ベートーヴェンで宿題3 その時代(2014年夏休み版)
なんか宿題もいろいろ手が込んでいるようで、時代背景まで書かねばならない場合もあるらしい。そんなんじゃ、大学生レベル。しかし、テスト問題には出すなよ!
ベートーヴェンが大活躍した時代のしばらく前は、フランス革命(市民革命)であった。そんな動きの中で、シラーの「歓喜に寄せて」が生まれた。また、1800年頃にはナポレオン・ポナパルトがいたりする。そして、イギリスでは産業革命の真っ最中。しかし、ウィーンはまだのんびり(?)した貴族の世の中。これ以上は歴史に疎い私なので詳しいことは知らない。ただ、現代のように世界中が密接かつ即時につながっていて、ギリシャの財政事情がスペインとかに影響を与えるなんてことは無い時代だった。細かいことは各自調べてほしい。
少なくとも交響曲第3番「英雄」は、ナポレオンがいたから書いたのだろうが、もしナポレオンがいなかったとしても、似たような曲はきっと書けたことだろう。無論、数年の「ずれ」はあったかもしれない。
18世紀後半あたりから楽譜出版が商売として成立するようになってきた。貴族ばかりでなく市民階級も金銭的に余裕が出てきたというところだろうか。また、ピアノ(ピアノフォルテ)が急速に発達を始めてきたのも理由のひとつだった。ピアノは鉄製の枠に弦を張るので、細工は複雑、製作は大変。すなわち「工業」が発達する必要があったのだ。つまり、ピアノは産業革命があって初めて発展できたようなモノといえる。楽器であるが中身は機械に近いということになる。
(ベートーヴェンのピアノソナタ成立の背景には、ピアノそのものの進歩が大きく関わっている。すなわち、音域、鍵盤のタッチ、音量、ペダルの仕組み、など。楽譜から、それが読み取ることができればベストだろう)
楽譜を出版し、大勢の愛好家に買ってもらおうと思うなら、それはピアノ曲や室内楽でなければならなかった。3、4人で演奏できるということは、家族が多い家庭や町内会で演奏できる、ということなのだ(町内会があったかどうかなんて、知らないが)。だからベートーヴェンの初期の作品には管楽合奏が多く、ピアノ3重奏曲も作品1として存在していることになる。(室内楽の意義のひとつとして、仲間内で演奏して楽しむ、というのを忘れてはいけない)
当時は、かの国でフランス革命があったりするので、貴族階級の世の中から市民階級への世の中への転換期のように思われる。しかし、何が何でもヨーロッパ全体が期を一にして転換していくわけではない。思想、政治、経済、いろいろな分野であった変革の動きは、変革にはそれなりの順序やずれがあったり、地域や社会によっては準備のための期間があったのだ。ベートーヴェンは、こういう時代に生きたということで、「作曲家という職業で、自立してメシを食おうとした最初の人だ」と人は言う。しかし、実際には、しっかり貴族階級をアテにしていた。潔癖な考え方をする人は「貴族と縁を切って、自立して作曲すればいいではないか。貴族におべっかを使うなんて何事だ」と思うかもしれない。しかし、それは全く考えが甘い。(作曲家という商売は、名誉に見合ったほど儲かるというわけではない)
なぜだろうか。それは簡単なことである。貴族はお金を持っているからだ。ベートーヴェンがピアノ教師のアルバイトを考えたとする。では、誰が生徒になってくれるか? 貴族のお嬢様だ(特に女性に限っている理由は、ベートーヴェンが可愛い女性を好きだから)。では、ピアノを買える人は誰だろうか。貴族がそうだろう。お金を用意して、ベートーヴェンに作曲を依頼したいと思う人は誰だろうか。やはり貴族だろう。また、出版した楽譜を誰が買うと思うだろうか? 値のはる楽譜の場合は、やはり貴族の皆様が買おうと思うだろう。貴族貴族というが、要は、お金持ちだ。たとえばミサを作曲して出版したとしよう。おぅ、ミサ・ソレムニスは誰に献呈したっけな? この際、誰でもいい。では、そのミサの楽譜を誰が予約購入しただろうか。そう、ベートーヴェンが作曲したから買おうと思った人か、献呈先が誰それだから義理で買っておこうか、と思った人だろう。しかし、ミサ・ソレムニスの楽譜は高価だ。ブ厚いしな。そういったものは、結局、お金がある人が買うことになる。ベートーヴェンは、貴族だからとおべっかを使っていたのではなく、お金を持っていたから取り入っていたのだ。すなわち、市場原理に則って活動していたということになる。
そもそも、「貴族におべっかを使う」というのは「貴族を持ち上げて、ちやほやする」という意味になるが、ベートーヴェンは、そのようなことをする人物ではなかった。貴族が彼にピアノ演奏を希望しても頑として拒絶したり、庭の胸像をブチ壊して帰ったりするような人であった。ベートーヴェンの貴族に対しての付き合いというのは、地位や名誉という上下関係によるものではなく、お金、友情などという、つまり対等の付き合いが根底にあったことになる。
いくら隣国で革命が起こっても、産業構造が変化の真っ最中でも、ウィーンの貴族は少なくとも自分よりは金持ちだ。だから、ベートーヴェンは貴族を大切にするのだ。いや、お客様を大切にするのだ。となると、当時台頭してきた実業家階級に音楽を売ればいいじゃないかと思うかもしれない。しかし、成り上がりモノにベートーヴェンの先進の音楽を楽しむことができたかと言われたら、当時は無理だったと考えることができる。やはり、ヒマと金にあかせて音楽の経験が何世代にもわたって豊かな貴族階級があってこその、ヨーロッパ音楽芸術の繁栄と言えるだろう。逆に、貴族階級が無くなったから、安っぽい音楽ばかりがはびこるようになった、と考えることもできる。思考実験としては面白いネタだ。
しかし、ベートーヴェンの作品で特に有名なものは、貴族おかかえのままで演奏できるものではなく、職業としての演奏家が人生を、最低限でも数年をかけて練習し考え抜いてから演奏しなければならないものだった。そのようにベートーヴェンは新たな演奏家を作り、その結果、貴族でなくてもお金を出して聴いてくれるような聴衆を作り、つまりそのような聴衆が集まるコンサートを広めたということになる。
2014/07/26