宿題のベートーヴェン 4「こんなん、聞くな」編(2014年夏休み版)
15年ほど前に宿題の問い合わせがあった。問いの内容は、下のほうに。
(なかさん、以下、な)それにしても、音楽を趣味にしている人にとってみれは、こんな質問を出されるのは、いったいどこがヤバイのか、なんていうレベルである。じゃ、昔の自分はどうなのかと思い返すと、フフン、そりゃ中学生の頃だったらヤバかったかな、などと。
それにしても、「別名」って、何? どーゆー先生なんだよ。「時代」なんて、何を書けば納得してもらえるのだろう。音楽と時代背景について書くなんて、そりゃ、ベートーヴェンについてはものすごく難しいんだぞ、センセーはわかってるのか、18世紀を? 俺は生まれてなかったけどな。
「ソナタ形式」や「交響曲」の定義だってそうだ。現代における定義とベートーヴェン存命時の定義は、違うんだぞ。結局、学校の宿題なんてそんなもんだ、などと思った、今日この頃。難しい用語が頻発するからな。それこそヤバイぞ。わかっているのかな? 用語の解説は、やってしまうと数珠繋ぎで混乱していくのでホントは差し控えたい。
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(大権現様、以下、大)それで、どうするのかね。
(な)答えてもらうしかないでしょうなあ。
(大)よし、では、かかってきなさい。
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Q1「本名は?」だそうです。
(大)なにを! わしの名前は、 Ludwig van Beethoven
である。そんなことも知らんのか。わしに手紙を出す場合には宛名で、「ウィーン、ベートーヴェン様」と書くだけで届くほどの名士なのだぞ。不愉快だ。わしは帰る!
(な)っ、ちょっと! まあ、最初に名乗るのは当然のことなんですから、怒らないでください。
(大)だからって、「本名」はないだろーよ、おい。
Q2「別名は?」なんていう質問が来てます。
(大)(烈火のごとく!)わしは、芸能人なんかのような安っぽい輩ではない! もう帰ってもいいかな?
(な)まだダメです。で別名は本当に無いんですね?
Q3「生年月日は?」
(大)1770年12月16日生まれらしい。
(な)「らしい」の意味がわかった人は、エラいですね。17日だったかもしれませんからね。
(大)「1772年かもな」という答えの場合に、フフン、と思ったらすごいですぞ。
Q4「生まれた国は?」
(大)「プロイセンである」
(な)「ドイツ」という言葉はあったが、当時、そのような名前の国は無かったんです。ドイツ連邦というのは、1815年にできたんだそうですね。
Q5「時代は?」
(大)「うーむ、激動の時代であった。フランス革命もあったしな。だいたい人生57年だったってのに、そんな長い時間について、なんて答えりゃいいんだよ」
(な)世界史を勉強すればいいんですかね。ちなみに日本では江戸時代でした。
Q6「交響曲の約束とは?」という質問が来てますが?
(大)「そんなもん、ハイドンにでも聞けよ。わしにはわしの約束がある」
(な)では、あなたにとっての交響曲の約束とは?
(大)約束は無い、というのが約束だ。一般的には、交響曲は管弦楽によるソナタだといわれる。ソナタには通常、ソナタ特有の形式の楽章が含まれている。それが現在ソナタ形式と呼ばれているものだ。しかし、モーツァルトの、トルコ行進曲を含んでいるピアノソナタを聴け。あれにはソナタ形式の楽章は無いのだ。結論として、ソナタ形式の無い交響曲もあってよい。それがあの、交響組曲「シェエラザード」(リムスキー=コルサコフ作曲)だ。19世紀も後半になると、あれでソナタ形式かよ、という楽章も出てくる。
(な)じゃ、どうでもいいのですね。
(大)そうだ。たとえば、リヒャルト・シュトラウスには「アルプス交響曲」というのがあるが、ソナタ形式でもなんでもない、ただの1楽章の音楽だ。楽章の数は、いくつでもよい。芸術に、約束があってはならん。しょせん、一般論で言われる「交響曲の約束」とは、ハイドンあたりの100年間の、単なる習慣でしかないのだ。
解説:
まとめると
「交響曲は、管弦楽によるソナタ。ソナタには、ソナタ形式と呼ばれる形式の楽章を1つ以上含むのが通例」
それだけ。
こういった質問をしたとき、実際のところ古典派の時代を想定して答えてほしいのだなとわかるが、あえて書かない。交響曲は18世紀後半になって、やっとまとまってきた形式であり、そこでハイドンが有名だったから、あたかもハイドンが発明したかのように受け取られているだけなのである。まあ100曲も作ったと言われれば、納得してしまうかもしれない。しかし、その後、進化というか模索を重ねていき、なんでもあり、となった。例外なんて、いくらでもあるのだ。
結局は受けるが勝ち。芸術も同じなのだ。
Q7「ソナタ形式とは?」という質問がありますが?
