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  5. 交響曲第5番

単発講座「交響曲第5番」


ついに書く時が来た

 ついに来たのだ。第2、4、8番などと、名前無し交響曲を扱ってきて、意識的に避けてきたわけであるが、いずれは書かねばならなかったこの曲。そう、そこらじゅうで書き尽くされた感がある、この曲なのだ。だから、ありきたりのことを書いてもどうしようもないのである。(第2から始まったこの交響曲のシリーズは第5で最後であったという意味)

 さて、この曲はベートーヴェンの代名詞のように持ち上げられてはいるが、ベートーヴェンの驚嘆すべき作曲技法の中では、ほんの1例にしかすぎないことは知っておかねばなるまい。ベートーヴェン本来の姿は、交響曲では「英雄」「合唱」に最もよく現れているのである。もっと言うと、まず非常に豊かなソナタ形式の展開技法である。「英雄」「合唱」の第1楽章を見よ。大河のような流れ、15分になんなんとする構成。にもかかわらず全く破綻することのない、まとまり。非常にたくさんの要素が含まれているにもかかわらず、15分という時間の長さを、長いと感じさせないその構成力。これがベートーヴェンの本来の姿なのだ。また、最終楽章が変奏曲である、というのも理由だ。ソナタ形式と変奏、どちらもベートーヴェンの即興演奏における重要な手段なのであった。これは最後のピアノソナタがソナタ形式と変奏曲による2楽章であることに、象徴的に現れている。
 交響曲第8番まで作曲した時点で「どれが好きか」と問われ「英雄だ」と答えた理由がこれなのだ。本来の自分を出し切ったのである。

交響曲第5番
 第1楽章
 凝集された魅力がこの楽章である。「贅肉を取った」と表現されているが、それが約7分という長さに現れている。「英雄」第1楽章などの半分でしかない。交響曲第4番などと比べると、ほぼ同じ時間的長さであるが第4番の方が豊かな流れを作り出していることがわかる。そもそも第1主題が断片と言ってもいいように短いものであるために、豊かな旋律を含む流れが途中に現れることがないわけだ。第2主題も第1主題から派生したといわれるのもその結果であろう。交響曲第5番のこの楽章では管楽器がソロで目立つことが滅多にない。せいぜい第2主題の提示/再現と、オーボエによるカデンツァの3箇所のみである。それも、ほんの短いものだ。とにかく、楽器の使い方も非常に凝集されているのである。
 あまりにも有名であるために、この交響曲の代表は第1楽章であるかのように思われるが、実際には違う。それはともかく、まず、この楽章の特徴は「凝集されたエネルギー」と表現しておこう。

 第2楽章
 第1楽章で管楽器の使い方が地味だったので、管楽器の活躍ということではこちらが目立つことになる。実際、木管楽器主体で数小節を任せられることが多い。また、フルート、オーボエ、クラリネットで、なだらかに上下する部分が非常に目立つだろう。ここは楽器による戯れと言ってもよいだろう。第1楽章には無かった動きである。また、あちこちに軽い書き方もある。しかも、長めの旋律が十分にあるにもかかわらず重厚な印象があるのは、弦楽器が相変わらず密度の濃い使い方をされているからであろう。
 通常は明るくなりそうな第2楽章がこうなってしまったのも、最終楽章への布石なのだ。

 第3楽章
 静かに始まるとはいえ、このスケルツォも重厚である。
 速度がゆったりめに感じられるのは、冒頭から低音弦がうごめくように書かれているからである。交響曲第5番以外のスケルツォ楽章を見れば、どれもがこの楽章より重心が上にあることがわかる。冒頭の低音のうごめきの後に現れるホルンの響きも、重々しい行進曲と言えないこともない。トリオの部分も、低音弦から始まる。そして低音のティンパニで楽章が終わり、第4楽章に続くのである。あくまでも低音部にこだわっている不思議なスケルツォである。
 そして、音楽は低域で力を溜め込む。

 第4楽章
 よって、ハ長調で高らかに鳴るこの冒頭は、開放的で、非常にバランスがとれた楽器の使い方になるわけである。木管楽器、金管楽器、弦楽器の3つのグループが同じ旋律線と和音を、独立して保持している。それが同時に鳴るわけだ。この楽章に来て、はじめて重心が中央に来た感じがする。これが短調から長調へ、というように解説される内容に関わっている。別に、曲の前半で短調が、後半で長調になるくらいは、けっこう多くの曲がやっていることなのだ。しかし、管弦楽法を駆使し、楽章毎の重心をどこに持ってくるかまで綿密に計算されているのが交響曲第5番なのである。ブラームスの交響曲第1番も「短調(第1楽章)から長調(第4楽章)へ」などと解説されることもあるようであるが、交響曲第5番は、そんなものとは全く次元が違うのである。
 
 4楽章を重心の位置で見ると、低、低、低、中、という並びになるだろう。軽い音楽は無いので、「高」は無いわけである。その点、交響曲第4番を重心の観点がら書くと、中、中、中、中、だろうか。「英雄」は、低、極低、中、中。「合唱」は、低、中、高、中、となる。面白いから、他の交響曲も書こう。
 第1番:中、中、中、中
 第2番:中、中、中、中
 第6番:中、高、中、低、中
 第7番:中、中、中、中
 第8番:中、高、中、中
 こういうことでも、交響曲第5番というのはベートーヴェンの曲の中でも、非常に特徴がある曲なのである。

(追加)
 この交響曲は、最終楽章に重心がある。冒頭が有名すぎるので「えっ、そんな」という意見もあるだろうが、この最終楽章はクセモノで、ソナタ形式であるばかりか、古今東西どこにもないような規模の、高速なコーダを持ち、楽器はトロンボーンやコントラファゴット、ピッコロを追加しているし、先行する第3楽章にお膳立てまでさせて、おまけに、楽章の冒頭から延々f(フォルテ)またはffで強烈に演奏しまくる(どこまでfが続くかは各自確認されたい)という、比類無き音楽なのである。



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