単発講座「交響曲第4番を選ぶ」
ベートーヴェンでは、楽譜の改変がよく問題になる。それは「英雄」の第1楽章コーダのトランペットであったり、「第9」の第2楽章の弦楽器1オクターブ上げであったりするわけだが、意外と交響曲第4番は話題にならない。これはどうしたことだろう。もっともこれから説明することは、楽譜の改変というよりは、解釈なのである。しかし大変に重要な解釈なのだ。なぜなら、微妙なイントネーションではなく誰にでもはっきりとわかる音の違いだからなのだ。
ここで書くことはどうしても避けて通ることはできない。私がベートーヴェンを聴く上で非常に重要な「こだわり」なのである。
では、ワインガルトナーの「ある指揮者の提言」から抜粋したい。
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223小節と227小節の旋律パートの前打音は、短く演奏する。次のようなセンチメンタルな演奏法
を、私はしばしば聞き、しかも残念なことには、オーケストラのパート譜の中でさえも見つけたことがあるが、これは明らかに誤りである。この前打音は、楽譜73のように演奏される時には、当然4分音符(↓)
で書かれなくては、ならないであろう。
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この説明に該当する部分は2箇所である。2箇所のみを取り出してもどういうことかわからないので、問題となる部分を全て参照する。
第1楽章の展開部前半、第1主題に対位法的にからむ旋律だ。まず第1バイオリンとチェロで鳴る。次に管楽器だ。ワインガルトナーの指摘はここまでで2つとも含まれるが、旋律の流れはまだまだ続き、バイオリン→クラリネット→バイオリンと続く。同じ旋律線であるにもかかわらず、問題の短前打音はそこには存在しない。なぜか2箇所のみなのだ。
であるから、素人考えでもワインガルトナーの意見は正しいのである。5回とも同じ旋律線を形成しているわけだ。それなのに、フルトヴェングラーもカラヤンも、そうはしていない。ワインガルトナー言うところの、センチメンタルな表現をしているのだ。ホグウッドとノーリントンに至っては、4回めのクラリネットのソロまでセンチメンタルに変更していることにあきれてしまう。
これを結論づけるには、
1.1800年頃、短前打音を、どう扱っていたか。
2.ベートーヴェンは、短前打音を、どう扱っていたか。
を考えなくてはならない。
が、難しいことは学者に任せる。ちなみに、児島先生の本によると、ワインガルトナー説になるのだ。
とにかく、学者センセの意見を調べるまでもなく、前半2回と後半3回が同じ旋律線でないということは、おかしい。これが私の結論だ。
この際、巨匠かどうかは問題ではない。どんなにすばらしい演奏かどうかも問題ではない。ここの旋律の流れは非常に重要なのである。なぜなら、展開部になって初めて第1主題に対位的にからんでくる、大変に面白い場所だからなのだ。
私はワインガルトナー派である。したがって、フルトヴェングラーが第4番でどんな名演奏をしても、嫌いなのである。いや、嫌いというより滅多に聴かないのである。聴くと非常な違和感を持って聴いてしまうのだ。
この対旋律を見ると、なめらかに進んでいくことがわかる。最初の3小節は2度づつ移動しているのだ。短前打音は飾りにすぎないので、あまり気にならない。2度上下する進行は気持ち良い。そして4小節めでは、3度下降、4度上昇、5度下降という移動になる。この移動は和声的に解決するために動いているので、これでいいのだ。
ここを2度づつの移動に変更して解決に持ち込むこともできるが、そんな旋律はつまらないので、やめる。旋律にめりはりが無くなるからだ。
短前打音が結局4分音符の長さになると、そこだけ3度上昇になるので、私には気持ち悪いのである。感覚の問題なのだよね。
ワインガルトナーが言うには「センチメンタルで変」ということだ。私に言わせるなら、そんなふう(センチメンタル)にしたいのなら、どうしてベートーヴェンは短前打音をやめて4分音符を書いておかないの? というところだ。4分音符で演奏しては、短前打音の意味が無いのである。
これに類似の良い例が、ピアノ協奏曲第1番の第3楽章にある。この楽章はロンドであるが、短前打音ではない冒頭と短前打音がある464小節からの主題は、明らかに違う旋律として演奏しなければ意味が無いのだ(各自楽譜を参照のこと)。
ここから類推しても、第4交響曲の例の部分の演奏方法は、すぐにわかるのである。
どうしてフルトヴェングラーもカラヤンも、これに気付かないのだろう。彼らの交響曲全集に付いて離れないキズは、私を非常に残念がらせるのだ。
ということで、私が所有している演奏ではどのように演奏されているか、調べたのが以下の表だ。○はワインガルトナー派、×はセンチメンタル派である。
センチメンタル派としては、フルトヴェングラー、カラヤン以外には、古楽器グループが勢揃いでいるのがわかる。彼らは古楽器ということで18世紀頃の演奏習慣を考慮しているから、こうなるのだろう。たしかに18世紀の短前打音の演奏は、19世紀以後とは違う。だからといって、ベートーヴェンをそのように演奏していいとは限らないぞ。
とまあ、そういうことで、私が交響曲第4番のCDを買ったり聴いたりする最重要評価ポイントはここなのである。
どんなに感激しそうな演奏でも、ここがダメならダメなのである。
トスカニーニ、セル、ベーム、クライバー、クリュイタンス、モントゥーなど、優れた第4番は皆合格なのである。コンヴィチュニーもシェルヘンもOKさ。よかったね。
録音年
ワインガルトナー、LPO 1933 ○
アーベントロート、ライプツィヒ放送交響楽団 1949.12.4 ○
トスカニーニ、NBCSO 1951 ○
フルトヴェングラー、VPO 1952 ×
ワルター、NYPO 1952.3.24 ○
フルトヴェングラー、VPO 1953.9.4 ×
ワルター、コロンビアSO 1958 ○
クリュイタンス、BPO 1959 ○
モントゥー、ハンブルク北ドイツ放送SO 1959 ○
モントゥー、LSO 1961 ○
レイボヴィッツ、RPO 1961 ○
コンヴィチュニー、ライプツィヒ・ゲバントハウスO1961 ○
カラヤン、BPO 1961,2 ×
セル、クリーブランドO 1963 ○
シェルヘン、ルガノ放送O 1965.2.26 ○
イッセルシュテット、VPO 1966 ○
岩城宏之、NHKSO 1969 ×
カザルス、マールボロ音楽祭O 1969 ○
ラインスドルフ、ボストンSO 1966 ○
ベーム、VPO 1972 ○
ムラヴィンスキー、レニングラードPO 1973.4.29 ×
ベーム、VPO 1975.3.16 ○
クーベリック、イスラエルPO 1975 ○
カラヤン、BPO 197? ×
ブロムシュテット、ドレスデン・シュターツカペレ 1978 ○
バーンスタイン、VPO 1978 ○
ロッホラン、ハレO 1978 ○
ザンテルリンク、フィルハーモニアO 1981 ×
クライバー、バイエルン・シュターツカペレ 1982 ○
クライバー、COA 1983 ○
カラヤン、BPO 1985 ×
ホグウッド、ACO(古楽器) 1986 ×
カツァリス(ピアノ) 1987 ○
ハノーヴァーバンド(古楽器) 1988 ×
ノーリントン、ロンドン・クラシカルP(古楽器) 1988 ×
ブリュッヘン、18世紀O(古楽器) 1990 ×
マッケラス、ロイヤル・リヴァプールPO 1994 ○
ジンマン、チューリッヒ・トーンハレO 1998 ×
飯守泰次郎、東京シティ・フィルハーモニック 2000 ○