曲を管弦楽で演奏する

大権現様の、わしの音楽を聴け! 第1
「大先生の曲を管弦楽で演奏する」



(な)先生の曲は、種類に応じて性格が違うようですが、それについてお話いただけますか。
(大)よく例えられるのは、交響曲は大演説、ピアノソナタは日記風、弦楽四重奏は心の内面を映したとか、というやつだ。
(な)なんだか、ロマン風なお話ですが、そのようなものでくくっていいのでしょうか。でも、ピアノソナタは実験的ですよね。日記のような個人的なものでなければ、できないようなことが多いですね。
(大)ひとりで演奏するから、何でも来いだな。そもそも、わしは偉ッ大なるピアニストなのだから。とするとピアノ三重奏や管楽合奏は仲間との団欒であろうか。ならば、わしがこのような曲種から遠ざかったのも、むべなるかな。
(な)それでは、引きこもりのように思われてしまいますよ。一方、弦楽四重奏は「頭脳明晰な4人の賢者の会話」(ゲーテ)という評価もありますが。
(大)権威に対してヨイショすればいいっていうものでもない。(*1)
(な)そうそう、小人数の室内楽には、これまで、いろいろと大型の編成に直したものがありますね。
(大)そうだ! 弦楽四重奏では、驚いたことに管楽器やティンパニを含む管弦楽にしてしまったものがあり、かつて録音されたこともあるのだ。第4番ハ短調だ。しかし、このようなものは稀で、実際には各楽器を大勢にしただけのものになる。有名なのは第11番「セリオーソ」、これにはマーラーの編曲版がある。他には第14番。これは、指揮者バーンスタインが編曲したもので、ウィーン・フィルを振った貴重な録音がある。どちらも、指揮者であるとともに作曲家だな。
(な)実際のところ、このような大勢の合奏は、どうなのでしょうか。
(大)指揮者によると思うが、4人が丁々発止の生々しい演奏をする、というようにはならない。響きがまとまってしまうのもやむを得まい。しかし、表現が難しい曲は楽器を持たない指揮者がまとめあげる、というのもひとつの方法ではある。
(な)他には、トスカニーニが第16番を演奏したという録音がありますね。彼は、厳格そうですが、ほんとうはそういったものが好きなのでしょうか。
(大)彼のお気に入りは、少し驚いてしまうが、七重奏曲(*2)の多人数版だったのだ。今にして思えば、七重奏曲というのは聴衆のご機嫌取りの気に入らない曲なのだが、トスカニーニの演奏では、じつにきびきびと聴かせる。しかし、イタリア人らしく歌心も忘れてはいない。
(な)生で聴きたいものですね。
(大)わしの室内楽は、そこかしこで弦楽器に高度なテクニックを要求するぞ。わしの曲は並大抵のものではないからな。しかし、七重奏曲なら聴衆に喜ばれる演奏は容易かもしれん。管楽器もあって親しみやすいからな。内容は弦楽四重奏よりも軽めの曲なのだが、6楽章で時間が長くかかるのが、いまひとつかな。
 そこでだ。弦楽四重奏のための「大フーガ」は、比較的頻繁に大勢で演奏されたものだが、どうかね。カラヤン、クレンペラー、ボールトなど、名だたる指揮者が取り上げている。時間的に短いわりに内容が濃いので、好まれるのかもしれない。これなら、演奏会にかけてもハクが付くぞ。
(な)面白いですね。楽譜も入手が容易ですから。で、コントラバスはどうするのです? チェロの楽譜をそのまま演奏させるわけにもいかないでしょう。
(大)それは指揮者が編曲する。チェロの、どこで加勢するのか。チェロはそのまま演奏すればいいのか、など。場合によっては、他の楽器にも少し手を加えることもあるだろう。しかしそれでも、弦楽四重奏曲の多人数版での演奏会は、はるかに実現が容易なのだ。あれに比べれば、な。
(な)あ、アレとは?
(大)ピアノソナタ変ロ長調「ハンマークラヴィア」の管弦楽版だ。このピアノソナタをよく知る者は、この管弦楽版が存在することを知って驚くに違いない。まさに空前絶後の編曲なのだ。普通の人なら手を出さない編曲であるし、まあ、怖くて演奏できない、という意味もあるかな…。

 (この管弦楽版は録音も残されている。しかし、寡聞にして演奏会が強行されたという話は伝わってこない。モーツァルトの新発見の曲が演奏されることがある一方、よく知られているはずのベートーヴェンの音楽の世界ですら、まだまだ秘境魔境は存在するのである)

(大)川口浩(*3)が生きていたら、探検してくれたことであろう!
(な)またワケのわからんことを…

*1 ゲーテと会ったベートーヴェンは、貴族に対して控えめな態度をとるゲーテを気に入らなかったという。
*2 クラリネット、ファゴット、ホルン、バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバスのための。
*3 日本で最も有名な探検家かもしれない。

(大)「かもしれない」は「探検家」にかかるんだが。
(な)それはもういいから…

(2006.3)



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