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大権現様の、わしの音楽を聴け! 第28回
「レベルオーバー」


(なかさん、以下、な)今回は、ノイズについてです。
(大権現様、以下、大)いきなり来たな。
(な)生演奏ではまず聴くことは無いのですが、CDには時折ノイズが入っているんですよ。
(大)CDは音がクリアに聴けるという長所があったんじゃないのか?
(な)売り文句はそうなんですが、実際は違うんです。同じノイズでも、1980年頃のCD発売当初から問題視されてきた量子化ノイズのことではありません(難しいので説明はしませんよ)。これは、CDプレーヤーが発達したのでお手頃な製品であれば問題にならなくなりました。今回問題にしたいのはレベルオーバーのノイズなんです。
(大)それは録音のときの問題じゃないのか?
(な)そうです。CDが生まれるかなり前からこの問題はあったのですが、CDの時代になって、はっきりしてきたのです。つまり、CDには最大の音量というのが決まっているのです。大変簡単に言うと、音を0から65535までの数字で表現するのです(わかりやすくするためにわざと類型化してます)。
(大)たしかに数字の上限があるわけだから、それを超える音は入らんな。
(な)管弦楽ですと物凄く大きな音で演奏する場合もあるので、大抵の場合には、CDにうまく収まるようにマイクや装置をうまく調整するんです。その調整に失敗すると、レベルオーバーになるんです。65535より大きな数で音を録音できないので、それより大きな音を全部65535でごまかしてしまうんです。するとそこがノイズになる。
(大)なんだ、うまく調整すればいいんじゃないか。何が問題? それに、わしと関係あるのか?
(な)じつは先生の音楽で、レベルオーバーになりやすい曲がひとつありまして…
(大)…!
(な)それが交響曲第9番なんです。
(大)どこが悪い?
(な)前半3楽章が管弦楽のみで、第4楽章で合唱が加わるからです。思った以上に合唱は大変なエネルギーがあります。前半3楽章でうまく録音できるように装置を調整すると、どうやら合唱が加わる第4楽章で収まりきらないほどの音になるようです。これは昔のアナログ録音のときからそうでした。合唱が加わった部分で音が歪んでしまうのです。
(大)たしかに、合唱がうまく演奏すると、少ない人数でも物凄い音になるな。わしはよくわからんが。
(な)ただ、アナログ録音、つまりテープ録音の場合は、音量のピークでも、歪みながらもなんとかなめらかな波形になったのです。しかし、デジタル録音はどうにもなりません。とにかく、なるべききれいに録音するには、限界の一歩手前で録音すればいいのですが、CDも最初の頃は難しかったようですね。合唱部分で限界の一歩手前にすると、前半3楽章ではかなり余裕ができてしまう。でも最近は録音の技術が進んで、こういった問題はあまり起こっていないようです。絶対に無いとは言いませんが、聴いた限りではレベルオーバーは気にしなくてもいいのかもしれません。
(大)気にしなくてもいいのなら、どこが問題なのか?
(な)じつは、最近のCDでは、わざとノイズを付け加える場合があるんだそうです。
(大)せっかくうまく演奏しても、そこにノイズを付けてしまうのか?
(な)そうなんです。私が実際にある件で問い合わせたところ、返事はこうなっていたのです。
 「人間の単純な心理として、音圧レベルの高い音を印象的と捉えてしまう傾向を考慮して、昨今のレコード会社各社の新譜においては、エンジニアが競ってレベルオーバーを行なっています。」
 ロック系の、もともと音量の大きなジャンルでのことのようですが。
(大)なんと、もともと無いはずのノイズを足して、迫力があるかのように聞かせるのか。しかし少し待て。ノイズを迫力と勘違いするとは、お前たちの耳も劣ったものだなあ。
(な)そんなこと、先生に言われたくはないですけどね、でも悲しいながら、そういう傾向にある人も多いようです。それはおそらく、ノイズの無い、本当に迫力のある生演奏を聴く体験が欠けているのではないですかね。やはり、経験できるときにいいものはたくさん体験しておかないといけませんね。
 ロックやポップスでは、生演奏というよりも演奏を電気的に増幅して聴くではありませんか。ボリュームを上げすぎると、その増幅の過程でどうしても歪みが増えるわけです。結果として、迫力の大音量=ノイズのある大音量というわけなのでしょうか。
 逆に、昔ながらの電気を使わない楽器は、どんなに大きな音でも不自然な波形を作るわけではありませんから、不快な大音量にはなりませんね。
(大)やはり、音楽は良い音でたくさん体験しておかねばならないということだな。かくいうわしも、若い頃から音楽三昧だったから、耳が悪くなっても作曲できるわけだ。
(な)そうです。体験すれば思い出すこともできますが、体験しなかったら、絶対に一生わからないのです。良い体験は、若いうちにしておくべきですね。



(2008.9)



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