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大権現様の、わしの音楽を聴け! 第34
「苦悩を突き抜けるより余計なことを考えるな」



(大権現様)大震災の報道を見ていてふと思ったのだが、「苦悩を突き抜けて歓喜に至れ」なんて、一体誰が言い出したんだ。
(チェルニー)先生ですよ、先生。それがどうしたのですか。被災した皆さんに贈る言葉ですか。
(大)そんな、尻をたたいて急かせるようなことはしないよ。しかし、わし、そんなに大それたこと言ったかな。
(チ)言いましたよ。しかも、その言葉と同じような内容の曲を作ったじゃないですか。ハ短調の交響曲。
(大)でもあれは、主題を見つけて展開していったら、たまたまそういう音楽になっただけであってだな…
(チ)しかし新機軸満載で、後世に大変に大きな影響を与えました。あれ以来、ハ短調ハ短調と、ことあるごとに取り上げられてましたね。
(大)短調で始めて長調で終るなんて、普通の曲作りじゃないか。それとも、短調のまま終ってほしかったか。
(チ)いや、先生の実力でそれをやったら大変なことになりますから。しかしあの曲の始まり方が尋常じゃないですし、終わりが空前絶後でしたからね。曲の構造が話題になれば必ず出てきますし、先生の代表作といえばハ短調なのだとよく言われます。
(大)そのかわり、わしの音楽はあんなのばっかりだと思われていないかな。
(チ)たしかに、そうでしょうね。メンデルスゾーンがゲーテにハ短調を紹介したそうですが、ゲーテも先生はあんな曲ばかり作ると思ったでしょうね。
(大)しかも聴かせたのは第1楽章の冒頭だけだというじゃないか。なんだか、わしは乱暴者のように見えるな。でなければ、堅苦しい奴だとかな。
(チ)ちょっと当たっている感じもしますけどね。そうそう、第9番の交響曲も「苦悩を突き抜けて歓喜に至れ」と同じようなイメージを持たれているようです。
(大)それは、最終楽章の歌詞がそうなっているからだ。考えてもみろ、最後にあの楽章があるとしたとき、前半3楽章も長調のまま延々と書けるか。バランスというものがあるだろう。そもそもだな、ハ短調が一人歩きしているのはおまえが弟子にちゃんとクギを刺しておかないから。
(チ)フランツ・リストですか。リストは先生に感化されてましたからね。先生があのときほめてなけりゃ、少しは歴史が変わっていたかもしれないです(*)。
 とにかく、あの交響詩「前奏曲」ができましたね。暗く始まって勝利で終るという構成でしたね。しかし、私は、まさかあいつが管弦楽の作曲に手を染めるなんて思ってもいませんでしたよ。あいつには交響曲なんて書かないな思ってましたから。しかし交響詩にするとは、うまい手をひねり出したもんだ。
(大)そのかわり、あいつも余計な観念にとらわれて苦労したみたいだな。
(チ)ハ短調の交響曲が頭から離れなかったみたいですね。先生にはもともと強烈な個性を持つ曲が多いですが、とにかくあのハ短調は突き抜けてました。皆が呪縛から逃れられなくなるのも当然かもしれません。
 そういえば、ブラームスも真似たように見えますね。第1番の交響曲で。
(大)そう解説されることも多いようだが、第2、3楽章をよく聴けば、そういった呪縛からは無縁だということがわかるぞ。
(チ)たしかにそうですね。第2楽章は暗いところが無く落ち着いた音楽でしたし、第3楽章もほどほどに明るい音楽でしたね。調性の組み合わせで両端の楽章があのような内容になったと考えるべきですね。
(大)それを逆手にとったのが、ショスタコービッチだな。交響曲第5番。あの悲痛なアダージォが第3楽章にある意味っていうのを、わかってくれたかな。
(チ)どういう意味があるのですか。
(大)第2楽章は、カラ元気だ。元気なふりをしているのだ。第3楽章はな、「いや、俺たちは、もうダメだ…、死ぬ…」と悲嘆にくれている有様だ。ほら、この楽章の最後じゃ、死んで天国に逝っちゃったみたいじゃないか。だからこそ第4楽章の行進が空虚なものになるんだ。
(チ)そこまで裏を読まねばいけないですかね。
(大)いや、試しに当時のあの国の政治体制を思い浮かべて言ってみてみただけなんだが。だったらわしのハ短調交響曲はどうしてくれるんだ、と言いたいね。
(チ)余計なことにわずらわされないで聴きたいものですね。
(大)作曲するほうも、余計なことを考えないで作りたいもんだな。


* チェルニーが幼少のリストを連れてベートーヴェンを訪問した際、リストはピアノをうまく弾いてベートーヴェンにほめられた。

(2011.10.30)



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