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  5. パリのほうで演奏が盛んだったベートーヴェン

大権現様の、わしの音楽を聴け! 第35回
「パリのほうで演奏が盛んだったベートーヴェン」


(大)わしの作品は、器楽が主体である。しかし、声楽曲の人気はイマイチだ。ミサはあまり演奏されないし、それ以外の合唱曲はなおさらだ。歌曲はシューベルト以降の作品にくらまされて、見えていないに等しい。歌劇は地味だ。ま、これは題材にこだわりすぎたためでもあるのだが。
(な)モーツァルトは歌劇が多いですね。ハイドンは合唱曲が多いですね。先生は、そのかわり他の作品が有名だから、いいじゃないですか。
(大)ま、いいけどね、しかし、当時、人気というか財布が豊かになるためには交響曲より歌劇だったなあ。ウィーンじゃロッシーニが席巻したし。劇場や興行主はさかんにわしに歌劇の作曲を勧めてきたし。歌劇ならまとめて何日も上演してくれるし、聴衆に受けたら何度も観に来てくれるから効率的だった。
 交響曲より歌劇のほうが受けが良かったのは、思えばそれは管弦楽作品専門の常設のオーケストラが無かったのも理由かもしれない。考えてもみろ、音楽の都に管弦楽専門のオーケストラが無かったんだぞ。しかもあのウィーン古典派華やかなハイドンやモーツァルトの時代に、だ。信じられないと思うが、事実だ。なにせウィーン・フィルですら1842年の創立だからな。
(な)しかもそのウィーン・フィルだって、母体は国立歌劇場のオーケストラですから、最初の頃は常設ではないように思えますが。つまり当時は、常設の劇場と、その座付きのオーケストラはあっても、独立したオーケストラが無かったのですね。
(大)そういうこともあって、パリでアブネック(1781〜1849:写真)がわしの作品を何度も演奏してくれたのがうれしくてな。
habeneck.jpg (20092 バイト)
(な)1828年にアブネックが創設したパリ音楽院管弦楽団のことですね。学校付きのオーケストラとはいえ、すごいですね。でも先生、そのときにはもう死んでます。
(大)ともかく記録では、アブネックが首席指揮者であった20年間の間に行われた191回中の演奏会中、わしの作品が取り上げられたのは183回にものぼるというのだから、わしの偉大さがわかろうというものだ。
(な)先生の作品の比率がすごいですね。アブネックの趣味なのでしょうね。
(大)先進的な曲だというところに注目したのだろうな。オーケストラだから、演奏されたそのほとんどが交響曲や協奏曲になる。ウィーンより何倍も多く演奏会を開いてくれるなんて、うれしいのなんの。
 しかもここの演奏を聴いたベルリオーズやワーグナーが感激して自分の作品に影響を与えたというのだから、一体当時のウィーンは何をやってたのだろうな。
(な)アブネックがオーケストラを作ろうとしたのも、何か理由があったのでしょうか。
(大)アブネックは、過去の良い作品を集中的に何度も演奏したかったのだな。18世紀や19世紀前半では、演奏会とは主に新作発表会であって、過去作品を何度も演奏するような習慣が無かったのだ。おまけに、演奏会のプログラムはオペラのアリアや歌曲がメインで途中に器楽曲をはさんでおくような構成だった。
 交響曲に至っては、各楽章の間に別の短い曲をはさんで演奏することもあったんだぞ。わしにしてみれば失礼千万な話だ。また、ピアノ協奏曲の後半2楽章のみを演奏するとか、そういう扱いもあった。
(な)なんだかガラ・コンサートみたいですね。そういえば先生のバイオリン協奏曲の初演で、第1楽章と第2楽章の間に、独奏者の作であるバイオリンの小品が演奏されたそうですね。そりゃ、息抜きのつもりですかね。
(大)それはなにかわしの作品では息が詰まるというのかそうかそうなのかそういうことなんだな。
(な)…ってことは先生が交響曲の楽章間で密接なつながりを持たせたり、続けて演奏したりするようにしてしまったのは、そういったことへの抵抗もあったのですか。
(大)ま、ちょっとな。
(な)そういうことなら、ハイドンがイギリスで自作交響曲専用の演奏会を設けてもらったというのも、すごい話ですね。
(大)そりゃ、あのような企画を立てられたら、誰だって二つ返事でイギリスくらいすぐに行ってしまうぞ。
 わしだって、ウィーンで自分の作品を満足できる形で演奏しようと思ったら、自分で演奏会を企画するしかないんだ。いくら友人が手伝ってくれても、結局自作の演奏なんだから、一番大変なのはわしだ。そりゃ、金も時間もかかる。そんなこんなで儲からなかったら、怒鳴りたくなる。グチを言うだけで済めば安いもんだ。
 それくらい、ロンドンやパリは、ウィーンに負けないくらいに音楽の都だったということなのだろう。

(2012.1.1)



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