この曲を聴け 3
ここでも、性懲りもなく珍しい部類の曲を紹介したい。こんなことを書いても、CDを見つけられない人には、どうしようもない情報であるが、まあ世の中そういう情報もあるということなのだ。名曲の陰には珍曲あり。人間には表裏があるのだ、などとわかったようなわかっていないようなことを書いているが、こういった曲を作曲することに対して、ベートーヴェンがどのような意義を持って臨んだかは、想像してみると面白いものがある。
笑い話で有名なものに、
「ベートーヴェンは、いくつ交響曲を書きましたか?」
「第3番の英雄と、第5番の運命と、第6番の田園と、第9番の合唱の、4曲です」
他の番号は、どうしたんじゃあぁぁぁぁ。
ともかく、いろいろ書いているぞということは当然認識しておくべきことなのだ。
1.オラトリオ「橄欖山上のキリスト」作品85
あらかじめ断っておくが、仏教国というか神道国である日本人で、日本文化にどっぷり漬かっていると、こういう宗教曲は格別の感銘を受けないが仕方ない。橄欖山(かんらんさん)というのは、キリストが説教していた山でしたっけか? オリーブ山というのが正しいらしい。要はイエス・キリスト様の物語で、当時はおおいに受けた曲だという。
ベートーヴェンがどこまで宗教的だったかはここでは述べないが、とりたてて敬虔なキリスト教徒であったとは伝わっていない。それでもこの曲を書いたということは、やはり「お金」が全てだったのであろうか。
いわゆるベートーヴェンの宗教劇「オラトリオ」は、これだけである。それほど出来が悪いわけではない。ミサなどと違って曲の内容の自由度があるので、それなりにドラマチックに書けている。というか、宗教色が薄いと言った方がいいかもしれない。そういうことでは存在意義は小さいといえる。
クレー/ウィーン交響楽団盤(グラモフォン)、コッホ/ベルリン放送交響楽団盤、ボド/リヨン国立管弦楽団盤(BIS)など、結構ある。
2.盟友歌 作品122
木管6重奏を伴奏にした、楽しい曲。詩はゲーテのもの。はずむような旋律で、ほんとうに仲良く歌えるという曲。木管6重奏が伴奏という合唱曲は珍しいのではないだろうか。木管合奏が軽い楽しみとして演奏されていた当時のことであるから、詩にぴったりの編成を選んだというところなのだろう。
コッホ/ベルリン放送交響楽団盤、トーマス/ロンドン交響楽団盤など、探すと多い。合唱曲集として発売されている。
3.マンドリンのための4つの小品(WoO43a,43b,44a,44b)
チェンバロを伴奏にしたマンドリンの小曲。ソナチネや変奏曲である。なんと、マンドリンは当時から存在していたのだ。あたりまえのことだが。しかしベートーヴェンはマンドリンのために書いているのだ。
マンドリンの演奏というとトレモロ奏法が有名というか、マンドリンはトレモロ奏法しかしないもんだと思ってしまうかもしれないが、この曲にはトレモロ奏法が存在しない(と思ったが、最近トレモロで演奏しているCDに出会った)。マンドリンとしては貴重なレパートリーだそうである。もっとも、チェンバロの伴奏まで用意したしっかりとした録音は多くないようだ。
4.フレーテンウーアのための5つの小品 WoO33
フレーテンウーアというのは、フルート時計と訳される。時計に横笛のフルートがくっついているわけではない。自動パイプオルガンと言った方が近いだろう。時計にからくり仕掛けをつけて、オルゴールのように音楽を鳴らせたもので、当時は結構金がかかる趣味だったそうである。モーツァルトもこの楽器のための作品を残している。ベートーヴェンは、この5つの小品と他にもう1曲ある。
今となってはフルート時計が無い(博物館にあるのみ)ので、パイプオルガンを使ってそれらしき音色で録音することになる。5曲全部揃った録音がほとんど無い。オルガン作品集を探すと、このうち2、3曲が見つかるかもしれない。
クルムバッハ(1,2,3番,オルガン)、シュタットミューラー(2,3,5番,オルガン)、ドルフミューラー(1,2,3番,オルガン)など、どれもオルガンで演奏されている。第1番は、のどかないい曲である。
5.劇「レオノーレ・プロハスカ」のための4つの音楽 WoO96
これのどこが珍しいかというと「グラスハーモニカ」で演奏する曲が含まれているのである。グラスハーモニカは、簡単に言うと、ワイン・グラス(でないものもあるが)を水で濡れた指でこすると摩擦で音が鳴るという原理の楽器で、音程にあわせてグラスがいくつも並んでいる。演奏をやりすぎると指か頭が病気になるという、いわくつきの楽器でもある。
グラス・ハーモニカの曲を集めたCDがごく稀に発売されるので、ベートーヴェンのこの曲もそこに時折含まれることになる。
最近、なんとアバド、ベルリン・フィルで全曲が録音された。アバドは、グラモフォンが提示した金に目がくらんだのだろうか。そうでなければ録音などしないだろう。結果、すばらしいラインナップのベートーヴェン全集ができあがった。