(大)「そんなもん、どうでもいい。一般論として、ソナタ形式は、提示部、展開部、再現部があるなんていうことになっとるが、ひとことでくくっていいようなものではない。時代によって変化するし、わしだって、いろいろ書いている」
(な)たとえば?
(大)展開部の無いソナタ形式なんて、わしもモーツァルトも、いろいろな人が書いている(例:モーツァルト「フィガロの結婚」序曲)し、わしなんか、再現部の無いソナタ形式というのも書いた(レオノーレ序曲第2番)。
(な)むちゃくちゃですがな。
(大)となると、展開部も再現部も無いソナタ形式というのも、面白いな。
(な)それじゃ、ソナタ形式ではないですよ。また、主題が2個あるものだというお約束もありますが…
(大)2個でなければならない理由はない。1個でも3個でもよい。
(な)主題間の調性の約束もあるようですが。
(大)調性音楽全盛の時代にあって、作曲のテクニックとしては、そうなるのは当然である。
(な)たとえば第2主題は第1主題の属調か下属調にするという約束ですね…
(大)重ねて言うが、出来がよければ、調の関係なんて、どうでもよいのだ。
(な)再現部では、第2主題が第1主題と同じ調性という約束も…
(大)それも、どうでもよい。
(な)では何が基本のお約束なのですか?
(大)芸術のためなら何をしてもいい、というのが約束だ。文句あるか? わしがその手本である。
解説:
まとめると、ソナタ形式は、
「提示部と再現部があるのが通例(展開部は無くてもいい)」
「主題は2個が普通で、調性に注意して作る」
となる。
展開部は、そもそも、提示部の終わりと、再現部の始まりを、どのようにつなぐか、という問題の解決のためにできた部分である。したがって、極端に短くてもよいし、無くてもかまわない。
2つの主題間の調性関係については、属調、下属調、同主調などと、いくつかあるが、どれを使うかは趣味の問題である。
(大)ここで、提示部は何、とかいう質問にならんのかな。
(な)そんな質問を受けたら、主題は何、コーダは何、展開って何、調性は何、などとなりますぜ。
(大)おおぅ、それはご勘弁を!
Q8「称号をお持ちですか?」だそうで。
(大)ない。
(な)"van"が"von"と間違えられたこともあるようですが。
(大)"van"は、オランダ人の姓の前につく称号だが。でも、ほんとうの称号は、一世一代のものだ。だから。"van"は称号というには、おこがましい。
(な)では、どのようなものを称号というのでしょう。
(大)男爵、選帝侯、公爵、大公とか、そういうのだよ、やはり。「人間国宝」というのもいいよね。「名誉市民」というのは…地域限定だからな。イギリスでは、Sir(サー)
の称号が与えられたら、常に、Sir
を付けて呼ばなければならないとか。そういうのって、いかにも称号だね。サー・ヘンデルとか、サー・ハイドンにはならなかったんだな。わしがロンドンに行ったとしたら、サーにしてくれたかな。
(な)「楽聖」というのは?
(大)そんなもの、勝手に呼んでるだけだろう。しかも、一般用語で「楽聖」というと、わしのことだけじゃないぞ(ヨーロッパでは、超一流の作曲家を楽聖と呼ぶ)。だいたいな、称号は、生きてるうちにくれよ。お金もなー。
2016/11/11