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  5. 来年の宿題に備える

大権現様の、わしの音楽を聴け! 第8回
「来年の宿題に備える」(鬼がどっと笑い)



ここからの続き(じつは、そこでは、コラムをかなり前から書き続けていたのでした)

(な)で、あなたの音楽なのですが、何から聴いたらいいのでしょうか。いきなり交響曲第5番では、初心者には大変ですよ。
(大)ううむ。正直、どれから聴き始めてもよい。しかし、わしが生きていた頃は室内楽やピアノ音楽が最初だったな。つまり、貴族の集まりで余興として音楽家が呼ばれて演奏するわけだ。必然、人数が少ない編成の曲になるな。食事のテーブルや歓談する皆を音で邪魔しちゃいかんから。
(な)だから、作品1はピアノ3重奏曲で、作品2はピアノソナタだったのですね。
(大)その通り。手軽に大勢の人に聴いてもらえるには、室内楽が一番だ。わしはピアニストでもあるから、ピアノが入った室内楽が最適だな。無論、ピアノの即興演奏が得意でもあるし。ということでピアノソナタも作っておかねば。
(な)でも、この作品1と2、曲が長すぎませんか?
(大)たしかにな。作品1は、じつは3曲のピアノ3重奏曲からできている。どれもが15分以上かかるので、3曲で50分だ。作品2のピアノソナタも3曲だ。こちらもやはり演奏には50分くらいかかるな。
(な)2時間ぽっきりの食い放題の宴会で、50分も時間をかけられたら、もう半分が終わりですよ。
(大)どこの宴会の話をしておる? 貴族の宴会は午後から延々とやるのだぞ。のどかでいいだろう? わしも、貴族の屋敷で交響曲を演奏したことがあるが、楽団の人数が少なくて、つまらなかったな。だから室内楽が一番よろしい。まあ、そういうことで当時は室内楽などから音楽体験が始まった場合が多かっただろう。あと、教会音楽だな。毎週日曜に教会へ行けば、何らかの音楽が聴けるわけだ。
(な)交響曲ではないのですね。
(大)ハイドンがロンドンで交響曲の演奏会を何度も持ったのはよく知られた話だが、そうはいっても、体験できる場は、交響曲よりも室内楽のほうが圧倒的に多かった。なぜなら、仲間同士で演奏できるからだ。
(な)贅沢な趣味ですね。
(大)「楽器でも練習してみるか。ヒマだからな」というノリだ。違うかもしれんが。
(な)違いますよ。ウィーンは音楽の都、いや、音楽しかない街と言ったほうが正しいのでしょうね。そして、当時の貴族には自分で演奏する人が多いんですよね。
(大)そうだ。よくピアノを演奏したルドルフ大公は、わしの作曲の弟子でもあった。楽譜も残っている。レコードにもなった。また、貴族は自分の娘に楽器を練習させたりするのだ。音楽の教養は良家の子女の必須条件だったから。わしも、ピアノを教えてあげたっけ。あの娘は可愛かったし……。もうちょっとだったんだがな……。
(な)話を宿題に戻しましょう。1曲聴けという場合に、どうしてもあなたなら交響曲第5番、「熱情」などになってしまいます。夏休みなので、暑いですよね。そんな日にこんな熱血重厚な音楽を聴くのは、避けたいと思いますが。
(大)ほらほら、間違っている。わしの音楽で重厚な曲は、割合としてはじつは少ないほうなのだぞ。
(な)いえ、私はわかってますけどね。でも、夏休みの宿題をさせられる人にとっては、避けて通れぬ話です。短めで、個性が光っていて、わかりやすく、感想も書きやすいのを、選んでいただけませんか? 来年の宿題対策として。
(大)とてつもなく難しい問題を出されたな。でもな、そういう音楽は、ほとんど無いぞ。わしとしては、ピアノソナタの第30番、31番あたりを勧めたいがな。ちょっと、学生には難しいか? 弦楽4重奏曲の第15番、16番も面白いんだけどな。しかしなあ、交響曲は楽器も豊富で旋律もいっぱい、絶対に面白い。短いことに固執するなら、エグモント序曲だな。
 だいたいな、感想文の宿題なんて、適当に書いておけよ。わしの音楽を聴くことが大切だぞ。普段から音楽を聴かないから、いざという時に困るんだ。普段から文章を書いていないから、こんな時に困るんだ。よく聴き、よく書け。そうすれば、音楽を聴いての感想文なんて、すぐに書ける。わしの音楽を聴き続ければ、感想文なんて自然に書けるようになるぞ。
(な)その頃は、社会人になってます、ハイ。


(2003.9)



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