con brio な曲
普段クラシック音楽の説明を読んでも何気なく通り過ぎていくものに、速度表記がある。もちろん、普通ならばそこに書いてある通りに演奏してくれるはずだ。しかし、なんだかよく分からないものもある。
Allegro con brio
(アレグロ・コン・ブリオ)。「速く、元気良く」などと訳される。誰でもわかる単語にしっかり訳されてしまうと、何の疑問も湧かない。しかし…ただの
Allegro
ならば元気が無くてもいいのか? そんなこたぁないよね。「速く、しかし元気は無しで」という音楽はあるのか? 現代音楽でなら、病的な
Allegro
もあるかもしれない。しかし、速ければそこそこの元気があるのはごく普通のことじゃないか。
ネット上で検索してみよう。面白いことに、"con brio"で曲を検索すると、出てくる曲のほとんどがベートーヴェンである。そこに時折ブラームスが混じっていて、まれに見知らぬ作曲家の最近の作品がある。
"con brio"はベートーヴェンの専売特許なのかもしれない。
↑ピアノソナタ第3番、Allegro con brio 1795年ですでに使っていた。
ってことで、ここでは"con brio"について適当に考えてみたい。
実はベートーヴェンの曲の、目で見てわかる特徴に、"con
brio"な曲が比較的多いというのがある。他の作曲家でどうなのかは調べる気も無いが、モーツァルトもハイドンも、Allegro
はただの Allegro
だけだったと思う。さもなくば、速度の細かい指定が少し足されている程度だろう。
そんなベートーヴェンの"con brio"であるが、有名どころでざっと拾い出すとこうなる。
交響曲はこれだけ
交響曲第1番第1楽章 Allegro con brio
交響曲第2番第1楽章 Allegro con brio
交響曲第3番第1楽章 Allegro con brio
交響曲第5番第1楽章 Allegro con brio
交響曲第7番第4楽章 Allegro con brio
交響曲第8番第1楽章 Allegro vivace e con brio
管弦楽曲はこれだけ
エグモント序曲(コーダ) Allegro con brio
コリオラン序曲 Allegro con brio
レオノーレ序曲第1番 Allegro con brio
プロメテウスの創造物序曲 Allegro molto con brio
ウェリントンの勝利(後半) Allegro con brio
弦楽四重奏曲はこれだけ
第1番第1楽章 Allegro con brio
第6番第1楽章 Allegro con brio
第11番第1楽章 Allegro con brio
ま、漏れは無いと思う。
さて、この並びを見て、どこかおかしいと思わないか。あれほど元気の良い交響曲第5番の第4楽章は"con
brio"になっていない。ただの Allegro
だ。第7番の第1楽章も、ただの Vivace
だ。たしかに古典派の他の作曲家より、"con brio"は多いと思う。ベートーヴェン以後については、ロマン派に入ってしまったために
con brio
が少ないはずだ。つまり、他の表情の細かい指定のほうが多いはずである。"con
brio"は、どんな音楽にしてほしいつもりで付け足したのだろうか。
普通なら「速い」というだけで元気が良いように思う。だから、無理に"con
brio"なんて書かなくてもいいんじゃないかと思ったりする。しかし、誰が聴いても元気が良いとわかる交響曲第4番の第1楽章は
Allegro vivace のみ。これまた元気な第7番の第1楽章は Vivace
のみだ。ということは、"con brio"には何か違う意味を含めているんじゃないか。たとえば当時の習慣で、だた
Allegro
とだけ記載された場合にはどこかうきうきした気分になってしまうとか。第7番の第1楽章の第1主題はフルートで軽やかに始まるしな。とすると、上記の曲は"con
brio"を付けなければ変になってしまうような特別の曲なのかもしれない。それは当時の
Allegro
がハイドンなどに代表されるように軽やかだったから、自分の曲でここは真面目に力を込めてという場合に"con
brio"を付けて、明確に曲の性格を定義したくなってしまったとか。すると、"con
brio"は、「勇壮に」というような意味合いを持っているような気がする。
こういったことを考えていて、曲の真の姿に少し迫ることができたような感じがした。
↑「ワルトシュタイン」にも、Allegro con brio
仕方が無いので、他の作曲家で"con brio"があるかどうか探してみたが、ブラームスの4曲の交響曲で2つの楽章にあるくらいなものであった。ハイドンでは最後の6曲を調べたが、"con
brio"は無かった。
とすると、第8番の第1楽章は、どう演奏すればいいのだろう。いやその前に、本当はどんな音楽なのだろう。ま、考えたところで自分が指揮するわけでもないので、いろいろ聴けばいいだけなのだが。
(2011/9/7)