1. ベートーヴェン勝手解説大全集 >
  2.  
  3. メニュー >
  4.  
  5. 交響曲第2番

単発講座「交響曲第2番」


絶対面白いこの曲

 もし交響曲第2番を残した後でベートーヴェンが没しても、この曲で彼の名は歴史に残るだろう、と誰かが解説で書いた。なるほどその通りだろう。「英雄」交響曲が生まれなかったら、それ以後の交響曲の歴史は全く違ったものになり、その中で目立っていたであろうからだ。およそ1800年以後シューベルトが現れるまで、交響曲はベートーヴェンのもののみが生き残っているだけなのであるからだ。しかし現実は違うのだ。「英雄」は世に生み出され、交響曲第2番はじつに目立たない存在になってしまったのである。
 しかし、この曲は決して地味ではない。第1楽章はエネルギッシュであり、第2楽章はおだやかではあるが芯はあり、第3楽章は諧謔性がほどよくブレンドされ、第4楽章は快活さでめまぐるしいかと思えば流麗でもある。私は大好きだ。

交響曲第2番
 第1楽章
 序奏が長く内容が豊かであることの説明をしたくなるが、やはりアレグロであるソナタ形式主部に耳が行ってしまう。この第1主題とそれに続く部分は、交響曲第1番より荒々しい。ということはモーツァルトやハイドンとは比較にならないほど荒々しいのである。誰もこのことに言及してくれない。なぜなら「英雄」の第1楽章の方がもっともっと豊かで荒々しいからである。
 第1主題の後半に出てくる、バイオリンによる目が回るほどの急降下からして、それまでの曲とは違う何かを持っている。そして第1主題がもう一度演奏されてからのフォルテの部分、すなわち第2主題が現れるまでの荒々しさが聴きものだ。息をつかせぬ爆走は、この曲にすでに現れているのだ。「英雄」交響曲に至る道程の証しが、このようなところにあるのだ。展開部も再現部も、基本的な荒々しさは失われていない。そのために第2主題が現れたときのすがすがしさよ。しかし、すぐにフォルテになってしまうのだ。ベートーヴェンはとにかく「男らしい」のである。
 この曲ではコーダが白眉である。これも別ページで書いたから示すのみに止めるが、ベートーヴェンのコーダはクラシック音楽の世界では熱血さで突出した存在なのである。「熱情」「ラズモフスキー第3番」交響曲第5番、「第7」「第9」「エグモント序曲」「レオノーレ序曲」、これだけ並べてコーダの熱気を思い出した場合、他の作曲家は彼の足元にも及ばないのである。

 第2楽章
 クラリネットを主役にした最初の交響曲であろう。おだやかな主題はまだまだ古典派の枠の中である。この楽章の旋律線は、初期のピアノソナタに似ている。旋律そのものでも、ピアノソナタ「田園」に似ているのは有名な話である。結果として素朴ないい曲になっていて、交響曲第1番と比べても、断然こちらの出来がよい。

 第3楽章
 雰囲気としてはスケルツォが確立しているが、形式としてはまだまだ型にはまったままのものである。そういうことで見劣りがしているのは事実である。旋律的にもそれほどナニというところがないのがつらい。

 第4楽章
 今思ったのだが、モーツァルトの「ハフナー」交響曲の冒頭とこの楽章の冒頭は似ていないだろうか。
 それはともかく、この曲では意表を突く主題が、何気なくいろいろな旋律に続いていく様が痛快である。聴く上で判断すると、第2、第3主題がある。形式上では調性を見てどちらかが第2主題と判断されるわけであるが、聴く人にとっては、どうでもよい。ともかく主題が3つあるように聞こえるわけで、豊かな表情を持った楽章である。しかし残念ながら第1楽章ほど面白くはない。



トップに戻る メニューに戻る