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  5. メトロノームを使う

大権現様の、わしの音楽を聴け! 第30回
「メトロノームを使う」



(な)今回は、速度についてです。
(大)Adagio とか、Allegro とか。
(な)Andante を「ゆっくり歩くような速さで」とか、Moderato を「中くらいの速さで」と学校で習うんですよ。中学校でしたか。
(大)たしかにそういう意味だが、あいまいだな。「ゆっくり歩くような速さで」っていっても、わしは歩くと速いぞ。だからわしはメトロノームを使ってだな、音楽新聞に自分の曲の速度を発表したこともあったんだが。(*1)
(な)かといって、晩年のあたりの曲でも、メトロノームによる速度の数字は書かなかったじゃないですか。先生はメトロノームを絶賛していませんでしたっけ。
(大)うん、まあ速度というのは結局主観的でしかも流動的なもので、わしだって、ノリノリの時はピアノを速く弾いてしまったりするからな。気分や体調で変わってしまうものだ。結局、演奏者が最も適したと思う速度で演奏するしかない。
(な)その速度なんですが、ひとつ面白い曲があります。交響曲第7番の第2楽章。
(大)速度表記は Allegretto になっている(譜例)。
sym7-2a.gif (36399 バイト)
(な)この Allegretto は、いったいどれくらいの速さが良いのでしょうか。
(大)とりあえずわしは4分音符で76とした。これはもちろん Moderato ではない。少なくとも、そもそも Allegretto なのだから、誰もが「ちょっと速いな」と感じる速度でなきゃならん。
(な)そうはならないところが面白いところで、ご存知のとおり、この楽章はゆっくり演奏することが通例になっています。演奏によっては Moderato より遅いかもしれませんね。
(大)遅いほうが、何か深い感情を込めたような演奏ができるわけだ。
(な)こんな話があります。
 昔、カラヤンがウィーン・フィルとこの曲を練習したとき、ウィーン・フィルはどうしても速く演奏したがって困ったそうです。それでもなんとか説き伏せることができて、カラヤンの指示した遅めの、四分音符=68程度のテンポで演奏することになって、本番を迎えたと。
 で、その本番。第1楽章が終わって第2楽章、例の和音が鳴った後、カラヤンがさっと棒を振り始めるとウィーン・フィルは何食わぬ顔をしていつもの四分音符=約90という速度で優美に演奏を始めた。
(大)で、カラヤンは?
(な)こちらも何食わぬ顔で、そのまま指揮を続けたということです。(*2)
(大)ウィーン・フィル、さすがだな。古典派の演奏の伝統を守るというウィーン・フィルの頑固さに、カラヤンも勝てなかったということだな。
(な)ウィーン・フィル設立は1842年ですから、その頃から速めで演奏していたということでしょうか。
(大)そこはやはり Allegretto なんだから、それっぽく演奏してもらわないと困るな。
(な)つまり、メトロノーム指定は誤りだったのか、と。ともかく、この楽章は Allegretto という指定があるのに 多くの指揮者は Moderato 以下の速度で演奏することが広まってしまったんですね。ちなみに、カラヤンの指揮で演奏時間を並べてみましょう。
  ウィーン・フィル盤(1959年) 4分音符=63.6
  ベルリン・フィル盤(1961,2年) 4分音符=72.5
 カラヤンは、メトロノームの指示は無視していたのですね。
(大)録音では、ウィーン・フィルは完全に妥協したのだな。それにしても、ずいぶん違う。ベルリン・フィルの時は、少し反省したかな、カラヤンは。
(な)結局、速さについてもこうなのだから、それだけに誰の指揮であっても、ウィーン・フィルの演奏は、どこまでが指揮者の解釈で、どこからがウィーン・フィルの意地なのか、聴いただけではわからないってことですね。
(大)他のオーケストラの演奏と比べてみないであれこれ言っても無駄ってことだな。

*1 8番までの交響曲の速度を「一般音楽新聞」に掲載した。(9番の作曲前)
*2 岩城宏之「フィルハーモニーの風景」岩波新書

(2009.6)



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