ハンマークラヴィア・ソナタの弦楽四重奏編曲版
ハンマークラヴィアといえば、ピアノのことを指すが、現代ではピアノはすでにピアノそのものであるし、オリジナル楽器を指す場合にはピアノフォルテなどと呼ぶ。このために、ドイツ語でいうところのハンマークラヴィアは、もっぱらあのソナタを指すようになった。
ベートーヴェン自身がハンマークラヴィアのためのソナタと呼んだのは他に第28番もあるが、このソナタが妙に印象深いためか今は第29番のみを指すようになっている。
このソナタが、その近辺で作られたソナタ、たとえば第28番や以後の3つのソナタと比べてすぐにわかることは、第一に巨大であることだ。普通に演奏すると約45分になるが、これは他のソナタの2曲分に相当する。この曲は本当にピアノのためのソナタなのか? そう感じてもおかしくはない。
もっとも、誰もが速すぎると感じるメトロノーム表記のままに演奏すると、35分以下で終わってしまう。特に両端楽章は演奏困難だ。その演奏困難な曲を再現するには人の手では無理であるため、コンピュータにやらせるという手がある。すでに1999年に、ベートーヴェン・ハウス・ボンの協力を得て庄司渉氏によりCD化されている。現在廃盤。ただし今は、ここで聴ける。ちょっと音量が足りないようであるが。
さて、速度はともかくとして、本当にピアノの音楽なのか、ということになると、これも既に紹介済の通り、指揮者のワインガルトナーが管弦楽に編曲したものが存在する。この演奏はワインガルトナーが1930年に指揮したものしか残っておらず、CDにはなっているものの音質が悪いことは仕方がない。が、まあ見つけたら聴いてほしい。
管弦楽に編曲できたのは、ピアノでなければ出来ないという音型が少ないことによる。たとえば、第31番のソナタで冒頭近くにあるアルペジオに近い音型は、管弦楽で演奏してもサマにならない。しかし、第29番ハンマークラヴィアには、管弦楽にできない音型がありがたいことに全く存在しないのだ。だからワインガルトナーは考えたのだろう。指揮者であり作曲家の自分なら、管弦楽に書き直すことが可能なのだ、と。指揮者はどうしても管弦楽のほうへ興味を向けてしまうのだ。
さて、作曲家であり教育者でもある
David Plylar が、2015年にこのハンマークラヴィア・ソナタを弦楽四重奏に編曲した。そしてライプツィッヒ弦楽四重奏団の演奏で2018年にMDGというレーベルからCD化された。これが今回購入したものである。
MDG 307 2072-2 (末尾は -6 ではなく -2 が正しいようだ)
曲の内容を考えると、五重奏か六重奏になってもおかしくないのであるが、ここを意欲的に四重奏に編曲するとは、チャレンジャーである。ただ、同種の楽器のみによる均質な響きで考えると、管弦楽にするよりも出来上がりの印象がお似合いなのではないかと予想されるので、非常に期待できる。
さて、聴いてみて何がこの演奏の白眉かというと、第3楽章でとどめだ。結局は打楽器でもあるピアノと違って持続音ができる弦楽器ならではの響きが、まさに弦楽器のための曲ではないかと思わせる。ただそこはハンマークラヴィア。後期の弦楽四重奏もすごいが、それらとはひと味もふた味も違う世界が広がっている。この長い楽章は、ヘタな演奏では長さが辛さに変化する場合も少なくないが、
特に面白いのは、このあたり
言葉による表現が難しいのであるが、とりあえず、第3楽章の良さを再確認できる、よい編曲と演奏であった。
(2018.8.17)