大権現様の、わしの音楽を聴け! 第4回
「メロディーの使いまくり」
わしの音楽の秘密を語ろう。
(なかさん、以下、な)音楽は旋律が重要ですが、どのようにして旋律を作ったのですか?
(大権現、以下、大)わしの場合はスケッチ帖を使うのだ。ふと浮かんだ旋律は、必ずスケッチ帖に書く。そして、暇があれば、それを見て練るのだ。
(な)モーツァルトなどのようには出来なかったのですね。
(大)そんなにホイホイと旋律が出てくるものか。モーツァルトはそれが出来たから天才だったのだ。
(な)では、スケッチ帖があることが何をもたらすのですか。
(大)じつは一粒で二度以上おいしいのだ。スケッチ帖にある一つの旋律の素材から、数多くの旋律を作ってしまうのだ。
(な)え、それはどういうことですか?
(大)実例を示したほうが早い。たとえば、交響曲第5番はこのよう(2)に始まるが、旋律の基本はこれだ(1)。基本の変形で、1'
, 1"がある。これに見覚えはあるかね?
(な)第4交響曲ですね(3)。
(大)そう。これは交響曲第9番第3楽章の2番目の旋律(4)になり、弦楽4重奏曲第4番の第4楽章(5)、弦楽4重奏曲第8番第2楽章(6)、ピアノ3重奏曲第3番第2楽章(7)になったり、チェロソナタ第3番第2楽章(8)になったりする。他にもあるぞ。
(な)ものすごい使いまわしですね。
(大)そうだろう。さて、ここまでは、音程が2度、3度の移動であったが、これを拡張すると4度、5度などの移動になり、そこから生まれた曲がさらにいくつかある。わしは弟子たちにピアノの指の練習として、(1)の音型をそのままであったり、それをひっくりかえしたり逆方向にしたり、調を変えたりして練習しろと何度も言ったものだ。わし自身が、こうやって利用しまくったわけだ。
(な)そういえば逸話でもありますね。たしか、即興演奏である人の曲の楽譜を逆さまにして、そこから演奏を始めたと。
(大)そうそう、普段からいろんな旋律をひっくり返したりして練習したりする。自分の旋律も、このようにこねくりまわして、新しい主題にしてしまうのだ。かつて、若い頃に作った曲をあとで見て、気も狂わんばかりになったことがある。
(な)それはどういうことですか?
(大)十曲は作ることができるほどの内容を、1曲に盛り込んでしまったからだ。それは、以上のような理由が根底にあるからだ。どうだい? 全部ひとつの旋律から生まれた曲たちだ。
(な)交響曲第5番の兄弟分がこんなにたくさんあるとは、驚きですね。
(大)人生には、いろんなことがたくさん起こるが、それらの原因はたったひとつのことかもしれないぞ、ということかもしれない。さて、他にもいくつかの曲が兄弟である。たとえば「クロイツェル・ソナタ」と弦楽4重奏曲「大フーガ」がね。一度たしかめてみるのが、面白いぞ。そうやってわしの音楽を聴くのが、パラノイア的で楽しいのだ。