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単発講座「管弦楽法」


はじめに

 難しいことは抜きにして楽しむ、....中略....小節番号は全音楽譜出版社が出版しているオイレンブルグ版(?)スコアのものである。

ベートーヴェンの管弦楽法
 ここでは、ベートーヴェンのすばらしい楽器使用法を知ることで、曲をより深く知ることにしよう。ベートーヴェンでは4種類の木管楽器は同等の役割で使用されるようになった。普段は楽器1本を目立たせる使い方は少ないのであるが、そのため余計に独奏が効果的に現れるのである。ここでは、聴いて面白い部分の紹介をすることで管弦楽法の偉大な実践であるベートーヴェンの曲の再認識をする。
 では、管弦楽に使われた各楽器について書いてみよう。なお、文中、交響曲第2番をSym.2などと省略する。

フルート
 基本的に2本使用するが、2本が同時に演奏するのは他の管楽器が加わっての、長く伸ばす和音ばかりである。なぜならフルートは管楽器の中で一番さわやかに鳴る楽器である。だから、ここぞという場面で登場する場合は、フルート1本で他の楽器を尻目に聴衆を魅了する。
 有名な場面では、Sym.6「田園」での第4楽章「嵐」が終わって第5楽章に移るところ。あるいはSym.7第1楽章の第1主題。Sym.3「英雄」第4楽章の中間にある長いソロは、どこで息継ぎをするか心配してしまうほどである。また序曲「レオノーレ」第3番の中間部でト長調で鳴る場面(譜例1)もすばらしい。ここぞという場面はフルートのものである。ファゴットの合いの手も、さすがである。
 地味な場面でも、面白い効果を出している。序曲「コリオラン」のb.46、ほとんど全員でフォルテで鳴っているところで、第2フルートのみが拍をずらせて変ロ音で4小節鳴っている(譜例2、最上段)。ここは、変ロ音というのがミソで、他の楽器に埋もれることなく、じつにはっきりと聞こえてくる。どうしてベートーヴェンはこの変ロ音のみを1拍ずらせて書いたのか。考えるのが面白い場面である。なお、曲の再現部では調性が変わっているために、この変ロ音は鳴らない。しかも、拍がずれて鳴る音も無いのだ。譜例2の不思議な書き方、何を狙って書いたのだろう。

ピッコロ
 交響曲では交響曲第5番、「田園」「合唱」で鳴る。面白いのは序曲「エグモント」のコーダ(譜例3)。どうして、ぴー、ぴっぴぴぴー、というようにピッコロだけ音にきざみが入るのか、不明だ。

オーボエ
 オーボエは古くからオーケストラに組み込まれていた楽器であり、聴き所も多くなっている。ベートーヴェンでは、悲痛な音色の「英雄」第2楽章冒頭が有名である。あるいは「田園」の第3楽章が楽しい効果を出している。しかし一番は、バイオリン協奏曲の冒頭だ(譜例4、2段め)。これほど効果的にオーボエが鳴るのは、ベートーヴェンでは珍しいのではないだろうか。また、フルートとオーボエのソロは良い組合せのようで、「田園」第2楽章の中間部ではソロの掛け合いを聴かせる。
 オーボエは他の管楽器に比べて若干硬めに聞こえるので、ベートーヴェンのように息の長いゆったりとした主題を持たせた楽章では控えめになってしまう傾向にある(「田園」第2楽章、「合唱」第3楽章)。そのような旋律は、クラリネットに受け持たせているわけである。

コールアングレ
 Op.87の三重奏曲で、オーボエ2本といっしょに使われている。

クラリネット
 ベートーヴェンが初めて管弦楽に席を定着させた。交響曲第5番では冒頭で弦楽器に加わって鳴る唯一の管楽器でもある(譜例5)。第4番、第7番、第8番などのゆったりとした楽章ですばらしい独奏をする。まろやかな音色が曲想にマッチしたのだろう。Sym.4第2楽章(譜例6)はクラリネットにしかできない旋律である。「合唱」第3楽章の中間部でもクラリネットの音色を生かした部分がある。「田園」の第2楽章(b.75)や第3楽章(b.122)でも、細かく上下に動き回る音型が出てくるが、このようなクラリネットの運動性能を発揮した名曲(協奏曲を除く)は、ベートーヴェンが最初である。クラリネットの名旋律は、いたるところにある。「英雄」から、クラリネットは表舞台に出て華やかに活動を始めたのである。
 一方、ピアノ協奏曲第4番のように、クラリネットの使用をギリギリまで押さえることで独特の雰囲気を出している曲もある。つまり、ベートーヴェンは、それほど楽器の音色を考慮して作曲しているということである。

