大権現様の、わしの音楽を聴け! 第21回
「聞いてはならない話」
(大)今回はまず、映画の宣伝だな。
(な)現在公開中の「敬愛なるベートーヴェン」(邦題)だそうです。女性がからんでますね。
(大)むさくるしい男ばかりじゃいけないですからな。でも、この原稿が世に出る頃には映画公開は終わっているのでは?
(な)凄いヒット作でなければ、1ヵ月もたないのが、昨今の業界事情のようです。いずれレンタルされるでしょうけど。「第9」といえば夏にも映画が公開されました。
(大)日本最初の「第9」演奏を描いた、松平健の主演だったな。個人的には、あの付け髭を昨今の優秀な植毛技術で作っているというような松平健のCMが気になったのだが。でも、わしはハゲていないので。それよりおまえ、ちょっと薄くなってきたぞ。
(な)遺伝ですから。でも、ツルにはなりませんよ。それはともかく、「敬愛なるベートーヴェン」はタイトルがおかしい。「敬愛するベートーヴェン」さもなくば「親愛なるベートーヴェン」じゃないかな。敬愛なる、とは使わないでしょう。
(大)スタッフが日本語に疎かったのかどうだか、よくわからんな。ともかく、「第9」の初演は53歳のことだったのだが、そんな年齢で恋愛話を映画に仕立て上げるというのも変な話だ。もう少し若い頃の話にすればよかったのに。
わしはな、いつも誰かを好きであった。いつもわしは女性を必要とし、数え切れないほど係わり合いを持った。ウィーンの街角じゃ、可愛い娘をたくさん見つけたものだ。
(な)相手にされなかったのでは?
(大)わしは名士であるからな、けっこうもてた。思い返すと、誇り高い貴族の娘も、街で媚を知っている可愛い娘も、皆好きだ。今なら話せるぞ。友人の女房や、下宿していた家の娘、ピアノの弟子だった若い女の子。若くはないけどきれいな男爵夫人だってな。
(な)それは手当たり次第! 某女優の暴露本みたいですが。
(大)いやいや、純粋に恋をしていたのであって、決して危ない遊びをしていたわけではないから、注意して聞くように。昼のメロドラマのような、どろどろとした愛憎関係には無縁の生活だったのだから。
あれは十四歳のときだったかな。わしに詩を読んで聞かせてくれた、たしか十二歳のエレオノーレ・フォン・ブロイニング、彼女が初恋だっただろうか。
その後は、順序も覚えていないほどだ。プリマ・ドンナのマグダレーナ・ヴィルマンだろ、ジュリエッタ・グィチャルディ伯爵夫人。
エルトマン男爵夫人は、とてもチャーミングだった。そして、マダム・ビゴー、ケーグレヴィクス伯爵夫人、アンナ・エルデーディ伯爵夫人…。
(な)他人の奥さんばかりじゃないですか!
(大)ピアノの名手ともなると、あちこちで知り合いになるからな。娘にピアノを教えてくれ、というのもけっこうある。
アントニーエ・ブレンターノ、ファンニ・デル・リオ、ナネッテ・シュトライヒャー、ジャネッテ・ドンラート。
テレーゼ・フォン・ブルンスウィック伯爵令嬢と、その妹のヨゼフィーネ。ヨゼフィーネはダイム伯爵と結婚した後でも、たくさんの手紙をやりとりしたなぁ。
(な)この姉妹は有名ですね。それにしても、姉妹を二人ともですか!
(大)…。あるカフェーの女主人は、早くに夫を亡くしていてな、そこの娘さんが可愛いかったのなんの。
バルバラ・コッホ、テレーゼ・マルファッティ。歌手のアメリア・ゼーバルトは別れてからも、ずっとわしを好きできてくれたぞ。わしの髪の毛を、記念にいつまでも大切にしてくれたそうだ。クリスティーナ・ジェラルディは、わしにとてもエロティックな詩をくれたな。
今にして思えば恥ずかしいことなのだが、街で見初めたリーザ・フローベルガーという娘に心を奪われて、何度も家まで見に行ったこともある。相手にはされなかったのだが。
(な)それは、ストーカーみたいなものです。
(大)それから、名前を覚えていないんだが、さる外国の公爵に愛人がいてな、ちょっと遊んだっけ。リースを呼んで、BGMとしてピアノを弾かせてやった。
(な)それは、家に連れ込んだということですか!? それにしても、先生のイメージが完全に変わってしまいましたね。恋多き男というか何と言うか。それでいて、あまり作風に影響が無かったかのような感じがしますが…。
(大)大規模な音楽にはあまり影響が無いぞ。それより、個人的な心情を映しやすいピアノソナタなどをよく聴くがいいだろう。繊細なところなどをな。
(な)で、第9の解説をするのではなかったのでしょうか。
(大)思い出に浸ってしまったので、今回はパスということで。
(2006.12)