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大権現様の、わしの音楽を聴け! 第5回
「ブカブカドンドンしよう」



(なかさん、以下、な)さて、ひとしきり大権現様の音楽について語っていただいたところで、はてさて、どんな感じで演奏したらよいでしょう。
(大権現様、以下、大)どんな感じとは?
(な)じつは、アマチュア・オーケストラは状況に厳しいものがあって、なかなか希望通りの人数で演奏できないのです。たとえば、ビオラなどの人数が少なすぎるとか。
(大)うう、それは大変だ。わしの音楽で最も重要な弦楽器は、ビオラであることを忘れてはいかん。なにせ、わし自身がビオラ弾きだったからな。中央ドの付近で和声を充実させることにより豊かな音場を作るのが、わしの手法だ。して、何人くらいなら集まるのか?
(な)6人くらいでしょうか。
(大)なんと、やはり少ない。しかし、わしだって少ないながらも演奏したことはある。たとえば記録に残っているものでは、第8交響曲の非公開演奏では、ビオラは2人だったのだ。弦楽器の人数は、4,4,2,2,2、つまり、第1、第2バイオリンは各4人、ビオラ、チェロ、コントラバスは各2人だ。もう少し欲しかったが、ルドルフ大公の屋敷の都合で、できなかった。しかし、やはりわしの音楽は、大規模でやってほしい。実際、第8交響曲の公開初演の時の弦楽器の人数は、18,18,14,12,7人で、しかも管楽器は通常の倍、つまり、1名であるはずの各パートを2名で重ねて演奏したのだ(1813年)。
(な)その人数は、かなり多いですよ。
(大)そうだ。近代の大規模管弦楽で、いわゆる4管編成の場合に、このような人数になる。全体で80名を越えるな。昔のことだから人数が少ないはずだというのは考え違いだ。また、2管編成だから弦楽器の人数が少ないべきだというわけでもない。
(な)では、大権現様の曲は、どんな規模で演奏してほしいのですか。
(大)大勢じゃ。派手にやってくれい。というか、耳の調子が悪くて、人数が多いときの音量がよくわからんのだ。しかし、人数が少ない演奏の場合には、まだ耳の調子が良いころによく聴いたので、ある程度想像はできる。
(な)しばらく前に、古楽器によるオーケストラがブームで、人数も1800年頃に合わせ、しかも楽器も古いものばかりという楽団があるのですが。それによれば、弦楽器は全員で25人以下です。
(大)頭数や楽器を当時のままにしてもねえ。しかし、当時でも大勢いる楽団は、やはりあったのだよ。だいたい、ウィーンの宮廷管弦楽団は、バイオリンが40人、ビオラ、チェロ、コントラバスも各々10人くらいいたのだ(1780年頃)。たしかに、エキストラもいたがね。しかし、モーツァルトも、これだけの人数を扱ったことがあるのだ。無論、いつも自由にこの人数を使えたわけではないが、作曲時に念頭に置いたことはあっただろう。とにかく、やはりここは、作曲者推奨の演奏の人数を知っておかないとな。わしも、メトロノーム記号をスコアに掲載したことはあったが、さすがに演奏人数までは頭に回らなかった。演奏人数を記載し始めたのは、いったい誰が最初かな。
(な)知りませんが、ベルリオーズが幻想交響曲で、各15,15,11,11,9以上を用意しろという記録がありますが。
(大)あいつは変な奴だ(笑)。だいたいド派手なことが好きだったから、まあ、そういうところか。しかし演奏する上での問題は結局のところ、人数でも演奏内容でもないのだ。
(な)では、何が重要なのですか。
(大)決まっておるではないか。聴いた人を、どれほど感動、感激させることができるかだ。現代では録音が普及しているから、発売されている演奏を何度でも聴くことができる。演奏会では付け焼き刃の、あるいは、小手先のやり方では、ちょっとやそっとでは聴衆を満足させられないぞ。演奏スタイルは時代によって変わるかもしれないが、基本は「感激させられるか」に収束できる。
(な)結局、そこにたどりつくのですね。
(大)当然だ。ひとりよがりの演奏は、すぐにバケの皮がはがれる。中身の無い演奏になるのだ。とある音楽評論家が前衛音楽家(*)によるわしの交響曲第5番の演奏を聴いて、「何かやってくれるものと期待したのに、大人数でのブカブカドンドンやっているだけには失望した」と書いておったが、ブカブカドンドン、おおいに結構だ。ヘタでは困るが。
(な)ならば、演奏は人数ではないということですね。
(大)そうだ。どんな音楽も演奏はハートなのだ。しかし、わしの作品は大勢で演奏した場合に効果があるように作ってあるぞ。そのあたりは間違えないようにな。

(*)ブーレーズ。作曲家、指揮者。

参考データと意見

 当時の人数+当時の楽器=当時の響き、ではない。当時の音程、当時の強弱、奏法が加わっても、当時の響きにはならない。ベートーヴェン存命時は、指揮者には強力な統率力は無かった。したがって、曲の解釈は、現代よりもゆるやかなものであったと推測できる。アマチュアを含むエキストラ(かき集めの臨時雇い)が多かったこともあり、まず、音程やテンポ、強弱などが揃うことが練習としてなすべきことであったに違いない。いや、それだけだったかもしれない。いくら古楽器アンサンブルであっても、現代のように、強烈な個性の指揮者が統率するようでは、決して、当時の響きは得られないものと思う。

弦の人数は、左から、第1バイオリン、第2バイオリン、ビオラ、チェロ、コントラバス

楽団 弦の人数(1vl,2vl,vla,vc,cb) 目的 備考
ウィーン宮廷管弦楽団(ウィーン) 1781 20 , 20 , 10 , 8 , 10 モーツァルトの演奏会 おそらくエキストラ含む
ケルントナー門劇場管弦楽団(ウィーン) 1796 6 , 6 , 4 , 3 , 4 正規団員 A
アン・デア・ウィーン劇場管弦楽団(ウィーン) 1808 6 , 6 ,  4 , 3 , 3 正規団員 A
ウィーン宮廷管弦楽団(ウィーン) 1813 4 , 4 , 2 , 2 , 2 ルドルフ大公邸での第8交響曲試演 A
ウィーン宮廷管弦楽団(ウィーン) 1814 18 , 18 , 14 , 12 , 7 第7、8交響曲初演 管は、倍管。2コントラファゴットのコントラバスへの応援付き
レドゥーテンザール劇場管弦楽団(ウィーン) 1815 18 , 18 , 14 , 12 , 17 A おそらくエキストラ含む
ケルントナー門劇場管弦楽団(ウィーン) 1824 12 , 12 , 10 , 10 , 10 第9交響曲初演 管は、倍管。エキストラ含む
ケルントナー門劇場管弦楽団(ウィーン) 1824 14 , 14 , 10 , 12 , 12 第9交響曲再演 管は、倍管。エキストラ含む
コレギウム・アウレウム合奏団(ドイツ) 1976 5 , 4 , 3 , 2 , 1 第3交響曲録音 A
ハノーヴァー・バンド(イギリス) 1988 10 , 10 , 8 , 7 , 5 第9交響曲録音 A
アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージック( The Academy of Ancient Music )(イギリス) 1989 18 , 18 , 14 , 13 , 7 第7、8交響曲録音 管は、倍管。2コントラファゴットのコントラバスへの応援付き


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