ファゴット
 低音を支えるため古くはチェロの補強をしていた。そのため古典派でもハイドンあたりでは面白い使い方が少ないのだ。しかし、やはりベートーヴェンは別である。Sym.2から、重要な旋律を任されるようになる。「コリオラン」ではじつに重要な音を20小節にわたって受け持っている(譜例7)。独特の音色がもたらす妙な緊張感が聴き所だ。
 しかし、一番面白いのはバイオリン協奏曲第3楽章の中間部だろう(譜例8、上段)。独奏バイオリンと共に鳴るこの部分では、つい心を震わせてしまう。オーボエとともに、ひなびた音色の出るファゴットを効果的に使用している。

コントラファゴット
 交響曲第5番、第9番「合唱」などで出演するこの楽器は、単なる低音の補強なのであるが、「合唱」第4楽章ではこんなこと(譜例9、下段)をやらされている。誰がどう思おうと「お構いなし」というやつである。

金管楽器編
ホルン
 オーボエとともに最古参の管弦楽メンバーであるが、もとはバルブが無かったので、きれいに出せる音が限られていた。しかし、そこはベートーヴェン。そんなことはおかまいなしに無理難題をふっかけるのはお手のもの。Sym.7の第1、第4楽章におけるホルンの雄叫びがあれば、Sym.8第3楽章トリオの名旋律もある。「合唱」第3楽章では有名なアレ(譜例10)がある。また、非常に長い持続音もあちこちにあり、息はどうしているのかと心配になる。
 面白いのは歌劇「フィデリオ」序曲。第1主題(譜例11)がなんと2番ホルンの独奏である。1番ホルンが偉いわけではない。Sym.7第3楽章でも2番ホルンががんばるし、「合唱」第3楽章では4番ホルンが重要である(こちらは調と慣習のため4番が受け持った)。ホルンを3本も4本も交響曲で使ったことは有名である。

トランペット
 従来、ゆったりとした楽章では出演しないことの多かったトランペットもベートーヴェンの交響曲では「田園」以外は全楽章でフル出場を果たしている。「田園」は表現の都合で第1,2楽章に出演していない。やはりバルブが無かった不自由なトランペットだったが大きな音で鳴るので聴き所は多く、有名なものは「レオノーレ」の「大臣の到着を告げる信号」がある。フォルテの場面ではどこでも鳴っているトランペットであるが、「レオノーレ」序曲第3番(譜例12、中央)やSym.7第3楽章の高らかな吹奏は気持ちのよいものである。この気持ち良さは、Sym.2第2番第1楽章(譜例13、中央)が最初だろう。「合唱」の最終楽章ではホルンとともにあの旋律を輝かしく鳴らすのは非常に有名だ。

トロンボーン
 交響曲で初めてトロンボーンを使用したのはベートーヴェンだったが、一応交響曲第5番、「田園」「合唱」の3曲のみである。使い方はお決まりのものと言えるだろうが、これらよりも序曲「レオノーレ」第3番の方が興味を引かれる。歌劇では様々な場面でトロンボーンを活用できるので、序曲でも当然オーケストラの中にトロンボーンが座っているわけだ。そこで、この序曲では全体の3分の1にトロンボーンが使われている。別ページにも書いたが、トランペットよりも出番が多いことは不思議といえば不思議である。そのために、ただでさえ重厚なこの曲の印象が、さらに強くなるのである。アレグロ主部(譜例12、下2段)からの強烈な第1主題提示は、じつにすばらしいものがある。

セルパン
 チューバの前身になる楽器、軍楽隊で使われていたようで、ベートーヴェンでも行進曲WoO 24などで使っている。


打楽器編
ティンパニ
 結局、2個のみの使用で押し通したベートーヴェンであるが、使用方法としては、「合唱」の第2、3楽章のように、観念にとらわれず柔軟に扱っている。面白い使用方法は「合唱」の第2楽章や「皇帝」協奏曲の第3楽章のカデンツァがよく例として取り上げられる。他にも、バイオリン協奏曲の「ピアノ版」にある第3楽章のカデンツァでは、「皇帝」のそれと同じように、独奏ピアノとティンパニで掛け合いをする。ティンパニの可能性を追求したのか、単に遊んだだけなのか想像するに面白い部分である。
 よく注意してほしいのはトレモロである。ベートーヴェンでは速度が速い楽章では16分音符や32分音符のトレモロはよく使うが、トリル(tr)はあまり使用しない。これが何を意味するのか。きちんと音の数がわかるトレモロは、リズムとテンポをはっきりさせる。おそらく速度感が大切だったと言えるのではないだろうか。

