記譜通りの速度のハンマークラヴィーア
ボン・ベートーヴェン・ハウス維持のための救済募金活動=CDあります(<==終了、しかも移転)
ひさびさの、一聴の価値あるハンマークラヴィーア
庄司渉のMIDIによる、ハンマークラヴィアを入手し、さっそく聴いた。
ジャケットには、L.V.Bのロゴがある。
まず書いておくべきことは、「2度聴ける」ということだろう。とにかく鑑賞に耐えられなければ意味はない。
音色は、現代のピアノよりは古めのもので、ベートーヴェン晩年の楽器に近い音がしている。これは、部屋の反響が無いからだろうか。MIDIであるから反響が無いのは当然である。それとも、音源がそうなのだろうか。また、音域によっては若干のピアノらしからぬ響きが付加されているが、この際、これは関係ない。
速度は、楽譜に記載のメトロノーム指定に従っている。末尾にある演奏時間を見ればわかるように、第1楽章が猛烈な速度になっている。他の楽章は一般のピアニストによる演奏でも可能な速度である。第3楽章はアダージオであるが、ゆっくりな楽章はさらにゆっくりとなる傾向が現代にはあるようで、その感覚に慣れた私にはかなり速めであった。しかし、これまで聴いてきて得た印象と、さほど大きく食い違うことはない。
また、通常行なわれるテンポ・ルパートなどの速度の変動は、ほとんど無い。また、ダイナミクスは楽譜に従っているので、余計なニュアンスは速度のゆらぎ同様に控えめである。きっと、あっさりと演奏されているように感じるだろう。
そのためか、速度やダイナミクスで、人間的な強弱のゆらぎというものが必要以上に恋しくなるかもしれない。
以上により、部分の印象としては、既存のピアニストの演奏に軍配があがると思う。だからといって、この演奏は捨てられない。また、資料価値は非常に高いものといえるだろう。これを聴くことで、相対的に他の演奏の理解も深まるというものである。
第1楽章は、その速度にもかかわらず、あわただしい印象は少なめ。この楽章は、たとえば交響曲第9番の第1楽章とは異なって、快速でも破綻をきたさない造りになっている。というか、快速のほうが理解しやすいのではないか。高音域の音型なども快速に有利であるが、展開部のフガートこそ、その威力を特に発揮しているようである。
第2楽章は、一般の演奏に最も近い。トリオの部分では、その正確さが超絶技巧として聴ける。
第3楽章は、もう少しレガートを強めにしたいかなとも思うが、MIDIであることと、速度を記譜通りにしているために、こうなるのだろうか。この楽章は音色が非常に気になるところであるが、現代のよりは当時のピアノに近い音色であるために、速度が速めであっても気にならないで聴けるのがありがたい。
第4楽章は、1箇所キズがあって、第2小節の左手の2個めの音が抜けている。それはともかく、フーガの主部に入ったところで、そのテンポの圧倒的な正確さによって驚かされる。また、コンピュータであるがゆえに、どの音もこれと思った強さで演奏できる。トリルもムラがなく続く。というか、トリルこそその機械的正確さをはっきりと示している。そのようなことも手伝って、複雑なフーガの動きがじつに明瞭に聞こえるのである。フーガそのものの機械的な構造が、演奏の機械的な正確さをもって、より強く印象に残るだろう。
イチ押しであることは、確かだ。
最後に、演奏時間を。
庄司渉
第1楽章 7’57”(提示部繰り返しあり)
第2楽章 2’10”
第3楽章 12’18”
第4楽章 10’30”
参考)バックハウス
第1楽章 11’41”(提示部繰り返しあり)
第2楽章 2’43”
第3楽章 16’37”
第4楽章 10’56”
いかに第1楽章が猛烈な速度であるかどうかがわかる。
もう、CDは入手できないのだろうか。
(2006.3.4更新)