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  5. 交響曲第5番の第3楽章の話

交響曲第5番の第3楽章の話



第3楽章はメヌエットではない。速度表記のところには、ただ Allegro とだけ書かれている。 Scherzo とは書かれていない。が、一般に、スケルツォと呼ばれる。なぜだろう。さて、一般的にスケルツォはメヌエットと同じく「A-B-A」という形式で作られている。交響曲などで、同じ場所に鎮座しているからなのかもしれない。そして、中間の B の部分も、やはりメヌエットと同じく「トリオ」と呼ばれる。この B が面白く出来た場合には、A-B-A-B-Aなどとなるといいよね、という話題でかつて書いた。そして、ベートーヴェンは「A-B-A-B-A」という形式をよく採用している。

通常「A-B-A」であろうところが「A-B-A-B-A」になっている曲は、以下のようにある。

・交響曲第4番Op.60、第6番「田園」Op.68、第7番Op.92
・弦楽四重奏曲第10番「ハープ」Op.74、第11番「セリオーソ」Op.95
・ピアノ三重奏曲第6番Op.70-2、第7番「大公」Op.97
・チェロソナタ第3番Op.69
なお、類似のものとして、
・弦楽四重奏曲第8番「ラズモフスキー第2番」Op.59-2
 これは、A-B-A-C-A-B-Aに聴こえないこともない。
・弦楽四重奏曲第15番Op.132
 こちらはちょっと複雑なので、うまく書き表せない。

 このように、交響曲第5番の周囲には、3部形式が拡大されたものが多い。ロンド形式に近くなっている。実は交響曲第5番でも、元の第3楽章は「A-B-A-B-A」の形式であり、初演でもそのように演奏された。しかし出版する頃になって、この拡大された形式が元の形、つまり「A-B-A」に戻されたのである。初演の繰り返しを残すべきではないかと考えたギュルケは、その版を出版した。いわゆるギュルケ版である。
 ここでは、小難しい版の問題への言及はここまでとする。なぜなら、音楽は聴いてナンボのものであるからだ。とりあえず、A、Bを紹介しておこう。

譜例 A

譜例 B


 では実際に「A-B-A-B-A」がいいのか、それとも「A-B-A」がいいのか。初演で一度はそのように演奏されたのであるから、無碍に「A-B-A-B-A」を否定するわけにもいかない。さりとて「A-B-A」がダメなわけでもない。ベートーヴェンに慣れた耳にはどちらでも違和感は無い。

 ただし、自分は思う。実際には「A-B-A-B-A'」であり、「A-B-A'」なのだ。A'(ダッシュ)は、ご存じの通り、こうなっている。

譜例A'

静かに、第4楽章へ突き進む準備に入ってしまうのだ。
 さて、自分は実は「A-B-A-B-A'」にしてほしい派である。なぜなら、「A-B-A'」のままでは、Aが、そして特にこれが1度しか現れないのだ。

譜例

カッコいいこれを1度しか聴けないのは物足りない。似たような部分はもう一か所あるのだが、楽器の組み合わせが違うので、この譜例ほどの躍動感とインパクトは無い。
 そう、譜例のようにホルンのみで鳴らすのは1回目のみだ。この躍動感をもう1回聴けたらいいではないか。これが私が「A-B-A-B-A'」派であることの最大の理由である。別に、初演だの出版だのという過去の経緯などはよい。「A-B-A-B-A'」として演奏できる余地があるのなら、それをしてほしいのだ。ただし、「A-B-A-B-A'」による演奏は数少ない。CD化された録音は、およそ以下の通り。

1)現代楽器
 スゥイトナー指揮、ベルリン・シュターツカペレ(大編成)
 ドラホシュ指揮、ニコラウス・エステルハージ・シンフォニア(小編成)

2)オリジナル楽器
 ノーリントン指揮、ロンドン・クラシカル・プレーヤーズ
 ハノーヴァー・バンド
 ホグウッド指揮、エンシェント室内管弦楽団
と、あといくつか。なんだ、けっこうあるではないか。

 第3楽章が長くなると曲の楽章間でのバランスが変わってしまうことについては、第4楽章も繰り返し記号を有効とすることで解決するのが一般的だろう。ただ、このようなことは聴き終わって落ち着くまでわからないもので、聴く前や聴いている間にバランスがーとは言えないし、言いたくない(*)。
 こうしてうまく演奏してまとめることができるなら、ベートーヴェンが心配したことは起こらないのではないか。
 そう、私は、当時の楽団の演奏がベートーヴェンには心配だったのではないかと思うのだ。たしかにベートーヴェンの耳は悪い。だが、ボンにいた頃からオーケストラにも親しんできたし、ウィーンでも交響曲などを演奏してきた。そうして経験してきたことを考えると「A-B-A'」に戻したのかもしれない。当時の楽団と指揮者の能力を考えてのことだったかもしれないという気がするのである。トリオが難しいからな。だから現代のように技術が高い楽団で優秀な指揮者が演奏するなら、ベートーヴェン自身も十分に満足できる「A-B-A-B-A'」の演奏できるのではないかと思う。

 自分が聴いた限りでは、大編成オーケストラでは、スゥイトナーの演奏。また、オリジナル楽器では、指揮者を置かずに、つまりコンサートマスターがゆるやかに統一して演奏したようなハノーヴァー・バンドが面白い。小編成オーケストラでは、ドラホシュの演奏がやや良いが、彼にも妙なイントネーションがある。ノーリントンは不要なダイナミクスの変化が多すぎて、聴いていて面白くない。小手先に頼っているのである。
 交響曲第5番には、つまらない小細工は不要である。

(*)バランスが悪い最たるものに、豪華すぎる序奏を持つチャイコフスキーのピアノ協奏曲の第1楽章があるが、この曲についてバランスのことをあれこれ文句を言うのは、あまり見かけない。



 (2019.12.07)



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