シンバル、トライアングル、大太鼓、小太鼓
 この3種は、本来は曲想が「トルコ音楽」であるということを示すために使用されている。が、日本人にはそういう意味が伝わらないのが現状だ。また、当時から軍楽にも使われていたので「軍隊行進曲」という意味にもとれる。これなら日本人にもわかる。当時「トルコ音楽」に人々がどのような印象を持っていたかは、知っておいていいことだろう。で、実際のところ、どうだったのだろうか。

弦楽器編
第1バイオリン
 いつの時代でも主役ということは変わりないが、ここでは「合唱」の第3楽章を聴こう。主題の変奏を第1バイオリンが延々と奏する。他の弦楽器は伴奏ばかりである。このような使い方から、バイオリン主体のポップス・オーケストラが生まれたような気がするのであるが、いかがだろうか。

第2バイオリン
 ビオラとともに重要な音を担っている。いたるところにあるが、中央ドの付近で3音または4音による和音をビオラとともに構成することが非常に多くなっている。これにより密度の濃い音色が生まれるとともにベートーヴェンの管弦楽の印象を強くさせることに一役かっている。
 また、第2バイオリンは当時舞台の右側にあったから、Sym.4の第2楽章やSym.6の第1楽章など、第1、2バイオリンの左右での掛け合いを必須とした書き方が多く見られる。最新の研究成果を披露するということでの原典版演奏などもいいが、こういった楽器の位置に注意するのが先ではないだろうか。

ビオラ
 第2バイオリンとともに重要な和音を担っていることは上の通りである。また、ビオラは単独ではなかなか扱われない。たとえば交響曲第5番、第2楽章のように、チェロとともに演奏するわけだ。そのため逆に、「合唱」第4楽章の中間部でバイオリン無しで演奏する部分があるが、敬虔な雰囲気に十分にマッチして印象的に響く。ベートーヴェンはビオラ弾きでしたから、音色の特徴をよく知っていたわけである。

チェロ
 和音の基礎を担ったり旋律を担ったりと、重要な役回りをこなすということでは忙しいパートである。「エグモント」序曲の第1主題など、チェロがあって初めて可能な主題もある。Sym.2の第1楽章第1主題、「英雄」第1楽章第1主題のようにチェロの伸びやかな音色による主題もある。逆に、Sym.8の第3楽章トリオの部分のように、困難な音型を平気で書かれたりして可哀想である。

コントラバス
 「英雄」の、特に第2楽章で、チェロから楽譜が分離し始めたことは有名である。昔はコントラバスの最低音をミではなく別の音に自由に変えたそうであるが、今ではミ固定だ。ベートーヴェンの楽譜では、いたるところに、その下の音「ド」が出てくる。今は、皆さんどうしているのでしょう。
 コントラバスをうまく使った例では、別ページにも解説がある「エグモント」序曲がある。

その他楽器編
ハープ
 バレエ音楽「プロメテウスの創造物」で、ただ1度使用された。それだけである。

グラスハーモニカ
 「レオノーレ・プロハスカ」のための音楽にのみ使用された。それだけである。

ギター
 民謡編曲(WoO 158)のいくつかでギターで伴奏してよいことになっているが、手持ちの資料が乏しいので詳細は不明である。

マンドリン
 チェンバロとの二重奏が数曲(WoO 43 , 44)あるのみ。

チェンバロ
 ハープシコードともいう。ベートーヴェンでは、チェンバロを明示した曲は、マンドリンとの二重奏くらいしかない。

オルガン
 パイプオルガン。ミサに使われている以外では、WoO31などの数曲があるのみで、教会音楽にほぼ無縁な状況がここからもわかる。

フレーテンウーア
 音楽時計。機械仕立ての自動演奏楽器。数曲が作られた。

大砲、マスケット銃
 「戦争交響曲」で使用する楽器、というか実際には大砲を大太鼓で、マスケット銃を(振り回すとカラカラ音を出すアレは何?)で代用する。

ピアノ
 ピアノというより、当時はピアノフォルテ、フォルテピアノ、ハンマークラヴィア、といった名前である。全体形状は現代のものと比べて若干小さめで、内部の構造は現代のものよりシンプルである。音量はまだ小さめで、音質は硬めでごつごつしている。そのぶん、叩きつけるような弾き方をすると打楽器のようにエキサイティングな音楽を聴かせることができる。ベートーヴェンが想定していた音を知るためにも、ぜひ一度は聴いてほしいものである。

(2009.10.16 改訂)



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